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2011/02/25

しばらくサヨウナラ、『東京・横浜 百年食堂』をよろしく。

遠くネットを離れ、バーチャルな世界で暮らしています。
バーチャルな世界との入り口、ネットカフェからの投稿です。
しばらくみなさまともサヨナラです。

このまえの日曜日だったでしょうか、酒を飲んで愛人パソコンを荒っぽく可愛がったら、愛人パソコンはもだえよろこんで死んじゃったのです。そんなにおれの荒っぽい愛撫がよかったのでしょうか、それにしても、困ったやつです。

ともあれ、そういうわけで、しばらくパソコンなしのバーチャルな暮らしをしています。そうですね、ネットのある暮らしになれると、ネットがあるのがリアルな世界で、ないほうがバーチャルという感じ。

しかし、財政逼迫下、新たなパソコンに投資できる状況になく、しばらくのあいだ、このバーチャルな世界での暮らしを優雅に楽しむことにしました。

目下、締め切りまじかの原稿は原稿用紙に書いています。パリで買ったモンブランを使って。まさにバーチャルな文豪気分。でも、来週には、パソコンを一台借りられることになっています。なにしろ、5月末までに書き上げなくてはならない400字で何百枚という本の原稿がありますし。ただでさえタイトなスケジュールなので、パソコンの力を借りなくては無理だべ、という状況です。でも、ネット環境はありません。

それでは、みなさん、ごきげんよう。
また、このリアルなネットカフェからみなさまとお会いできるかも知れません。

そうそう、『東京・横浜 百年食堂』(日本出版社、1000円)が発売になりました。巻頭エッセイ「もっと大衆食堂へ」を書いています。ご存知の方もおられるでしょう。4月2日に映画『津軽百年食堂』が公開されます。それにあわせての出版です。ぜひ、ごらんください。ガイドブックのコーナーに並んでいるはずです。

時間です。それでは。
おれに御用の方は、電話でお願いします。
一週間に一度ぐらいは、ネットカフェでメールをのぞくようにする、ツモリです。

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2011/02/19

きのうの続き。味覚と食べ物と食べる。

「食べ物」と「食べる」のあいだで、いちばん多くみられる混乱は、味覚のことだろう。これを、「食べ物」の話としてする人は、少なくない。たとえば、「ナニナニは、ドコドコ産のものが一番うまい」といった例。

ところが、味覚は「食べる」という行為によって得られるもので、人間側のことだ。食べ物側のことではない。もちろん、食べ物には味がある。近ごろは、「糖度」といったぐあいに「科学的」に計測し表現することも多くなった。

食べ物の味は、レシピなり、製造法などに関係する。が、たとえば、料理にしても、作るときは、食べるときを想定している。食べる場面を想定しないで、どうだ、おれ様の腕前を見てくれ、というのもなくはないが、普通ではないうえ、そういう人は必ず「どうだ、おれ様の腕前を見てくれ」という、能書きも含め、「食べる」場面設定をしていることが多い。商品開発やメニュー開発なら、「食べる」行為の、年齢や時間や場所など、かなり細かいところまで想定する。

なのに、「ナニナニは、ドコドコ産のものが一番うまい」といった例は、なぜ生れるのだろうか。それは、たいがい、文学的に抽象された積み重ね、それから、広告的なストーリー、によってなのだ。生活の実態からではない。「食べ物」と「食べる」の区別がついていれば、避けられる混乱だと思う。

そういうわけで、再度、2010/10/15「西江雅之さんのオコトバ。」に引用した、西江さんのオコトバである。

 もし、食べるという行為が生命を維持するためだけのものならば、人びとの腹を満たすのに必要な食料が供給できさえすれば十分なはずだ。
 しかし、人間の食べ物には文化が付きものである。世界中、如何なる人間集団の中に入っても、何を、いつ、どこで、誰と、何を使って、どのように食べるか。それによって、たとえ同じ料理でも味は大きく異なってくる。(『Tasc Monthly』8月号(財団法人たばこ総合研究センター TASC発行)、「聖なる煙に導かれて」第8回「ビンロウのこと」より)

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2011/02/18

「食べ物」と「食べる」のあいだ。

木村衣有子さんの新刊が出る。

タイトルは『あのとき食べた、海老の尻尾』と決まりました。
3月15日、大和出版より刊行予定です。
『味見はるあき』を気に入ってくれた編集者が編んでくれた食べものエッセイ集です。はるあきの続編、いや、続編にしてはずいぶんたっぷりした本になります。

…と、「木村衣有子の野営〜観音うらメモ」にある。
http://mitake75.petit.cc/banana/20110217142509.html

そういうわけで、3月20日の日曜日、木村さんのトークライブがある。その相手を、おれがつとめることになった。えーと、場所は聞いたような気がするけど、忘れた。時間は、また決まってない。とにかく、後日くわしい告知をするから、3月20日、予定しておいてちょーだい。

ところで『味見はるあき』だが、2010/07/25「神田神保町「路地と人」のち鬼子母神通り「みちくさ市」泥酔帰宅。」に、買ったことを書影を載せ書いたまんま、詳しい紹介も感想も書いてなかった。

016_2ほかの文章でも、木村さんが「食」を語るとき気になっていたのだが、『味見はるあき』を読んで、やっぱりね、と思ったことがある。

じつは、「食べ物」と「食べる」話は、みなよく書くのだけど、「食べ物」と「食べる」の区別がついている文筆家モノカキは、少ないように思う。文化人類学系とか社会学系などの「学者」さんは別として、いわゆる文学系や文芸系というのかな、とくにそういう傾向がある。かなり混乱している例は、めずらしくない。

ある著名な料理人が、本に書かれている料理だったか食べ物だったかの話は、半分ぐらいはウソだと言っていたと思うが、そういう発言が出るのも、一つには、「食べ物」と「食べる」の激しい混乱に原因があるように思う。

木村さんの場合、いわゆる文筆家であるけど、「食べ物」と「食べる」と、そのあいだが、見えている。見えているな、という感じがしていたのだが、『味見はるあき』を読んで、やっぱり見えていると確信したのだった。

このリトルブックには、「食べものエッセイ集」という肩書がついている。では、「食べ物」のエッセイ集かというと、そうではない。大部分は、「食べる」に関わる話なのだ。とはいえ、それでも、習慣的には「食べものエッセイ集」になるだろうし、「食べ物と食べるエッセイ集」なんてするのは、みっともない。

そして、たいがいの文筆家は、そのまま混乱を本文に持ち込むのだが、木村さんはちがうのだな。

たとえば、それぞれの掌編のタイトルのそばに、小さく肩書に相当するものがついている。最初の「うなぎはごちそう」には、「食べる」である。つぎの「れんげ愛」には、「食べるための道具」といったぐあいで、ほかに登場する肩書は、「本を読む」「ひとり暮らし」「食べられないもの」「ふたり暮らし」「甘味」といったぐあいだ。

もちろん、たいがいは「食べ物」に関係するのだけど、それは「食べる」なかに、キッチリ位置ずいている。つまり、「生活の中の料理」あるいは「生活の中の食べ物」というのは、そういうものだろう。

仮に非日常的な食べ物にせよ、街や暮らしから離れてありえない。ところが、大雑把に3つばかり、情報として、大きく離れる場合がある。

一つは、文学あるいは芸術の中の食べ物。
一つは、広告の中の食べ物。
一つは、栄養学の中の食べ物。

その情報によって、ますます混乱は深まってきた。が、ここまで混乱が深まると、その現実に疑問を抱くひとも、一方には生れる。最近、そういうひとや企画に出あう機会が増えた。

木村さんの場合、そういう疑問から発したものではなく、なにをみるときでも、まるで据物切りをする剣術家のように、対象を見据えることによるものだろう。

大勢としては、まだ「売れている」ゆえに「売れる」と判断される食べものエッセイは、たいがい上の三つの枠組みになる傾向があり、いまのところ『味見はるあき』のような傾向は、まだ端緒的かも知れない。それが、『味見はるあき』を、出版社の刊行ではなく、リトルブックの私家本として出さざるを得なかった根っこにある問題と、想像できる。

でもね、これからは、どんどん違ってくると思う。「『味見はるあき』を気に入ってくれた編集者が編んでくれた食べものエッセイ集です。はるあきの続編、いや、続編にしてはずいぶんたっぷりした本になります」というのは、とても希望が持てる、うれしい話だ。

と、この件を突っ込んで書いていると長くなるからやめよう。もしかすると、トークライブで、そういう話ができるかも知れない。

ともあれ、だから、木村さんと食べ物や食べることについて語り合えるだろう3月20日のトークライブは楽しみなのだ。たぶん、泥酔しながらになるだろうけど。

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2011/02/17

資金繰りもタイトで、ちょうどよいか。

ひとには目の子勘定はダメ、ちゃんと計算しろ、といいながら、自分は目の子勘定。なんか資金繰りが苦しいと思ったら、一昨年の収入に比べ、昨年の収入が少なすぎ。フリー自営業にとっては、一番キツイ状態に落ち込んでいた。

一昨年の収入に対する税金が、ドカッ、というほど大きな金額じゃないが、貧乏所帯には重い税金の支払い。それに対して、前年よりはるかにダウンした収入。これじゃあ首がまわらないのはアタリマエ。なので、いつも5月ごろになってしまう確定申告を、はやくやって、もどりで息をつごうという算段をしなくては。資本金も貯金もない、身体だけが資本で資産。だれか、おれの身体を買ってくれ。

しばらく東京なんぞへ行ってらんないな。往復千数百円だものな。原稿書きをしなくてはならないし、ちょうどよい、家に篭っていよう。

酒は、どうするか。酒をやめるぐらいなら死んだ方がマシだが、どうやって死ぬか。どうせなら、税務署の前で浴びるほど酒を飲んで、急性アル中死が望ましい。しかし、その酒に含まれる税金を払うのがシャクだ。そもそも、なんで税務署じゃなくて、おれが死ななくてはならないのだ。だけど、税務署は、間違いなく、少なくない人間を殺しているぞ。などと考えながら、近所の安売りドラッグストアへ行った。米を買うのだ。ここには、そもそも魚沼コシヒカリなんていう銘柄米なんぞ置いてない。5kg=1,600円ぐらいが最高クラス。おれの手が自然にのびたのは、埼玉産「彩のかがやき」5kg=1,260円だ。貧乏愛と地元愛。

こういうボヤキともグチともつかぬことをつぶやくのは、まさにtwitterがうってつけのようだ。やっぱりtwitterやってみようか。しかしなあ、twitterをアレコレ見ていると、最近はやたらプロモーションなツイートが多く、「つぶやき」じゃなく、マスコミよりたちの悪い煽りが少なくない。あきらかに組織的に、おなじ文言を繰り返しているのもあるし。そのやり口は、言葉や論理も含め、それなりにエレガントに訓練された広告屋がからんでいるのとはちがい、えげつなさ丸出し。ま、必死なんだろうけど。マスコミの煽りを批判しても、体質はマスコミと同じだったりして。もっと、美しいプロモーションをやれないものかねえと思って、twitterやる気も失せる。

そういえば、酒を飲んでいるとき、相手がtwitterをやっているというから、その名前を聞いておいたのだが、酔っていたらしく思い出せなかった。メールで問い合わせたが、どうやら、教えたくないらしい。そういうときは、酔っているときは仲よしで、覚めたらキライというのが本音と考えるのが妥当かも知れないが、ま、リアルに会っているときが仲よしならよしとしておくべきだろう。会っているときが表で、会ってないときは裏。裏のしかけは、わからない。

親しくても、見せたくないこともあるだろう。見せたくないものは、むりやり見るものではないね。知られたくないこと、隠したいことは、「恥ずかしさ」の美学もあって、いろいろあるだろう。あと、見られていると思うと、ウットウシイってことがあるだろうな。むりやり知ろうというのは、大人じゃないね。それぞれ好きにやるがいいさ。

隠し事は、かりに見ても見ぬ振りするのが、大人というもの、といえる場合が少なくない。相撲の八百長騒ぎもそうだが、なんだか、大人気ない追及ばかりで。なんだろね、ストーカーのような「正しい」ひとが、いるんだな。こんなこと書いていると、そういうひとたちにやられそうだからやめよう。

おれは隠し事が、たくさんあるぞ、八百長のような人生だぞ、文句あるか! なーんて、悪党としては、言ってみたいわけだ。隠し事をしながら堂々と生きる。これが、悪党だな。

手品は、裏から見ようとしてはいけないのだ。表から見てこそ価値がある。たいがいは、そういうものだ。

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2011/02/16

タイトでロングな日々の始まり。

002画像は、きのうの朝、トップライトに残っていた雪。

きのうが締め切りだった『四月と十月』の連載「理解フノー」の6回目だが、ほかにやることが詰ってきているので、おととい書き上げて送った。今回は、春の上京シーズンということに加え、先日のエントリーに書いたように、ション横のつるかめが、仮に建て替えにせよ、おれが上京して初めて入ったころの面影が跡形もなく消えたので、それにチナミ、「あとをひく[つるかめ]の感傷」のタイトルで書いた。

このタイトルは、当ブログで使ったことがある。本文の一部も、書き換えて使った。「いま二月中旬、東京の電車に受験生を見かける。四月になれば、東京の街に、いくらか田舎の気配を感じる。」という書き出し。発行が、4月の予定だから、季節的にも合う内容だ。
2007/03/22
あとをひく〔つるかめ〕の感傷

しかし、理解フノーはタネがつきない。今回も、たくさんあって、どれにしようか迷った。というのも、そもそも人間は矛盾に満ちた存在で、相反する感情や考えや行動などをはらんで生きているからだな。単純にはいかないのだ。単純にいかないから、おもしろいのだ。大いに理解フノーな変化や不安定などを楽しむ悪党魂を持ちたい。人間も世間もうつろいやすく、変化は激しいし、不安定なのだから。

次の大衆食堂の本は、原稿の締め切りが5月、発行が秋と決まった。かなりタイトなスケジュールだが、悪党は、やるときは一気呵成にやるのだ、と、腹をくくった。

この本、めんどうなのは、写真を多く使うので、そのスペースとキャプションの関係もあり、書かなくてはならない本文原稿の総量の目安をつけるのが難しい。つまり、全部で何枚と決めて、どれぐらいのペースで書けばよいか、最初は判断がつけにくいのだ。あるていど書き進まないと、あと残りどれぐらいという判断もつかない。言ってみれば、頂上の見えない山に、しかも登頂日を決めて登るようなもの。

ま、そのうち目安がつくだろう、てなことだ。

昨年末だったか、東京カルチャーカルチャー@お台場でやった古墳ナイト、こんどは夜じゃなく昼になるから、名前はどうなるのだろう。4月24日の日曜日、午後の開催に決まった。

12時オープン 12時30分スタート 15時終了
前売り1500円
会場 東京カルチャーカルチャー

古墳めぐりの旅
~はにわの魅力をたっぷり味わおう!~

はて、どんなアンバイになるか。なにやら、この古墳イベントをめぐっては、いろいろ動きがあるらしい。ま、おれは、ブームやなにかに関係なく、ゆるゆる付き合います。

ナニゴトも、まわりはあわただしく忙しくても、ゆるゆるコツコツと愛を築くようにすすむ。とか言っちゃって。

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2011/02/15

『雲のうえ』のまち北九州市から旅を運ぶ『雲のうえ』14号。

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『雲のうえ』14号を頂戴した。特集は「電車に乗って」。北九州市の鉄道、ご存知のない方が多いだろう。モノレールも含め、たくさんの鉄道が走っているのだ。鉄道の旅は、鉄ちゃんならずとも、楽しい。ところが、北九州市だけでも、たっぷり鉄道の旅を楽しめる。

しかも、今回は、写真はナシ。いろいろな雑誌で、あちこち旅しては絵を描いている、編集委員の牧野伊三夫さんが、表紙から全部、描いている。牧野さんの絵と、鉄道と、旅は、ピッタリだ。いいねえ。

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しかも、文章の書き手が、石田千さんをはじめ、東京人副編集長を退社した鉄ちゃん鉄ガールの鈴木伸子さん、クウネル編集長を退社した岡戸絹江さん、そして、編集委員のつるやももこさん。男が一人もいないのは残念だが、この「豪華」といいたい顔ぶれで、文句ナシの出来ばえ。

011丸ごと一冊、北九州が旅して来て、手元に着いた感じ。北九州に行って来た気分になっちまう。いや、それで終わっては困るんだな、北九州の鉄道の旅がしてみたくなってしまうのだな。牧野さんの絵が、たまらなく、おれの旅情をくすぐるのだ。

『雲のうえ』は、北九州市が発行する無料のフリーペーパーです。申し込みは、こちら(要送料)。…クリック地獄

しかし、こんなことがやれるのは、北九州とこの編集委員会の『雲のうえ』ならではだねえ。

かつて北九州は、「鉄のまち」といわれたりしたのだが、いまや情報の時代にふさわしい、「『雲のうえ』のまち」という感じだ。

巻末の読者投稿に「北九州市は生まれ故郷。20数年暮らしておりました。街のイメージは、私がいた頃からずいぶんいい方向に変ったと思います。その故郷の魅力を紹介していただけるのは、誇らしい気持ちがします」というのがあった。そうだよなあ。

「フリーペーパーの中で、ぜひ継続してほしい一冊だと思います」「月1回の発行になるといいと思います」といった声もある。

『雲のうえ』は北九州市民の「宝」であるだけでないだろう。よそのまちの魅力を発見することは、自分のまちの魅力の発見にもつながる。また、自分のまちの魅力を発見することは、よそのまちの魅力の発見にもつながる。そうやって、お互い、それぞれのまちで生きていく、よろこびや誇りを持つのだと思う。そこに、単なる自分自慢に留まらない「まち雑誌」としての存在価値があると思う。

003たとえばですね。今回の号を見ていると、チョイと近くの電車に乗って、車窓をながめながら隣のまちへ行ってみようかという気になる。ふだん見慣れた景色が、ちがって見えるだろう。この『雲のうえ』を見る前とちがった、「電車に乗る」魅力の発見があるにちがいないと思えるのだ。

ともあれ、『雲のうえ』は、そういう雑誌として、北九州以外の多くの人たちにも、期待されているだろうし、もっと期待されてよいのではないだろうか。

かつて北九州の鉄は発展する日本を象徴した。北九州の鉄は、日本の多くの人たちの期待を担っていた。その発展する日本を象徴する鉄を送り出していた北九州が、時代が変ったいま、多くの人たちの期待を担いうる『雲のうえ』を発行するのは、北九州ならではの必然であるように思う。

それは、創刊号の編集後記で、牧野伊三夫さんが述べていることに含まれていると、おれは考える。だから、『雲のうえ』は、いろいろ私版も少なくない「まち雑誌」のなかでも、北九州「市」の発行である意味があるのだ。

以前、こちらに書いた。
2006/11/16
北九州市「雲のうえ」の素晴しさ

そんなわけで、『雲のうえ』を、北九州市民だけではなく、多くのみなさんの「宝」として育てたい。ここに、未来に向かっての、一つの共感の場があるのではないか。おれは、そう考えて、雲のうえファンクラブの発起人に名を連ねさせてもらいました。

だからね、ファンクラブを、よろしくお願いしますってことで、こちらファンクラブのサイトです。大いに広めてください。
http://kumonoue-fanclub.net/

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2011/02/13

新宿で打ち合わせのち3軒はしご泥酔帰宅。

004きのうは雨まじりの寒い中、新宿へ。午後2時半に中央通り[らんぶる]で待ち合わせて、打ち合わせなのだ。チョイ早めに出た。このあいだ新宿へ行ったとき、ション横(思い出横丁)の中を通ったのだが、[つるかめ]がシートをかぶっていた。取り壊して建て直すウワサは聞いていたが、実際に、そのあとがどうなるか気になっている。

思い出横丁の看板が変わっているのに気がついた。いつ変ったのか覚えがない。通路は中国語であふれていた。通路を行くひとも中国語、呼び込む店員も中国語。つるかめは、シートをかぶり、あとかたもなく取り壊されたままになっていた。この前に立つと、どうしても、上京して初めてつるかめに入った1962年の春を思い出す。ことしの春で、あれから49年過ぎた。

らんぶるに初めて入ったのも、1962年の春、というより初夏だったか。打ち合わせは、新しく始まるWEBマガジンの連載の件だ。出版社の編集女子さん、声をかけてくださった瀬戸山玄さん。大いに興味の持てる企画で、話もはずむ。16時ごろ、一段落。

これまでに見たことがないほどらんぶるは混んでいて、おどろいた。新宿で、昔のままのゆったりしたスペースでくつろげる喫茶店というと、ここぐらいしかなくなったからだろうか。

瀬尾幸子さんが合流することになっていたので、みんなで、近くのアサヒのビアホールへ移動。瀬尾さん到着。生ビール2杯ぐらいずつ飲んだあと、次へ行くことに。18時ごろか、ション横の[岐阜屋]。混んでいたが、なんとか4人つながって座れた。大いに食べ、紹興酒をボトルで2本もあける(おれは2本だと思っていたが、瀬尾さんから電話があって、3本あけたのだそうだ、いやはや)。瀬尾さんが[みのる]に入ってみたいというので、デハ参ろうかとなる。みのるは、ちょうど空いていて、うまいぐあいに4人つながって座れた。ハイボール。酔いは深まり、なにを話していたか、あまり記憶にない。

おれの隣に、男子3、4人が座った。どういういきさつかは記憶にないが、おれはいつの間にか隣の男と話していた。彼らは、みな30歳ぐらいで、働きながらバンドをやっている仲間なのだ。音楽のことで、なんだか話がはずんで、隣の男だけじゃなく、みんなを相手に話していた。が、なにを話していたかは記憶にない。中の一人が、有楽町のバーで働いているというので、名刺を貰った。有楽町2丁目になある[びいどろ]というニッカ・バーだ。おれたちが先に出たのだが、別れるときに全員と握手をした記憶がある。

とにかくハイボールも何杯飲んだかわからない泥酔状態だった。何時に東大宮に着いたのか、道路が凍っていて、すべるので、いくらか緊張したのだろう、それはちゃんと覚えがあるが、家に着いてからはわからない。

瀬戸山さんから、瀬戸山さんの連載が載っている『暮らしの手帖』50号をいただいたので、先ほどボンヤリ酔いが残る頭で見ていた。松浦弥太郎さんが編集人になってからは、初めて見る。というより、以前から、この雑誌は資料として使うもの以外は手にしたことがないのだが。いやあ、もちろんいい出来ではあるが、求道的なカルチャー誌という感じで、こまごますみずみまで人のマチガイや弱さを許さないような、確固たる正しさに息がつまりそう。見ているうちに、ズボラで雑で下世話なおれのような人間は欠陥人間として排除されそうで、行き場のない気持になるのだった。正しいみなさん、どうかおれを許してください。瀬戸山さんの連載は、「世のなか、食のなか」ということで、16回目「お豆腐やさんの戦い」。食べ物をつくる現場から社会を見るという感じで、広がりがあり、おもしろいだけでなく、なんだかホッとした。

瀬戸山玄さんのサイト
http://blogs.yahoo.co.jp/shourinji88

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2011/02/10

朝10時から鼻歌なシャレードを観る。悪党めし=モテめし。

さいたま新都心のシネコンMOVIXで、去年から「午前十時の映画祭」ってのをやっている。MOVIX系列がやっているもので、投票で選ばれた、去年は50本が上映され、今年も50本の上映スケジュールが決まっている。ようするに、昔の名画座系あたりで上映された洋画が、一週間単位で、上映される。

去年は、いつだったかな?11月ごろか12月だったか、『フォロー・ミー』を観た。MOVIXの一番小さな箱で、500円だった。

この映画は、1973年の公開時に観ている。いい映画だけど渋く地味で、そんなに騒がれた印象はない。それが、「午前十時の映画祭」の投票で4位に入って上映されたのは、意外だった。調べたら、最初の公開以後は、リバイバルもビデオ化もされずに眠っていたのだ。ま、「午前十時の映画祭」は、そういう映画ファン好みのものなのかも知れない。

おれが『フォローミー』を観た、そのころは、土曜日が半ドン(この言葉、死語だね)仕事で、山へ行かないときは、映画館で時間をつぶすことが多かった。それに、この監督がキャロル・リードだということもあったろう。

キャロル・リード監督は、もちろん、『第三の男』で知った。『ハバナの男』も観た。これは、原作のグレアム・グリーンが好きだったこともある。『鍵』も観た。これは、ソフィア・ローレンが好きだったこともある。

『フォロー・ミー』を観て、あらためて思ったのは、製作が1972年で舞台はロンドン、『ローマの休日』のロンドン版のようにロンドンの街が登場するのだが、あのころは、なにもかもゆっくりのんびりだったのだなあということだ。映画の運びも、ゆっくりのんびりだし、背景に映るロンドンの生活も、ゆっくりのんびりだ。

きっと、日本も、同じように、ゆっくりのんびりだったにちがいない。だけど、そのときすでに、それ以前と比べたら、ナニゴトも急ぎになっていたのだから、「ユックリズム」なる言葉が73年の流行語になったりした。

いまの、景色の、とんでもない忙しさったらない。『フォロー・ミー』を観て、外に出たら、画面を流れていた景色と、目の前に展開する現実のあわただしさとのギャップが激しく、めまいを感じた。忙しさのなかで、大切なものを失いがちであることを、『フォロー・ミー』は気づかせる。

きょうは、午前9時ごろ家を出て、『シャレード』を観た。MOVIXの二番目に小さな箱で、1000円。

1963年製作、日本公開は64年か? これも、以前に、ロードショウではなかったと思うが、劇場で観ている。 ケーリー・グラントもオードリー・ヘプバーンも、それほど好きな俳優ではない。ま、しかし、退屈しなかったサスペンス娯楽映画として、記憶に残ったし、おれのような年頃のジジイは、このヘンリーマンシーニの無難にうまい音楽に、けっこうおかされている。

この映画は、『フォロー・ミー』のような内容のある映画ではないし、サスペンスだから、それなりのスピード感のある運びではあるが、やはり、背景のパリは、ゆっくりのんびりしている。ひとが人を追いかけるシーンも、ビューンという感じではなく、ドタドタドタである。

最後のほう、ヘプバーンがケーリー・グラントに向かっていう、最後のセリフの最後が、「この悪党」というような感じのもので、とにかく「悪党」呼ばわりする。悪党めしのおれとしては、満足して観終わった。

映画館の外に出てからは、しばらく、音楽の鼻歌がとまらなかった。『シャレード』は、鼻歌なサスペンス娯楽映画なのだ。

そういえば、『フォロー・ミー』は、音楽も素晴らしい。映画の内容と運びにピッタリだ。そもそも、この映画の原題は、フォロー・ミーではなく、フォロー・ミーは音楽のタイトルなのだ。いま、「フォロー・ミー」といえば、ツイッターな人びとの言葉ですね。

「午前十時の映画祭」にラインアップされる映画は、あるていど音楽でポイントを稼いでいるものが多いのかも知れない。

それはともかく、『シャレード』は、アメリカのCIAがネタである。CIAは、スリル・サスペンス物で、ずいぶんネタになってきたような気がするが、いつごろからか、映画上では影が薄くなっているような感じがする。ソ連崩壊で、CIA対KGBという構図が、変貌したこともあるのだろうか。でも、あいかわらず、あちゃこちゃで、ご活躍のようだ。

とにかく、悪党めしを食べて、もっと悪党になろう。すると、オードリー・ヘプバーンのような女に惚れられるのだ。とはいえ、オードリー・ヘプバーンのような女は、あまり好みでないのだが。悪党めしは、「モテめし」なのかも知れない。

悪党めし=モテめし。これが、きょう『シャレード』を観て、到達した結論である。

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2011/02/09

悪党めし。しゃぶしゃぶ牛の悪党風使い方。

悪党めしの基本は、中世の悪党たちが基本にしていたにちがいない、ぶっかけめしだ。

安価なしゃぶしゃぶ牛といえば、オーストラリア産。できたら、見切りの30%引き50%引きのものを買う。

この肉を、そのまましゃぶしゃぶしては、常識的で悪党風にはならない。まず、その半分か3分の1だけを取り出し、あとは冷凍か冷蔵する。肉は、細切りにするか、叩いてミンチ状にしてもよい。

悪党的には、これと野菜を鍋に放り込んで煮るだけなのだが、もし十分な悪党になり切れていないなら、鍋にはった水の中に、その肉だけを先に入れ煮立たせ、アクをとり、そのあと、野菜を入れる。

味つけは勝手にするがいいさ。いずれにせよ、めしにぶっかけて食べる。鍋の汁には味をつけないで、めしにぶっかけてから、ポン酢醤油などをかけてもよい。

コトコト煮るほど、旨味が増す。野菜が、ドロドロになってもかまいやしない。ドロドロになるほど悪党風になる。スーパーで見切りの野菜を買って使うとなおよい。傷みが入っていても、苦にならないどころか、旨味が増す。

そうそう、タマネギなんぞを入れる時には、手で割っていれる。悪党的には、まないたと庖丁はなるべく使わず、野菜は、手でちぎるか、足でふんずけるか、歯で噛み切るか、はさみで切る。

うどん玉や安物ギョーザを入れ、ドロドロになるほど煮るのもよい。おれは糸コンニャクや大根なども入れるのが好きだ。

にんにくやしょうがを入れたり、唐辛子を真っ赤になるほど入れると、食べたときの悪党気分は増加する。

とにかく、「しゃぶしゃぶ」なんて気どった肉を、刻んでしまうところが、まず悪党的なのだ。その悪党的気分のためにも、しゃぶしゃぶ牛を選ぶのだが、そもそもしゃぶしゃぶ牛には、オーストラリア産でも比較的、脂が入っている部分が多いようだ。この脂から、悪党的な味わいの旨味を抽出するという、悪党料理理論があるのですね。

と、ここまで書けば、悪党は思いつくだろう。それなら、牛肉売場に、どうぞ勝手にお持ちくださいという感じで、すきやきなんぞをやるやつらが持って行く脂が置いてある、あれを使うのはどうか。

そうなのだ、あのタダで貰って来られる脂、あれを、常識と非常識と知性と欲望に従い、ガバッと取る。おれなんか、マイバッグで買い物するから、好きなだけバッグに入れられる。これを鍋で溶かして、そこに野菜を入れて軽く炒めて水を足し、コトコト煮る。これなら、肉なんか買わずにすむ。

そして、この場合でも、前のしゃぶしゃぶ牛の場合でも、味つけにカレー粉をドバッと入れてみよう。その場合は、もちろん、塩味をつけるが。これで、もう、本場のインドだのフォンドボーだのなんかしゃらくさい、うまい日本のぶっかけめしカレーライスが食える。日本のカレーライスは、元来そういうものとして普及したのだ。

もちろん、これらの料理は、悪党のためもので、悪党じゃないひとや悪党になりたくないひとがやっても、うまくないかも知れない。そして、これをやってみて、うまい!と思ったあなたは、まちがいなく悪党である。

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2011/02/08

悪党の条件と悪党めしに妄想す。

存在価値のある悪党の条件について考えてみた。

2分の常識、2分の非常識、2分の知性、2分の欲望、残りの2分は運まかせ。

2分は「2割」という表現でもよいが、ようするに、割合とバランスのことだ。「知性」か「理性」か、迷うところ。

この悪党の条件を、今年のテーマである「悪党めし」にあてはめてみると、一つの例だが。

器に盛っためしに、なんでもよいから「ふりかけ」をかける。これは、まあ、常識として通用する。
そこに、さらに、砂糖をかける。これは、非常識といわれるだろう。
そこで、そこに、トマトをきざんでかける。これが、なぜ、知性なり理性なのか。そこはまあ、考えてみよう。
問題は、欲望だ。外からの情報だの教育だの知識などに飼いならされた欲望ではなく、宇宙生命体としての自ら欲するところの欲望。
これをかきまぜて、ガツガツくらう。うまいもまずいも、あとは、運まかせ。

こんなところが、悪党流ってことかな。

これで、「健康」だの「健全」だのといった、じつに耳障りはよいが、身体や精神や、文化はもちろん経済までも閉塞に追い込む「印籠語」からも解放される。

けっこう大事になるのは、最後の「運まかせ」だろうな。

「正義」な「正しい」存在でなければならない、だの、何かの「ため」になる存在でなければならない、「世界一」だ「日本一」だ「地域一」だのをめざなくてはならない、あるいは「かわいい」「おりこう」「きれいで清潔」な存在でなければならない、「たくさんのひとに好かれる」存在でなければならない、毎日がお祭のように楽しくなければならない、なーんていう、ようするに強迫観念に支配されると、この悪党の条件は崩れることになる。

このめしを、やってみようと思わないひとは、もちんろん悪党ではない。すでに、「運まかせ」にできない何かに、囚われており、たぶん印籠語に支配されていることだろう。

なーんてね、妄想がふくらむことは楽しい。きっと、いい原稿が書けそう。

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2011/02/07

印籠語を笑いとばせ。

愉快だねえ。昨夜、何時ごろからか、「印籠語」の検索で、

2008/11/11
「ゆるゆる大陸」「脱星印脱印籠語」とか。

へのアクセスが目だって増えた。
なにかあったかしらんとツイッターの検索をしてみたら、以下のようなツイートがあった。なかには、このエントリーにリンクを貼ってくださった方もいる。

どうやら、ラジオ深夜便で「印籠語」について放送があったらしい。

「印籠語」なんて辞書にもない造語だし、インターネットで検索すると、使っているのは、おれぐらいだったらしく、ほかにはズバリのヒットはない。だから、このエントリーに集中したのだろう。おれは、このエントリーのほかにも、何度か使ってブログを書いている。

ツイッターでは、それぞれのひとが、それぞれの印籠語を指摘していておもしろい。なかに、「健康」「子供のため」というのがあって、大いに感動した。

ラジオでは「金科玉条として使われる言葉」を印籠語として説明したようだ。あげていけば、実際には、たいがい「常識」とされているものが、多く含まれるだろう。

なんにせよ、大いに印籠語をあげつらね、笑いとばしてみよう。きっと血の巡りがよくなるだろう。

では、印籠語に対する言葉は何か? もちろん悪党語であり、おれ悪党的には、2つあれば、こと足りる。「クソッタレ」か「ケツクラエ」だ。

ケツクラエについては、こちらで書いた。
2006/07/19
「地下鉄のザジ」の街的飛躍そしてパーソナルヒストリー

ところで。「印籠語」は造語であるから、「いんろうご」と入力して変換したら、おれのパソコンでは「淫老後」となった。おおっ、さすが、おれのパソコンだ、おれのことがよくわかっていると、大いに感嘆した。

「印籠語」を広辞苑に載る言葉に育てよう。そうすれば、日本は元気になる。

印籠語のリアルタイム結果

hidakaya3: 印籠語>「ゆるゆる大陸」「脱星印脱印籠語」とか。: ザ大衆食つまみ http://goo.gl/RWSlT
about 8 hours ago via web

hoshisouya: 印籠語、「不況」とか「就職難」とか微妙なラインな気がする。「ゆとり」とか?なんかただの「ネガティブイメージの流行語」になってきた・・・。
about 15 hours ago via Echofon

koinega: とりあえずスクラップ RT @seiki_ryu: RTで回って来た「印籠語」、ちょっと興味アリ(ラジオ自体は聴けないのですがちょっと調べてる)。私がいつも思うのは「感動」「泣ける」ですね。 RT @tokkou3: 印籠語:子供のため
about 15 hours ago via Tween

tokkou3: 印籠語:子供のため
about 15 hours ago via web

seiki_ryu: RTで回って来た「印籠語」、ちょっと興味アリ(ラジオ自体は聴けないのですがちょっと調べてる)。私がいつも思うのは「感動」「泣ける」ですね。
about 15 hours ago via Saezuri

koinega: RT @hoshisouya: ちなみに、僕が苦手な印籠語「ボランティア」。ああ、これ、ハッシュタグにして広めたらおもろいかな?
about 15 hours ago via Echofon

koinega: RT @hoshisouya: 「印籠語」これはあるな。まるで黄門様の印籠のように日本人が一発で平伏してしまう一言。例が「エコ」ってのが・・・。
about 15 hours ago via Echofon

hoshisouya: ちなみに、僕が苦手な印籠語「ボランティア」。ああ、これ、ハッシュタグにして広めたらおもろいかな?
about 15 hours ago via Echofon

yamamotobuunyan: ラジオ深夜便で「印籠語」について放送している。要は「金科玉条として使われる言葉」なのだが、その最たるものが「健康」だろうなあ。誰か「どういう状態が『健康』なのか具体的にご教授願いたい。
about 15 hours ago via web

hoshisouya: 「印籠語」これはあるな。まるで黄門様の印籠のように日本人が一発で平伏してしまう一言。例が「エコ」ってのが・・・。

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2011/02/06

「移りゆくもの」は、なんなのだろうか?

004文藝春秋デラックス『移りゆくものの記録 江戸と東京』をパラパラ見る。1975年11月発行。おれは32歳だった。

田村隆一さんが書く、「東京望景」がある。銀座四丁目、丸ノ内、新宿、原宿、本郷、芝、浅草。それぞれ、異なる画家が絵を描いて、田村隆一さんが、たぶん「詩」だろう、文章を付けている。

芝は、東京タワーの絵だ。安西啓明さんが描いている。田村さんの詩は、「塔」のタイトルで、こうだ。


その塔の高さを
知らない

のぼったこともなければ
のぼろうとも思わない

あんまり馬鹿馬鹿しいので
笑ってしまった


003いま調べたら、東京タワーの完成は、58年12月23日。高さ333m。塔では、エッフェル塔(316m)を抜いて世界最高、だったということだ。おれは、この本が出たころ、仕事で近くまで行ったとき、一度だけのぼったことがある。

芝の絵がある見開きの左ページは、浅草で、滝田ゆうさんが絵を描いている。いま、この浅草へ行けば、東京タワーより、はるかに高い、東京スカイツリーという名だったかな?を望むことになる。「その塔の高さを 知らない」

芝には、徳川家の菩提寺、増上寺がある。その頭上に、東京タワーがそびえた。こんどは、浅草の観音様の頭上というほどではないが、見上げた空の視界に、ナントカツリーが入る。そのように風景は移りかわった。

だけど、いま、ナントカツリーを見て、

あんまり馬鹿馬鹿しいので
笑ってしまった

と言うひとは、詩人だろうが、文学者だろうが、ようするにそういう類のひとだろうが、そうでなかろうが、あまり見かけない。というか知らない。たぶんいるのだろうが、メディアで目立つことがないのは、確かだろう。そのように、風景だけではなく、何かが、変っているように感じる。

002ポジティブシンキングとやらで「イエス!イエス!」と浮かれていないと、嫌なやつ、楽しくないやつと、つまはじきにされそうな空気を感じる。みんな楽しく心地よさそうだけど、「ノー」とはいえない、コワイ雰囲気がウヨウヨしているようにも感じる。浮かれた輪に入っていけない人は、置いていかれそうな空気も感じる。

それはともかく。田村さんのこの詩は、芝の前のページにある本郷の、「坂」というタイトルの詩があって生きる。絵は、三井永一さん。

坂と坂のあいだに
生活がある

戸口のまえ
小さな窓の出口に
植木鉢をおいて

 「みずからは
  何ものをも意味しないのに
  存在すること自体が価値である」
小さなものが

生活していて

001「みずからは…」の部分は、吉本隆明さんの「都市にのこる民衆覚え書」からの引用。

この本は、いわゆるムックで、広告がたくさん入っている。なにしろ、文化の香り、文藝の香りのするものだから、広告もカタイ。だから、この広告を見たときは、一瞬、これはなんに使うものだろうかと、一瞬だが、思った。

いやあははは、まいっちまうな。

「パワーの持続と
 青春の延長…。」

これを見て、「移りゆくもの」は、わが身なりけり、と思ったのでした。

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2011/02/05

「あいおい古本まつり」と牧野伊三夫さん。

017

画像は、きのう南陀楼綾繁さんに頂戴したチラシ。南陀楼さんやわめぞの向井透史さんが、中央区佃の「相生の里」と組んでやる「あいおいブックラボ」の「あいおい古本まつり」のチラシ。最近は、チラシといわずに、フライヤーなどと格好つけた言い方をするのだが、飲食関係者からすれば「フライヤー」は、揚げ物をする機械というか器具というか装置なんだなあ。ま、その、ようするに古本まつりのチラシフライヤーなんだが、牧野さんの絵なのだ。いいねえ、この牧野さんの絵。お得意のタッチと色合いというか。

牧野さんは、この絵を描いただけじゃなく、3月26日27日に開催される「あいおい古本まつり」でも、2つのイベントに登場する。

どちらも26日の午後。一つは、ワークショップのコーナーで「出版者ワークショップ公開版 画家が出版を行う理由」。これは、「本づくりの新たなかたちを模索するワークショップ」だそうで、南陀楼さんが聴き手で、牧野さんが話す。いうまでもなく、牧野さんは美術系同人誌『四月と十月』の編集長であり、さらに、こんどは、四月と十月文庫を刊行することになっている「出版者」なのだ。

もう一つは、ライブイベントで、「即興絵画制作」というもの。四月と十月同人のミロコマチコさんと2人で、青木隼人さんのギターと柳家小春さんの三味線にあわせて、即興で絵を描くというもの。描いた絵は、翌日から4月6日まで、展示される。

どちらも楽しみなプログラムですねえ。

詳しくは、こちら、「あいおいブックラボ公式ブログ」をご覧ください。
http://aioibooklabo.blog.shinobi.jp/

しかし、東京は極端な一極集中のおかげで、全国から富と人材が集まっているはずで、そこで楽しくやるのはよいが、東京都知事選は、どうなるのだ。イベントやって浮かれているだけじゃなく、ちったあ考えてほしいよ。石原都政下で、浮かれて楽しんでいるうちに、すっかり石原に飼いなされてしまっているように見えなくもない。なんだかねえ、都知事選を隣の県から眺めていると、サミシイ気分になるねえ。「石原にノーと言えない東京人」なんちゃって。まあ、楽しい思いをしていたら、ノーとは言えないのだろうなあ。

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「酒とつまみ」古本屋発居酒屋行き取材で大森へ。泥酔帰宅。

005「酒とつまみ」14号の編集作業は、イチオウ、着々と進んでいる。きのうは、南陀楼綾繁さんが綴る連載、「古本屋発、居酒屋行き」の取材があった。16時、大森駅改札集合。今回のゲストは、若い文筆家の松田青子さん、そして、創刊編集長の大竹聡さん、永世ゲストのおれ。

なんと、南陀楼さんが予定していた古本屋は、一軒残っているだけで全滅状態だった。画像の松村書店のみ。西口に出て、ダイシン百貨店へ行くアーケード街にあった。一年前ぐらいに、このあたりを歩いたとき、すでに工事が始まっていたアーケード街のリニューアルが、まだ続いている。その足場のトンネルの中で営業していた。

間口一間ぐらい。狭い。コンクリートの壁にも釘を打って、商品をぶらさげている。一軒だけということもあってか、混雑していた。そもそも安い。100円~300円が圧倒的に多いのだ。初老の婆さんが、せっせと文庫の推理小説を何冊も見繕っていた。年寄りは、テレビにかじりついていないで、本を読むなんていいことだね。おれは、工藤庸子さん訳の『大帝ピュートル』中公文庫を見つけて買う。この人の訳が好きなのだ。状態がいいのに、200円。

010反対の東口側へ行ってみようと、路地に入る。小さな廃れかかった飲み屋がポツポツある。京浜東北線や東海道線?横須賀線?が走る踏み切りを渡る。誰かが踏み切りを渡るのは久しぶりだというようなことを言った。おれも、こんなに線路がある踏み切りを渡るのは久しぶりだ。コーフンして何枚も撮影してしまった。

小さなビルの3階に、映画チラシの専門店がある看板を見つけ、入ってみる。ようするに、古いの新しいの映画のチラシを売買しているのだ。細かい整理が大変そうで、おれにはやれそうにない商売だと思う。しかも、南陀楼さんに聞いたところでは、チラシはポスターのような高値はつけられないらしい。でも、客がいるから商売が成り立つわけだ。

しかし、こういうチラシは飾ることもせず、集めてファイルに綴じておくだけなら、そんなの買う意味がないんじゃないのと南陀楼さんに言うと、「コレクターというのは、そういうものでしょう」と笑われた。ただ集めることに満足を求めるから「コレクター」というのだな。おれとは正反対の人種だ。

東口アーケードの近くに、「3時からやってます」と書いた、古いカウンターだけの酒場があった。惹かれるものがあったので、入ってみようと入口をのぞくと、大将が椅子に腰掛け居眠りをしていた。全体の寂れぐあいがいい。ビールと、燗をコップで一杯。

012

014南陀楼さんが、西口のそばに気になる飲み屋街があるというので、駅コンコースを通り抜け移動。山王小路飲食店街。おお、これは、まさに昭和の風情のままの飲み屋街。いいねえ。端まで歩いてもどり、チョイと入りにくい店ばかりだが、一軒選んで入る。カウンターの中に大将、外の椅子に愛想のよいフィリピーナが2人。といってもフィリピンパブではなく、ピーナはただの従業員らしい。小あがりがあって、そこに陣取る。

あとは飲むだけ。チューハイのち燗酒。もちろん、よく飲んで、あれこれオシャベリ、泥酔。10時半ごろまで飲んだのだろうか。よく覚えていない。最後のほうでおれは、南陀楼さんと大竹さんに、チクチクいじめられていたような覚えがあるのだが、夢かなあ? 夢でも年寄りをいじめちゃいかんよ。なーんてね。でもなんだね、少しいじめられたほうが生きがいができてよいかもなあ。

とにかく、東大宮に着いたら、少し酔いも醒め、12時15分前ぐらいだった。足が自然に東口の方へ向かい、よってってちゃぶだいへ。なのに、もう酒は飲めない感じで、ビールとハイボール、新メニュー、味噌ラーメンにギョウザがのっている「味噌ギョー麺」を食べ帰宅。よれよれ。

さてところで、この取材の結果が載る『酒とつまみ』14号は、いつごろ発行になるだろうか。前回13号の例から推測してみよう。

取材は、去年の1月18日だった。
2010/01/19『酒とつまみ』南陀楼綾繁「古本屋発、居酒屋行き」取材。

そして発行は9月上旬だった。

ということは、ぐふふふふ、今回は9月の下旬の発行ですよ。みなさん、気長に待ってあげてください。

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2011/02/04

旅人文化ブログに「異境、辺境、秘境としての酒場」を掲載。

きのう、旅人文化ブログなんでも版に「異境、辺境、秘境としての酒場」を掲載した。…クリック地獄

これは、一昨年あたり廃刊になった『dankaiパンチ』07年10月号(飛鳥新社)の「定年旅行!?ちょっと待った!」という特集の中の「そしていま本当に行きたい旅とは? 極私的旅行の愉しみ」に寄稿したもの。

さて、きょうは、いろいろ忙しい。

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2011/02/03

「オラ メヒコ!」なテキーラとサルサで泥酔の夜。第二夜。

006

前回は、一昨年だった。
2009/02/05「オラ メヒコ!」なテキーラとサルサで泥酔の夜。

009さわちゃんが、今年またメキシコで新年を迎え、日本では入手できないアガベ100パーセントのテキーラを買ってきた。で、きのうは、テキーラパーティーとなった。16時から。さわちゃんとリバーちゃんが到着。ダビちゃんとくらちゃんは、仕事もあって18時ごろだったかな? さわちゃんは、テキーラを飲むための、メキシコ産ライムとイスラエル産の塩まで持参。

030ま、とにかく、前回のように、飲んで踊って、夜は更け、なのだった。今回のテキーラは、35度で、テキーラとしては、あまりアルコール度の高いほうではなかったが、なんてのかな、まったくクセのない真水に近いような味わいで、すごく飲みやすく、おもわずグイグイ飲んで、けっきょく早く酔ってしまった。酒は、ほかに、ビールと清酒。赤ワイン2本は、手をつけないうちに酔いつぶれ。

最後は、こんなアリサマでした。とさ。

047

おれが作ったつまみは、焦がし蒸し温野菜、スペイン風オムレツ風オムレツ、なめろう。

021

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2011/02/02

悪党の血が騒ぐ昼下がりの歌舞伎町。

002

きのう、12時近くに新宿に着いた。東口の地上に出たところから見える、西口のビルの広告塔の温度が10度。地上の温度なのか、ビルの上の温度なのか。

これから歌舞伎町で深く秘かに、コトを運ぶのだ。素顔を晒した昼下がりの歌舞伎町は、ひさしぶりだ。おお、悪党の血が騒ぐ。さくら通りの入口に建つ、30歳のころ仕事で半年ばかり過ごしたビルを見上げ、おれは、やっぱり歌舞伎町が好きなのだと思う。20歳代の1960年代から、90年前後まで、一挙に思い出が駆け巡る。

このブログにも、すでに、いくつかのバーやクラブやキャバレーやスナックなどについて書いたが、まだまだある。そのうち書こう。

この歌舞伎町を舞台に陰謀をめぐらす悪党2人、おれの相棒は女神か魔女か。歌舞伎町が天国か地獄かわからないように、歌舞伎町にいる女だって、女神か魔女かわからない。世の中、そんなもので、理解フノーなのだが。そうそう、「四月と十月」の4月号の理解フノーの原稿締切りが近づいている。とにかく、歌舞伎町は、得たいの知れない世間、大人、男や女の、現実それとも真実を、あからさまにする。

日の光がまぶしい白昼の歌舞伎町は、看板が生々しく目に映る。つまり、この街は、「食う、飲む、ヤル」街だということを、なんの幻想もまじえずに知らしめる。この欲望の明快さが、たまらなくよい。しかし歌舞伎町の深く秘かな部分は、なかなかわかりにくい。だからこそ、ここにしかない「自由」があるともいえる。ここから見れば、ここ以外の世間は、真実からほど遠い、ともいえる。このあたりに多いネィテイブな中華料理屋で、生ビール2杯ずつから紹興酒1本を空け、かつ旺盛に食べ、16時ごろまで、歌舞伎町ブルースな真実の蜜壺の深部にまで達し、そのように思うのだった。

てなわけで、つぎの歌舞伎町が楽しみだ。悪党の陰謀は、歌舞伎町を舞台に、どう展開するのか。そういえば、以前に、歌舞伎町で売れている雑誌の調査をしたやつがいたな。この街には、それなりにシッカリした料理を食わせる「高級店」も少なくない。けっこう口のおごった連中が遊ぶところでもあり、女に見栄をはる連中が女を連れて行くところでもあり。そういう商売も、なかなか深いものがある。おれの知り合いの息子で、在外公館の料理長を勤め、某首相のお気に入りだった料理人も、この一角に店を持っている。一万円札以下は使えないような店だ。

最後の写真。ホスト・クラブの看板である。ここを右へ行くと風林会館という位置。このあたり、ホストクラブだらけになっている。そして、この時間、路上には、客引きだらけだった。相棒が金を引き出すとかでコンビニに入った。すると、おれがこの写真を撮っているところを見ていた一人が、「遊んでいきませんか」と声をかけてきた。30歳ぐらい、茶に染めた短髪、片方の耳に金色の耳輪。「ホストクラブ?」と聞くと「そう、おもしろいよ」。「ホストクラブは女が遊ぶところじゃないの」「男性の方も歓迎ですよ」てな会話。はあ、ほんと、歌舞伎町はおもしろい。

004

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2011/02/01

人気の「雲のうえ」だが、もっと応援したい。

「雲のうえ」のファンクラブをつくることになり、サイトができました。不肖、悪党なおれも、発起人に名を連ねています。

黙っていても、あの素晴らしい「雲のうえ」が届くとおもっていたら大間違い。なんでも、そうだけど、いいことでも、続けるには応援や励ましが必要だ。「雲のうえ」だって、年4回発行から、いつのまにか2回になり…。

みなさん、どーか、応援や励ましの声をあげてください。よろしくお願いします。

北九州市発行の情報誌「雲のうえ」を応援する会

(http://kumonoue-fanclub.net/)→すみません、都合により、変更になりました。5月12日から、こちら「雲のうえファンクラブ」のページをご利用ください。
http://www.facebook.com/kumonoue.fan

みなさんのブログやツィッターなどで、この応援する会のことを知らせていただけたらうれしいです。

チョイと、きょうは忙しいので、とりあえずこれだけ。

当ブログ2006/11/16北九州市「雲のうえ」の素晴しさ

おれは、07年の5号「食堂特集」で執筆しました。ザ大衆食「北九州市『雲のうえ』5号特集「はたらく食堂」のすべて」…クリック地獄

これまでブログなどで「雲のうえ」を紹介応援してくださった記事です。明日以後、さらに、リンクを追加します。順不同テキトウですので、もれが多いと思います。ご本人様、気がついた方、コメント欄にリンクを貼っていただけたら、幸いです。

「日毎に敵と懶惰に戦う」様 2007.09.02北九州市情報誌『雲のうえ』が本当に素晴らしい

中村正三郎 様 2008年01月28日帰ってきました。北九州紀行。「雲のうえ」。やっぱ、すごいぜ、北九州

「自己満活動法人でめきん案内」様 2010年06月30日【水も滴る北九州】フリーペーパー「雲のうえ」

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