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2011/06/29

「浅草天丼」ダイナミズム論。

日頃から整理は悪いし、書いたものに執着も未練もないし、自分が、何にどんなことを書いてきたかなど、どんどん忘れてしまう。たまたま見つかったので、ここに載せておく。載せて、載せたことも忘れてしまうかも知れないが。

これは、2004年8月発行の『散歩の達人』ムック「THE下町情緒」に書いたもの。いまなら、もう少しうまく書けると思うが、なーんてことはないかな。とにかく、そのまま、載せる。以下、最初のリード文から全文。タイトルは、「「浅草天丼」ダイナミズム論。」だ。


浅草歩けば天丼が気になる。天丼を名物に掲げる店が大小問わずやたら目に付く。
「天丼食べよう、天丼」と叫びながら行き交うグループがいる。
天丼のために一時間も行列する人がいる……。

 例えば『まさる』。行列ができる有名店だ。丼の容積をはるかに超える量の天ぷらが豪快に盛りあがり、丼のふたは上にのらないから、飯に差し立てて出てくる。そうだ。浅草天丼は、天ぷらがデカく量がすごいのだ。蕎麦の『尾張屋』もデカイ海老天の天丼が大人気。『天健』もデカイかき揚げ天丼で知られる。
 デカイが、いいのか!
 うん、確かにばかげた巨量は、ワッショイ景気づけになる。非日常的祝祭的盛り場では、有名になる条件のひとつだ。雷門も、あのデカイ提灯がなかったら、ただの門って感じだし。
 そして、浅草といえば伝統。古い暖簾を誇る店が連なる。天ぷらの『三定』は天保8年(1837)創業。天ぷら料亭の『中清』は幕末の屋台に始まる。蕎麦の『尾張屋』は明治3年(1870)創業。などなど。なかでも、観光人力車が「チョー有名な天ぷら屋」と説明する、明治20年(1887)創業の大黒家は、本館の周囲に強烈なゴマ油の匂い。江戸の伝統は天ぷらをゴマ油で揚げる。それに、天丼の命、タレがコイイのだ。“天丼は甘辛くて濃厚なタレが特徴。この独特の味付けは創業以来変わらない味を誇っています”。うむ、堂々の浅草の主張だ。本当にコイイぞ。そういや、『並木薮蕎麦』も、どじょうの『飯田屋』も濃い口が有名だ。
 コイイが、いいのか!
 うん、これが、いいのだな。昔から。なにかの本で読んだ、昭和初期ごろの話だ。工員だったか小僧だったか、浅草へ行って丼を食べるのを楽しみに、普段は飯に醤油かソースをかけて食べて小遣いを貯めたという。そんな彼らが、浅草を愛し、コイイ味を支持してきたに違いない。そもそも浅草は、浅草寺からして肉体労働者大衆の信仰の寺として栄えたのだ。いいじゃないか。額に汗して働く、健康な大衆の味覚が伝統だなんて。
 ところで天丼にのる天ぷらは、江戸末期から明治の頃、屋台を中心に下町庶民の新しい食べ物として普及した。材料として使われたのは、江戸前の魚の他、小麦粉やゴマ油など近在の産物で安価なものだ。これに「野田」や「銚子」で知られる、関東の濃い口醤油を、惜しまずに使うのが自慢だった。デカイは観光用かもしれないが、コイイは下町に根付いていたのだ。
 そして今も、いかにも旨そうにデカイコイイ天丼にかじりつく、お馴染みさんらしい老人をよく見かける。皆キリッと元気がいい。若い関西芸人も「慣れました」とガバガバ食っていたぞ。この100年以上続く伝統の味に挑んで弱音を吐くようなやつは生命力が衰えているんだろうな、きっと。

 にしても、下町庶民の味にしては、浅草天丼はチト高くはないか? いや、天丼が千数百円から二千数百円なんて、ゼッタイ高い、と俺は思った。だがしかし、『まさる』の天丼2800円は「大入り江戸前天丼」の名に嘘はなく、アナゴ、白身魚、海老がドドーンとのっている。『大黒屋』の海老天丼1800円もかなり豪華。『尾張屋』はデカイ海老天が堂々2尾入りで1400円。貧乏性の俺は『てんや』の490円天丼との比較で考えてしまうのだったが、すると、そんなに高いわけではないことがわかった。『てんや浅草店』もあるが、値段、大きさ、味ともカワイク思えてきて、「浅草天丼」とは言えない。結論。高い天丼を、あれだけ大量の客いん食わせ「ボロイ商売」をしていると思った俺は、財布と脳の薄い男に過ぎなかった。小遣い貯めてデカイ気分で臨むとしよう。
 ま、評価は人それぞれだろうが、俺にとって生涯記憶に残る大きさと味だ。それだけでも満足。店から出て「すごかったなー」と頷きあっている人たちがいたが、きっと同じ気分なのだろう。身体に焼きつく“デカイコイイ衝撃”。これこそ、観光地・浅草の醍醐味なのかもしれない。うむ。

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イラスト=溝口イタルさん

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