こじんまりと地元主義な味わい深い、町内の夏祭り。
今夜は、東大宮2丁目の盆踊りと花火大会。朝は雨が降っていたし、その後雨は上がっても、雲行きは怪しかったが、なんとかできた。途中小雨混じりになり、早めに花火をやって、早じまい。
埼玉知事選の日だったから、夕方5時ごろ、投票を済ませて、祭りの会場である堀の内公園へ行ってみた。5分ほどのところ。
このあたりは、農地を宅地にしたところで、古い農家や畑が散在している。それを囲むように、二階建ての家やアパートがあって、駅そばをのぞいてマンションがない。その景色のなかを祭りの太鼓と鉦の音を聞きながら歩いていると、60年代や70年代の郊外の感じだ。ま、あのころより、建物がオシャレであるが。
祭りの音は、少しだが残っている、古い農家や畑が似合う。それに空が広い低い建物の景色が。実際に土の匂いもするが、土埃を感じるような景色だ。
会場は、子供たちで一杯だった。かき氷を食べている子たちが多い。浴衣姿もいる。まだ日が暮れるのに間があった。堀の内公園は、よく知らないが、前は学校だったのではないかと思われる。広くて、周囲に桜の木が並んで植わっている以外は植裁がない。グラウンド、小さな野球場みたいなのだ。
その一方の隅で、太鼓と鉦をやっているグループがあって、その前に盆踊りのやぐらが組まれ提灯がぶらさがっている。自治会のテントがはられ、世話役のみなさんが祭りの法被を着て、かき氷ややきそば、金魚すくいなど。子供たちが群がっていた。盆踊り参加と思われる、揃いの浴衣を着た婆さんたちもいた。このあたりが「農村」だった時代とイマとのつながりが、わずかに残っている。その空気が祭りにある。
いったん晩飯の買い物をして家にもどる。もどる道、浴衣姿の母子が会場に向かうのとすれちがった。
霧雨のようなものが少し降り出したが、8時ごろ花火の音が始まったので家を出る。途中、ぞろぞろと家族ずれや、駆けていく子供たち。若いカップルもいる。花火は公園の中であげている。大きな花火はあげられないが、小さくても、すぐそこであげ、頭上で開くから、見応えは十分だ。時々、歓声や拍手がある。最後に、ナイアガラ、やや大きめな打ち上げ。
花火は30分ぐらいで終わった。雨まじりなので、これで祭りは終了。ぞろぞろ帰る人たちのなかに混じる。小さな子供がいる若い夫婦が多いのに驚いた。みな楽しげ。地味だけど、大切なことがある。

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おれも寄稿した、7月16日発売の『大阪人』9月号の特集は、「手練の書き手27人による 新しい大阪紀行「旅する24区」」であり、梁石日(ヤン・ソギル)さんが、生野区ということで鶴橋を書いている。タイトルは、ズバリ「在日コリアンの原点、鶴橋」だ。
そうそう、大阪のニオイといえば、「旅する24区」では、おれも書いているのだ。って、じつは、このことを、言いたいのだ。おれも、大阪のニオイのする「おれの胃袋と大阪と東天下茶屋」を書いている。
「気象庁は9日午前、九州北部、関東甲信、北陸で梅雨明けしたとみられる、と発表した。昨年に比べ、いずれも8日早い」のだそうだ。
さきほど、ネットのニュースで見た。ここは、2008年9月に訪ねたが、時間が少し早すぎて、どこにも入れなかった。残念。写真だけでも撮っておいたので、掲載する。復興しても、この姿は、もう見られないだろう。真ん中の通路を抜けると、七条通り。

それゆけ30~50点人生。
