異境、辺境、秘境…としての酒場。
きょうは、雑誌『dankaiパンチ』2007年10月号(飛鳥新社)に書いた「異境、辺境、秘境…としての酒場」を載せる。これは「極私的旅行の愉しみ」に寄せたもの。この頃、何度か、『dankaiパンチ』に書くチャンスをいただいた。ま、まいどのことながら、いまなら、もう少しはうまく書けるハズだけど。なんちゃったりして。
『dankaiパンチ』は、赤田祐一編集長に、太田出版の『クイック・ジャパン』編集長だった森山裕之さんを副編集長に迎え、体制を強化したが、廃刊になったのでした。森山さんや、美濃さん、清田さん、どうしてるかな。
では、以下。
ある日、電車に三〇分ばかり乗って都内の某所へ飲みに行った。ところが気に入っている酒場が二軒とも休みだった。さてどうしようか、また電車に乗るか。おれはその街で「いい大将や女将のいる安い酒場を新規開拓しよう」と思い立った。そのようにテーマを持った瞬間、旅が始まる。
ガイド情報などの予備知識があるような店には用がない。中はどんなかわからない店の戸を初めて開けるとき、不安と緊張と期待で、胸がときめく。まさに東京に一軒しかない秘境の入りロ。そう見れば、見慣れた街が違って目に映る。街は秘境や辺境だらけだ。
うーむ、この酒場の佇まいは、アヤシイがなぜかそそられる。入るか、避けたほうがよいか。もしかすると中には未踏の奥地よりコワイ大将や常連客がいて、とんでもないものを威張って食べさせられるかも知れない。何かあったら逃げ出す口実が必要かな。こんなときはこうしよう、ああしよう。考えながら歩いているうちに気分は完全に非日常だ。
そして酔いがまわった頭で気がついてみれば、酒場の大将や女将と、陽気に過ごしている。初めての人たちと、そこで生きている物語を紡いでいる。たしか、どこか異境の酒場で、こういうことあったよなあと思う。ああいい旅をしたと満足し、フラフラ帰路につく。
「その気になって、しかるべきお金さえ出せば」「まあだいたい世界中どこにでも行ける」「いちばん大事なのは、このように辺境の消滅した時代にあっても、自分という人間の中にはいまだに辺境を作り出せる場所があるんだと信じることだと思います」と村上春樹さんは述べている(『辺境・近境』新潮文庫)。
自分でテーマや物語を作り出すのだ。でも近頃、「立ち飲みツアー」「下町人情酒場ツアー」と称して、集団で飲み歩く姿を見かける。自立した大人の姿とは言い難い。せっかくの旅のチャンスが台無しではないか。
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それゆけ30~50点人生。

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