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2011/08/31

日光戦場ヶ原、秋の気配。

Dscn0338きのう、奥日光、光徳牧場、日光湯元、戦場ヶ原などをブラブラした。標高1400メートル~1500メートルのこのあたりは、秋の気配が濃厚。

きょうは、戦場ヶ原の湯川コース木道を、赤沼からテクったときの、木道風景を掲載しておこう。山は男体山。9月が花の盛りのオヤマリンドウのつぼみがふくらんでいた。

この木道は、春、夏、秋、10回以上は歩いている。きょねんは歩いてないが、以前は、板を三枚組んだ木道が、二筋平行して続いていた。しだいに朽ちて、ところどころ支えている杭まで腐り、グラグラするところもあった。それが、部分的だが9枚組の、広い木道に変わっていた。そこだけ見ると、風情に欠ける、といえないことはないが、まわりの景色がデカイから、気にならない。

中高年の登山ブーム、山ガールなんてのも出現し、日光東照宮が世界ナンチャラ遺産などで、混雑するようにもなったのだろう。この木道は、テクることが目的ばかりじゃなく、湯川のマス釣りも利用する。

ま、とにかく、きょうは、木道の景色を中心に。

ここ東大宮からだと、各駅停車でのんびり出かけて、たいがいの客は帰途につく13時すぎに戦場ヶ原に入る。空いたところをゆっくり楽しみ、人影が絶えた夕暮れのバスに乗って日光駅にもどる。日帰りでもタップリ楽しめる。もちろん、いい温泉にも入った、生ビールも飲んだ。その写真は、またの日に。

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2011/08/28

わが「断捨離」歴。

Dscn0289先日、『四月と十月』に連載の「理解フノー」7回目の校正が出た。今回は、「わが「断捨離」歴」のタイトルで書いた。

「わが家に初めて来た女子が、帰ると早々にメールをくれた。近頃「断捨離」という不要なものを捨てる生活がハヤリであるが、遠藤さんの家を見て、決意あらたにした、というようなことだった。私は、初めて「断捨離」なる言葉を知った。調べたら、持てる者のヨガのようなもので、贅沢なものだが、わが家には最初からモノが無いのだ。かなり無いほうだろう」という書き出し。

ようするに、「断捨離」なんてのは、金銭に余裕のあるひとたちが、散々買う楽しみをしたあとに、楽しむものなのだ。おれの場合は、それとはちがう。では、なぜ、こんなにモノがないのか。と、ふりかえってみれば、おれの蹴つまづき人生。蹴つまづいて、転んだ先にあった石を拾いながら、何かを捨て、何かから離れてきた。なんで、こんな人生になったんだろうねえ。そして、最後まで「断」てなかったのは、「女」だった。なーんて話をしているのであります。

この『四月と十月』は美術系同人誌で、編集長の牧野伊三夫さんをはじめ、大活躍中の芸術の香り高い気鋭のひとたちばかり。たとえば、先日は、同人の石田千さんなどは、芥川賞の候補になっている。なのに、おれは、同人でもないのに、牧野さんの何を書いてもよいという言葉に甘えて、書かせていただいている上、まいど書くことがメチャクチャ。まさに、理解フノーなのだ。

そうそう、2011/06/30「祝、四月と十月文庫『えびな書店店主の記』蝦名則著、港の人から刊行。」に紹介した、四月と十月文庫は、たいへん好評で、東京堂書店で何週間かベストテン入りを続け、一度は、いまブームの原発本を押さえ1位にまでなった。すごいなあ。

その四月と十月文庫は、9月に2冊目を刊行する。こんどは、同人のミロコマチコさんによる画文集『ホロホロチョウのよる』だ。

ミロコマチコさんの絵、ご存知ですか。彼女の絵があるだけで、どこだろうと、そこが絵本になるような絵、と、おれは感じている。ただいま、谷中のギャラリー「やぶさいそうすけ」で、『サイのせなかにのって空に絵を描く』というイベントをやっている。26日に始まったばかり。こちら、やぶさいそうすけさんのサイトに案内がある、ぜひご覧ください。
http://yabusai.net/g/new.html

ミロコマチコさんの四月と十月文庫も楽しみだ。が、しかし、おれの『大衆食堂パラダイス!』と発売日が近い。であるから、ほかの本などは「断捨離」し、ミロコさんとおれの本だけを買うように。

ところで、調べたら、「断捨離」は、提唱者?のやましたひでこさんの登録商標なんだってさ。商売が、うまいねえ。こうでなきゃ、金儲けはできないよ。金が無ければ、断捨離するほどモノは持てないよ。

最後になったけど、この『四月と十月』25号は、10月発売の十月号です。よろしくね。

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2011/08/26

「深夜食堂」と「望郷」と『大衆食堂パラダイス!』。

Dscn0295_2最近、おれのツイッターのTLでは、テレビで「深夜食堂」が再開されることが話題になっていた。たしか、きょうから撮影開始といったようなニュースも、ツイートにあったように思う。それで、おれもツイッターでつぶやいたことを、ここに再録してみよう。なにしろ、一度に140字という文字制限があるので、3回にわたってつぶやいたことを一つにつなげると、こうなる。

深夜食堂といえば、オープニング曲「思い出」の鈴木常吉さん。常吉さんの新しいアルバムに「望郷」がある。そこに「深夜食堂主人談(代筆 安倍夜郎)」が、「奴のうわさ」のタイトルで書いている、「ツネさんの歌はいいと思っている。ブッキラボーだけどちょっとあったかくってさ」。まさに! 

アルバム「望郷」は、以前ブログで紹介。enmeshi.way-nifty.com/meshi/2011/01/… 知人の中原蒼二さんが作詞し常吉さんが曲をつけてうたう「さびしい時には」のことしか書いてないが、9月10日発売の拙著『大衆食堂パラダイス!』は、大いに望郷が関係する。そもそも第1章は「望郷食堂編」だ。

「望郷食」という言葉は、昔からあるかどうかしらないが、02年から約1年間、新潟日報に週一で「食べればしみじみ故郷」の連載をした時に、俺は初めて使った。俺は、「故郷」「ふるさと」という言葉を、自分の「足もと」というイメージで使っている。「望郷」は、自分の「足もと」を望むという感じ。

以上。字数の関係で、なるべく簡略に書いている。付け足すと。

鈴木常吉さんは、@suzukitunekichiのアカウントでツイッターをやられていて、8月20日に「責任は持ちませんが、私の歌がまた使われるようですよ。アッ、テレビのはなしね。」とツイートしている。

「深夜食堂」の再開にあたっては、また鈴木常吉さんのオープニング曲が聴きたい続けてほしいという声が、ツイッター上であった。

ウチにはテレビがないので、テレビで「深夜食堂」を見たことはない。だけど、オープニングをはじめ、ヨウツベで見ることができる。漫画の原作は、ときどき『ビッグコミックオリジナル』で見ている。単行本は、地元の居酒屋「ちゃぶだい」に揃っている。というわけだ。

前回のエントリー、2011/08/21「『大衆食堂パラダイス!』の予約受付が始まっています。」に書いたように、第一章は、「望郷食堂編 食べればしみじみ故郷」から始まる。なぜ、ここから始まるかは、『大衆食堂の研究』とその後が関係しているのだが、それは本書の「まえがき」を読んでほしい。

とにかく、「望郷」や「ふるさと」が、『大衆食堂パラダイス!』の一つのカギなのだ。それは、だけど、これまで「ふるさと」や「故郷」といった言葉にこめられていた、事大主義を感じさせるイメージとはちがう。それで、ま、ここでは、「自分の「足もと」というイメージ」といっているのだが、これでも不十分だと思っている。

いずれにせよ、「味覚」は、現在の「まち」と過去の「まち」をつなぐ記憶である。自分の「足もと」は、そこにある。ってなことだろうか。ま、そういうメンドウなリクツは、『大衆食堂パラダイス!』では直接書いてないが。

「パラダイス!」という言葉については、「ハワイアン・パラダイス」の「パラダイス」といったイメージではなく、「ニュー・シネマ・パラダイス」の「パラダイス」に近いイメージをもって書いた。とはいえ、あの知的な品性の高い映画とちがって、労働者くさい下世話が舞台だけどね。とにかく、「足もと」が「パラダイス!」ってこと。

「グルメ」という「上」を見るのもよいだろう。でも、上ばかり見すぎじゃないか。もっと、足もとにパラダイスがある。そんな、まちの大衆食堂の話を、おれの体験で書いているわけです。

よろしくね。ということで、きょうは、「深夜食堂」と鈴木常吉さんの「望郷」のことから、ムリヤリ『大衆食堂パラダイス!』につなげたのでした。

鈴木常吉さんのサイトです。
http://www007.upp.so-net.ne.jp/tunekichi/

ツイッターでは、鈴木常吉さんとおれは、相互フォローしています。

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2011/08/21

『大衆食堂パラダイス!』の予約受付が始まっています。

ちくま文庫から9月10日発売の『大衆食堂パラダイス!』、アマゾンなどネットショップで予約受付が始まってました。もちろん、書店でも予約可能。

東大宮の場合は、駅ビル西側の教文堂では、ちくま文庫を扱っているし、『みんなの大衆めし』もありますよ。こちらで予約していただけると、うれしい。

よろしく~。

最後の校正のあと、目次がどうなるか最終的な確認ができてないので、章立てだけ紹介します。

第一章 望郷食堂編 食べればしみじみ故郷
第二章 ぶらぶら食堂編(1) 通りがかりの食堂とめしとまち
第三章 ぶらぶら食堂編(2) 大衆食堂の影を慕いて
第四章 追憶食堂編 変わりゆくまちと大衆食堂
第五章 ウンチク食堂編 大衆食堂の楽しみ

てなことです。

おれは上京者である。
一九六二年春、新潟県の六日町高校を卒業して上京した。

そういうおれの大衆食堂物語。一九九五年の『大衆食堂の研究』その後。

北から南まで、たくさんの大衆食堂が登場するが、
本書をB級グルメ感覚のオイシイ大衆食堂ガイドと期待すると、裏切られる。
本書は、大衆食堂のある暮らしのガイドなのだ。
いまやインターネットが普及しているので、大衆食堂の個別の新しい情報は、そちらにまかせた。

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2011/08/19

特大キュウリとミョウガと冷汁うどん食べ放題。

Dscn0235きのうの話の続き。

滞在中は、まいどのように、自家製手打ちのうどんとそば。まいどのように、冷汁も。

だけど、この冷汁が例年とちがうのは、キュウリが特大なのだ。なので、キンミヤのボトルと並べて記念撮影をした。

最初の冷汁の写真の中頃右端に、少しだけ移っているのは、ミョウガのシソ漬け。

ことしは、なぜか東大宮のスーパーにおけるミョウガは高値で、3個入り150円~200円の推移。好きで毎日食べたいぐらいなのに、この値段じゃ、ばかばかしくて買う気がしない。だいたい、ミョウガなんてものは、シーズンになれば、小さなビニール袋に一杯つまって100円かそこらだろう、3個入りだとしても100円以下じゃなくては。と、腹立たしい思いをしていたから、たくさん食べた。

Dscn0237キュウリもミョウガも、この家の前の畑で豊作だった。といっても、この畑、前の川原というか、道路と川原の間に工事の都合でできたらしい、狭い平地に植えたもの。このあたりは、山が急峻なので、平な土地がない。どこの家でも、周囲の、わずかな平地を惜しむように、ものを作っている。

この家も、ジャガイモなどを植える畑は、その急峻を登った上のほうの日当たりのよい場所なのだが、家の周囲の平地もくまなく利用している。キュウリもミョウガも、川の石垣と石垣のあいだの、わずかな場所。道路からハシゴをかけてのぼりおりする。キュウリは、狭いところに、人間の背丈以上の「木」になっていた。

Dscn0265町まで行かないと店はないし買い物に行くには、80歳の老爺が車を運転するか40分かかるバスを利用するしかないから、畑の作物が日々の食生活には欠かせない。ジャガイモ、タマネギ、カボチャ、ダイコン、キュウリ、ネギ、大豆、インゲン豆、ハクサイ、トウガラシ、ユズ・・・一年中通すと何種類作っているのだろう。

昔は、キョウリなどは出荷するほど作っていたし、キノコ類の栽培もしていた、ようするに儲からない。食っていけない。いまは自家用だけ。そのうち、山の上の畑までは、歩いて行けなくなるだろう。家が2軒建つほどあるという、檜や杉の林は、もう荒れ放題だ。

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2011/08/18

猛暑、つかのまの涼、のち酷暑。

Dscn0241まったく、暑いねえ。夏だから暑いのはアタリマエだ、暑い暑いと言うんじゃねえ。といわれたって暑い。

あんまり暑くて、ブログなんか書く気がしない。だいたい、パソコンに近寄るだけで暑いじゃないか。

でも、ちょっとだけ避暑をした。お盆は、例年のごとく、秩父の山奥へ。14日に行って、16日に帰ってきた。

そこは、もう何回も書いたが、高崎線で熊谷、熊谷で秩父鉄道に乗り換え、秩父。バスに40分乗って、小鹿野町。バスに乗り換え40分。という待ち時間を入れて、到着までに5時間かかる。しかし、着けば、標高600メートルの谷底。

着いて、少しすると、頭のてっぺんから、下にむかって、身体が冷えていく、いや、本来の状態にもどるのが、わかる。暑いが、ゼンゼン平気と思っていたのだが、本来の状態にもどってみれば、だいぶ暑くておかしくなっていた、やはり暑さバテしていたのだとわかる。頭なんかスッキリして、この状態で本の校正をやれたらよかったのにと思った。

Dscn0252夜は冷えて、ふとんなしでは眠れない。近所の92歳になる爺さんは、ことしは寒いから、もう電気コタツをだしたと言っているとか。夏がけと普通のふとんが用意してあったが、さすがに夏がけだけで足りた。

ま、それで、とにかく、よく眠れるから、飲んで、食べて、寝るを繰り返して、終わった。

最初の写真は、毎年同じように撮って載せているが、家の中で寝転がっていても、見えるのは、谷川をはさんで向かいの山の緑の壁。

二番目の写真は、今回始めて気がついて、この場所から撮った。物置の小屋の窓からのぞいたら、こういう景色だったというにすぎないが、右側の白い手すりの先に母屋がある。このあたりの谷川は堰堤が連続しているので、滝の音が響いている。昼は涼の感じだが、夜は、なれない人はウルサイぐらいだろう。

最後の写真。家の裏側の山、沢の湧水のところに造ったマスから引いている水道で冷やしたスイカを、縁側で切って、谷川の流れを見下ろしながら、食べる。涼、涼、涼。

そして、また数時間かけて、同じ埼玉でも、暑いところへ帰ってきた。でも、たった2泊でも、身体が生き返った感じ。

それにしても、きょうは「酷暑」だそうだが、酷暑だ。この写真ぐらいじゃ、涼めないか。

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2011/08/10

『大衆食堂パラダイス!』校正作業終了、ちくま文庫から9月10日発売。

Dscn0214aはあ、やれやれ、終わった。

先週5日の金曜日に届く予定だった三回目の校正が、6日になってしまい、しかも昼近く。もどしは、月曜日の8日と決まっていた。今回は、初校で構成を大幅に直したので、再校が実質的には初校という感じであり、しかし、それにしては時間が足りず、文章の細部のチェックや推敲が不十分のまま、もどした。

であるから、三校は、再校という感じだった。そして、結論からいえば、落ち着いてチェックできたとはいえないまま、8日の午後5時ごろ筑摩書房に持参し、もどし作業を終えた。

はたして、その後帰宅してからも、ポロポロ直しが見つかり、9日午前中一杯、時間切れまで、担当編集さんとメールで直しのやりとりをすることになった。けっきょく、時間切れ、終了。

1月末から原稿書きが始まった突貫作業は、最初から最後までバタバタで終わった。こういうこともあるさ、腹をくくった。

きのう、きょう、明日。ほったらかしになっていたことを片付けなくてはならない。たまっているメールのチェックもしなくてはならない。そうそう、メールといえば、この本の作業にかかってから、パソコンを壊してしまい、メールの一部が失われている可能性もある。

パソコンを壊してしまったこともさることながら、地震や原発災害、いろいろ発生するなかでの作業で、本作りとしては、よい状態とはいえなかったなあ。

でも、もしかして、細かいミスはあったとしても、本文と数十点の写真、十分見応えのある内容になっている。

これはまあ、1995年に『大衆食堂の研究』を出したおれでなくては、できない内容だと、自信を持っているのであるよ。

きょうは、『四月と十月』10月号の原稿締切り日で、連載「理解フノー」の6回目を、「わが「断捨離」歴」のタイトルで書いて送った。

明日中にやらなくてはならないことを片付けたら、夏休み体制に入りたいものだ。

関連
2011/07/28
再校をもどし、『大衆食堂パラダイス!』ちくま文庫、9月10日発売。

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2011/08/02

朗報!岩手・盛岡の桜山地区再開発、撤回さらに維持へ。

きのう、盛岡のてくり木村さんのツイッターで知った。

以前に当ブログで話題にした、桜山地区再開発計画、正確には「桜山参道地区の史跡復元構想」というようだが、これが撤回になったうえ、『古くからの懐かしさと暖かさをもつ昭和の風情を残す魅力ある商業地区として、中心市街地活性化にも大きな役割をもっており、この機能を維持する必要があります』と「維持」の方向に「180度転換」とのこと。こういうふうな「180度転換」は、賢明であり、大いに歓迎だ。

こちら、「桜山人情商店街を応援し隊ニュース」に、「桜山参道地区の史跡復元構想撤回に寄せて」をご覧ください。
http://sakurayamalove.blog100.fc2.com/blog-entry-18.html

とにかく、うれしい。こんど盛岡へ行ったときは、桜山でゆっくり飲みたいと思っていたことであるし。

当ブログでは、2回にわたって、書いた。
2010/10/16
あさましく寒々しい再開発計画。岩手県盛岡市桜山地区。
2010/10/19
盛岡市桜山問題、その後の動き。太田和彦さん反対表明。署名に協力を。

これをご覧になって、署名にご協力いただいた方もいます。ありがとうございました。

これまで、古い街並を「汚い」「危ない」「貧乏臭い」など、いろいろなリクツをつけて「再開発」する動きが続いて、その中で消えていった大衆食堂や大衆酒場も少なくない。

それは、まだ日本の「文化度」の低さでもあるのだろうけど、古い街並、そこにある生活は、「文化」であるとの認識が弱い。ってことは、9月10日発売の拙著『大衆食堂パラダイス!』(ちくま文庫)に、再開発で消えた大衆食堂を例に、コッテリ述べている。

古い街並を破壊する安直な「再開発」を前提にした「まちづくり」は、もっと考え直したい。大地震で、いま、そういう場面を、一度にたくさん目の前にしているわけだけど。そこで続いていた生活が破壊的に失われることの打撃や苦痛、それは当事者だけの問題ではない。社会的にも、いかに大きな損失であるか。しかも自然災害ではなく、「まちづくり」の美名のもとに人工的に行われるのだ。

ま、そんなことを、あらためて考え直してみたい。そこに暮らしがある「街並の文化」ということについても。

ついでといってはなんだが、当ブログで何度か紹介している、盛岡の顔である素晴らしい街雑誌「てくり」13号が、予約受付開始だそうだ。よろしくね。
http://www.tekuri.net/

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