« こんどの土日は、古墳だデーだ。 | トップページ | 見沼代用水を遡り深沢七郎ラブミー農場を遠望す。 »

2011/11/23

初めての、大宮盆栽美術館。

Dscn0673

ここ東大宮から一つ大宮寄りの土呂駅から歩いて5分ばかりのところに「さいたま市大宮盆栽美術館」ってのがある。きょねんの開館の前に、なにやらお家騒動のようなことが報道で話題になり、知っているひともいるだろう。

「世界で初めての公立の「盆栽美術館」」を謳うが、そりゃまあ、こんな美術館は、めったにあるものじゃない。どこにでもあるが、ここが世界一とは違うのである。

それはともかく、盆栽については、以前に関わる仕事があって、いろいろオベンキョウをして、興味はあった。なので、ぜひ行ってみたいと思っていた。

きのうは、気持のよい快晴だった。

Dscn0676盆栽は、見ていて飽きない。これは、めったにない美術だろう。なんといっても、でかく成長するはずの木を、盆の上で、なるべく大きくならないように育て、しかもただ育てるだけではなく、岩や水流なども含め、自然の姿を、そこに与える。これは、まったく矛盾している。自然の姿がよいなら、自然の中で、それを求め楽しめばよいのに。その景色を、盆の上に、見立て、つくりだすのだ。模倣であるが、単なる模倣ではなく、箱庭のように小さくおさめる。そこに、衒学的な解釈による様式がある。和歌の本歌どりのような。

いやあ、そのこだわり、執念は、すごいものがある。作品によっては、表現の美しさ以上に、作者のドロドロした毒気にあてられそうなものもあり、人間てなあ、何て欲の深い動物なんだろうと思ったり。するが、またなかには、のびのびとしたものや、いまどきの「カワイイ」という感じのものもある。

とにかく、こだわりであり執念であり、愛着が、これほどこもっているものはないように思う。おそらく日々成長する木に対して、一日たりとも放っておけない気が抜けないだろう。見立ての様式より、かなりこまめに気をつかわなくては、こうはならないはずのものをつくる作者を思い、ため息が出るのだった。日本の旦那芸の極致ではないだろうか。おれのような貧乏ガサツな男には、とてもできない。

と、ため息をつきながら退出し、腹が減ったしラーメンが食べたかったが、とにかく土呂は店が少ないまちで、やっとここでいいかと喜多方ラーメンを見つけ、食べた。のち、見沼たんぼ、市民の森などをフラフラし、ウチまで歩いてしまった。

盆栽はいいのだが、この美術館は、これからどうなるのか、という懸念も若干なきにしもあらず。

さいたま市盆栽美術館
http://www.bonsai-art-museum.jp/

Dscn0679

|

« こんどの土日は、古墳だデーだ。 | トップページ | 見沼代用水を遡り深沢七郎ラブミー農場を遠望す。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/53317453

この記事へのトラックバック一覧です: 初めての、大宮盆栽美術館。:

« こんどの土日は、古墳だデーだ。 | トップページ | 見沼代用水を遡り深沢七郎ラブミー農場を遠望す。 »