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2011/11/24

見沼代用水を遡り深沢七郎ラブミー農場を遠望す。

先日、ツイッターで深沢七郎のラブミー農場が話題になった。そもそも、おれが「ラブミー農場」を、なぜか「ララミー牧場」と間違えたのだが、なんでまあ、酔っていたとはいえ、ラブミー農場がララミー牧場になったのか。って、こうやって書いていると、確かに似通っていて混乱しやすいと思いませんか?思いませんね。

それで思い出したのだが、去る9月のある日、ウチの近所を流れる、見沼代用水を遡って歩いたのだ。その写真を、ちょっとだけ掲載しよう。

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ここは親水公園という名がついている。この下に見沼代用水が流れていて、つまりこの部分は暗渠であり、その上に親水公園をつくり、下の用水から水を汲み上げて流しているという、ややこしい関係にある。この水は夏期から残暑の頃には、こうして流れているが、ほかの季節には汲み上げをしないから乾いている。
写真を撮っている背中のほうは下流で、水路は露出し見沼たんぼに至る。この先は、産業道路を越えて少し行くと、暗渠は終わり水路が露出している。下の写真であり、両側は住宅街だ。
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用水の両側は道が続いている。向かって右側はクルマが通れるところが多いようだが、左側は人と自転車の通行のみだ。そちらを歩く。
残暑の厳しい日で、途中、木陰で野菜売りのトラックが店を出していた。店主は運転席でドアを開けて寝ていた。のんびりした景色だ。このあたりは上尾市になる。
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さらに行くと、右側に尾山台団地が見えた。まだ田んぼが少し残っている。田んぼを潰して宅地にしたのだろう、同じ規格の建売住宅らしい家並もあった。
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しだいに用水の両側の家は少なくなる。
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と、足元に、こんな表示があった。「ここは上尾市瓦葺」「大宮市西緑終点へ2km」いま歩いて来た方角だが、「西緑終点」が、どこをさすのかわからない。まだ調べてない。それより、「行田市利根大堰へ33km」に驚いた。そんなに続いているのか。このまま行けば利根川に出るのだ。こうやって、荒れていた関東平野に用水を引いて田畑を開発し、そして、惜しげもなく潰してきたわけだ。
そのとき、もしかしたら、この用水は、かつて1960年代、深沢七郎が「百姓志願」をして始めた、菖蒲町のラブミー農場の近くを通っているのではないかと思った。なぜか、深沢七郎に近づいたような気がして、とても気分がよかった。いつか、そこまで歩きたいものだと思った。あとで調べたら、まさに、この用水はラブミー農場の近くを通っているのだった。
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行く手を、国道16号が城壁のように遮っていた。用水を離れ少し右へ行くと、16号の下をくぐる歩道のトンネルがあった。抜けると景色がガラッと変わり、田んぼが広がっていた。先には蓮田のまちが見えた。
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2009/01/09「東大宮-蓮田、東北本線「都鄙臨界地帯」と麦味噌。」にも写真を載せて書いたが、やはり16号あたりは「都鄙臨界地帯」なのだ。…クリック地獄

この日は、ここで引き返し、別の道を通り、尾山台団地の中を抜け、東大宮西口に出た。駅前の鉄砲屋でやきとりにポテトサラダで生ビールを飲んだ。暑い中1時間半ほど歩いたあとだから、とりわけうまかった。

関連
2011/06/22「深沢七郎。」

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