« 「最終戦」に消費税増税、放射能事故が起きる前の放射能。 | トップページ | 「男子パン」と味噌汁。 »

2012/04/29

昭和の日だから、よくわからない「昭和」のイメージとブーム。

Dscn0657拙著『大衆食堂パラダイス!』も、もっと「昭和」を全面的に前面に出したら、昭和ブームにのっかって、もっと売れるのにと言ってくださる方がいる。いつも数千部の初版すら売り切れない、下層フリーライターのおれを心配してくださる。しかし、おれの興味は「近代日本食のスタンダードとは」であり、つまり「近代の普通の食事」であり、昭和や昭和な町の探求ではない。

そもそも、近頃のブームというのは、分母が小さくても「ブーム」といわれる。もともと「細分化」が進んで小さいうえに、周期が短い。「昭和ブーム」というが、その実際は、かなり細切れで、ま、それをまとめれば、「昭和」という冠でまとめられないことはない。ていどのように思うが、とくに各種メディアにおいては、なんにでも「昭和」という冠をつけると、当面のシノギになる。ってことのようだ。だから、どーせ大衆食堂の本を出すなら、もっと「昭和」を称揚したほうがよかったのに、といわれるのだろうか。

「ブーム」もわからないが、「昭和ブーム」といわれるときの、「昭和」も、よくわからない。おれは、「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」という表現をするが、それは、体験的主観的に書こうとするときの、おれの「起点」あるいは「原形」となるものがそこにあるからだ。しかし、「昭和ブーム」あるいは「昭和30年代ブーム」のそれは、チョイと違うようだ。

とにかく、昭和のブームも、その場合の昭和のイメージも、「昭和」という言葉は踊っているが、イマイチとらえどこがない。なにより、おれが体験した記憶にある昭和のイメージと、かなりちがうことが多い。よくわからないから、こうやって、酔っていることもあるが、ぐちゃぐちゃ書くのだ。いったい、なぜ、いつごろから、こんな「昭和ブーム」になったのか。

少し前、みちくさ市で、『東京人』2007年5月号を買った。特集は「昭和30年代、都電のゆく町」だ。この古雑誌をなぜ買ったかというと、昭和37年の都電の「電車案内図」があったからだ。昭和37年は1962年、おれが上京した年だ。上京してスグ買った東京の地図には、これと同じか、ほぼ同じ地図があったはずだ。どこへ行くにも、それを持って歩いて、都電をよく利用した。

この古雑誌『東京人』を買う少し前、上京したてのころ何度か利用した都電の上野公園停留所から白山の方へ行く路線の廃線跡を歩こうと思ったが、途中でわからなくなってしまった。そのことがあったし、かつて都電の停留所近辺によくあった大衆食堂を思い出すのに、手がかりになるかと思い、買った。

その後ろの方に、バックナンバーの案内がある。2003年5月号の特集は「東京なつかしい風景」、テレビ時代以後のようだから昭和30年代以後が中心のようだ。2006年8月号の特集は、もろ「昭和30年代、東京」だ。ほかにもあるが、このころ「昭和ブーム」の一つの波があったように見える。

「昭和の日」だが。あまりあてにならないウィキペディアによれば、「1989年(昭和64年)1月7日の昭和天皇崩御により、同年以降の4月29日はそれまでの天皇誕生日としては存続できなくなり、祝日法の天皇誕生日に係る項を改正する必要が生じた」

「当初から誕生日を活かして「昭和記念日」など昭和に因んだ新祝日として存続させようというような意見が出ていた。しかし、野党による反対からその案は見送られ、同年以降の4月29日は「みどりの日」という名称の祝日に改められた。/その後、「昭和の日」の実現を目指す運動に呼応・共鳴する国会議員により、2000年(平成12年)の第147回国会(参議院先議)、2002年(平成14年)の第154回国会(衆議院先議)においていずれも議員提出法律案として審議に付され、ともに先議の議院では可決したものの、国会会期終了・衆議院解散などにより後議の議院での可決に至らず廃案となった。2004年(平成16年)の第159回国会において、都合3度目となる改正法案提出(議員立法形式・衆議院先議)がなされ、継続審議を経て2005年(平成17年)の第162回国会で成立した」ってことなのだ。

遮二無二「昭和の日」が決まっていく過程と、昭和ブームの波が重なっているように思われる。最近、ハーベスト社から、浅岡隆裕著『メディア表象の文化社会学:〈昭和〉イメージの生成と定着の研究』って本が発売された。気になるタイトル。

Dscn0658

| |

« 「最終戦」に消費税増税、放射能事故が起きる前の放射能。 | トップページ | 「男子パン」と味噌汁。 »