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2012/05/31

NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」3回目。

昨日は、NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」3回目だった。故郷の南魚沼市六日町、大衆食堂的蕎麦屋の萬盛庵の話をした。

3回目だが、なかなか「会心のでき」とはいえない。そもそも「生放送」だから、藤井アナウンサーとパーソナリティのユカイさんとの即興劇なようなもの、なかなか難しい。某民間放送のラジオでパーソリティをしている知人に言わせると、生はあれでよいのだおもしろかったと言うのだが。自分では、話そうと思っていたことの半分以下も話せてなくて、どうもイマイチおもしろくない。

5日にさばのゆ@経堂で、即興コメディのロクディムの追っかけをやっている方に、「いつもうまくいくわけじゃないけど、そこがおもしろいし、そして、時々すごい完成度のものが生まれることがあって、これはもう、ほかにない感動」という話を聞いたのだが、やっぱり「会心のでき」ってのを味わってみたい。でも、原稿や一人トークのように、練習ってのができない。ま、それに、ほんとうは、出たとこ勝負というのが、おれにはあっている。

とにかく、この番組は6月一杯の約束だから、あと2回やればよいのだ。はあ~。次回は6月13日水曜日。
http://www.nhk.or.jp/suppin/foodcourt/shokudo.html

この間いろいろおもしろい話があったが、書いているヒマがない。

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2012/05/29

雨も悪くないダンチュー取材。

昨日は神田界隈の食堂でダンチューの取材だった。16時スタートだったが、その前に一件用を片付け、神保町から歩き、近道をしようと路地を拾って行ったら、見事に間違えて遅れてしまった。でも、まあ、先に撮影をしているので、得に問題なし。この取材は、7月発売の8月号カレー特集のためのもの。

「嵐」といったほうがよい、強い風雨だったが、おれが歩いているときは、それほど雨足は強くなく、あまり濡れずにすんだ。今年になってから、ダンチューの取材は、5月号、6月号に続き3回目だが、いずれも雨にたたられ、それも荒れ模様。しかし、雨は、そんなに嫌いじゃない。とくにいまごろからの雨は濡れても気持ちがいい。取材の度に変わる雨の肌触りに、季節の移り変わりを感じる。

写真の担当は、昨年の12月号ポテサラ特集と5月号肉特集のときと同じ、岡山さん。17時すぎに終わって、編集さんと3人で、岡山さんおすすめの、本郷にある味噌煮込みうどんの店へ。本郷へ行ったのは10数年ぶりだ。路地裏にオシャレな店が増えていて、この店も、そんな一軒。八丁味噌仕立ての土手焼きや味噌煮込みうどん、きしめんのざる、ごま豆腐など、どれもうまいが、おれはカレーライスを食べたあとなので、少しずつつまみながら、銘酒を選んで飲む。そこを出て、帰る岡山さんと別れ、編集さんと駒忠へ。燗酒。帰宅したのは23時すぎぐらいではなかったかと思う。

5月号「サラリーマンのための肉食案内」は、好評だったようだ。とはいえ、ダンチューの場合は、ネタと表現、どっちで好評なのか判断つかない。さらに、文章は、ネタと切り口やテーマのあいだをウロウロしながら書くのであるし。見出しや写真のキャプションは編集さんの仕事だし。もちろん、ダンチュー独特の写真。かなり密な関係で出来上がる。ともあれ、あの文章は、読んだひとは誰もそうとは思わないだろうが、「柿本人麻呂的」をイメージして書いた。こんどは、「啄木的」をイメージしてみようか。とか、考えているうちは楽しいのだが。

最後の写真は、須田町あたり。窓やドアにベニヤ板が張られた長屋は、このあいだからこんな感じだったと思うが。ともあれ、この界隈にあった数軒の古い食堂は次々に姿を消し、取材した店だけになってしまった。

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2012/05/27

23日、ウッドデッキ塗装と浅草・木馬亭のこと。

順序が逆になってしまったが、23日水曜日のこと。

朝起きたら晴れていたので、梅雨がくる前にと、狭い猫額庭のウッドデッキの塗り替えをやることにした。最低でも一年に一度はすべきところ、昨年は大地震があったのと『大衆食堂パラダイス!』の発行作業で、なにかと落ち着かなくて、やらないできていた。

8時すぎに作業開始。まずはデッキを水とブラシで洗う。こびりついた土の汚れを落とす激しい肉体労働。スグのどが乾くから、熱中症にならないよう麦茶を飲みながら。洗い終わって乾燥を待つあいだ一息入れ、腹ごしらえもする。昼頃から塗装開始。おれがハケで塗ったあとをさっちゃんが、塗りむらが残らないように布で拭き伸ばす。

で、一回塗って乾燥を待ってもう一度塗るのであるが、なんと、2回めの塗料が足りないのだ。クソッタレ。近くにドイトはあるが、ネット通販で買ったものなので、すぐには同じものが手に入らない。ってことで、また日をあらためて、もう1度塗ることになった。

ほんとうは、それで助かった。というのも、そのあと、浅草木馬亭へ行くのである。2012/05/21「祝!玉川奈々福の初CD記念浪曲会「悲願千人斬の女」一挙口演。」に書いた、奈々福さんの浪曲だ。木馬亭も浪曲もひさしぶり。19時開演に間に合うように駆けつける。

木馬亭は満席で、予備の折りたたみ椅子を出す盛況。いやあ、独演会で、こんだけ集められるだけでも、たいしたものだ。いつもの木馬亭より年齢層も若い。おれは、最前列のかぶりつきで、タノさんとシノさんにはさまれて陣取り、缶ビールを飲みながら観る。

もちろん、奈々福さんは一段と上手になっていて、会場をよろこばせうならせ、最後は拍手喝采だった。あまりに拍手が鳴り止まず、浪曲の場合はアンコールはどうなるのだろうと思ったほど。

すでに何度も当ブログで紹介したように、「悲願千人斬の女」は、小沢信男さんの同名の評伝を奈々福さんが脚本にした。全4話を、これまで別々に口演してきたものを、一挙に。なのだが、時間的にも、それは無理。第1話は省略して、残り3話を中入り15分はさんで、1時間半ぐらい演じるのだから、大変なことだ。曲師(三味線)は、奈々福さんとはお馴染みの、「悲願千人斬の女」を最初のときから一緒にやってきた、沢村豊子さん。お二人で、最後まで、見事にやりぬきました。

途中にあほだら経も入って、エンターテイメント性も豊かな口演だが、今回気がついたのは、舞台になっている、幕末から明治にかけての江戸深川や隅田川の風景、そこに暮らす人々の様子が、当時の浮世絵や錦絵などから浮かび上がるように、情緒豊かに表現されていたことだ。

現役作家としては85歳で最高齢クラスの小沢信男さんが、最後に奈々福さんに紹介されて立ち上がり、「悲願千人斬の女を、文学にしてくれました」と挨拶した。ま、もちろん、原作も十分文学なのだけど、それをさらに奈々福さんが豊かにした。ということだなと同感だった。

もしかしたら会えるかなと期待しながら、もう高齢だから来てないかも知れないとあきらめてもいた小沢さんに会えて、うれしかった。小沢さんとは、数年前に東中野ポレポレ座における「悲願千人斬の女」初回を一緒に観ている。そのことや、昨年5月6日の古書ほうろうにおける「小沢信男・大村彦次郎トークイベント「本の立ち話」 」のことなど、あれこれ立ち話。しかし、小沢さん、昨年と変わらない元気で、おどろいた。小沢さんに会うたびに、60歳すぎてからのほうがいい仕事ができるよと言われたことを思いだし、励まされる。

この日は、奈々福さんの師匠、玉川福太郎さんの若すぎる突然の事故死から5年目の命日だった。そして、奈々福さんの初めての浪曲アルバム「ほとばしる浪花節! 玉川奈々福の寛永三馬術 曲垣と度々平/大井川乗り切り」(武春堂、定価2500円)の発売日だった。CDを買って奈々福さんのサインも貰った。いい夜だった。

マッスンさんや車地さんなど経堂組の方たちも来ていて挨拶。21時半頃木馬亭をあとにして、タノさんシノさんと、とにかく飲もうと、目指す店へ行ったが、休み。次も休みで気がついた。水曜日、浅草の古い店は休みが多いのだ。ならば、いっそのこと、めったに行かない「つぼ八」へと。タノさんは、これから深夜バスで関西へ取材出張なのだそうで、その発車時間まで、あとはシノさんと電車の時間まで。あまり泥酔することなく帰宅。

翌24日は、筋肉痛が激しかったが、「オレの酒買い日記」の原稿が締切りだったので、仕上げて送った。

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2012/05/25

発売中のビッグイシュー191号に岡崎武志さんが『大衆食堂パラダイス!』の書評。

Dscn07392012/05/17「NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」2回目のち森美術館「イ・ブル展」で大興奮。」にちょっとだけ書いたように、15日に発売になったビッグイシュー191号には、岡崎武志さんが連載の「ひぐらし本暮らし」に『大衆食堂パラダイス!』の書評をいただいている。

当ブログで詳しく紹介しようと思いながら、ウロウロバタバタしているうちに、発売から10日がすぎ、来月1日には次号が発売になってしまう。とり急ぎ、紹介。

手に取って、ご覧いただきたいけど、この雑誌は立ち読みというわけにはいかないんですよね。こちらに「ホームレスが売る雑誌ビッグイシュー日本版」とあるように、公式サイトがあって、販売場所の案内があります。一冊300円。
http://www.bigissue.jp/

岡崎さんには、『汁かけめし快食學』のときも、サンデー毎日で当時連載中の「文庫王の一冊」に書評をいただいている。こちらザ大衆食のサイトでご覧いただけますが、「下品を装いながらの哲学」のタイトル。…クリック地獄

岡崎さんの書評は、いつも書評の方がおもしろいと思うほど、楽しい。それは、たぶん、本を読む楽しさといったものを、岡崎さんがよくご存知だからなのだろう。今回は、「読むうちに腹が減り、生きる力が湧いてくる」のタイトルで、イラストの見出しには、「生きてりゃ減る腹」と。そして、『大衆食堂パラダイス!』の本文から何か所もどんどん引用しながら、岡崎節を一言二言三言書き添えて構成する、これがまさに「芸」という感じ。まさに「文芸」ですね。ほんと、上手な文章だなあ、おれもこんな風に書けるようになりたいと思うのだった。それにしても、岡崎さんに書評をいただけるとは、光栄でうれしい。

岡崎さん、ありがとうございました。

岡崎さんのブログ「okatakeの日記」はこちら。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/

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2012/05/22

「日記」に興味を持つ。

「積ん読」という言葉があるが、基本的に、読まない本が増えるのは好きでない。というか、読まない本を持つ習慣がない。だけど、もともとゆっくり読むほうではあるが、最近は、トシのせいか読む根気やスピードが衰えているらしいこともあって、このあいだから少したまっているのが、気になっている。

頂戴した本では、大竹聡さんの初めての小説集『愛と追憶のレモンサワー』(扶桑社)、これは4月10日発行だから、その頃いただいたままで、ほんと申し訳ない。最近は、ハーベスト社の小林さんから『差異の繋争点 現代の差別を読み解く』(天田城介・村上潔・山本崇記=編)、京阪神エルマガジン社の村瀬さんから、『あんこの本』と同じ、姜尚美さん著、齋藤圭吾さん写真、有山達也さんADの『京都の中華』、盛岡のまちの編集室の木村さんから『てくり』15号をいただいている。

ほかに内澤旬子さんの『飼い喰い 三匹の子豚とわたし』(岩波書店)を買ってあるが、まだ手つかず。少し前、内澤さんのサイン会に行った知人が、内澤さんからおれ宛の伝言カードをもらってきて、この本を送るから住所を教えてということだった。買ったあとだったので、とりあえず住所は知らせておいた。

近頃は、どうも早く読んで早く紹介するだけがよいとは限らないと思うことがある。その件については、また、書くとしよう。とにかく、おれのようにあまり本屋に足を運ばない人間にとっては、いろいろな本を頂戴できるのは、大変ありがたいことだ。

で、そうして頂戴したり買った本をあとまわしにして、何をしているのか。確かに忙しくいろいろあるのだが、とくにおれとしては目新しいことは、この2、3日、「オレの酒買い日記」というお題をいただいた原稿を、どう書くかで、あれこれ考えている。

どうせなら、時々見かける「某月某日」式の日記風に書いてみようと思ったが、もともと不勉強のうえに、これまで日記風(日記スタイル)に書いたことがない。そこで、手元にある、日記風の、あるいは「日記文学」というものについて、あれこれ読んでいたら、ガゼン面白い。書いてあることより、そういう文章の書き方に興味を持った。いまさらながら、日記風は、それなりの書き方があるようだと気がつき、そこに興味を持った。日記風の「エッセイ」もあれば、「エッセイ」ではない日記風の小説もあるし。ま、だから「日記文学」というのだろうか。その意味では、おれのこのブログなどは「日記」といわれたりするが、「日記」は意識してなかったし、とても「日記」といえるシロモノではない。

ま、おれは、そんな大それたことを書くわけではないのだが、よーし、この際、日記風を学習してみよう、という気になった。必要に迫られての学習は、それはそれでよいものだ。でも、もう締切りが迫っているから、そうは学習していられない。

NHKラジオ第一、来週水曜日放送の「VIVA!大衆食堂」のデータ原稿を書いて担当さんにメールした。

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2012/05/21

祝!玉川奈々福の初CD記念浪曲会「悲願千人斬の女」一挙口演。

こちらでの紹介が遅れてしまった。

玉川奈々福さんが、初めての浪曲アルバムを発売する。「ほとばしる浪花節! 玉川奈々福の寛永三馬術 曲垣と度々平/大井川乗り切り」武春堂より、定価2500円。

これを記念しての浪曲会が、今週水曜日23日、すぐだ! 浅草の木馬亭で開催される。「悲願千人斬の女」長編浪曲一挙口演。曲師(三味線)は、絶好のコンビ、老いて可愛い、三味線冴える、沢村豊子さんだ。

おれが尊敬してやまない作家、小沢信男さんの原作『悲願千人斬の女』を、奈々福さんが新作浪曲にした。何回かに分けて発表された長編浪曲だが、今回は一挙口演。めったにないチャンス。なのに、紹介が遅れてスマン。いまからでも遅くはない。

出演:玉川奈々福(曲師・沢村豊子) 前説:玉川太福 19時開演 入場料2500円
問い合わせは、こちら、奈々福さんのサイト。
http://tamamiho55.seesaa.net/?1333553555

『悲願千人斬の女』は、幕末から明治の動乱期が舞台、いまよりはるかに女が生きにくい時代に、思い切り自分の思うさまを生きて、男千人斬を達成し赤飯をくばり、歌人としても名を残した松の門三艸子の猥雑人生の物語。奈々福さんが、まだ玉川美穂子の時代に発表した。あれはいつだったかと当ブログで調べたら、2006/04/08「浪花節も料理も日本の味はコクだねえ」に書いてあった。そうそう、あのときは、熱気と拍手喝采がすごかった。…クリック地獄

あれから、小沢さんは80歳を越えたし、おれは70歳が目前に迫る。が、奈々福さんは、まだ若手、これからだ。大いに活躍してもらいたい。

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2012/05/19

邱永漢の訃報に接し『食は広州に在り』を読み直す。

邱永漢さんが、去る16日に亡くなったというニュースを、今日知った。直木賞作家でありながら実業家として生きた、と言ってよいだろう。

訃報に接して、亡くなった方の著書を読もうと思ったことは、ほとんどなかったが、『食は広州に在り』を読みたくなって読んだ。この本だけは、違うのだ。

以前に、[書評]のメルマガで食文化本を紹介する「食の本つまみぐい」を連載していたとき、4回目に、この本を取り上げた。その時、すでに何度も読んでいて、まだまだ読み尽くせていない感じがあった。

ザ大衆食のサイトに掲載してあるが、[書評]のメルマガ2004年2月9日発行で、「国事よりも食事が大事」のタイトル。…クリック地獄

いま読むと、最初の頃だったので編集さんが言う文字制限を守って短くまとめ、じつに拙いが、「丸谷才一さんが『食通知ったかぶり』で「戦後の日本で食べもののことを書いた本を三冊選ぶとすれば」とやったうちの一冊。食文化的には、何度読んでもイロイロ面白いのは、本書だ」と書いたのは、正しく間違いない。

邱永漢さんが30代前半に著したものだ。チョイと台所に立ってみたくなる話がふんだんにあるこの本には、食をめぐる、あらゆること、とは言えないまでも、かなり多くの大切なことが盛り込まれている。そこは丸谷才一さんをして、「文明批評」といわしめた点だろう。そして、あらためて読むと、彼がなぜ直木賞作家の道を、さほど熱心に歩まず、実業の道を歩んだかも、よくわかる。

それはともかく。「南有嘉魚 海の幸は南から」に、自分は酒飲みではないないが、酒飲みの心理はわかるような気がすると書いている、つまり「その意地のキタなさは万国共通で、酒には種類はあるが、酒徒には国境がない」には、共感しつつ爆笑した。

爆笑しながら、邱永漢さんを追悼したのである。享年88。

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2012/05/18

一日中二日酔いで『のんべえ春秋』を読む。

昨日。16時に新宿の鳥園。サガミノマキノさん、タノさんが来て飲み始める。最後の一人は19時ごろになるというので、ゆっくり飲むべく心がけていたのだが、マキノさんのピッチが早くてつられるように飲んでしまった。17時ごろコバヤシさんが来て、最後に初対面のタカクさんが来たころには、かなり出来上がっていた。タカクさんの齡を聞いたことは覚えている(33歳)のだが、ほかのことが思い出せない。勘定したときに、鳥園でこんなに飲んだのは初めてだと思った記憶はある。

そして、みのるへ。みのるへ行くと、昔よく一緒にみのるで飲んだイサコのことを思い出す。そんな話を隣に座っていたタノさんにしていた記憶はある。ほかは、わからない。途中から記憶がないので、おれだけ先に帰ったのか、どうなのか、そこんところもわからない。財布は減っていたから、金は払ったらしい。

朝起きたら、妻に「きのうは終電になる前に帰ってきたじゃない、どうしたの」と言われた。飲んだら終電と決まっているわけじゃねえよと思いながら、そんなに早く帰ったのか。

ってことで、本日は二日酔いで、ごろごろしながら、だいぶ前にいただいたまま読んでなかった木村衣有子さんの『のんべえ春秋』を一気に読み終えた。

『のんべえ春秋』のことは、こちら、木村さんのサイト。
http://mitake75.petit.cc/

2010年の『味見はるあき』に続く自家本で、小説あり、酒器ルポあり、書評エッセイありと多彩。話の一つ一つはおもしろいのだが、いつものどっかりした生活観のようなものが乏しく、いわばヴィジョンのない作戦のような感じで、こういうのもアリなのだろうし、あるいはこういう風がウケるかも知れないが…。ま、そういう感じが残った。

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2012/05/17

NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」2回目のち森美術館「イ・ブル展」で大興奮。

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昨日はNHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」の出演2回目だった。そもそもトシのせいか早く目が覚めるのだが、5時半に目が覚め、また寝ると寝過ごす可能性があるので、起きて支度して出かけた。前回とおなじ、宇都宮線で上野に出て、銀座線で渋谷に出るコース。

天気がよいし時間があるので、浅草まで行って朝の隅田川河岸を散歩することにした。浅草の改札を出たところにある立ち食いで、かき揚げ天そばを食べてから、吾妻橋の方へ。さわやかでよい気分。早起きはよいねえ。東京スカイツリー入りの景色を写真に撮る。

銀座線は浅草発だから、なんなく座れた。NHK放送センターのスタジオに、言われていた通り8時40分ごろ到着。今回の放送は、「北九州市の大衆食堂」だ。始まる前から、喉にイガイガの感じがあって、冷たいお茶を二杯ほど飲んだがすっきりしないまま臨んだら、放送の最中もイガイガで、かといって咳をすることもできず、それが気になって、トークはイマイチだった感じで終わった。

2回目をやってみてわかったのだが、時間枠は9時15分から30分ごろの15分間てことだけど、トークの実質は9時17分から27分ぐらいまでの10分間、これを3人で話すのだから、おれが話せる時間は、多く見積もっても5分ぐらいの計算になる。あまり余裕はない。次回は、このことを念頭に、話す順序と内容を絞って考えておかないといけないなと思った。

次回の3回目は、故郷の南魚沼は六日町の食堂の話の予定。ただし、国会が始まっているので、国会中継になると、流れる。
http://www.nhk.or.jp/suppin/foodcourt/shokudo.html

放送が終わって、ドッと眠気に襲われたが、今月27日で展示が終わってしまう森美術館「イ・ブル展」を観るため、渋谷駅の六本木ヒルズ行きのバス停へ。ちょうどその前に、ビッグイシューの販売の方がいた。15日に発売になった『ビッグイシュー』191号、岡崎武志さんの連載「ひぐらし本暮らし」には、『大衆食堂パラダイス!』が取り上げられているのだ。買ってバスの中で読む。「読むうちに腹がへり、生きる力がわく」のタイトル。岡崎さんの書評は、ほんと楽しい、もちろんそれでいて、ビシッと押さえる。ありがとうございました、岡崎さん。詳しくは、後日当ブログで紹介したい。

「イ・ブル展」は、すごかった。息をつめたまま、では死んじゃうが、こういう興奮を感じる展示は初めてといってよい。宇宙空間に投げ出されたような、衝撃と快感。現代美術の醍醐味もふんだん、酔いしれた。一人で行ってよかった。あふれる思考もヴィジョンも展示もスケールがデカイ。スペース全体がファンタジックな造形の構造になっていて、その中に自分の身体を置き、夢中になってしまった。あまりのショックで、眠気はふっとび、ショックがひどいので、上野に出て大統領に入り、生ビールを飲みながら気分を落ち着けて、帰ってきた。いやあ、昼間の生ビールもうまかったね。

帰ったらグッタリ、すぐ寝てしまった。

興奮のうちに思わず買ってしまった3400円の「イ・ブル展」カタログを見直しては、あれこれ考える。展示のテーマ「私からあなたへ、私たちだけに」が体中に染み込んでいくようだ。じつに栄養豊富な展示だ。27日まで、お見逃しなきよう。もう一度、体験しておきたい。そう、これは、「観る」というより「体験」だ。

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2012/05/15

新潟日報「聞く」で聞かれた。

Dscn0732a一昨日のエントリー「故郷の南魚沼市六日町で温泉、山菜、酒、級友、ふるさと三昧。」に書いた六日町へ行った、先週土曜日の12日。偶然にも、新潟日報の「聞く」という大きなコーナーに、おれが載った。『大衆食堂パラダイス!』についてのインタビュー記事だが、7段3分の1。電話取材を受けているときは、こんなに大きく載るとは思っていなかったので、ビックリ。

インタビュアーは、編集委員の森沢真理さん。電話で話している時から、この本をよく理解いただいている感じがあった。発売後、半年以上がすぎ、そもそもにぎやかな話題になるような本ではないし、例によって初版で終わりそうな、しかも本紙では発売当初に文庫本の紹介欄で一度紹介されているのに、あらたにじっくり取り上げていただいた。

リードの書き出しは「食のありようは、時代を映す」。「大衆食堂は、地方出身者にとっては故郷につながる場所であり、「近代日本食のスタンダード」が集約されているという。上京してから今年で50年という遠藤さんに、大衆食堂文化論を語ってもらった」。

「■東京の大衆食堂と地方出身者の「熱い関係」について、書かれていますね。」「■若者たちが、集団就職などで次々に首都圏に出ていった時代でした。」という森沢さんにこたえて、おれの話は、おれが上京した62年ごろの東京の様子から大衆食堂が興隆をきわめた70年代を中心に始まる。見出しにもなっているが、「地方出身者集う望郷の場」だったということだ。

次は「■大衆食堂の味の特徴を「普通においしい」と表現されていますね。」ということで、江戸期の一膳飯屋から続く歴史にふれ、「■東京だけでなく、日本各地の大衆食堂を訪ねられたとか。」では、大衆食堂がそれぞれの街や人と深く結びついていることや、その空間の特徴について述べている。

最後は、「■東日本大震災による原発事故の影響で、食に対する関心が高まっています。」ってことで、きわめてコンニチ的話題になり、ま、このへんが、いま「大衆食堂パラダイス!」のポイントになるわけで、普通であることの大切さ、「気どるな、力強くめしをくえ!」ということで、おれの話は終わる。

散漫なおれの話を、上手にまとめていただき感謝です。

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2012/05/14

ラーメンと角栄。

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昨日のエントリーに関係して、萬盛庵のラーメンとおれが卒業した六日町中学の跡地の写真を掲載する。

画像ではわかりにくいのだが、萬盛庵のラーメンは最近、麺を変えた。それは、食べるとすぐわかる変わりようだった。以前より、太くて、固い感じになった。噛みごたえも腹ごたえもある。これは、近頃の流れなのだろうか。食べているうちに、つけ麺を食べている気分になった。

でも、やはり、萬盛庵のラーメンである。かなり変わった印象がある一方で、どこか、昔の萬盛庵のラーメンというか、昔の大衆食堂のラーメンに通じるものがある。それは、主に、スープによるものだろうか?

おれが萬盛庵のラーメンを初めて食べたのは、高校生の頃だから、1960年前後になる。そのころのラーメンは、萬盛庵のとうちゃんに言わせると、「あんげなもの、いまと比べたら、ぜんぜんちがうこて」というシロモノであったらしい。確かに、あのころのラーメンは、かなりヒドイものだという話は、ほかの食堂でも聞いたことがある。それが、なぜか懐かしい味うまい味として記憶をひきずるのは、ようするに記憶はあてにならないということか、あるいは、作り方の変え方が上手ということか。とにかく、萬盛庵では、大きくは3回ぐらいは、いろいろ変えてきたようだ。

萬盛庵のラーメンの以前の変わりようは知らないのだが、その間に六日町も変わった。おれの出た小学校も中学校も、あるにはあるが、同じ場所にはない。小学校の跡地は、六日町役場になり、いまは南魚沼市役所になっている。中学校の方は、大部分は空き地、というか、イチオウ駐車場になり、片側の半分ぐらいには南魚沼市民会館が建っている。

写真の空き地というか駐車場というかの位置には、体育館があった。この体育館に、戦後初めて30歳代で大臣就任した、地元新潟3区選出の代議士、田中角栄が来て演説をしたのは、おれが中学1年生ぐらいのときだった。おれも近所の同級生たちと行ったが、体育館に入りきれない人だった。

そのころから、この「地域の発展」は、田中角栄と深い関係になったようだ。おれが、この写真を撮っている背後は、冬の積雪期でも通行可能な国道17号だが、おれが高校卒業する1962年の春までは、その道路はなく、一部で工事は進んではいたが、冬は雪に閉ざされた。いまでは、上越新幹線、関越自動車道、国道はもとより、町の狭い通りまで融雪設備が完備し、長年背負ってきた「雪国」というハンディキャップは大きく軽減されたが、そのことや「地域の発展」と田中角栄は、深い関係にある。

そして、ついに、いつごろか、「角さんラーメン」なるものも生まれた。この六日町にも、「角さんラーメン」があったが、いまもあるかどうかは、わからない。ザ大衆食のサイトを始めたころ、そこに載せた「角さんラーメン」は、こちら。…地獄クリック

ともあれ、ラーメンが昔のヒドイものから向上するについては、高度経済成長が大いに関係するだろうし、高度経済成長は、田中角栄と「日本列島改造」と「中央直結」政治と、大いに関係するように思う。と、この景色から考えてみるのも、おもしろい。

なんだか、速水健朗さんの『ラーメンと愛国』な方向になりそうだけど。食文化と政治は、無関係でないことは確かだ。どっちがどっちに従うという関係でもないが。そもそも、この世は、複雑の総和で転がっている。ラーメンの麺とスープの関係も、じつに複雑だ。

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2012/05/13

故郷の南魚沼市六日町で温泉、山菜、酒、級友、ふるさと三昧。

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5月は、全国高千代ファンの集い「高千代五月まつり」があるのだが、最近は、ちょうど都合が悪く参加できないでいる。今年も、20日の日曜日に開催との案内をもらったが、都合が悪い。うーむ、しかし、この季節、故郷の山菜で故郷の酒蔵の酒を飲むのは、他に代えがたい魅力だ。考えているうちに、どうしても行きたくなって、昨日行ってきた。トツジョ思い立って行ったのだが、出たとこ偶然だらけで、めったに会わない中学同期の連中と飲むやら、じつに楽しく充実した日帰り小旅となった。

めざすは、まいどおなじみの、老舗の大衆食堂的蕎麦屋の萬盛庵だ。ここのとうちゃんは、自他ともに「山菜きのこ採りの名人」を認める。

前日、六日町中学同期のクボシュンさんに電話した。彼は最近は夜中の勤務をやっているので、15時ぐらいには帰って寝なくてはならないが、昼めしでも一緒に食べようということになった。10時少し前に東大宮を発ち、新幹線を利用、11時45分六日町着。クボシュンさんが駅に出迎えてくれた。東大宮も風が冷たく寒かったが、六日町は、当然もっと寒かった。しかし、雨の予報が、暗い雲のあいだに明るい白い雲や青空も混じり、どうやら晴れに向かっているような空だった。

Dscn0696_2駅から近いが、クボシュンさんのクルマで、まずは「さわだ食堂」へ。ここは、おれが故郷にいるあいだはなかったので知らなかったが、フェイスブックの「南魚沼!六日町!」に載っていたのを見つけ、気になっていった。40年ほど前にできた食堂らしい。いずれ、目下リニューアル作業中のザ大衆食のサイトに載せるとしよう。

とにかく、まずは、この町この季節ならではの、木の芽を食べる。アケビの芽のことだ。店主に玉子を落とすか訊かれたが、ナマの味と思い、抜きにしてもらう。これで、ビールを飲む。シャキッとした歯触り、やわらかな緑のような甘味に苦味がピリッと効いて。うーむ、これぞ、この町の春の味覚だ。

クボシュンさんはカツ丼、おれはオムライスを頼む。食べてアレコレ話しているうちに、上の原温泉に行って温泉に入ることになった。上の原は町からはずれ、西の山の中腹の高原といった雰囲気のところだ。池があって春には桜が咲く、昔から町の人の行楽地であり、高校卒業するまでは、時々遊びに行った。高校卒業して以来、初めてだ。スキー場ができ、温泉が湧き、あたりは大きく変わったが、町中よりは、風景に昔の面影を残していた。龍気という温泉旅館で、風呂に入る。はあ、温泉は、いいねえ。

まだ雪が残っている周囲の山々が見える龍気の前の畑には、この季節この地域独特の菜がなっていた(一番上の写真)。クボシュンさんは「大月菜」といったが、おれには、みな同じ菜に見えて、区別がつかない。大崎菜、長岡菜など、いろいろあるが、やさしい甘味があるやわらかい春の味覚だ。

上の原の帰り、六日町高校の前のケンチャンことケンイチくんの家の前を通った。中学の同期であり、高校の山岳部でも、彼は3年になってから入部したのだが、一緒だった。ちょっと会ってみたくなって、いるかどうかわからないが、クルマから降ろしてもらい、帰って夜の勤務に備えて寝るクボシュンさんと別れる。クボシュンさん、ありがとう。

Dscn0716ケンチャンは在宅だった。家は建て替えたが、彼は生まれたときから、ここに住んでいる。家に寄らせてもらうのは初めて、奥さんと会うのも初めて。あとで萬盛庵で聞いたのだが、同期のトコチャンの妹さんだそうだ。そういえば、どことなく似ていた、気性の明るく楽しいところまで。これまたひさしぶりの、この季節の味覚、チマキと先ほど畑で見たばかりの菜の漬物をいただく。

あれこれ話しているうちに、ちと思い出の場所を散策したくなり、辞す。ふらふら歩き、写真を撮ったりする。

Dscn072617時すぎ、萬盛庵に。ここに来ると、故郷に帰った、という気になる。町中の雰囲気は、かなり変わったが、萬盛庵の中は、人柄まで、昔の空気のままという感じがするからだろうか。テーブルに座って生ビールを頼むと、早速、木の芽が出てきた。生玉子落とし。別の小鉢のぬたは、食べたけど、なんだかわからない。女将のエッチャンに聞くと、ウルイとトリノアシだという。昔から食べていた山菜だという。ウルイを持って来て見せてもらったが、まったく覚えがない。人の記憶はあてにならないというが、そんなことがあるのだなあ。

Dscn0728おれが入った時は、にぎやかに飲んだり食べたりしていた、町内の会社の御一行さんという感じのみなさんが、持ち帰りのチャーハンなどを作ってもらって帰った。何度か電話が鳴り、出前の注文が入る声がする。おれは、土地の酒蔵の酒、高千代、鶴齢、八海山を飲むべく、まずはラーメンを食べて整える。ウドのキンピラが出てきて、高千代辛口の燗をもらう。

意外な展開になったのは、帰りの列車の時間が近づいてきた、20時少し前だ。仕事が一段落した萬盛庵のとうちゃんとエッチャンも一緒に飲み始めていた。ちょうど話が、昨年10月1日の同期会の幹事をやり、今年の冬の寒いとき、酔って側溝にはまって凍死したキイチくんのことになっていた。おれの背中で店の戸が開く音がして、エッチャンが、「チャーボー」と言った。振り向くと、同期のチャーボーと、もう一人は、やはり同期のミノルくんだ。お互いに、「やあ、なんで、ここに」と言いながら、握手を交わす。なんと、同期会では会っているが、こういう場所では初めてだ。もう、それからは、にぎやかなこと。

中学時代はよくおれのウチにも来て一緒に遊ぶことが多かったが、高校からは別になり最近の同期会以外は会う機会もなかったミノルは、横浜に住んでいるが、やはり、この時期になると山菜が食べたくなるらしい。前夜から家族と六日町の町内の温泉旅館に泊まって、今夜はチャーボーに電話して一杯やっての流れ。木の芽をほおばりながら、「これこれ、これだけは、こっちに来なくては食えない、これが食べたくて来るんださ」。同感、同感。

チャーボーとミノルが店に入ってきたとき続いて入ってきた若い男性が、おれの前に座っていたのだが、彼が、先ほど話題になっていたキイチの娘婿とわかる。そういえば、キイチとは、ここで何度か会ったことがあるが。そうかそうかと、また一段と同期の連中の話になる。すると別のテーブルにいた若い男性が、やはり同期のマツゴロウの息子だという。

チャーボーは地元で医者をやっているが、「死ぬときはこっちで死にたいだろう」と言う。そんな気になる夜だった。とにかく、なんだかんだ、にぎやかに盛り上がる。いったい、今夜は、どういうことだ。なんの引き合わせか。ふるさとの食堂の味と人のつながりのなかで、酔いは深まる。

が、泊まるわけにはいかない、帰らなければならない。20時50分ごろ六日町発の列車に乗らなければならない。フキノトウとコゴメとウドを、たっぷりみやげにもらい、エッチャンに電車の中に忘れないようにと念を押され、萬盛庵をあとにした。

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2012/05/11

『dancyu』6月号に書きました。

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連休明けから連休状態をやって、気がつけば金曜日で、めちゃくちゃアタフタしているが、『dancyu』の掲載誌が届いた。

発売中の『dancyu』6月号、特集タイトルは「人生最後の一食。1000円で何を食べるか?」。こちらのプレジデント社のサイトに目次があります。
http://www.president.co.jp/dan/backnumber/2012/20120600/

とても、おもしろし。とりわけ、最初のコーナー「私が食べたい、最後の一皿」には、糸井重里さんら各界著名人がズラリ。それぞれの「食べること」と「食べ物」に対する考えというか、そういうものが「最後」という場面設定のなかで、あらわれる。著名人のみなさんは、考えることも深い。

その次のコーナーは「究極の選択。食いしん坊は往生際が悪い」。ここにおれは登場するのだが、これは編集部が企画したお題にしたがって迷い、往生際の悪さを、それぞれのライターが書くというもの。おれは、「メンチか海老フライか?」で迷うのだが、西麻布・三河屋のメンチ・コロッケ定食と銀座・三州屋銀座店の海老フライ定食。

3つ目のコーナーは、「トップシェフ競演。1000円で「最後の晩餐」クッキング」で、レシピ付き。あのシェフが最後に作って食べたかったのが「欲望のダブルカツ丼」だったり、「大人のお子様ランチ」だったりする。

ほかに「この街で、一軒1000円の臨死体験!」という企画があって、「朝から行くぜ!大東京の酔っ払い路線、京浜東北線の旅」「リアル昭和タウン野毛」「安ウマの巡礼地天満」といったぐあいに、東京、横浜、大阪で、見ているだけで死にそうな。

とにかく、盛りだくさんが、ほどよくまとまっている。前号、5月号も手伝わせてもらったが(クリック地獄)、特集タイトルの「金持ち×庶民」は大胆なおもしろさはあって挑戦的だったが、プレンジデント誌でやっている特集タイトルをスライドさせた感じで、テーマのこなれがイマイチ足りなかったように思っていた。今回は、テーマがこなれていて、よかった。

この企画については、5月号の取材の最中から担当編集さんと話になっていた。おれは「最後」を聞かれたときに、即座に地元の居酒屋を答えた。そういう話をしているだけでも、おもしろかった。みなさんも、このテーマで話し合ってみると、きっと楽しいでしょう。

「究極の選択」のコーナーは、安定した評価を得ているお店ばかりであるが、それだけに、おれの場合、すでに当ブログで書いたように、少し手こずった。おれは、グルメではないし、グルメな文章は書けないわけで、それはお互い承知の上で手伝いをさせてもらっているし、おれにはどういう文章が求められているか、あるていど見当はついているのだが、それなりの苦労というか試行錯誤があるわけだな。人生、いくつになっても、学習。

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2012/05/10

新緑の山奥で山菜三昧。

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チョイと間があいてしまった。

連休明けの月曜日7日は、15時に上野でNHKラジオ第一のすっぴんの担当さんと待ち合わせ、「VIVA!大衆食堂」の打ち合わせ。担当さんは、放送のある平日は、午前4時半起きで、番組は昼頃まで、なんだかんだで終わるのが14時頃だから、15時は普通の会社勤めの19時頃の感じとか。資料を作って行ったので、打ち合わせはスムーズに進み、では飲みましょうと鶯谷の信濃路へ。

それとは直接関係ないが、大統領の前を通ったら、シャッターが閉まり貼紙。めずらしいことだ。見ると、7日8日は社員慰安旅行のため休み。きっと連休中は休みなしだったのだろう。

Dscn06898日、秩父の山奥へ。この時期に行くのは、何年ぶりだろう。タラの芽、山椒の芽、ワサビの芽、セリ、ウド、フキ、タケノコなど、この時期でないと食べられない山菜を食べては飲み、飲んでは食べ。酔いつぶれて寝て、朝方目が覚めたら、谷川の音がゴウゴウ鳴り響いていた。5月2日ごろに強い雨があったりして、水かさが多かったのだ。

山菜は、70歳なかばで、腰も曲がりかけている老婆が採り料理したもの。山に自然になっているもので、タダではあるが、急峻な山なので、採るのは、けっこう重労働のはず。老爺は、80歳になる。急峻な山の中腹にある、何代にも渡って切り開いた畑まで、毎朝通う。いずれ、耕すものがいなくなる畑だ。

ここ10年のあいだに、20戸あった集落が18戸になった。川の向こう側にある、よそのうちの畑に、カモシカが姿をあらわした。自動車の車庫の前の道の端に、イノシシがほじくって、沢蟹を食べたあとがある。夜中に谷川の音が違う風にうるさいので、戸をあけてみたら、川の中でイノシシが何かをつかまえて食べていた。とか、そんな話をしながら。

しかし、最近、そのように自然に還りつつあるかに見える人間界に、違った動きが出ている。その話は、すごく興味深かったが、年寄りの話なので、細部がイマイチはっきりしない。こんど行ったときに確かめてみたい。おれだって、あと数ヶ月で69歳になる年寄りだが。

とにかく、山奥の年寄りをたぶらかすようなイカガワシイ商売(そういうものがすごく多いのだが)とは違う、おもしろい着眼点の「ニュービジネス」な感じなのだ。

帰ってきたら、待ち構えていたように、某地方新聞の文化部の記者から電話取材。『大衆食堂パラダイス!』を紹介いただけるらしい。発売から半年以上過ぎているが、じっくり読んでいただいてからの取材は、またうれしいものだ。見開き2頁ほど書いた『dancyu』6月号が週明けに発売になっていて、8日の行きの列車の乗り換え時間に書店でパラパラ見た。いつも発売前に掲載誌が届くのだが、今回は今日になっても届いてない。何かの手違いで、近日中に届くだろう。なんだか疲れ果て、買いに出る気もせず。ぼんやりしていたら、某スーパー業界誌から原稿依頼、面白そうなテーマを与えられ、少しキンチョー感が増加。

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2012/05/06

十条・天将から経堂・太田尻家のちさばのゆでロクディムとコラボ。

Dscn0682はあ、なんか、疲れがたまった感じだ。もうあまり夜遊びができるトシじゃねえな。とりあえず、昨日のことを、ザッと書いておこう。

経堂のさばのゆで、本でつながるコメディ「本のつなコメ」というものがあり、ロクディムの渡猛さんとカタヨセヒロシさんという即興コメディコンビとおれのコラボなのだった。これは、つながるコメディ略して「つなコメ」の第2弾企画。

つなコメは、須田泰成さんが、「毎週末、友人たちとビールを飲みながら気軽に笑って楽しむ。/ロンドンのコメディクラブ文化のようなものが日本にもあるといいなと思いはじめて20年。/即興コメディのロクディムさん出演で始まった新しい試み、笑って飲んで近くにいる人たちと知り合って。/「つながるコメディ」で「つなコメ」と名付けてみました。/これは、将来、じわっと日本中に広がるような気がしています。」というもので、須田さんが満を持して長い展望で取り組み始めたもの。

19時開場、20時スタートだったので、出かけるついでに早めに出て、十条の天将に寄り、経堂に着いてからは太田尻家に寄って、20時少し前に会場に着いた。

Dscn0681十条の天将さんは、ほぼ満席に使い混雑だった。飲んで、めし食って、お客さん楽しそう。けっこう、けっこう。ところが、たしか数年前に北区の仕事をしたときに、十条西口開発のことが話題になっていたと思うが、いよいよ本格的に動き出したのか、十条駅前広場に面して、「再開発反対!」の看板が出ていた。隣の板橋は再開発され、駅近くに大きなビルが建ったが、ここ十条駅周辺は、空が広いままだ。かなり広範囲に影響を及ぼす再開発計画だが、はたしてどうなるか。

太田尻家は19時開店早々に入った。天将で生ビール2杯飲んで、腹一杯食べたので、もう腹には入らない。生ビールのみ。しかし、智子さんのおかあさんが作ったというドライカレーを出されて、これがうまい!たしか、もう90歳ぐらいなのではないかと思うが、こんなにうまいドライカレーを作るとは!でも、残念ながら全部は食べきれず、しかし数口食べただけで元気がわくのだった。これで勢いがついて、さばのゆへ行った。

Dscn0684まったく打ち合わせなしのコラボだったが、ロクディムのお二人のおかげで、とても楽しい時間だった。「つながるコメディ」というものだから、ただ二人の演技を見るだけではないのだな。会場の人たち、初対面でも、二人に巻き込まれるように、いつの間にか楽しく話し合っているという、つまり観客同士もつながっていくというコメディの仕組みなのだ。

で、ネタになったのが拙著『大衆食堂パラダイス!』。まず第一ステージは、お二人が、この本からおもしろいと思ったことを取り出して話し出し、即興コメディに入った。休憩をはさんで、お二人とおれとでトーク、というか彼らに訊かれるままに大衆食堂の話などを。思えば、即興コメディと大衆食堂における即興的なコミュニケーションには共通するところがあるようだ。そして、最後は、なんと、おれも加わって彼らと即興コメディをやったのだ。もちろん初チャレンジ。

さばのゆに着いたときから酔っていたが、それからホッピーを飲みつづけで、けっこう酔っていた。それもあってか、即興コメディは、楽しくやれた。大衆食堂の場面から始まり、まったく思いつくまま場当たり的に話は転がり、最後は田舎の旅館で大衆食堂を始めるってところで、めでたく終わった。

会場には、ロクディムの追っかけの方もいて、その一人の男性に聞いたところでは、即興コメディは、確かにいつもうまくいくわけじゃないけど、そこがおもしろいし、そして、時々すごい完成度のものが生まれることがあって、これはもう、ほかにない感動とのこと。

えーと、出版や編集の研究をしている研究員の方と話して、最近の気になる動向など、やはりいろいろ動きがありそうで、興味が引かれた。

そして、そして、コメディのあとの打ち上げの、5月27日に女川と石巻で落語会を行う資金を調達するためのチャリティー英語禁止タイムも、大いに盛り上がって、おれはもう罰金取られっぱなしだった。そもそも、「おれは宇都宮線の終電が無くなったら大宮からタクシーにする」と言ったら、その「タクシー」でも罰金という有様。いやはや楽しい夜で、なかなか帰り難く、ほんとに大宮からタクシーになってしまった。

「つながり」がブームみたいだけど、ブームかどうかに関わらず、また直接何かのためにという目的や魂胆でもなく、直接会って楽しみ語り合ういいつながりを大切にして広げたいものだ。

そうそう、最後になりましたが、『大衆食堂パラダイス!』もお買い上げいただき、ありがとうございました。

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2012/05/04

吉祥寺「スソアキコ帽子展」のち西荻でにぎやかに飲む。

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2012/04/23「連休の予定は、「本のつなコメ」とスソアキコ帽子展。」に紹介した、スソさんの帽子展が昨日から始まったので、早速行って来た。前夜から強かった風と雨は、夕方には小降りに変わっていた。18時少し前、出勤日だけど休暇をとったさっちゃんと会場の吉祥寺ギャラリーフェブに着くと、スソさんがいた。8日までの会期中は、ほとんど会場にいるそうだ。

Dscn0670アバンギャルドにして実用的を追求するスソさん、今回は麦わら帽子特集で、実用性の高いものが多かった。スソさんの案内には、「庭しごとや畑しごとでかぶる感じの麦わらをイメージして/オリジナルアップリケをつけて少しオシャレに仕上げました。夏の外出がウキウキする帽子を見つけに来てください」

いつも好きなように被って見られるので、被ると、まさに気分がウキウキ楽しくなる。どれもよい、どれも欲しくなる。だけど、あまり帽子は被らないから、買わないのだが、次々被って、写真を撮ったり、楽しむ。

会場で待ち合わせていた、ホリオカさんとササキさんも到着。一緒に楽しんだのち、さあ飲もう。と、ハモニカ横丁の古い飲み屋にするかどうか、その前でチョイと迷ったが、吉祥寺の混雑は避けて西荻へ、戎に落ち着く。

Dscn067519時までの会場を終えたスソさんと仕事帰りに帽子展に寄ったクラちゃん、そしてダビィさんもあらわれ、にぎやかに飲む。電車の関係で、22時半ごろ一足お先に失礼する。

戎では、クラちゃんが買ったスソさんの帽子を被って写真を撮ってもらった。スソさんも写っていた。8日までなので、ぜひ行ってみてくださいな。

もうすぐ夏の帽子展
今回のデーマは「Lumen」輝く光 です。
http://news.suso.biz/

Dscn0680明日5月5日(土)は、経堂のさばのゆで、「即興コメディのロクディムと大衆食堂の詩人・遠藤哲夫さんがコラボする「つながるコメディ」=「つなコメ」です。ライブ途中には女川での落語会のためのチャリティー英語禁止タイムも!投げ銭制+キャッシュオンです」ってのがあります。こちらも、ぜひご参加ください。まったく打ち合わせなしの出たとこ勝負で臨むので、どんなコラボになるのやら、でも、きっと楽しいに違いない。

こちらに案内があります。本がテーマの笑い。19時開場、20時スタート。
http://slowcomedy.exblog.jp/18239482/

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2012/05/02

NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」初回。

NHKラジオ第一で、4月から朝の番組でスタートした「すっぴん」。なんとも生真面目な面白みのない番組名の、9時15分ごろから15分間ぐらいの、「VIVA!大衆食堂」というコーナー。これまたいささか優等生が無理しているような、こそばゆい番組名の、奇数週の水曜日にレギュラー出演となったのでありますが、4月は、そのコーナーが無かったり、あっても、天下国家大事の国会中継でとんだりで、今日が初回だった。

9時15分前にスタジオ入り、ちょうどラッシュにぶつかる。なので、前夜は渋谷のカプセルにでも宿泊しようかと思ったけど、出演料を考えたら、そんな余裕はない。朝少し早めに出て、宇都宮線で上野へ、地下鉄銀座線で渋谷に行くコースなら、押されまくり足が浮いてしまうほどのラッシュで疲れることにならないのではないか。そう考え、1時間ほど早めに出て、上野で1時間ほど、立ち食いそばを食べたりで時間をつぶした。朝の上野も楽しい。酒を飲みたくなるが、そうはいかない。今日は連休の中間ということがあったかも知れないが、上野から座れた。

ってえことで、無事にNHKの放送センターに9時15分前ギリギリに着いたら、担当ディレクターさんが玄関で迎えてくださっていた。次回からは迎えに出ないそうで、自分でスタジオまで行かなくてはならない。前回訪ねたときに、だいたいの通り順は頭に入っていたが、案内図を見ながら案内される。

ってえことはどうでもよくて。とにかく初回はキンチョーした。ラジオは何回か出ているので、あわてることはないし、話の運びはちゃんと冷静に判断できているのだが。それだけに、やはり、民放とは違い「みんなのNHK」の場合、いろいろ気を使わなくてはならないことがあるのだ。そのことにキンチョーするのだな。

初回ということで、「大衆食堂ってどんなとこ?」ってのがわかるようにってこともあって、話は総花的になりがちだったが、ま、なんとか終わり、だいたい様子もつかめたので、次回からは、もっとうまくやれるだろう。

まずはNHKのある渋谷に近い、おれの考える「昭和30年代にして1960年代」的である、大衆食堂らしい大衆食堂で、おれの大衆食堂物語でも特別の位置を占める、恵比寿の『こづち』を話題にした。これも、宣伝にならないように話さなくてはならない。

このあいだ一緒に仕事をしたばかりの50歳ぐらいのカメラマンが、恵比寿の人で、彼と『こづち』の話になったとき、「ああ、あそこはスタジオ時代によく行きました」と言った話を紹介したりした。撮影スタジオでアシスタントをしながらの下積み時代のことだ。放送が終わってスタジオから出たら、30代と思われる局の男性が近寄ってきて、興奮した口調で、「わたしも、アシスタント時代、よく行きました」と言い、よく食べたおかずの話などをしてくれた。なんだか、大衆食堂ならではの話で、うれしかった。そういう記憶や思い出が、たくさん埋もれているにちがいない。

それはそうと、スタッフの方と話をしながら思ったことだが。ここのところ、おれは、おれとはあまり縁がない世界だと思っていた、dancyuやNHKから声がかかり、仕事をやっている。それについては、共通する背景というかモンダイというかテーマがあるな、という感触を持っている。その場面に、おれが適役かどうかは、たぶん誰も正確に判断できない。可能性を展望しての、「試用」あるいは「挑戦」といったところだろう。とにかく現実を見据えて新たな動きを生み出そう、そういう感じである。とりあえず声がかかっているのだから、一緒にやれることはやるが、やれないことはやれない、ってことで、これからどうなるかわからない。いろいろなところで、そういう動きになっているし、それはドンドン広がる予感がある。

全国生放送であるから、次回の16日の水曜日は、ドンと飛んで北九州の食堂の話をすることになった。ダイヤモンド・ユカイさんと藤井アナウンサー、今日始めてあったが、なかなか面白い。だけど、その面白さを放送で出し切れない感じが、NHKらしいというか、NHKのリスナーの課題であるかも知れない。

放送の冒頭、おれが紹介されて挨拶をするときに「エンテツです」と言った。するとユカイさんと藤井さんが、「ああ、略しちゃいけないんだ」と言うのであった。いきなり出鼻を挫かれた感じで、おれは何のことかと、いぶかしく思ったのだが。帰って家人に聞くと、そのコーナーの前に、リスナーの方からの投書か何かで、略した言葉は若者に媚を売るようでケシカラン、という感じものが読み上げられたとか。

「みんなのNHK」は、悩ましい。みんな、は、どこへ向かっているのだろう。どこへ向かいたいのだろう。おれは、あまり、「みんな」には興味がないのだが、気になる。こういう時代は、ひとのことはよいから、自分がどうしたいか、どうするかが問われていると思う。気取らず力強くめしを食い、愚直にやるのみ。なんにせよ、よい経験で、大いに鍛えられる。

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2012/05/01

『四月と十月』4月号。

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牧野伊三夫編集長の美術系同人誌『四月と十月』26号が発行になった。今年の4月号であり、昨日届いたので、無事に4月中に発行になったのだな。

今回は、同人の皆様の作品と文、それにおれのように同人ではない連載陣だけで、シンプルにまとまっている。

同人の出稿者。石田千さん、イソノヨウコさん(柳家小春の名でご存知の方もいるでしょう)、稲村さおりさん、加藤休ミさん、久家靖秀さん、白石ちえこさん、鈴木安一郎さん、瀬沼俊隆さん、田口順二さん、早川朋子さん、福田紀子さん、牧野伊三夫さん、松本将次さん、三梨朋子さん、ミロコマチコさん。

連載陣は。鈴木伸子さん「東京風景」18回「「スカイツリー入り」の新風景」。有山達也さん「装幀のなかの絵」18回「余白」。堀内花子さん「父のこと」4回「学校がはじまる」。言水ヘリオさん「画廊の外の展覧会」14回「活字」。蝦名則さん「美術の本」22回「異色の画家たち 其一」。そして、おれは「理解フノー」8回「五〇年目のタワゴト」。

おれは、今年の春で、上京あるいは出郷50年。その後の「横ズレ」人生をふりかえり、当ブログ右サイドバーにある言葉「それゆけ30~50点人生」などについて書いた。

それにしても、まいど、シャクにさわるほど上手で、うなってしまうのは、写真家の久家靖秀さんの文章だ。おれは、(フリーライターという商売柄)イチオウいくつか使い分けられる文章を持とうとしているが、基本は、あまり修辞的な方法は用いないで表現することだ。その場合、文章のリズムやスピードのコントロールが大事になると思っている。久家さんの文章は、まさにそういうもので、シャクにさわるほど、うまい。

今回は、「ちょうどいい人数」のタイトルで、このように書き出す。

「映画は二人でも楽しいが、スーパーマーケットは一人に限る。広い売り場を快適に効果的に巡るには、それなりのリズムとスピードが必要なのだ」

久家さんの文章そのものも、リズムとスピードがほどよい感じである。久家さんとは「余暇」の付き合いだけだが、そこでもいつもほどよいリズム感とスピード感を持っているから、きっと仕事でもそうなのだろう。こういう文章を読むと、ヨーシ、おれももっと勉強するぞ、という気になる。

とにかく、この『四月と十月』は、さまざまな表現に取り組んでいる方々であり、みなさん現場で活躍中の方ばかりなので、とかくありがちな抽象的観念的な「美学」や「表現」の「論」はないから、とても刺激になる。

表紙の絵は、松本将次さん。この絵について、表紙デザインを担当している内藤昇さんが「表紙の作品について」書いていることも、おもしろく、四月と十月らしい。

  飾らない、作らない、
  かっこつけない素晴らしさ。

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