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2012/06/21

めしとカネ。

大げさなタイトルをつけた。

外食も含め食費にかけられるカネが、毎月ほぼ一定額で決まっていても、その金額を日割にして几帳面に費やすひとは少ないだろう。食堂などで、よく聞く話では、給料日あとの客は景気良くふるまい、のちしだいにしぼんでいく。

かつては、給料日あとの大衆食堂は比較的空いていたとのことだ。客が、もっと「ランクの上」の店へ行くからだ。近頃はどうか。都内で、高いメニューで千円、安いものは500円ぐらいで食事ができる食堂で聞いたところでは、給料日あとでも、よそへ行くことはなく千円ぐらいのメニューがよく出るが、しだいに下がっていって、給料日が近くなると、500円ぐらいに留まるか顔も出さなくなる客もいる。

こういう話は、立地によって、金額の幅は微妙に異なるが、とにかく、そこに「幅」がある。その「幅」はまた、かつての景気がよかった時代とも異なる。

とくに去年の大震災以後目立つようになったのは、いわゆる「経済成長」を否定する考え方だ。その中身もいろいろで、これまでの「成長論」そのものがまやかしであるといったものから、とにかく、原発事故などもあったしもう成長は望めない、1970年代前半のオイルショックの後のように「スモール・イズ・ビューティフル」な感じのものなど。

もろもろのお考えがあるようだけど、ようするに、たとえば現在のめしが一食千円から500円の幅で一ヶ月がすぎていくとして、これを以前のように、給料日あとぐらいは大衆食堂より「ランクの上」の店で食べられるようにしようというのか、この現状を維持しようというのか、それとも、もっと下がってもいいじゃないかということなのか、そのあたりが、さっぱり見えない。じつに頭でっかちの経済論なのだ。

印象としては、現在の一食千円から500円の幅としても、そんなに余裕のある生活ではないし、それすらもやっとのひとも少なくない。その現状からすれば、「成長論」を軽々しく捨ててもらっては困るなあという感じもあるのだが。これはまた、税制ともからむ。もし、成長がなくても、税制によって生活の改善を図るというテもあるだろう。

しかし、実際の動きは、これまたオカシイ。今日、国会の会期の大幅延長が決まった。そして大増税が数日のうちに決まりそうな動きがある。なのに、とりわけネット世間の政治的関心といえば、原発や放射能、大阪市長の発言など、ほかはそれぞれが好みのお祭り騒ぎの話で賑わっている。この大増税が大問題にならない。ま、小沢センセイたちが、別の騒ぎになる動きはあるが。

どうみても、日本は余裕にみえる。こんなことを書いているのが、貧乏なおれの老婆心にすら思えてくる。

だけど、たとえばこの一食千円から500円の幅に「下落」した生活は、これからの大増税でどうなるのだろう。そんなに、これまでがよすぎて、日本の勤労者は不当によい思いをしすぎた、この状況は「やっと普通になった」ということで、成長なんざいらないということなのか。

てな、話しには、あまり関心がないようですね、はい。

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