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2012/07/20

義父80歳手術で秩父行ったり来たり。

今週は16日月曜日が休日だった。

17日火曜日は、翌18日に手術の義父の入院日で、主治医から手術の説明がある予定だった。おれは、8月1日発売ミーツ9月号の校正の締切りと、夜は以前からの飲みの予定があり、妻だけ先に実家のある秩父地方の町立病院へ朝7時すぎに出かけた。10時までに病院に着かなくてはならないのだ。

ミーツの校正は、いつもはあまり直しはないのだが、今回は、かなりタイトなスケージュールのもと、いろいろな不具合などは校正で調整することで進めたから、直しが多かった。見出しなどは、全部字数オーバーで書き直しだったり。とにかく無事に?終えた。夜の飲みは、先方が忙しい方で延期になった。

夕方、柳瀬徹さんのツイッターで、彼が『サンデー毎日』の「著者インタビュー」で、『幼少帝国 成熟を拒否する日本人』(新潮社)の著者、阿部和重さんをインタビューしていると知って、一杯やりに出たついでに、本屋に寄って立ち読み。のつもりだったが、買ってしまった。というのも、そのページを開いたら、もう片方の1ページ「一冊の本」で、岡崎武志さんが白井いち恵さんのデビュー作『東京バス散歩』(京阪神エルマガジン社)を取り上げていて、しかも白井さんと一緒に彼女のおすすめバス路線に乗るという、おもしろいレビューなのだ。

それを持って、前から気になっていた、東大宮駅西口そばの大衆酒場「末広」に初めて入ってみた。末広は、なかなかよい店で、またもや東大宮に通いたい店が増えて、困ったものだ。買ったばかりのサンデー毎日を見ながら、飲む。

18日水曜日。起きて準備して、出かける前にメールチェックをしたら急ぎの用があり、メールの返信じゃ間に合わないので電話をする。長電話になる。家を出たのは9時半頃だったが、とにかく、いつものように、先へ行くほど、電車やバスの本数が減っていくコースなので、病院に着いたら、手術室に入る予定の13時の10分前。義父はベッドの上で準備完了いつでも手術室に運ばれる体制、そばに、義母、妻がいた。麻酔前に間に合ってよかった。

手術は2時間ぐらいの予定だったが、患者が病室にもどって来たのが、16時ぐらいだったか。主治医に手術の結果を聞き、手術そのものは問題なく済んだ。なにしろ高齢なので、全身麻酔の影響がどうか、手術で患部の処理はできたが他の影響がどうかなどは、様子を見なくてはならない。などなど、いろいろあるようだったが、とりあえず麻酔からの回復は順調で、ほかの問題も特に見られず。麻酔が切れて、大いに痛がるので、痛み止めの点滴など。

基準看護なので付き添いはいらないが、ま、義母が付き添いたがるから気の済むようにということで、妻とおれは19時4分のバスで帰ることに。熊谷で、一杯やって腹ごしらえして、帰宅は23時すぎ。

きのう、19時木曜日。妻は勤めがあるから、おれは6時すぎに家を出て、病院へ。ところが秩父駅に着いてみたら、前々日に妻が7時すぎに出かけたときと、病院に着くのは同じ時間のバスしかないという有様で、なんのための早起きか。とにかく10時10分前ごろ着いた。義母を13時10分のバスで家に帰す。

患者は、かなり好調に回復し、身体についていた何本もの管や酸素マスクは、排尿用をのぞいて、みなとれていた。基準看護とはいえ買い物まではしてもらえないから、何かとチマチマやることがあり、2回ほど買い物に出たり、腰椎部分の手術だったので、まだ寝たまま食事のときに少し身体を起こすこともできない。食べ物を口に運んでやったり、あれこれ細々。夕食が済んで、前日と同じ19時4分のバスに乗って帰った。

今日は、なんだか疲れた身体を動かして、でれでれといろいろ片付ける。入院は1ヶ月ほど、チョイと行ったり来たりになる。

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