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2012/07/21

あの昔の切符を何と呼ぶのか。熊谷は池端のナポリタン。

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ここ東大宮から義父が入院の町立病院へ行くには、大宮で高崎線に乗り換え、熊谷から秩父鉄道で秩父駅、そこからバスで40分ほど。秩父鉄道は単線で、一日に何本か、急行が走っている。めったに出合わないのだが、18日は往きも帰りも、ちょうどよいタイミングで利用することができた。

あらためて気がついたが、秩父駅からのローカルなバスでさえスイカが使えるのに、秩父鉄道は昔の厚いボール紙の切符を使用している。古い作り置きが、よほどたくさんあるのだろうか。自動券売機は、よくある薄い用紙だが、急行を利用するときは、自動券売機では扱っていない急行券を窓口で乗車券と一緒に買う、するとどちらも昔の切符なのだ。

この切符を手にしただけで、どこか遠いところへ旅する気分になる。「遠いところ」というより、この切符が、どこでも普通であったころへの、遠い時間の旅とでもいうべきか。

熊谷は、何度も乗り換えで利用しているが、駅ビルから外へ出たことが、2度ぐらいしか記憶にない。関東平野のように茫漠としたイメージだ。しかし、ここは埼玉県北部の都会で、南部の大宮や浦和とは異なる独自な文化の色彩を持っている。ってことは、まあ、いいや。

18日の帰り、熊谷に着いたのは21時半ごろだったと思う。とにかく、朝から暑かったし、手術を待つのもくたびれることだし、空きっ腹を抱えて熊谷までたどりつき、ここで何か食べようということになった。で、行った先が、熊谷の愛人の周囲で評判の、『池端』という居酒屋だ。愛人が行く店に妻と行くのは、いかがなものか、ということは一切考慮になく、とにかくそれほど評判の店なら、行って見ようじゃないかと。

ここは、熊谷駅のナントカという駅ビルから出てすぐのところにある。ちょいと小路を入ったところに、落ち着いた大人の佇まい。食べログには「新和食 池端」とあるように、建物も店内も純和風とはちがい、オーク材風を使ったモダンな雰囲気なのだ。

メニューを見て、どうやら鮮魚料理が得意らしいと思われたが、なにしろ疲れた身体はコッテリ系を要求しているし、そういうメニューも揃っている。鮮魚中心全方位メニューという感じであり、そこで目に止まったのが、「ナポリタン」だ。ナポリタンに、カッコで「青春の味」とある。そこで、フン、青春なんか関係ねーよと思えば、あるいは鮮魚料理を注文することになったかも知れないが、逆に、おおっ青春の味!いいじゃないか、となってしまった。それに、チーズオムレツやらもう一品、いずれもコッテリ系。

とにかく暑いから生ビールが、うまい。

Dscn1039青春の味、ナポリタンは熱い鉄板にのって、しかも鉄板の上には溶いた玉子を引いてナポリタンを盛ってある。つまりナポリタンを食べると、その底に薄く玉子焼きになった玉子があるというぐあいなのだ。このナポリタン、よくあるナポリタンより麺が細い。これは珍しいねと写真に撮ったのだが、ちょっとわかりにくいな。

働き食べる大人たちへの気配りが感じられる空間。お客さんも、テーブルを囲む同じ会社の仲間らしい6名ほどや、労働のあとカウンターで一人一杯やって食べて帰る男たちという模様。労働とくつろぎ。

働く食欲のためか、出てきた料理は、みな量が多い。味も濃い目でうまいのだけど、けっきょく、ナポリタンは食べきれなかった。

焼酎もポン酒も、いろいろ揃っていた。最後は、お店の方がサービスで出してくれた枝豆で、土佐鶴を一杯飲んだ。この酒も、なみなみたっぷりに注いでくれる。

熊谷は、気前がよい街なのか。お店の方も感じがよかった。

気分よく、高崎線に乗って、大宮で宇都宮線に乗り換えて、帰ってきたのでした。

こんど行ったときは、必ず行くだろうが、まずは鮮魚料理を食べよう。

埼玉は海のない県だが、海から離れているほど鮮魚料理への執着があるともいわれる。坂口安吾が、かつて彼が暮らした、足利だか桐生だったかな?寿司屋が多いと書いていたが。そういうものかも知れない。

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