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2012/10/27

酒飲みハンセイキ。

前のエントリーに書いた、おれの飲酒の半世紀と反省記である「酒飲みハンセイキ」の1回目、締め切りの24日に仕上げて送った。

調べて書いている最中からおもしろくて夢中になり、めったに出ない集中力、パンツ一丁でも寒さに気づかないほどの集中力で、風邪を引きそうになり、何年かぶりで風邪薬を飲むハメになった。

前にも書いたように、3回に分けての連載で、1回目は60年代70年代だが、いちおう現在まで流れを見通しながら書いた。これは『食品商業』の半年に1回、盆暮れの酒特集に掲載されるもので、販売のプロが読むものだから、単なる酒飲み回顧話や酒飲み自伝で終わるわけにはいかない。

忙しい商売の合間に読むおもしろおかしい飲酒物語でありながら、いまスーパーなどの酒売り場にある酒が、なぜそこにあるのかを、関連づけることも必要なのだ。

そういう意味では、60年代70年代以前から(実質、戦後の空気も濃厚だった50年代から)、自分と飲酒との関わりを、あれこれの視点や広い視野で眺めてみるいい機会になった。

「晩酌」と「飲む」の文化的な違い。厳然とあった「晩酌」のスタイル、大げさに言えば「晩酌文化」が、いつ頃から「飲む」との境界を失っていったかについて、自分なりに明らかになった。最後のほうは、こんなふうに、まとめた。

「ワインは酒の情報化の先陣を切っていたと思うが、70年代は助走にすぎなかったと言える。「情報化社会」は言われていたが、おれの酒は、まだそれほど情報化されていなかったし、周囲もそんな感じだった」

70年代は「振り返ってみれば、80年代の生産・流通・消費入り乱れての迷走への始まりにすぎなかった」「食事の前の正しい晩酌のスタイルは、少なくともおれにおいては、失われていた」。ってことで、次回に続く、なのだ。

話しは、おれが小学5年ぐらいのとき、山間の集落で秘造のどぶろくを飲んで腰をぬかすところから始まるのだが。飲酒から、戦後、高度成長、高度成長の終焉と迷走を眺めることにもなった。おれは70年代後半から、コンビニ進出を進める酒メーカーや酒問屋や酒販店、ワインやバーボンなどの輸入販売をすすめる食品メーカーや問屋に、マーケティングの仕事で関わってきたのだが、断片的になっていた記憶を思い起こすのにも、いい機会になった。

400字10枚では足りないぐらいで、おもしろい大事なことを、かなり短くまとめざるをえなかったが、力が入りました。書けなかったことは、どうせすぐ忘れるだろうけど。

004締め切りまで日にちが無くややテンパリ気味に、この原稿を書いているあいだに、北九州市の『雲のうえ』17号が届いた。特集は「しゃべりぃ、ことば」。おもしろい、後日紹介したい。

ビレッジプレス発行『雲遊天下』から原稿依頼があって、見本誌の直近3冊が送られてきた。109号に、『下町酒場巡礼』の共著者で最近ちくま文庫から『酒場めざして』を刊行の大川渉さんが「記憶のかけら 酒」を書いている。読んでいたら「私の周囲の酒飲み、例えば『下町酒場巡礼』の相棒宮前栄、大衆食堂の詩人遠藤哲夫さん、朝日新聞の寅さん記者小泉信一さんらは皆、一年三百六十五日、毎日飲む。エンテツさんは「毎朝、一、二合の酒を飲むとシャキッとする」と話すほどだ」と書いてあって、おどろいた。宮前さんとはお会いしたことないが、大川さんと小泉さんとは、何度か飲んでいる。彼らのほうがおれよりはるかに若く、大酒飲みだが。

じつは、今日、その朝酒をやりすぎて、昼間は眠くて仕事にならず、締め切り迫っている、この雲遊天下の原稿も手付かず。

あとは寝るだけの夜の酒は、泥酔して寝ちゃえばよいのだが、朝酒や昼酒は飲みすぎてはいかんね。わかっちゃいるけど、とまらない。ってこと。

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2012/10/22

11月11日、木村衣有子さんとトークイベント@イズマイ。

木村さんから声をかけていただき、トークをやることになりました。

11月11日、日曜日、19時から。東神田、馬喰町の「イズマイ」という店。ブックカフェあんどバーのようなところらしい。そこでの「「イズマイ」グッドリトルプレスフェア関連イベント」です。

木村さんは、『のんべえ春秋』などのリトルプレスを発行しているので、それにちなみ、2人で「行きつけの大衆酒場の風景、酒のつまみの今昔、酒場について書くということ、など」を語ろうってわけであります。

こちらに、詳しい案内があります。よろしくお願い申す。
http://ismy.jp/nonbee.html

木村さんとは、東京はもちろん、八戸、盛岡、大阪でよく飲んだし、こんなこともありましたねえ。2011/01/31
「これが、『ミーツ・リージョナル』3月号「エンテツ・衣有子の天満のぞき」だ」
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一昨日は、その木村さんと、サキさん、退屈くん、まゆさん、コンさんたちが、大宮スタジアムでのサッカー観戦のあと、いづみや本店で合流し、大いに飲んだ。18時ごろから閉店の22時まで。退屈くんの就職祝いでもあったのだが、それにからむ話は、あまりなかったような気がする。ま、いいのである、とにかくにぎやかないづみやでワイワイ楽しく飲んで泥酔帰宅だった。

その前日は、『食品商業』のKさんと、17時に上野の「肉の大山」で待ち合わせて、飲みながら打ち合わせだった。というのも、「酒飲みのハンセイキ」てな感じで書いて欲しいという話があって、ハンセイキってのは、俺が今69歳だから20歳ぐらいからの酒飲みの半世紀と反省記だというから、面白そうと思って、やってやろうじゃないかと、会うことになった。

『食品商業』には、この夏の7月号の酒特集のときにも、「オレの酒買い日記」を書いていて、その延長というか、パワーアップ版というか、なのだ。で、1回につき400字10枚で、3回ぐらいに分けて連載ということで話しはまとまったのだが、1回目の締め切りが24日なのである。それを話しの最後に言われ、「えっ」と思ったが、いまさら引っ込みはつかないし、ま、書き出すと早いほうだからよいだろうと思い、軽く、引き受けた。

取り掛かってみたら、1回目は、60年代70年代なのだが、資料をひっくりかえしながら記憶を確認しなくてはならないので、けっこう大変だ。おまけに資料が面白くて、昔を思い出しては、ついほかも見てしまう。ってことで、なかなかすすまず。こういうときは、明日からまだ3日もある、1日3枚ぐらいだから楽勝、なーんて思っていたのが、昨日までの段階。

そして、今日も、いま15時過ぎなのだが、まったく書けてない。でも、こう書こうという構想はできているので、大丈夫と思っている。のだが。なかなかめったにない面白い企画で、もっと時間があればなあ、という感じでもある。

こういう仕事は、一種の「道化役」であり、dancyuの場合も、そうだし、おれにふられてくるたいがいのライター仕事は、そうなのだが、おれは、こういう道化役のような役回りがけっこう気に入っているし、自分に合っているような気がしている。これぞ「フリーライター」な仕事ってわけで、楽しみながら、気合を入れている。はて、どんなものが書けるか。今日明日が勝負。いや、まだ明後日があるか。

当ブログ関連
2012/06/15
「オレの酒買い日記」と酒マーケットに首都マーケット。

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2012/10/21

東京新聞で月に1回「大衆食堂ランチ」の連載が始まりました。

この連載は、東京新聞のサイトに掲載され、どなたでもご覧いただけます。こちら。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/

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2012/01/16「きのうの東京新聞、この本この人に登場」でお世話になった東京新聞で、「エンテツさんの大衆食堂ランチ」ってのを月に1回の連載でやらせていただくことになった。

じつは1回目が、19日の金曜日でした。

これは、首都圏情報の欄で、毎週金曜日に「週替わりランチ」という連載があり、おれは第3週を担当するということです。ほかの週は、どなたがやるか、まだ知らないのだけど。

そう確かに、第3週の金曜日掲載ですってことで、このあいだの締め切りに原稿を送ったのだが、掲載の前に校正があるだろうと思っていたのに、ないので、もしかすると第4週になったのかな?と思っていたら、ちゃんと掲載になっていたというわけ。

はて、いつまで続きますか、とにかくよろしくお願い申す。

初回は、当ブログやおれの本の読者にはおなじみの、十条の天将さん。「大衆食堂」の切り抜きの文字の看板やサンプルショーウインドーなど、外観からして大衆食堂をアピールしやすいし、大衆食堂が最も勢いがあった時代のメニュー、ビーフステーキが残っているので、これを取り上げた。あいかわらず、グルメな書き方ではないけどね。400字という制限のなかで、個性それぞれの大衆食堂の楽しみや文化が、うまく書けるとよいのだが。

次回からは、左下囲みのおれのプロフィール紹介は無くなり、お店のデータがもっと詳しく入る予定。11月16日の掲載になると思います。

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2012/10/18

米だ!めしだ!かけめしだ!『かけごはん100』瀬尾幸子。

一昨日16日は、いろいろあったのだが、とにかく18時に西荻窪駅で、瀬尾さんや須田さんと18時に待ち合わせ。須田さん遅れるというので、とりあえず瀬尾さんと南口の戎。急逝された成田さんの話から、あれこれ。いまどきの30歳代の話しは知らなかったので、なるほどなあ。とかやりながら、やきとり食べ、ビール飲んで酎ハイ飲んでいるうちに、19時近くに須田さんと星子さんあらわれる。

割とマジな打ち合わせがあるので、瀬尾さんの家に移動。割とマジな打ち合わせにしては、酒はじゃんじゃん出るわ、瀬尾さんの手料理は出るわで、どんどん飲み食べる。しかし、話しは、テーマは「米」に関する企画だったのだが、もう素晴らしいブレストのように、アイデア続出、おれの秘蔵の話も飛び出して大展開。おれは酔っ払って、例によって電車の時間になり、一足お先に退去。泥酔帰宅だった。

瀬尾さんの手元に届いたばかりの、10月27日に発売になる新著『かけごはん100』(別冊すてきな奥さん、主婦と生活社)を頂戴してきた。

瀬尾さんは、『おつまみ横丁』100万部突破で、流行作家並みに本を出しまくっているので、追いかけきれない。とにかく主婦と生活社から出た、『ひる麺100』も『のっけごはん100』も売れて、のっけのほうだったかな?は10万部突破の勢いとか。で、この『かけごはん100』は『のっけごはん100』の流れということになるだろう。

かけごはん! おれは感動した。おれが、「かけめし」なるものを宣言したのは、『汁かけめし快食學』(2004年、ちくま文庫)のもとになった『ぶっかけめしの悦楽』(1999年、四谷ラウンド)だった。

つまり、「正しくは「汁かけめし」である。「汁掛飯」である。しかし「かけそば」「かけうどん」がまかりとおるのなら、「かけめし」でもよいではないか。本書では「かけめし」とよぶことにしたい」「そして、「かけめし」という言い方は、いまおもいついたわけではない。十数年前、つねに食文化の先端にいた?おれとマコトはつかっていた」と書いている。

この「マコト」は、2012/10/02「「帰ってきたエンテツの泥酔論」特別編は、今週土曜日に延期です」にも登場しているけど、先日久住昌之さんと飲んだとき一緒の、30年ちょっと前におれに久住さんを紹介した佐藤真さんのことだ。

そのような「かけめし」であるけど、やはり主婦と生活社の料理本となれば、「かけめし」というわけにはいかないのだな。「かけごはん」でもいい。以前は教条的ですらあった「かけめしイケマセン」がタテマエの風潮は、変わってきているということなのだろう。

「ワンプレートクッキング」といったところで、のっけめしやかけめしの類だし、この「プレート」を「ボウル」にしようが「丼」にしようが「飯茶碗」にしようが、料理としては同類だ。

好き嫌いはともかく、昔から普通のめしの食べ方の文化だった「かけめし」が、普通に扱われるってのは、いいことじゃないかと思う。それが、瀬尾さんの本となれば、なおのこと。作り方も、シンプル。

瀬尾さんの料理は、趣味的傾向やディレッタンティズムにはしることなく、かっこつけずに潔く実用に徹しているところがよいね。それはまた、かけめしの精神だと思う。これはこれで立派な食文化なのだ。と、かけめしのことになると、思わず熱が入ってしまう。売れてほしい一冊。よろしく。

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2012/10/14

成田一徹さん、逝く。

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まだまだ、これからの活躍がたのしみだった、成田一徹さんが逝かれた。

今日の午後、ネットで、この訃報にふれ、ほんとうか?と思ったが、古典酒場のブログでも報じられていて、まちがいないことだった。「本日(10月14日)の午前10時54分」の逝去だそうだ。
http://ameblo.jp/kotensakaba/entry-11379304149.html

享年63、は確認してないが、とにかく、おれより若く、それぐらいの齢であることは確かだ。最近は特に、おれより若く、活躍されている方が逝かれると、すごく切ない。

しばらくボンヤリして、思い立って瀬尾さんに連絡した。こういう突発のときは知人で話ができる人と話し、落ち着きたくなる。瀬尾さんも突然の訃報に驚いていた。まったく、言葉もない。

成田一徹さんといえば、牧野伊三夫さんがアートディレクションと絵をやっていたサントリーのウイスキーボイスが思い出される。表紙もよかったが、成田さんの本文最初の見開きページに連載の「バーの愉し味」、バーテンダーの切り絵と文章もよかった。比較的、影である黒が基調のことが多い切り絵で、しかも成田さんが描くバーの雰囲気は、テーブル、グラス、酒にまで、その基調に味わいがあったが、そこに白い「制服」のバーテンダーを上手く描き出していた。これには、静かに感動した。

まだまだ活躍できる方だったのに、残念。

合掌。

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2012/10/13

画家のノート『四月と十月』27号、ほかいただきものや気になること。

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今週9日火曜日は、秩父へ。町立病院に寄って、厚生省の審査会で差し戻しになった特別疾患の申請に添付の医師の書類を渡す。ちょうど、受付のところで、通りかかった医師にも会って話ができた。もう一度出し直しということになると、申請が通っても申請日からの適用なので、一番費用のかかっている手術代が出ないことになる。とにかく、福祉予算がどんどん削られているように、特別疾患の医療費補助も、どんどん厳しくなっているのだ。そのうち「生活保護」費みたいに、難病になるやつが悪い、直そうという意志がない、怠け者、精神がたるんでいる、なーんてことになりかねない。

秩父に一泊し、翌日10日に帰宅。東京新聞の締切日なので原稿を仕上げて送った。

きのう12日。16時に須田さんたちと四つ木で待ち合わせだったので、早めに出て、15時に立石のゑびすや食堂へ。4年ぶりぐらいか。メンチカツとビール大瓶と焼酎ハイボール。駅にもどって、隣の四つ木に行く前に念のため須田さんに電話すると、取材が早く終わったので立石にいると。駅で合流、須田さんのほかに恩田えりさんと山崎義高さん。四つ木の大衆酒場ゑびすへ。16時の開店早々。5年ぶりぐらいか。大いに食べ、大いに飲み、大いに語り、楽しかった。また何か新しい企画が動き出す。

恩田えりさんのお囃子は、6月の読売銀座落語会のときに聴いているわけだけど、いろいろ共通の知り合いがいることもわかった。

たしか19時ごろ解散で、おれは浅草へ。着いて吸うさんに電話、近頃彼がよく行っているという酒場で待ち合わせ、飲んだ。吸うさんとは、このあいだみとめで偶然会ったけど、一緒に飲むのは久しぶり。なんだかワイワイ盛り上がった。吸うさんのブログ再開、野糞でこんにちは、なるか。たぶん21時すぎごろまで。酔った。

東大宮に着いたら、すでに泥酔状態だったけど、ポン酒が飲みたくて、ちゃぶだいへ。さらに泥酔記憶喪失状態さ。目が覚めたら朝で布団のなかだった。今日は夕方まで、頭に靄がかかったまま。

この間に、いただいた本などがある。

毎号いただいている、久住昌之さんの切り絵が表紙の『TASC MONTHLY』10月号。先日飲んだとき、この切り絵の苦労話を聞いた。『孤独のグルメ』や『花のズボラ飯」とは、チョイと違うというか、違わないんだけど、見えにくい顔というか。現代を生きる 第26回(最終回)は、「生きることの作法 真の自立を身に付ける」のタイトルで、鷲田清一さんが書いている。「国が滅んでも生き延びていく力」について。 チョイと首を傾げるところもあるが、共感するところもあって、おもしろい。

盛岡の「まちの編集室」から、てくり別冊『いわてのうるし』と『馬と人』と『てくり』14号を頂戴した。いつもいただくばかりで恐縮。ありがとうございます。パラッと見ただけだが、『いわてのうるし』は、たくさんの写真が、どれも素晴らしい。よく読んでから、紹介しよう。

著者の小沢信男さんから、ちくま文庫から10日に発売の『東京骨灰紀行』をいただいた。単行本の時にもいただいて、当ブログで紹介している。たくさんの人に読んでほしいね。小沢さんは銀座生まれで東京本も何冊かあるけど、東京人が書く東京本にありがちな東京に寄りかかった「甘え」がない。いつも、しっかり「場所」と向き合っている。2009/09/09「小沢信男さんの新著『東京骨灰紀行』筑摩書房から」

さてそれで、おれの「理解フノー」の連載が載っている、美術系同人誌、画家のノート『四月と十月』が発売になっています。表紙は、めきめき売り出し中のミロコマチコさん。

おれの理解フノーは9回目で、「十年後」のタイトル。ま、おれのような野蛮人にもある「老化」のこと。同人の稲村さおりさんの文章も「老化」がらみ。連載陣の有山達也さんも、「老化」とは違うが、「老人」の父上のこと。そういう年頃の方がいるのだな。編集長の牧野伊三夫さんも、40代後半で、マガリカド。

あいかわらず、久家靖秀さんが、「6分間クッキング」のタイトルで、しゃくにさわるほどかっこいい文章。なにより「文学の尻っぽ」(五木寛之の若い頃の言葉)をぶらさげていないのがいいし、料理のレシピも明快だ。久家さんの「料理シリーズ」は、四月と十月文庫にしてほしいね。

近頃は同人の新人に若い女の進出が目立つ四月と十月だが、若い男が出現!作村裕介さん。「画家、左官屋」の肩書き。プロフィールがおもしろいので、そっくり以下に引用。

「1986年富山県生まれ。近年はモーレツッ!にグッと来た風景や、人をそのその場でスケッチしている現場主義の画家、野性的にギラギラ生きる人間の姿に魅せられ、下町の大衆酒場、銭湯、八百屋など時代から段々と淘汰されているくものをモチーフにすることが多い。スケッチと文章はブログ『作村裕介のうっ~ん、モーレツッ!!』に連載中。http://mo-retsu.jugem.jp/

ってことで、作品のページの文章にも、「僕はギッラギラに光るネオンやパチンコ屋や、風俗街の看板の明かりが大好きだ。/特に、「テレクラ」の看板なんか見てるとグッとくる。上手く言えんけど、欲望とか情とかそんなもんが見えんほうが、かっこよくて生活しやすいんやろうけど、こういう人間の欲望とかが野性的にギラギラした看板とかネオンて堂々としていて、かっこいい」と。

いやあ、気になる方だ。

気になるといえば、いま一番気になって、発売が待ち遠しいのが、岡崎武志さんの、この本、『上京する文學』だ。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/20121012

『大衆食堂パラダイス!』は、上京者であるおれの「上京」と「望郷」が大いに関係しているしね。ま、文学といえるほどのものじゃないが。

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2012/10/08

おもしろ人間国宝やら、泥酔論のち記憶喪失外泊やら、ライブやら。

はあ、とにかく疲れましたね。

4日木曜日は、文化放送くにまるジャパン「おもしろ人間国宝」に出演。生放送なので9時半に浜松町の文化放送着ということだった。かなり余裕をみて家を出たのに、山手線で人身事故が発生。宇都宮線は影響なかったが、上野に着いたら大混雑、ホームへの入場制限やらなんやらで、けっきょくギリギリの到着。

放送の方は、写真もたくさん用意していったし、くにまるさんが大衆食堂をよくご存知で、話しは快調に運んだ。台本があっても、おれは老眼近視がちゃ目でいつもよく見えない、司会者に合わせてテキトウに話していると、たいがい司会者は台本に忠実にもどしてくれるのだが、くにまるさんはけっこうとばす。なので面白かったが、カンジンなことを話し忘れたような感じもある。ま、でも、「おもしろ人間国宝」だから面白ければよいのだ。

終わってブログに載せる写真の撮影。本を持って写ることになったのに、写真が見やすい本を選んで持って行ったから、『大衆食堂パラダイス!』は持たずに、『みんなの大衆めし』と『東京・横浜 百年食堂』だけ。

肩書きが「大衆食堂研究家」になっている。おれは単なる変幻自在のフリーライターを好んでいるのだが、これもよくあること。ただの「フリーライター」では潰しがきかないらしく、いろいろそれらしい肩書きがつくらしい。ま、エンターテイメントな番組のことで、これもコメディか、カタイことはいわない。「研究家」を名乗るほどの研究の方法論を持っているわけじゃなし、これまで機会あるごとに言って来たように、体験と主観を大事に、別の言い方をすれば、この日も話したが、たいがいはおれのパーソナルヒストリーによる、書きまとめなのだ。ま、とにかく楽しかった。

文化放送の番組ブログはこちら。
http://www.joqr.co.jp/japan/2012/10/post-1232.html
2番目の段落の「ちなみに、遠藤さんが大衆食堂を気に入っている点としては…」のところは、あとで見たら台本の要約であり、ほとんどとばしてしゃべっていた。いやあ、放送作家さんにはご苦労をかけたのに、申し訳ないことをした。

5日は1件取材があって都内へ。

6日土曜日は、台風で1週間延期した、野暮酒場@小岩での、69歳記念特別特殊泥酔論トークだった。17時オープンで18時スタートだったから、17時に着いて飲んで泥酔すべく早めに家を出たのに、宇都宮線が人身事故でベタ遅れ。着いたのが18時15分前。

「野暮る。最強野暮の企画と戦略」のタイトルの資料をバッチリ作って持って行った。しかし、想定外に多く集まり、資料がギリギリだった。ってか、後から来た人には無くなっていた。初対面の方も、何人か。リーマンショック以後のブラックコメディ化社会と価値観の変容と野暮の台頭など、たぶんほとんどわけのわからないことを図形でトークというコメディなのだ。とにかく、みなさん楽しんでくれたようだ。もう、ぐちゃぐちゃに、よく語り、よく飲みましたね。

野暮酒場のあと植むらに移って、ここでも初対面の方が遅れて参加した。そのへんは覚えているのだが、朝目が覚めたら、「やぼやゲストハウス」のドミトリーと呼ぶ、野暮酒場の2階だった。まわりには、同じ状態の、パンツのケツを丸出しに寝ている野暮な男が4人ほど。二日酔いはなかったが、それを見て気持ち悪くなった。

ってことで、昼ごろやっと帰って来たのだが。この日の夜は、一昨日ってことだが、吉祥寺のライブハウス”マンダラ2”で、まりこふんさんことBlack&Blueの、ファーストアルバム発売記念ワンマンライブなのだ。

予約をしてあったし、何があっても駆けつけるつもりだったので、行った。18時半開場、19時スタート。大盛況、立ち見で会場が一杯になった。

彼女のうたは、古墳ブルース関係しか生で聴いたことがなかったにせよ、その実力のほどはわかっていた。しかし、Black&Blueは、また違う。すごかった。もう、ほんんんんんnnと、と力を入れて言いたいぐらい、いいブルースなのだ。フライヤーに寄せた、ウルフルケイスケさんのお言葉が、よく特徴を語っている。「重いメッセージを軽快に、湿った想いをカラッと、そんな風に歌えるBlack&Blueの歌声は力強くて素敵だ」と。まさに。

アルバムのタイトルは「人間なんて」。もちろんこのCDも買った。ライブが終わったのは21時過ぎだった。とにかく前夜の飲み疲れがぬけていなかったし、ハイボール一杯でヨレヨレしていた。テリー植田さん夫妻、クロスケさん夫妻、やすみさん、ひろみさん、くるまちさんなど、知った顔ぶれが何人もいたのだが、早々に会場を去った。

それでも吉祥寺は遠いから、家についたのは23時過ぎ。そして、ゆっくりCDを聴きながら飲んで酔った。秋の夜長は、酒とブルースさ、酒とブルースなんだよ、という気分。「人間なんて」「あの人はドブネズミに喰われた」「あんたはいつもどおり」「Black&Blue」などなど、いずれもいいですねえ。

Black&Blueとは「青あざ」のことで、オフィシャルサイトは、こちら。まだ若いし、大いに活躍してほしい。
http://aoaza.com/

そうそう、イチキ游子さんの前座?でいいのかな?一人芝居もブルースな感じで、「よこしまな女」「猫舌な女」は、強烈に面白かったし受けていた。イチキさんもBlack&Blueも、堂々とシッカリ腰が据わっているから、いいね。アタフタはやりを追いかけ、知ったかぶりだの、自慢だの、言い訳だの、人身攻撃の悪口だの、それで殺し合いまで、くだらねえこと、やめようぜ、でもやめられない人間なのだな。ならば「人間なんて」とうたってみようか。ってことさ。

最後の写真は、泥酔論の会場に届いた、出張中で参加できないからとプレゼントのお花とご満悦なおれ。お花は、ふなつさんからで、延期にした前の週にもいただいたのに、再度のプレゼントってことで、「野暮なひと指さす先の帰燕かな」の句が添えられて。ありがとうございました。この泥酔論のヘソは、「野暮オシャレとホッピーの可能性」だったのだが、それにふさわしい野暮な作業服オシャレとホッピーなのでありました。
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2012/10/03

文化放送、くにまるジャパンの「おもしろ人間国宝」と、「食のこころ こころの食」連載3回目。

いろいろ老化ゆえのドジもあって、あたふたしているうちに、間もなく23時という頃になって、明朝のラジオ出演の告知なのであります。

明日4日、文化放送、くにまるジャパンの「おもしろ人間国宝」、午前10時3分から23分、に出演します。生出演です。大衆食堂の話なのだけど、この番組は初めてなので、これまで本に書いたことや他の番組などで話した内容と、そう大きくは変えられず、台本もそのようにできている。ま、うまく脱線できるといいが、なにしろ大衆食堂については、まだまだ知らない方が多いわけで、なるべく素直に台本に従って話す、ツモリ。ご存知の方にとっては、特に目新しいことはないと思う。お時間ありますれば、聴いてください。

で、あたふたしながらも、ザ大衆食のサイトに食品商業に連載の「食のこころ こころの食」3回目「家事労働 炊事 女と男」を掲載した。…クリック地獄

スローライフなどにもふれ、「聞こえが良く、見た目は立派で美しいものに心を奪われているうちに、現実がひどいことにならないよう願うだけだ」と書いているんだが、現実は、はるかにとんでもないことになっている。

「放射能汚染」も大問題だが、TPPについては、なんとなく「静かな」状態のまま、着々と進んでいるようだ。「放射能汚染」についても、あっちこっちで亀裂が深まっているが、TPPについては、消費地・消費者と生産地・生産者の意識や危機感のギャップが激しすぎて、これがまた放射能汚染問題と重なって深い亀裂にならなければよいのだが。いくつか心配な状況がある一方、これ以上ギャップが大きくならないようにという動きや、すでにTPP後を見越した取り組みまで「静かな」動きがある。しかし、はて、さて、このままいったら、ほんとにえらいことになりそうだ。

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2012/10/02

「帰ってきたエンテツの泥酔論」特別編は、今週土曜日に延期です。

ここでの告知が遅れて、すみません。

2012/09/22「【ご案内】いよいよ来週末30日(日)、「帰ってきたエンテツの泥酔論」特別編」に告知した野暮酒場におけるトークは、すでにご存知の台風の襲来により、延期になっています。

当日になってツイッターだけの告知だったため、ご迷惑をおかけしました。ご存じないまま野暮酒場に来られたり、誕生祝のお花が届いたり、すみません、すみません、ありがとうございました。

野暮酒場からの告知は、こんなぐあいで、通常営業をしたこともあって、風雨の中、盛況御礼状態だったようです。けっこうな野暮なことで。

野暮酒場 ‏@tano_yabosakaba
【緊急告知】本日予定しておりました「帰ってきたエンテツの泥酔論」特別編「60代最後に放つ最強野暮の企画と戦略」は台風の影響により、6日(土)に延期いたします。なお、野暮酒場は本日、通常営業します。16時~。酔狂なお客さまのご来店をお待ちしております! 寝るスペースたっぷり!

ってことで、6日、よろしくお願い申す。もうバッチリの資料も出来上がっている。この資料代込み参加費500円は安すぎか?いやあ、ははは、タイトルが「野暮る。最強野暮の企画と戦略」だからね。

この間の備忘メモ。

24日、16時から浜松町で打ち合わせ。
25日、以前に申請した義父の特別疾患(2012/07/28秩父まで「特定疾患」の手続きに。)の厚生省の審査結果が、差し戻しになり、その結果を聞くのと戻された書類を受け取りに、秩父の保健所まで往復。その後、今日もだが、病院の医師と連絡とったり、あれこれ。もう一度手続きをするかどうかは、これから決まる、ってわけで、役所の手続きは大変。おれだって前期高齢者だが、こんなややこしいことは、後期高齢者だけの家庭じゃ無理だよ。政策が実態に即していない一端。
28日、2012/08/26「盛況御礼。久住昌之さんとのトークは、やっぱり楽しかった。」の続きになるが、トークの日は、久住さんはライブがあって打ち上げに出られなかった。なので、この夜、新宿で打ち上げをやることになった。久住さんのほかに、アルシーヴ社の佐藤真さん。この3人が一緒に顔を会わせるのは、1980年頃以来なのだ。30年の歳月をこえて。いやあ、久しぶりに、あの頃の思い出話。久住さんは19歳ぐらい、佐藤さんは20代なかばだったかな?おれは30代後半か。じつにまあ、それぞれいろいろバカバカしく面白いことをしていたわけで。それにしても、久住さんは、トークの時もそうだったが、よく覚えていて記憶がいい、次々と思い出すのだ。この10月には、久住さんの「孤独のグルメ」と「花のズボラ飯」がテレビドラマ化で、同じ原作者の作品が同時期に放映という偶然なラッキー。だけど、マイナーな面白いことをもっとやろうよ、面白くなきゃあ、トークもやろう、ってことで盛り上がり、もしかするとあまり遠くない未来に、3人の何かがお目見えするかも。それぞれポン酒を4号ずつぐらい飲んで、おれの終電ギリギリで解散。翌日やや酒が残った。あれこれ楽しい話の中身は、いずれ書きますかね?

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