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2013/01/29

土の香りがする盛岡の『てくり』16号。ここにも原発災害の傷跡が。

020「伝えたい、残したい、盛岡の『ふだん』を綴る本」の『てくり』16号が土の香りを運んできた。

特集は「パンとごはん。」

表紙をめくると、実って頭をたれる稲作の風景と労働する両手に玄米の写真。「土と食卓。」のタイトルに「はじまりは米農家を訪ねた日だった。」無農薬・有機栽培のアイガモ農法を続ける米農家を訪ねたのだ。

その次に登場するのは、「むすぶ」のタイトルで、その米農家の米を自家製かまどで炊き上げて握った塩むすびと、同じ農家が栽培する酒米で醸した稀少の純米酒を提供する居酒屋。

次の「根をおろす理由。」は、東京から移住した夫妻が昨年末にオープンしたばかりの食堂。「地元のモノ、その時期のモノ、近くにあるモノを使った料理を出せてこそ、盛岡へと移ったことの意味はあるのかな」と。その2人に案内されて仕入先の畑を訪ねる。無農薬野菜の畑だ。

021その畑からの道すがら立ち寄ったのが、25年ほど前、まだ「全国を見渡しても"自然食"という言葉に馴染みの薄い時代」に盛岡にあった自然食レストランが、その後移転し新たな店名で営業している食堂。タイトルは「『菜根亭』を覚えていますか?」。かつての店名は、おそらく中国の古典『菜根譚』からとったのだろう。

その記事中に、かつてその店主が新聞記事で語ったことが引用されている。

「結局、"盛岡らしさ"って『つながり』じゃないかと思うなあ。人と人とのつながり、食べ物とのつながり、自然とのつながりとか。この街のさまざまな部分とつながりを持つことが、すなわち"盛岡らしさ"に到達する一番の近道であり、"盛岡らしさ"そのものなのかもしれない」

いまこの箇所を引用したのは、2月3日のトークの時に、機会があったら語りたい「社会的に食べている」「食べることで自分と社会を育てている」「味覚は社会現象」ってどういうこと?と関係するからだ。

次はパンだ。「金曜日のフランスパン」と題して、『盛岡正食普及会』のパン工房で、金曜日にしか作られないフランスパンの話だ。どうして金曜日だけなのか。そこを解き明かすうちに、戦後全国に普及した学校給食と盛岡の関係、岩手の小麦と、「おいしいパン屋が多い」といわれる盛岡のパン文化が語られる。

024「正食」という言葉に、ひさしぶりに出合った。この言葉に馴染みのない人が多いと思うが、昨今ハヤリの「マクロビオテック」を遡ると必ず登場する。その話しは長くなるのでカット。『盛岡正食普及会』の存在は初めて知ったのだが、いろいろ系譜と変容が多い「正食」のなかでも、その理念を最も堅持しているように思えた。

次は「とびらをあけて。」のタイトルで、「『岩手の食材の力』を伝えたい」というパン屋。東京で製パン学校を卒業後、パン屋で修業、昨年盛岡に戻って開業した。小麦や野菜の畑にも取り組んでいる。

最後は、「あしたのごはん、どう選ぶ? 小島さんに聞いてみた。」である。2ページだけで、それで十分、今回のテーマに深みができた。小島さんは流通業に位置する店を営み、「『身土不二』をテーマに、生産者と消費者をつなぐ食のコミュニティづくりに力をそそいでいる」。

「身土不二」についてはいろいろな考えがあるが、小島さんの場合は「地産地消」の概念に近いようだ。「地域で小さな循環で暮らすことが、本来の人間のありかたじゃないかと思ってね」

編集者は、「原発事故による放射能問題によって変わったことは?」「店内の商品は測定するんですか?」「安心できる食材はどう選べばいい?」といった問いを発する。

いま食を語るとなると、このことは「当然」といってよいほどつきまとう。それだけではなく、最初に登場の米農家はダメージを受けた。アイガモ農法で首都圏の「食に関心の深い」人たちに支持され注文が増えていたのだが、「食に関心の深い」人たちほど放射能の影響を恐れ、「一昨年は収穫後4ヶ月間注文が全くなかった」。「ショックでした。本当にこれまでやってきたことが全てゼロに戻ってしまった思いでした」。測定は不検出だったが、その表示に悩む。このあたりは、『みんなで決めた「安心」のかたち』の柏のケースと、ほとんど同じだ。こういうことが、福島以外の宮城や岩手でも起きていると実感する。

で、その米農家の米も扱う小島さんの答えは、全部引用したいところだが、長くなるから、ここだけ。最後の質問に答えて。

「本当なら、皆、家族で飯を食っていける分の食材を自給自足すればいいんだけど、それができないなら、信頼のおける農家とつながるしかない」。大都会の消費者にとっては、かなり鋭い厳しい指摘だ。

「『安全』はモノに対しての判断だけど、『安心』は人と人との関係じゃないですか」「実は今こそ必要なんですよ。地元の信頼できる小さな農家から仕入れたもので安心できる加工品をつくり、地元で回していく循環がね」「そのためには消費者も勉強するしかない。私自身も常に素人でありたい。素人だから学ぶし、実直でいられる。それに尽きると思う」

小島さんは、こうも言う。「多くの消費者はマスコミを通じた情報をそのまま受け入れているけど、自分で計測してみたわけじゃない」。このへんも、『みんなで決めた「安心」のかたち』と、ほとんど重なる。柏の場合は、生産者と消費者が一緒に計測する「My農家を作ろう」方式で取り組んだ。

盛岡の「ふだん」に放射能災害の影があるから、こういう話が登場するわけだが、それにしても、「美しくおいしい話」さえしていれば無難な町雑誌で、現実から逃げなかったのは、編集者の誠実な姿勢と気風だろうか。それに、くどく重くならない上手なまとめ方は、おれの当ブログとは大違い。さらに尊敬の念を深くした。

なにがあろうと、「ふだん」を伝えたい残したい「てくり」の姿勢は変わらない。ああ、いいところだねえ、いい人たちがいるねえ、こういう「ふだん」のあるところでは、いい食文化も育つのだろうなあと思う。

しかし、大都会の大部分の消費者は、「地産地消」などはとても困難な条件で暮らしているし、「見渡せば田畑が広がる地方都市に住みながら、私たちはそれらの作物がどう育つかを知る機会を持たない」ところより、はるか遠くにいる。そして、放射能と大都会の無関心や無認識によって苦しんでいる人たちの存在も、ともすると、はるか遠くになりがちだ。このへんは悩ましいところで、3日のトークのネタになるか。

『てくり』は、毎号の特集も読ませるが、レギューラーページの「テーブルの上の職人たち」と「東京ではなく、富良野でもない。盛岡で暮らす理由。 あなたはなぜ、ここにいるのですか?」が、とても好きだ。「テーブルの上の職人たち」も、その職人仕事は、「あなたはなぜ、ここにいるのですか?」と密接なのだ。

023表4の連載、はやしみかんさんの「なんだりかんだり、のんだりくったり」も、その人柄に惚れそうなほど好きなのだが、今回は「ごはんとわたし」のタイトルで、「コメは偉大だ。コメは愛おしい。『ごはん』は美味しい」と書いていて、コメのめし好きなおれとしては痛快だった。

ってえ、ことで、安全・安心、地産地消、食べること、コミュニティ、いろいろつながる、そんなことを考えるためにも、2月3日のトークに、ご参加ください。

『てくり』の詳細と購入は、こちらのサイト。
http://www.tekuri.net/

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