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2013/04/07

『四季の味』春号に初寄稿「快食快味、米のめし」。

040もう書店に並んでいるようだ。『四季の味』春号に初めての寄稿。きのうの『SYNODOS-シノドス-』に続く、おれのようなフリーライター風情には、二度とないだろう、ありえない珍事といえるか。

掲載見本誌が送られてきて見たが、たまに古本屋で立ち読みしたときの印象以上に、格調高い文芸誌のような食通誌だ。うーむ、これは「ミドルだね~」ってより「ハイソだね~」という感じで、普段のおれの生活からは、ほど遠い。だから、もしかすると、見るひとが見ればハイソでもなく、ミドルだね~、なのかも知れない。

しかし、そういう「階級的」偏見を持たずに見れば、ハヤリにふりまわされることなく、古典的なよさを維持している良質な雑誌といえる。こういう雑誌は、これはこれで続いて欲しいと思う。

実際、記事の一つひとつは、料理も写真も文章も、念入りに作られており、知ったかぶりの食通にありがちな観念におぼれることもない。真摯に料理と向かい合っている。こういう雑誌を読んだほうが、キチンとした料理の知識が身につくだろうね。

それにしても、料理を盛った器が、全部、作者名入りとは、すごい。

おれのような貧乏人も、ときには、こういうものに目を通さなくては。1500円という値段だけとると高いようだが、内容からすれば高くない。でも、毎日いかに安く飲むかを考え、家では北関酒造の酒を飲み、大宮いづみやあたりで梅割を飲んで泥酔しているようなものにとっては、高いものは高いに違いない。

おれは、「随筆集 四季の味」に寄稿していて、タイトルは「快食快味、米のめし」。ぶっかけめしのことを書いた。なんと、おなじ「随筆集 四季の味」で、元講談社の編集者、高松市菊池寛記念館名誉館長の菊池夏樹さんが、「菊池寛の芳飯」を書いていた。ぶっかけめしそのものだが、お上品に表現すれば「芳飯」になる。

テーマは自由だった。「随筆を」と依頼されたのだが、そういうのは初めてだった。「随筆」と「エッセイ」とおれが普段書いているような文と、どこが違うのかなあ、どう違えばよいんだろうと考えてもわからなかった。とにかく、いろいろ考えて、書いた。大いに勉強になった。どんな「高級誌」にも書ける自信がついたかな?

なぜか、編集さんの趣味もあるのか、「追悼・常盤新平」のページがあって、大村彦次郎さん、白石公子さん、宮田昇さん、山田久美子さん、坪内祐三さんが書いている。これが、なかなかいい。大村彦次郎さんのは、もう素晴らしくよい。坪内さんのが、これ、チョイとなんていうか、出版業界のウミを見るようなところもあって、うへへへ~、追悼文で、そう書くかって感じがあったけど、ま、出版業界ってのは、そういうところなんだろうなあと妙に納得。おれとしては、あまり深入りしたくない世界だな。ま、深入りするチャンスもないだろうが。

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