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2013/06/20

イカレタエネルギー補給の三連夜は充実していた。

先週末、14日金曜日、15日土曜日、16日日曜日は、毎日東京へ出かけて飲んだ。疲れたが、近頃不足気味だったイカレタ突き抜けエネルギーを吸収できた。

14日は、さばのゆ@経堂で、木村聡さんのトーク。『週刊金曜日』第1週目に連載中の『満腹の情景』から、掲載できなかった写真も含め、スライドを見ながらの話し。いずれもジャーナルな視点からのものだけど、突っ込んだ現場の取材をやっているから、なかなかよかった。

それにしても、木村さんは、イカレタ人だ。もう20年ぐらいジプシーを追いかけているのもそうだが、ナイジェリアの隣の隣の隣あたりで、ゲリラに捕まったうえマラリアに罹ったか、マラリアに罹ってゲリラに捕まったりしたが、無事に生還。その人柄、とても、おもしろい。

で、その翌日の15日は、四月と十月文庫4冊目、堀内孝さんの『マダガスカルへ写真を撮りに行く』の出版を祝う会が、御茶ノ水のNARUであった。午後1時から。

入口のところで有山達也さんとバッタリ。彼は、半ズボンに麦わら帽子をかぶり、肩に虫捕り網のような棒を担いで、まるで夏休みの少年のような姿に見えた。虫捕り網のような棒は、前回の四月と十月文庫が有山さんの『装幀のなかの絵』であり、その脱稿旗として、出版を祝う会のときに授与されたものだった。今日は、それをもどして、堀内さんに渡される。麦わら帽子は、牧野さんも似たものを被っているが、牧野さんがクウネルの取材で、堀内さんとマダガスカルへ行ったときの土産なのだった。

有山さんと同じテーブルについて、あれこれオシャベリしているうち、堀内さんておだやかでおとなしそうに見えるけど違いますねという話になった。すると、有山さんが「イカレタひとですよ、でなきゃ、あんなことしませんよ」てなことを言った。大いに納得、そうだ、そうだ、イカレタ人だということになった。

006第一、本に書いてあるけど、堀内さんが最初にマダガスカルへ行ったのは、1990年4月のことだけど、そうなったキッカケは、『ナショナル・ジオグラフィック』1987年2月号と88年2月の『ブルータス』のマダガスカル特集を見てだった。で、「マダガスカルに行くしかない」と決意、1989年末、3年間勤めた会社を辞めてしまう。そして、雑誌の情報以外なにもないまま、マダガスカルへ行き、行きあたりばったりの最初の旅が始まる。

堀内さんは、そのとき27歳で、「それにしても二十七歳とは不思議な年齢である」と書く。しかし、27歳が不思議な年齢なのではなく、あなたが不思議な人つまりイカレタ人なだけです、と言いたくなるのですね。とはいえ、おれも27歳のとき、それまで4年間勤めた私立学校の職員を、休みも多く生活も安定して今頃は悠々年金生活をやれていたかも知れないのに、辞めて、マーケティングなんていうやくざな稼業に就いたのだった。

この祝う会で知った、堀内さんと「四月と十月」同人の代表、牧野伊三夫さんとの初めての出会いも、尋常じゃなく、イカレている。そう、そもそも牧野さんが、イカレタ人なのだ。それで、すべての説明がつく。

ま、そういうわけで、この日は、大変イカレタことになった。この方がいなかったら四月と十月文庫の発行はどうなっていたかわからないと思われる、やはりイカレタ人である発行元の港の人の里舘さんの司会で、祝う会は楽しく進行し、おれが最後に1本締めをやり終わったのであるが、トウゼン2次会、3次会となった。詳しいことは省略。ようするに泥酔記憶喪失帰宅だった。

つぎ、16日、日曜日は、浜野佐知監督を支援する会の『百合子、ダスヴィダーニヤ』DVD発売記念兼「浜野佐知映画祭」キックオフパーティーのようなものへ行った。午後5時から銀座PPサロン。

浜野佐知さんと山﨑邦紀さんのコンビ、浜野監督・山﨑脚本の自主製作も、1998年『第七官階界彷徨―尾崎翠を探して』から2001年『百合祭』2006年『こほろぎ嬢』そして2011年『百合子、ダスヴィダーニャ』といったアンバイで、まあ、この間に、映画が国際的舞台で話題になり、忙しく海外を渡り歩きながら、浜野さんは還暦を迎え、お2人ともそれぞれ、ピンク映画や薔薇族映画も撮り続けてきた。ほんと、ウルトライカレタ人級でありますね。

浜野佐知映画祭は、8月3日(土)から8月9日(金)まで、オーディトリウム渋谷にて、浜野監督の自主製作4本と山﨑監督の作品も含むピンク2本に薔薇族2本、すべてフィルムで一挙公開というもの。これは、いってみれば、浜野監督の凱旋映画祭といえるだろう。

浜野さんは、喜び隠し切れない様子で、「まだまだやる、ピンクも撮る」と叫んでいたけど、山崎さんともども、いつまでもパワフルなイカレタ人であってほしい。

『百合子、ダスヴィダーニヤ』の主演女優2人、菜葉菜さん(湯浅芳子役)と一十三十一さん(宮本百合子役)も参加していて、これなんで2人とも回文のような芸名なのかと思うのだけど、やはりイカレタオーラを放っていた。

ま、とにかく会場は、イカレタオーラに満ちていたが、ピンク系や薔薇系の方が少ないようであった。自主製作の一般映画とピンク・薔薇族映画とのあいだのミゾを感じなくはないが、そのへんは、浜野・山﨑コンビのイカレタ力で突破してほしいものであるなあと思いながら、飲み放題を生ビール、ワイン、ハイボールと飲みまくり、パーティー終了の午後8時に会場をあとにした。

東大宮で、足が、東口のちゃぶへ向かい、泥酔危機億喪失帰宅だった。

とにかく、『マダガスカルへ写真を撮りに行く』と「浜野佐知映画祭」を、大いに、よろしく。

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