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2013/08/25

お盆帰りのち再校ゲラ。

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世間がお盆休みのあいだは本の初校をやっていて、もどしは18日必着だったから、18日午前中に着くよう16日の深夜にコンビニから宅急便で発送した。

再校が出る前に、秩父の年寄りの様子を見に行ってこようと思い、20日に出かけた。その前に、「四月と十月」に連載の「理解フノー」の締め切りが20日だったので、仕上げて送った。

20日出がけに、スソアキコさんから宅急便メールが届いた。開封したら、以前にスソさんと瀬尾さんと協力出演した、NHKの海外向け番組「BEGIN Japanology」の古墳のDVDだった。4月18日に放送になったらしいが、すっかり忘れていた。それと、内澤旬子さんが「考える人」に連載中の「馬」の2回分のコピーが入っていた。「馬」は、スソさんオススメで、初回のコピーもいただいて読んだ。スソさん、身体のぐあいがよくないはずなのに、すみません。それを、そのままバッグに突っ込んで、家を出た。

「馬」は行きの電車のなかで読んで、DVDは向こうに着いてから見た。古墳の番組は、さすがNHKというか、しっかりつくられていた。ピーターバカランが案内する、ちゃんとした日本の古墳の紹介で、後半で、おれたちだけが何故か国民代表みたいに唐突に登場し、勝手なことを言っているのが、オモシロイ。内澤さんの「馬」は、頼まれたままどうやって書こうかと考えていた原稿の、よいヒントになった。

012_2秩父の家は、行くたびに、家の近くが「畑化」している。おやじは80過ぎだし、トシをとって身体のぐあいも万全じゃないから、肥料や水を担いで険しい斜面を登って畑へ行くのが辛くなっているのだろう。家の近くの少しでも平らな場所に、いろいろな野菜が植えてあるのだ。

縁側先の庭の花壇だったところは、大豆ときゅうりが植えてあった。ひょうたんの棚だったところには、かぼちゃのつるが這い、実って落ちそうなかぼちゃを発泡スチーロルの箱で支えていた。山側の以前は何かの木があったところは刈られ、こんにゃくが生っていた。

金銭のこともあるが、買い物には、クルマで片道30分はかかる。もとから野菜は自給体制が基本だったから、習慣もあるのだろう。本人たちは、こうした山間の厳しい生活を、さほど気にしていない。一番よいところに住んでいると思っていて、選挙になると、20戸にも満たない「集落の発展のために」大いに張り切る。9月には、町長選挙があると言っていた。いわゆる「政治意識」は高くはない。選挙は、政治ではなく、暮らしなのだ。これが望ましい民主的な生活であり、望ましい民主主義であるという感じがしないでもない。

016帰ってきて、きのう23日、再校のゲラが届いた。行く前からメールでやりとりがあったのだが、当初、おれが原稿を書いていたときのタイトルは、出版社の編集長と営業によって蹴られたので、「対案待ち」だったが、それもやっと決着ついた。

なにしろ、おれが書いていたタイトルではヨワイというのだ。ってことで、チョイと大げさハッタリが強すぎやしないかと思われるタイトルになったが、「誇張はあれど嘘はない」という感じなので、ま、カバーまわりはセールスプロモーションツールだからと思い、まかせた。こちらは、数千の初刷りのまま、一度も重版がない身だし、あちらは、基本10000部の本を毎月何冊も作り売ってきている実績からくる自信と勘があるらしいのだ。

そして、発行部数は、これまでになく多い。いいのか、という感じだが、のっかってやりぬくしかない。「商品開発」は、本だろうが、なんだろうが、同じだ。それでよいのだろう。

チマチマせずに、大きく、粗っぽく、ってのは嫌いじゃない。近頃は、読者(お客)をチヤホヤするように、わかりやすくチマチマ丁寧に、細かいかゆいところに手が届くような文章(サービス)が、アタリマエという傾向が多いから、おれのようなヘソマガリは、抵抗もしたくなる。そんなところで、大人になる必要はないね。自立的な大人を相手に商売しよう。なーんて、言っていると、また売れないことになるか。

そういうわけで、コツコツ再校に向かっている。再校が終われば、8月も終わりだ。

当ブログ関連
2013/02/24
NHKの番組のため古墳部活動。

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2013/08/18

東京新聞「大衆食堂ランチ」11回目、入谷・入谷食堂。

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え~、やっと、本の初稿が終わって、もどした。今回は、ドタバタ進行のうえ、当初予定の本のタイトルが、出版社の会議で変更されることになったのだけど案も出てこない状態で、おれの校正は進行、さらにこの間はお盆休みで、編集さんとうまく連絡がとれず、さらにクソ暑い日々で、と、いろいろ難儀の多い校正だった。

いったい、これから、このままタイトなスケージュールのなか、どうなるのだろう。荒っぽい進行は嫌いじゃないが、近頃は荒っぽさをねじふせながら進める体力が衰えているので、はてさて。

ってえことで、またもや、一昨日は第三金曜日で東京新聞の「大衆食堂ランチ」が掲載になったのでした。
こちら、東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2013081602000184.html

139この入谷食堂は、なかなか見るべきところ、味わうべきところが多かった。400字なので、ほとんどふれられないけど、ま、ナントナク凡庸な文章の中から伝わるものがあれば、ってところ。

その文章に書いた、店内に飾ってあった、昭和20年の敗戦後と思われる写真を撮ってあったので、ここに掲載する。戦前の昭和モダンがにおいそうな、平屋看板建築が、いいですねえ。まだ、国産車がなく、自動車はフォード。4代目の話では、親戚の結婚式のときのようだ。

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この写真のあとの建物は、瓦屋根の本格和風、そして、いまの建物はビルになっている。

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左隣の笹川建具店も現在そのまま営業していて、このあたりは昔からの土地のつながりが比較的残っているほうだ。人びとにも、いわゆる「東京のひと」とはちがう「東京のシト」という感じが、におう。

入谷地区には、入谷食堂のほかに、同じ言問通り100メートルと離れていないところにときわ食堂があり、裏側の金美館通りには清月がある。いずれも古い大衆食堂で人気がある。ほかに古い洋食屋も残っている。以前は、もっとあったのだが、かなり少なくなっている。

路上駐車が困難になり、有力な顧客だったタクシーの運転手やクルマで現場と行き来する職人たちが、コンビニの弁当に流れてしまった。朝食の客はほとんどいなくなるほど。入谷食堂も、2、3年前までは朝7時から営業していたが、いまでは10時半から。

入谷食堂もときわ食堂も清月も、よく残っているほうだ。4代目は、これまで会ったことがある食堂の主人のなかでは、一番若いほうで、元気もよい。どうか繁盛し続いてほしい。

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