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2013/10/06

「理解フノー」連載11回目、画家のノート『四月と十月』29号が届いた。

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昨日のこと、牧野伊三夫編集長の美術系同人誌『四月と十月』十月号(29号)が届いた。半年に1回、4月と10月の発行だから、これが届くと、あれまあ、もう半年すぎたのかと思う。そして、次号の原稿締切は、2014年2月10日(金)とあるのを見て、そんな先のこと覚えてらんねえよと思うのだが、これが、きっと、すぐ来てしまうのだ。

表紙はイソノヨウコこと柳家小春さん、いや、柳家小春ことイソノヨウコさん。イラストレーターにして音曲家。いつもは、同人の方が順番に自分の作品を表紙に載せるのだが、今回は、表紙のデザイナーの内藤昇さんが、柳家小春さんの音曲中を写真におさめた。唄の文句「絃に載らずば のせずに 唄お わしが 独りの 恋の唄」は、長谷川伸・作の都都逸だそうだ。

小春さんの音曲は、何度か聴いたが、声が色っぽいうえに、風情があって、江戸へ連れられて行ったような気分になる。いいんだよねえ。内藤さんが、「目をつぶると、江戸時代の隅田川のほとりで風に乗った唄を聴いているような気分になった」と。

いつも、本誌が届くと、真っ先に見るのは、久家靖秀さんのところ。何度も書いたように、久家さんの書く文章は、料理のことが多いのだけど、これがしゃくにさわるほど上手の文章なのだ。と思って見ると、今回は料理ではなかった。でも上手。でも料理のことじゃないと、それほどしゃくにさわらない。

有山達也さんの連載「装幀のなかの絵」が、前回からの続きで「デジタル②」なのだが、おもしろい。「現在の写真といえばデジタルが主流だ。つい5年前くらい前まで印刷における写真の原稿はすべてフィルムだった」。有山さんは、「古い写真が気になって仕方がない」「何かが聞こえ、何かの匂いを感じる。例えようのない実在感とでも言おうか。不思議に迫り来る画像たち」「現在の写真のアーカイヴを百年後の人たちが見た時に果たして同じように例えようのない実在感を感じるだろうか」。デジタルの優れたところを認めつつ、「しかし、何かが足りない」「そこに「在る」という実在感はデジタルよりフィルムが勝っていると思う」「これをデジタルに求めてはいけないのだろうか」。

これは味覚にもありそうな話でおもしろい。つまり、産業化企業化された味は、「うまい」のだが、どこかしら、「何かが足りない」。

この件は、明日発売の『大衆めし 激動の戦後史:「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』(ちくま新書)にも関係する。

ってことぐらいにして、まいどのように、おれは同人ではないが「理解フノー」の連載だ。今回11回目は「『四月と十月』からエロへ転がり」のタイトル。牧野さんから、「創刊以来、誌上にエロが登場したのははじめてです」とメモがあり、お祝いしましょうと。あははは~。

牧野さん、忙しくしているようだけど、なんと、昨年に続き今年も、アートディレクターズクラブ(ADC)賞を受賞とのこと。2年連続!祝。

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