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2013/12/08

恩田えり×エンテツのトーク、大入り満員御礼、「和食」を語り、のち朝まで飲み。

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去る6日(金)は、「恩田えりのもっと知りたい話したい第三回」の「大衆食堂詩人エンテツ解体新書その3」だった。タイトルは「大衆めしと江原恵とオレ」。

このタイトルになったのは、前回は、江原さんとおれが生活料理研究所をつくるあたりで終わっていたのと、そのあたりのことを書いた『大衆めし 激動の戦後史』が10月10日に発売になったからだった。

しかも、トークの日の前々日ぐらいに、「和食」のユネスコ文化遺産登録が正式に決まったニュースが流れた。えりさんは、4日のツイッターで、このようにツイートしていた。

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明日伺いたいことのひとつに『和食の無形遺産登録』があります。日本のカレーライスはもはや日本カレーライスだから和食だと思うのですが、あれは和食には入らないのでしょうか!などなど、明日お答えくださいませませ!

https://twitter.com/mongolbrazil/status/408516353633423361
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いうまでもなく、『大衆めし 激動の戦後史』は、こういうことに大いに関係する内容だから、今回は資料を用意して臨んだ。

用意した資料は、

農水省のサイトから「わが国の食文化」のページと、そこからリンクのある「日本食文化テキスト」のうち「1、日本の伝統食文化としての和食」のプリント。
http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/

この文章は、食分野の無形文化遺産登録を目指す国の検討会会長を務めた、静岡文化芸術大学長の熊倉功夫さんが書いたものだ。

それから、ダイアモンドオンラインに、11月13日付で掲載された、小説家・料理人の樋口直哉さんによる特別レポート「世界に認められたのは『サザエさん』の食卓!? 「和食」の無形文化遺産登録を手放しで喜べない理由」のプリント。
http://diamond.jp/articles/-/44360

そして、ここに表紙の画像だけアップしておくが、アサヒグラフ1999年2月26日号の「四條司家 日本料理道庖丁道の精華」という特集。これは18ページにのぼるもので、そのコピーを用意した(現物は貴重なので、酔って失くすといけないからコピーを持って歩いている)。

「日本料理」や「和食」を語るとき、「四條流」ははずせないが、その実態は、あまり知られていない。ところが、この特集あたりから、「四條司家」は積極的な動きを見せている。最近では、NHKも後押しか、という番組もあった。

さて、トークの当日は、さばのゆ@経堂で、19時開場で19時半スタートだった。おれは、途中で腹ごしらえしながらビールなんぞ飲んでいたらギリギリの到着となってしまった。

会場設営はすでに終わっていて、えりさん作成の例の年表がぶらさがっていた。それに、本が用意されていた。江原恵さんの本が、庖丁文化論、まな板文化論、食通以前、台所の美味学、生活のなかの料理学、カレーライスの話、料理の消えた台所、家庭料理をおいしくしたい。なんとまあ、えりさんは買い揃えて読んでいるのだ。それに、おれの本3冊と、このトークのきっかけになった、『みんなで決めた「安心」のかたち』。

何人か遅れて来た方もいたが、スタートのときから大入満員状態だった。始まれば、舞台なれ話しなれしているえりさんのリードで、もうガンガンガンと話ははずむ。めったに話さないことも、おもわず口にしてしまい、最後のほうは、アサヒグラフのコピーを見せながら、爆笑の連続となった。

トークは21時45分ぐらいまでだったか、やや延長して、打ち上げ時間が短くなるぐらいまで話がはずんだ。

打ち上げとなったが、『大衆めし 激動の戦後史』にサインを求める方がけっこういたので、せっせとサイン。初めての方も何人かいて、若い男性の1人は、『dancyu』をご覧になったとか、もう1人の若い男性は、先日の生出演、TBSラジオの荻上チキさんの番組で興味を持ったとか。うれしいねえ、そうやって1人でも足を運んでくださる。

そうして、サインに時間をとられたせいか、どうも飲み足りない。ってわけで、野暮連の男2人と女1人と、またもや四谷3丁目で0時から5時まで営業の東陽片岡さんのおスナックへ行ってしまった。途中で久しぶりの女1人が参加のち早退し、あさの5時まで。O嬢が、けっこう早いペースで飲むので、引きずられるように飲んで、泥酔朝帰りとなった。

しかし、今回の「和食」は、これからが大変なことになるだろうなあ。ユネスコ文化遺産に登録の、「和食」の枠組みというのが、はっきりしていないのだ。

熊倉さんなど関係者によれば、ライスカレーやオムライスやトンカツそしてラーメンなど、従来、和洋中で分類されていたうちの「洋」も「中」も、全部ではないらしいが含まれるという。あるいは、「おふくろの味」「母の味」ということでもあるようだ。

これはおれがこれまで言及してきた「近代日本食のスタンダード」に当たるもので「大衆めし」ということになる。大衆めし、めでたし、めでたし、か。だけど、そうは問屋がおろさない。めしと汁を混ぜて食べるのはダメらしいのだ。つまり汁かけめしや丼物は、ダメに含まれるようだ。では、なぜカレーライスならよいのだろうか。

それから、パンとコーヒーの排除は、あいかわらずだ。「和食」には含めにくいのは確かだが、生活に定着していても、「日本独特」でないものはダメという線引のようだ。あいかわらず「米かパンか」で線を引きたいのだ。でも、パンだって、日本独特のものと食べ方があるよなあ。

それに、とにかく、「和食」とは「自然を尊ぶ日本人の気質に基づいた食に関する慣わし」ってことなのだそうだ。そうなると、やっぱり、ライスカレーやオムライスやトンカツそしてラーメンなどは、どうなのよ?という疑問が残る迷走ぶり。

001先の、熊倉さんの文章によれば、まな板が「日本独特の先の細いまな箸とともに和食には必須の道具である」と述べ、「片刃の庖丁も、さしみを中心とする微妙な日本料理の風味をいかすために必須の道具である」と言う。これでは、やはり「和食」は「日本料理」のことか、となってしまう。(アサヒグラフの表紙の写真、右手に庖丁、左手にまな箸)いま、まな箸を備えている家庭が、どれぐらいあるだろう。備えていないからこそ備えるべきだといわれるのかも知れないが、それを必要とする料理が、現実的で望ましいものなのだろうか。

「日本料理」は、一部の人たちのもので、これでは登録が難しいというので「和食」にした経緯もある。「和食」は「日本料理」のベールや衣だったのか。いったい、どうなっているのだろう。あまりにもご都合主義の「和食」の解釈は、これからどうなるだろう。

『大衆めし 激動の戦後史』にも書いたが、考えるほどわけがわからなくなるのが、「日本料理」であり「和食」なのだ。それは生活の実態から出発しないで、一部の人たちの観念で仕切り、ツジツマをあわせようとやってきた歴史の結果のように思う。

そもそも、日本の食文化を、省庁の一つにすぎない農水省が仕切ること自体が、おかしい。食は、農水省だけで成り立っているのではない。食育基本法は、農水省のほかに文科省と厚労省が関係し、内閣府の管轄になった。食事や料理や味覚は、産業との関係で成り立つが、特定の産業に従わなくてはならないものでもない、自立的なものであるはずだ。

日本の食文化が現状でよいはずはないが、そうなった原因について、とんでもない考え違いがあるように思う。

この件については、トークの最後で、それではこれからどうしたらよいのだろう、少し話したが、おいおいここでも書いていきたい。

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