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2014/05/19

「すみれ洋裁店・小口緑子の美術展」とミニ古墳部活動、一日目。

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下諏訪、すみれ洋裁店の小口緑子さんから個展の案内が届いた。会期は4月26日から5月一杯。

古墳部長のスソさんから、「行こう」という声がかかり、誘いにのって都合がついたのは、おれのほかに、スソさん、セオさん、カワハラさん、ツルヤさん、「女子」ばかり。

この美術展、すみれ洋裁店がある下諏訪ではなく、八ヶ岳の南麓、山梨県北杜市津金の「津金学校」であるのだ。5月16日に中央線長坂駅に11時半集合、タクシーを利用して、津金学校へ行く途中、金生遺跡と北杜市考古資料館に寄るという予定を、スソさんがたてた。しかも古民家宿に一泊の、美術展とミニ古墳部活動ということになったのだ。

おれは、かなり遠回りになり各駅停車で時間もかかるが、のんびり八ヶ岳を見ながら車中酒を楽しもうと、小海線経由で行くことにした。東大宮6時54分発で大宮、長野新幹線に乗り換え佐久平に着いたのが8時19分。亀の海のカップ酒を3個買って、8時31分発の2両連結の小淵沢行きに乗った。発車後、二つほどの駅を過ぎ、サテ亀の海を飲もうかと思ったら、ドヤドヤと小学生の遠足団体が乗ってきて、取り囲まれてしまった。これでは、いくらなんでも飲めない。大いなる誤算。しかし、小学生を見ていると退屈することがなかった。

その小学生が降りたのは野辺山で、各駅停車24駅のうち3分の2以上が過ぎている。でもまあ、野辺山、清里、甲斐大泉、甲斐小泉と眺めのよいところが残っているわけで、気を取り直して、亀の海を飲みながら、車窓の景色を楽しんだ。

小淵沢で中央線、甲府・新宿方面の各駅停車に乗り換え、一つ目、長坂に着いたのは10時41分。長坂のまちは初めてなので、ぶらぶら散歩。駅前「みなと食堂」という大衆食堂があって、長坂に対する好感度が高まる。長い坂の、いずこも同じさびれつつある商店街を歩く。

034一度駅にもどってみると、スソさんが着いていた。一緒に、昼飯をどこにしようかと探しながら歩くが駅前の食堂以上にピンとくるところがない。

11時29分に着く下り列車があって、これで、カワハラさん、セオさん、ツルヤさんが到着。スソさんは、先日、大盛堂書店でのトークのときにあっているが、ほかのみなさんとは今年初めてだ。ま、たいして変わっていないが。

とにかく、まずは腹ごしらえと、やはり駅前の「みなと食堂」に入った。おれは、「昔ながら」とメニューにある、カレラーライスを頼み、ほかのみなさんは、チャーハンや「豚肉を使用しています」とメニューに注釈のあるチキンライスを頼んだ。カレーライスは、ほんとうに、うどん粉ネバネバの黄色いカレーライスだった。みんなでビール一本をあける。043

タクシー小型車2台に分乗し、まずは金生遺跡。まったく予備知識もなく行ったのだが、八ヶ岳、南アなどが見渡せる、眺望のよいところにある、よく整備された縄文遺跡だった。ストーンサークルがあったのには、おどろいた。縄文住居やストーンサークルは、発掘調査後そのまま埋め立て、その上に同じように復元したもの。

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051待ってもらっていたタクシーに乗り、北杜市考古資料館へ。ここも予備知識がなくて行ったのだが、新しい建物に、縄文土器や珍しい中空土偶などの土偶は保存状態もよく、なかなか見ごたえのある展示。時間をかけてゆっくり見たかったが、古墳時代ぐらいまでを足早に、とはいえ、縄文土器や土偶を前に、ああだこうだ、それぞれが勝手な感想を言い合いながら楽しく見学。

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再び待ってもらっていたタクシーに乗り、目的地の津金学校へ。ここも予備知識なしで行ったのだが、どうしてこのような不便な場所に、こんなによいところがあるの、という感じ。八ヶ岳が見渡せ、景色もよい。

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タクシーの運転手さんは「三代校舎」と言っていたが、美術展の会場になっている明治時代の尋常小学校の校舎、大正時代の校舎、そして昭和の校舎が、並んで建って、今風にいろいろに使われているのだ。

096「すみれ洋裁店・小口緑子の美術展」は、明治のモダンな校舎の2階の半分を使っていた。建物本体のほとんどは、明治のままの木造。

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小口さんの作品は、ありふれたもの、ともすると捨てられていたものや、廃棄される運命にあるようなものを、遊び心たっぷりに手を加え、「リサイクル品」ではなく新たな美術にしたものだ。ユーモアとエスプリ、ちょっぴり風刺がきいているものもあって、楽しい。手を触れていじりながら見ると、さらに楽しい。いやあ、ほんと楽しくて堪能した。

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もう役目が終わったかのような、ダルマや北海道土産の定番だった木彫りの熊の置物や、レジ袋などケミカルな素材による「使い捨て物」が、「なにこれ」と興味がわくような美術に変身している。どこかに落ちていたような陶器のカケラなども「標本」になったり。上の写真は「てりゐぬ」のタイトルで、使われなくなった、あいうえおのゴム印を、それに見立てたもの。ナイフとホークをのせた紙ナプキン見立ての用紙には、客が店内に入り注文し、食べて出るまでを箇条書きに書いてある。そこにあるのは、じつに「マニュアル的」な暮らしや食事なのだ。

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141宿泊は、ここから700メートルほどのところにある古民家宿の「なかや」だ。朝食は付けてもらったが、夕食は自分たちで作ろうということにしていた。とはいえ、食料品を売っている店はなく、三代校舎の昭和のところにある「おいしい学校」という店で売っている、地場の野菜類のみなのだ。ほんと野菜のみで、豆腐もなく、たんぱく系ゼロ状態。主食は「ほうとう」にすることにし、酒もここで買う以外ない、それに「なかや」さんはシャワーだけで風呂がないから、ここで風呂にも入ることにした。

144「なかや」は、「田舎暮らし体験ハウス」であるから、都会の感覚ではいけないが、トイレは快適な水洗になっていた。到着すると、なにしろ料理家のセオさんがいるのだから、彼女のリードで、テキパキと進み、おれはやることがない状態。いろいろできあがり、明るいうちは外で食べようということになり、南アなどが見え景色もよい、建物の前で宴会が始まった。

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まずはビールでカンパーイ。

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そして日が暮れると、囲炉裏端で宴会は続く。やはり夜は冷える。炭火、それに酒、つきない楽しい会話で、ぬるくゆったりあたたまる。この炉端での団欒は縄文の竪穴住居から続いている「文化」なのだなあ。はあ、酔った。0時ごろだろう。ほうとうも食べ、酒も絶えた。

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おれは一人別部屋で、ふとんに入ったとたん、もう寝ていた。「女子」たちは、わあわあいいながら布団を出してにぎやかだったらしいが、まったく知らず。

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翌日は、素晴らしい天気で、山々の稜線がクッキリ。朝食は、外で食べた。その続きは、また明日。たぶん。

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「なかや」さんの前から見た、上、地蔵、観音、薬師の鳳凰三山と、中央右奥の雪の山は北岳。下、八ヶ岳、右から硫黄、赤岳、阿弥陀、権現、編笠。

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