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2014/06/10

忙しいときは土偶で和んで、ちょっとだけ縄文の食。

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きのうきょうとなんとなく気ぜわしいことが続いている。こういうときは、縄文土器の写真を載せよう。

2014/05/19「「すみれ洋裁店・小口緑子の美術展」とミニ古墳部活動、一日目。」に書いたように、「北杜市考古資料館」へ行ったときのものだ。

ここで見た土偶は、素朴で楽しかった。そもそも縄文土器は素朴だろうに、「素朴」でない土偶なんてあるのかといわれれば、ある。縄文土器は、素朴とは限らない。それに、やはり、なんとなく土地によって異なる、土地柄や人柄がうかがえる。それを感じながら見るのが、また楽しい。

086ま、リクツはよい。上の写真は「中空土偶」といわれている。中が「空」なのだ。この資料館では、これを見たせいか、ほかの中が「空」の土器が気になった。もしかして中を「空」にする「伝統文化」があったのか?そのココロは?

土偶の顔の表情も、いろいろで楽しい。いまの子供たちが、紙にマンガを書くように、あまった粘土で楽しんだものもあるかも。

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縄文時代の食は、まだまだわからないことが多いながらも、いろいろな科学技術のおかげで、見えてきたこともある。縄文時代に、いまに伝わる、焼く、煮る、蒸す…などの基本的な調理法は、ほとんど完成していたが、道具や食べ方は変わった。それは、採取や農耕にも関係するが。

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食べ方に関していえば(といっても縄文時代は一万年以上あるのだが)、めいめいの食器はない。諸説を集めてみると、煮炊きの土器から、木をくりぬいて作ったレンゲ状のもの、というか取っ手と小さなお椀状のものが一体のもので、直接煮炊きの土器からすくって食べたようだ。しかも、一つのそれを、みんなでまわしながら食べたということだ。あまり大きくない中くらいの煮炊き用の土器の口が広いのも、うなずける。竪穴住居の炉端で、家族が煮炊きの土器を囲んで、順番にすくっては食べる様子が目に浮かぶ。

イチオウ、めいめいの食器で食べるようになるのは、弥生時代で、どこかの年代のどこかの人たちから広がり、それが弥生の食文化の一つの特徴となっているらしい。

それにしても、「豪華」な装飾の土器で、食事をしたものだ。その飾りの表現には、当時の人たちの、「食べる」ことについての、いろいろな気持ちや物語があるのだろう。

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