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2014/10/26

今月もよく飲んだ。

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しかも、砧公園で外飲みをやったり、スソアキコさんの帽子展へ2回行ったこともあって、毎週のように渋谷で飲んだ。

渋谷は、桜ケ丘やJRの246ガードあたりや渋谷川沿いで飲むことが多かった。このあたりは、1980年前後に足しげく通ったのだが、以前からのおれが若かったころの渋谷、猥雑な渋谷がそのまま残っている。

山手線下のやまがたも健在だ。ヒカリエな渋谷からは想像つかないだろう、やまがたは大学生や若いサラリーマンで大変混雑している。若いカップルも多い。大箱の古い大衆酒場というと大宮のいづみやのようなものだが、こちらは客の平均年齢は30歳代、遅い時間で学生が増えると、20歳代になるだろう。若者はオシャレなところやワタミのようなチェーン店へ行くと決まっているわけじゃないのだ。

それに若者の「酒離れ」がいわれるが、飲む人は飲んでいる。ようするに、そうみんなが飲むことはないし、みんなが同じことする時代じゃない、いちいち「酒離れ」と騒ぐことはないのだな。「本離れ」「出版不況」も、そういうことを問題にしているアタマを考え直したほうがよい。

しかし、このあたりも再開発の波が押し寄せていて、すでに富士屋がある桜ケ丘の一角は再開発が動き始めているし、ニュー信州は、やまがたの裏手の渋谷川沿いの一角だが、ニュー信州の前の道の反対側の渋谷川沿い一帯は、広く工事壁でおおわれていた。やまがた、JRがどこでもやっているように、追い出し攻勢があるにちがいないだろうが、なんとか続いてほしい。

祖父たちは新宿の猫と並んで、おれが70年代から行っているバーだが、両者とも、まったく変わらない。レコードの上に針を落とす時の音や、数少ないつまみのメニューも、そのままだ。棚にズラリ並んだ、LPのジャケットのビニールカバーは変色し、アルコールとミュージックとヘビースモカーたちが吐き出す煙草の煙を、たっぷり浴びるのだ。

この日は、入ったばかりは早い時間だったので、ガラ空きだったが、いつのまにかカウンターは満席、煙が立ち上っていた。

001001砧公園での外飲みではずみがついて、昨日は、千鳥が淵で外飲みをやった。FBでK良さんと、外飲みやろう!といっているうちに実現したのだ。酒の時は、素早い決定力と行動力。

来年は、『大衆食堂の研究』が世に出て20年になるが、1995年7月に書店に並んだあと、『週刊プレイボーイ』の編集にいたK良さんから初めて電話をもらったのは、9月下旬だったか。そして、「男なら「大衆食堂」でメシを食え!」の記事が生まれた。おれはまだライターになるつもりはなかった。

K良さんは、その後、大衆食の会にも参加してくれたり、一緒に飲んだり小旅をしたりしたが、ここ数年はご無沙汰だったから、ひさしぶりの飲みだった。あいかわらず、酒と煙草と、以前は「趣味」ていどだったDJは近ごろはプロ並みという日々、元気だった。

006001昨日は、まさに外飲み日和だった。13時集合。野暮連男5人女3人に、野暮連先輩になるが新人のK良さん、それにちょうど朝方メールのあったS尾さんも加わり、総勢10名は、花見ではにぎわうが、いまは静かな千鳥が淵をわがものに、大いに飲んで楽しんだ。

二次会は水道橋の加賀屋。おれは酔ったのでそこで引き揚げたが、さらに神保町の加賀屋へ行った連中もいたらしい。

関連、ザ大衆食「男なら「大衆食堂」でメシを食え!」…クリック地獄

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2014/10/24

消費主義だの反知性主義だのメンドウなロマン派、そして野暮…ツイッターのまとめ。

おれのツイッターは、無目的の気まぐれ成り行きでつぶやいているので、あまり「まとめ」になることはないが、先日、有馬さんとのトークのあと、有馬さんとかわしたツイートと、その関連は、当ブログで書いてきたことや著作や、「これから」と関係するので、正確を欠くところもあるが、とりあえず、そのままここに「メモ」として、時系列にまとめておく。

まず、これが、トークのあとの有馬さんとのやりとり。

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月19日
@allman3369 昨夜は、お疲れさまでした。やってみたら、思っていた以上に面白くて、これからが楽しみ。ところで、「低地」とかがタイトルにあった本の題名、読みたいのだけど思い出せないので教えてください。

allman3369 @allman3369 · 10月19日
@entetsu_yabo こちらこそありがとうございました&お疲れ様でした。風邪が悪化して一日中寝てました。本のタイトルは「東京低地災害史」です。ところで、エンテツさんのツイートで気になったんですが、昨日書かれていた消費と反知性主義って、以前つぶやかれていた橋川文三の(続く

allman3369 @allman3369 · 10月19日
@entetsu_yabo 「日本浪漫派批判序説」と関係しているのでしょうか?抽象的で難しいですが、この本を絡めて日本と東京の近代消費主義を見直す、とか面白いかな、と思ったもので。

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月20日
@allman3369 「日本浪漫派批判序説」は難しい話だけど、食の分野の現象を見ると、割とロマン派の影響は顕著だと思うことがありますね。「この本を絡めて日本と東京の近代消費主義を見直す」ってのは面白い。「野暮」は「脱消費主義」「反・ロマン派」のツモリ。また飲んで話しましょう。

allman3369 @allman3369 · 10月20日
@entetsu_yabo ありがとうございます。消費主義への懐疑が隠された日本浪漫派的心情への懐疑につながる、とかいう話ななったら面白そうですね。

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月20日
@allman3369 ま、そういうことなんですよ。現代の消費とファシズムみたいな。食育なんかに顕著だけど「健康・健全・安心」という観念を消費する「いいもの志向」とかの背後には、必ず美しい自然主義や郷土主義があるし。→

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月20日
@allman3369 あと、「消費主義と反知性主義」のツイートは、その前日だったかな?の「何かを楽しむには「素養」を身につける「贅沢」が必要」からと関係あることで、このあたりは、國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』で割とふれられていたように思います。

これに関連する、その前のおれのツイート。日にちにあいだがあるが、関連のあること。「お気に入り」や「リツイート」の反応が多かったものもあった、カッコの中がその数。

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月12日
いまどき「野暮」がどのような意味を持つかは、橋川文三『日本浪漫派批判序説』の講談社文芸文庫版を、最初から順に、最後の井口時男の解説「超越者としての戦争」まで読むと、よーくわかるはず。

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月17日
何かを楽しむには「素養」を身につける「贅沢」が必要。それを省略して簡単に「カジュアル」に手に入れられるようにしたのが「消費」。消費では満足が得られないから満足を求めて消費が続く悪循環に陥る。これから抜け出すには素養という贅沢が必要だ。素養は、楽しみ満足する能力。テナ話があった。
(73件のリツイート 83件のお気に入り)

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月17日
台所に立って料理をすることは、食事や料理の素養の鍛錬を重ねる贅沢なことだ。そうしてこそ外食も味わい深く楽しみ満足する能力がが得られる。もっとそういう贅沢を求めることで、消費の悪循環から抜け出すことができる。「節約」や「贅沢は敵」や「豊かさ」の否定では、消費主義と手を切れない。
(40件のリツイート 51件のお気に入り)

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月17日
昨日ツイートしたシノドスのインタビューでは、「料理は生活の技術で、家計や家事の時間、身体や心理、物理や化学、自然や美術や文学、労働や社会、いろいろなことが関係する技術でもあるんですよ、そのへんを単なる家事と考えている誤りは、グルメと表裏の関係でしょう」と話した。
(26件のリツイート 24件のお気に入り)

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月17日
食事と料理を、消費から創造の場にするために、素養を鍛える「生活料理」の思想が必要。
(19件のリツイート 15件のお気に入り)

エンテツこと遠藤哲夫 @entetsu_yabo · 10月18日
ま、近年の消費主義と反知性主義は相性がよいわけだ。

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2014/10/23

泥酔野暮トーク「川の社会学」。

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小岩の野暮酒場亭主がツイッターで、「18日(土)、「エンテツの泥酔野暮トーク」開催。テーマは「川の社会学」。気鋭のスペイン語翻訳家・有馬洋平氏と、「東京」「下町」を東京の「西側目線」ではなく「東側目線」でとらえ直す意欲的試み!テキストは山本周五郎『青べか物語』。17時開店、18時スタート、投げ銭制。」と告知したトーク、予定通り18日にあった。

テキストは山本周五郎『青べか物語』とあっても、読書会ではない。このトークのアイデアは、6月ごろだったかな?野暮酒場のカウンターで有馬さんとおれが飲みながら、山本周五郎の『青べか物語』の話しをしていたときに、東京の東側土着民の有馬さんから「川の社会学」という言葉が飛び出したところから始まった。

おれと有馬さんが話していたのは、『青べか物語』の文学的評価に関することではなく、ブログ2014/06/28「山本周五郎『青べか物語』を読んでいる。」 に書いた、「このあいだある会社の内部資料を見ていたら、普通の庶民のことを書いて民俗的な資料価値も高いと、『青べか物語』があげられていた。それに、「普通の生活を対象に書くことの難しさは、普通の生活に奥行きを見る難しさでもある」とか、それを書き遺すことの大切さにもふれていた」ということに関することだった。

それはまた、有馬さんもおれも読んでいた、小倉美惠子著『オオカミの護符』(新潮社)も関係することだった。ようするに、東京の川や水のネットワークがつくってきた社会や民俗、ということになるだろう。

その場で「川の社会学」をテーマにトークをやろうということになったが、打ち合わせをするヒマがなく、ぶっつけ本番になった。プレというか公開打ち合わせのようなトークというか、その割には話がはずみ、「これから」につながる充実したものになった。

かつて東京と浦安を結んでいた通船は、江東区の高橋から出ていて、高橋は水上交通の要衝であったことなど、江戸と東京の成り立ちと川や水運の関係、川の上流と下流のつながりなどを話しながら、話はアチコチに転がった。

低地であり川が多く水運が発達したがゆえに、東京の東側が負わなくてはならなかったコンプレックスやルサンチマンやネガティブなことを、おもしろおかしく俎上にのせながら話は進んだ。

東京の東側と西側の断絶は、東京と地方との断絶と重なることを、有馬さんはスラスラ数字をあげて、東京の西側と東側の格差が東京と地方の格差に重なることを語った。

とくに近代の山の手文化の形成による、長い間の東側と西側の断絶、経済的格差や文化的な乖離は、たぶん西側のアタマには認識されてないことだろうが、想像以上に大きい。

東側は、東京である西側によって、「下町」や「人情」や「江戸情緒」の消費の対象にされ、コンプレックスやルサンンチマンやネガティブは否定される不条理、これは、地方が東京に「食糧供給基地」を押し付けられながら安く買いたたかれ、「自然」や「素朴」や「歴史時代物」などの対象として消費され、不満を言うと「地方のヒガミ」とたしなめられ否定され、地方はひたすら東京の顔色をうかがわなくてはならないのにも似ている。

つねに、高いところの「西側目線」は、だいぶ前に、「「東京」の侵略」をテーマに書き続けていた、月刊『アクロス』の三浦展さんが指摘したことだが、東側に住んでいても、西側の台地と同じぐらいの高さのマンションに住む人の意識は西側であると、チョイと杓子定規の感じもあるが、それぐらい、東京の「高」「低」が意識や文化や思想に影響を及ぼしているのは確かだろう。

001002有馬さんが、もともと武蔵だった足立は東京にならずに埼玉県だったほうが、そして、もともと下総だった葛飾は東京にならずに千葉県だったほうが幸せだったかも知れないと言い、そして、つぎから、このトークは、「いいトコに住んでいれば幸せか」ってことでやろうと言ったときは、おみごと!だった。

「いいトコに住んでいれば幸せか」は、五十嵐泰正さんとおれの「わめぞトーク」のタイトル「いいモノ食ってりゃ幸せか」の変化系といえるが、通じるところがある。

ま、トークはあちこちに転がったのだが、東京の西側がノーテンキのバカということを言いたいわけではなく、東も西もひっくるめた、「東京の幸せってなに?」ってことを考えなくてはならないし、考えるとなったら、ほとんど無視されてきた東側の「川の社会や文化や民俗」も東京の歴史として、キッチリ向かい合い東京が抱えることだ、ってあたりが結論になるかな。結論なんかない話だけど。

テナことで、ほんとうは、有馬さんは、『青べか物語』の舞台である浦安まで行って、いい資料を入手してきたのに、『青べか物語』や浦安の話にはならずに終わってしまった。

まったく思ってもみなかった、数年間は会ってない知り合いがバンドの「子分」を引き連れてきたり、「路地と人」で出会った人たちが来て、10数名も参加の予想外の盛況。それから、参加できなかったけど前日にわざわざ、浦安名物の「べかチョコ」を届けてくださったO崎さん。みなさん、ありがとうございました。

今後は、浦安を散歩したり、葛飾の水辺や元水辺を散歩したりするプログラムをやりながら、トークをデレデレと続け、いずれ東京の西側で、このトークをかましたいと思っている。これは、おもしろくなります。

写真は、地図をのぞきこみながら足立と葛飾の区境のぐにゃぐにゃ加減の由来と現状を話す有馬さんと参加者、それに「べかチョコ」。

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2014/10/20

明日まで!スソアキコさんの帽子展「ニュー山高帽」へ行って来た。

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先週17日金曜日、帽子作家スソアキコさんの帽子展「ニュー山高帽」へ行って来た。2年ぶりぐらいの帽子展になるのかな?すっかり元気になったスソさんの、いつものように見て被って鏡を見たり写真を撮ったり、楽しい帽子展だった。

山高帽ではないニットの帽子で気に入ったのがあり、迷った結果、飲み代が~と思ってやめてしまった。で、おれが買ったのは、古墳部長スソさんも登場する、別冊太陽の『楽しい古墳案内』だったのであります。とてもよくできた本。

011黒いシルクハットのようなものは、じつは一枚の布ではなく、テープ(たぶんレースのテープ)をミシンで縫い合わせたものだそうだけど1ミリずつぐらいずらして縫っているものでミシン目がわかならい、もう神業。カチューシャのほうは、同じテープを、ずらして縫う間隔が少しばかりあったので、よく見るとミシン目はわかるけど、それにしてもどうやってミシンで縫うのか、まったく想像がつかない。

これができる人は、1人しかいなくて、後継者がいないから、この技術は途絶えてしまうのだそうだ。それに、このテープはスイスでつくられているのだけど、これももうつくられなくなるとか。高い技術はあっても、食べられなくて、「つくる」ことが後退していく動きが、ここにも…。そういう貴重な展示もあった。

「アヴァンギャルドにして実用的」というスソさんの帽子は、ユーモアもある。山高帽だから、テッペンを山の形にしてしまい、春、夏、秋、冬の色でデザイン。山高帽以外にも、かっこいいのがたくさんあった。

帽子展のことは、こちら「ほぼ日刊イトイ新聞」の「ただいま製作中」の案内をご覧あれ。青山のDEE'S HALLで、明日まで!
https://www.1101.com/pl/seisakuchu2007/statuses/191329

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東京新聞「大衆食堂ランチ」24回目、町屋・ときわ。

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先週の17日は第三金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。一ヵ月が過ぎるのが早くて、いつのまにか掲載日だったと気づく始末。

連載が始まったのが2012年10月だったから、2年がすぎた。これまた、早いものだ。

今回は、町屋の「ときわ」。すでに東京新聞のサイトでご覧いただけます。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2014101702000189.html

まいどのことだが、本紙には載っている外観の写真は、サイトには載っていないので、ここに掲載しておく。

そこにも書いたように、町屋には「ときわ食堂」と「ときわ」がある。姉妹店だが、「ときわ」は、このへんでは最も高い高層マンションが建つ千代田線町屋駅ビルの地下にあるという、珍しい立地。ときわ食堂があった町屋だからこそか、このように新旧が混在しながらの再開発もある。

開店時間の11時を数分すぎたばかりのころ入ったのに、もう飲んでいる客が6人ばかりいた。病院で知り合いになって連れだって来るおばさんや、ここで顔を合わせるのを楽しみに来るご老人たちがいるのだ。30分ぐらいたつうちにどんどん客が入ってきて、年齢層も幅広くなっていった。

京成成田線には、かつぎや専用車両があって、それでやってくるらしいオバサンが、いつも京成町屋駅のガードの入口のあたりで、2,3人がテキトウに店をひろげている。すると、同じ年頃のオバサンたちが寄り集まって、延々とおしゃべり交際が続くのだ。そういうことも含めて、ときわ食堂とときわがある町屋は、いい風景だ。

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2014/10/16

「αシノドス」に「普通にウマい!はどうして大切か――大衆食堂からみえる食の形」

昨日発行の、荻上チキさん責任編集「知の最前線を切り開く電子マガジン」を謳う「αシノドス」vol.158に、不詳ワタクシも登場しています。

シノドスのサイトでは、シノドスについて、こう説明している。
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数多の困難に次々と直面している現代社会。しかし、それを語り解決するための言葉は圧倒的に不足しています。
わたしたちシノドスは、こうした言説の供給不足を解消し、言論のかたちを新たなものへと更新することを使命としています。「αシノドス」はそんなシノドスが提供する電子マガジンです。

◆「シノドス」と「αシノドス」は何がちがうの?
日刊メディアである「シノドス」では時事問題に応答すべく、「いま」必要な知識を供給することを目的としています。対する「αシノドス」では、「これから」注目されるであろうテーマを設定し、人文・社会科学から自然科学、そしてカルチャーまで、様々な分野から徹底的に掘り下げます。
…………………………………………

で、今回の「αシノドス」vol.158の特集は「いいモノ食いたい!?」のタイトルで「食」がテーマ。

「「αシノドス」では、「これから」注目されるであろうテーマを設定」ということで「食」であるのだけど、その掘り下げ方も、「これから」的、このような構成になっている。岸政彦さんはレギュラーの連載。

・遠藤哲夫「普通にウマい!はどうして大切か――大衆食堂からみえる食の形」
・橋本周子「美食批評はいかにしてはじまったか――食卓に込められた思想」
・水野壮、三橋亮太(食用昆虫科学研究会)「食材としての昆虫とそのリスク――野外で採集し調理する『プチジビエ』を楽しむには」
・岸政彦「もうひとつの沖縄戦後史(9)――売春街と『都市の生態系』」

橋本周子さんのプロフィールは、滋賀県立大学人間文化学部・助教。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了、博士(人間・環境学)。著書に『美食家の誕生――グリモと食のフランス革命』(名古屋大学出版会2014年、第31回渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン・ジャパン特別賞受賞)。

「美食批評はいかにしてはじまったか――食卓に込められた思想」は、「食い道楽を表す「グルマン」は、時代の流れとともに、悪徳から美徳へなっていく――フランスの美食批評の源流をたどりながら、『美食家年鑑』著者のグリモの思想に迫る。」というもの。

グリモは、スティーブン・メネルの『食卓の歴史』(北代美和子訳、中央公論社1989年)の「創設者たち、グリモとブリヤ=サヴァラン」の項に、このように登場する。

「ガストロノミーのエッセイというジャンルは、実質的に、ただ二人の著述家だけによってたてられた。アレクサンドル=バルタザール=ローラン・グリモ・ド・ラ・レニエール〔1758~1838〕とジャン=アンテルム・ブリヤ=サヴァラン〔1755~1826〕である。彼ら以降に書かれたこの種の著作は、ほとんどすべてが、何らかのやり方で、この二人を引用するか、彼らに立ち返るかしている。」

ここでメネルは、フランスとイギリスにおけるその系譜をたどりながら、ガストロノミーやガストロノームについてまとめている。

だけど、橋本周子さんのように、日本人でグリモについて書く方は、めずらしいと思う。たいがいは、サヴァランのアフォリズムを、物知りげに得意そうに吹聴するていどが多い。

橋本さんは、「グルマン」から「ガストロノミー」への変化を、当時のフランス革命前後の社会から掘り下げている。そして、グリモの「美食の帝国」とは、「再定義された「グルマン」」であると。

日本の近年の「グルメ」現象と「これから」は、どういう流れにあるのかも考えさせられる、斬新で刺激的な内容だ。

「食材としての昆虫とそのリスク――野外で採集し調理する『プチジビエ』を楽しむには」は、読む前はゲテモノ趣味の話し?と思ったりしたが、とんでもない。

「昆虫混入から考える日本の安全管理システム」といったことから、「プチジビエ」である昆虫食、食べてよいもの悪いもの、その衛生管理やらアレルギーリスク、将来の食品などにまで、アカデミックに迫り、「昆虫食が、日本の四季折々の恵みの中で得られる豊かな食文化のかたちの一つになっていくことを、筆者は願ってやまない。」と啓蒙するのだ。

昆虫食ということから、あらためて、食と自然と人との関わりを考えさせられる。

ここに出てくるイナゴや蜂の子やセミは食べたことがあるが、自分で捕まえて料理したことはない。そういえば、韓国にはカイコの缶詰があったな。食に限らず「文化」というのは、自分の暮らす「文化」に閉ざされ、排他的になりがちだ、とも気づく。多文化や異文化との接し方としても読めて、おもしろい。

さてそれで、おれの「普通にウマい!はどうして大切か――大衆食堂からみえる食の形」は、リードに「「正しい食事」ってなに? グルメってなんだろう? 食育って必要? 食事を生活から眺めた時、見えてくるものがある。「大衆食堂の詩人」遠藤哲夫氏に大衆メシ、大衆食堂の魅力を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)」とある。

つまり、編集の山本菜々子さんがインタビューをまとめてくださったものだ。長いぞ、30枚以上はあるのではないかな。

インタビューは、『大衆めし 激動の戦後史*:「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』を下敷きにしたものだった。

この本は、「まえがき」「あとがき」にもあるように「生活料理入門」として書かれた。インタビューの内容も、「生活料理=大衆めし」の視点から、いま、これからの食事や料理を眺めたものだが、若い女性の山本さんの実感のこもったインタビューとまとめだったこともあって、パンチのきいた内容になっている。

『大衆めし 激動の戦後史』は、今月で発売から1年たったけど、このように「これから」のことであり、「生活料理」の思想は、ますます大切になるだろうね。

そうそう、インタビューは、池袋の西口からも北口からも近い最も猥雑な一角であり、終わってから、近くの「豊田屋」の前で撮影があった。山本さんは、「はじめに」で、このように書いている

「池袋の繁華街の大衆酒場がある場所で写真撮影をしたのですが、少しエロイ感じのお店がちらほらある近くでしたので、妙齢の男性に、若い地味な女がカメラを向けている図はなかなかのインパクトがあるのではとそわそわして、全然集中できませんでした。結果、「ホッピーの桃太郎」のような写真になってしまい、申し訳なく思いました。」

いやいや、ホッピーの幟旗と、どんどん様変わりしているあのへんで最もボロい感じで残っている豊田屋と一緒に写って、おれにはピッタリだった。

ありがとう、山本さん。

昨日のシノドスのツイッターでは、このように紹介されていた。

自分の収入の予算内でやりくりして、冷蔵庫の中にあるものを使って、名前のない普通に美味しい料理をつくる。そういう日常性はもっと評価されていい!大衆食堂の詩人・遠藤哲夫「普通にウマい!はどうして大切か――大衆食堂からみえる食の形」
https://twitter.com/synodos/status/522307480726949888

ご購読は、こちらから。
http://synodos.jp/a-synodos

なお、シンドスに初めて登場したのは去年のことで、去年2月3日の「わめぞトーク」、五十嵐泰正さんとの対談「『いいモノ』食ってりゃ幸せか? われわれはみな〈社会的〉に食べている」を、やはり山本さんがまとめてくださった。その反応も含め、当ブログ関連は、こちら。

2013/04/22
『いいモノ』食ってりゃ幸せか?が、朝日新聞のWEBRONZAに転載になり。

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2014/10/14

美術同人誌『四月と十月』31号と北九州市フリーペーパー『雲のうえ』21号。

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先週の初めだったかな、おれは同人ではないが「理解フノー」の連載をしている美術系同人誌『四月と十月』の31号と、『四月と十月』の編集発行人の牧野伊三夫さんが、有山達也さん、つるやももこさんと編集委員をやっている、北九州市のフリーペーパー『雲のうえ』21号が届いた。それに、すでに買って読んで2014/09/21『わたしの東京風景』に紹介している、四月と十月文庫の5冊目、鈴木伸子さん文、福田紀子さん絵の『わたしの東京風景』もいただいた。

『四月と十月』の表紙は、白石ちえこさんの写真。おれの「理解フノー」は13回目で「「しのぎ力」が試されるとき」のタイトル。ま、理解フノーのことなので、説明するのは難しいですね。

同人の出品「アトリエから」のなかでは、正成美雪さんの「今こそデロリと」が、刺激的だった。「デロリ」と「野暮」は、大いに関係があると思うし興味がある。

以前、当ブログの2005/03/30「人間だもの「デロリ」」で、こう書いた。

「整然とした環境、整然とした美学、整然とした文化、整然とした論理、整然とした考え、整然とした教条、整然としたブンガク、整然としたブログ、整然とした学校、整然とした会社、整然とした仕事、整然とした食事、整然とした排泄、整然としたセックス、整然とした睡眠、整然とした温泉、整然とした旅……、そういう整然とした装置にならされてはいないか。だから、デロリ。」

『雲のうえ』21号の特集は「海を渡ってきた北九州人」。外国人が語る、自分の人生と北九州といったアンバイなんだけど、面白いし、とてもよい。

前半の「武蔵とベリーダンスと談話室」を高野秀行さんが書いている。さすが、達者な文章。

「武蔵」は、30年ほど前に日本にやってきた、フランス人のコモンさん。すごい傑作な人だ。日本が好きになり、2年の任期が終わっても日本にいたい。で、なんとか滞在し続けるために知恵をしぼり、フランスの公務員制度を利用して、自ら「北九州日仏学院」をつくって、その校長におさまってしまう。なんというしたたかさ。

高野さんは、「勝つためはあらゆる手段を講じる――まるっきり武蔵のようだ。破天荒が結果として合理性となっている不思議さ」と書くのだが、コモンさんは、合気道40年、剣道30年の武道家でもある。そして、その剣道は、小倉藩に滞在し佐々木小次郎と巌流島の決闘をした宮本武蔵の「二刀流」なのだ。

じつに厳しい顔で演武をするコモンさんの写真が載っている。「その佇まいはまさに日本の古武士」だ。演武のあと色紙を差し出して、自分の好きな言葉を書くようお願いすると「フランス語でさらさらと書き、にこにこ顔で説明した。/「笑って歌って飲みなさい。人生は一度きり」/この落差にひっくりかえりそうになった」。おれは、読んでいて、ここで爆笑しました。

続く「ロシア人ベリーダンサーの謎」も、すごいアグレッシブで傑作な方。さらに続く、北九州大好き中国人の西原京秋さん(19年前に中国で北九州市在住の夫と出会い国際結婚後来日)は、あまりに北九州をベタほめするもので、高野さんは「何か北九州の問題点も言ってほしい。いいことばかりだと、なんだか嘘くさい広報誌みたいになってしまう」という。すると「西原さんはこの日初めて難しそうな顔になり、しばし考えたあと、言った。/「談話室がなくなったことかな」」

「談話室」というのは、小倉北区の国際インフォメーションセンターを活用して行われていた「外国語談話室」のこと。インフォメーションセンターの廃止にともない、談話室も終了となった。西原さんは、「すごく楽しかったんです。あれだけが残念」と。

高野さんは文章の結びに、こう書く。「ぜひ談話室を復活させてほしい。そうすれば、西原さん的には北九州市は「完璧」な町になるのだから。」

いやあ、登場する人も文章も痛快。高野さんは、自ら海を渡り外国を旅して描く著作が多いが、やはり「海を渡る人」を書くのがうまいのだな。

後半は、編集委員のつるやももこさんが文を担当、「聞き書き わが街の暮らし」。

「ふたつの故郷(ふるさと)。」は、在日二世の金桂満さん。「強さは優しさ。」は、モンゴルの伝統楽器モリンホールを抱えてやってきた、トライ・マイラスさん、「微生物と波乗りと。」は、カリブ海のパルバドスからやってきて、北九州市立大学大学院で学ぶ、イアン・マクドナルド・ジャービスさん。「笑顔があるから。」は、インドネシアからの留学時代に知り合って結婚、娘さん2人と北九州市で8年暮らすご夫妻家族。多彩だ。

そして、最後は「家庭の味。」のタイトルで、この店は、おれも行ったことがある、旦過市場通りの裏路地にある「台湾料理 大好きヤ 新旦過店」をきりもりする翁麗娟さん。

やはり、多様な人たちが生き生きと暮らし、多様な文化が息づく町は、バイタリティーも可能性もありますなあ。海を渡ってきた人たちのように、大らかに愉快痛快に生きたいものだと思うのだった。

今こそ気取った閉塞をぶちやぶるデロリと快活なバイタリティーですなあ。

ところで、『雲のうえ』の最後のページには次号の特集の告知があって、「うどん」。おれは、その執筆陣の一人で、今月末に取材で北九州市へ行く。おれが食堂特集の文を担当したのは、2007年の5号のことだった。そのときも、うどん店を、何軒かまわり、最終的に2軒を取材して載せている。北九州市は、うどんが生活に根付き、愛されている町なんですなあ。町町に、いいうどん屋さんが、たくさんある。楽しみ。

それより、無事に取材と原稿を終えられるか。「海を渡ってきた北九州人」のように快活にやろう。

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2014/10/06

『dancyu』11月号に書きました。

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またまたブログをサボっているあいだにいろいろあった。というより、いろいろあって、ブログをサボってしまったというべきか。誕生祝いの飲み会があったり、伊勢・鳥羽から答志島まで行って、いい実感とヒラメキがあったり、もちろん酒もタップリ飲んで、楽しい充実した日々で、インターネットなんてどーでもよい、という気分になっていた。

台風で予定が狂わされ何かと落ち着かないのだが、とりあえず、告知。

今日発売の『dancyu』11月号で、「エンテツさんと「東京風」について考える 東京の味って、どんな味?」ってのをやっています。

この「考える」ってところが、ミソなんだけど、詳しくは後日ってことにして。大きいテーマだから、400字300枚以上は欲しいところなのに、たった5ページで5枚ぐらい。テーマが大きすぎるので、話を「つゆ」「煮汁」にしぼり、なんとか、まとまったか…という感じ。

取材したお店は、麻布十番の蕎麦屋「総本家 更科堀井」(1789年創業)、浅草の料亭「浅草田圃 草津亭」(1872年創業)、東大前のおでん屋「呑喜」(1887年創業)、月島の大衆酒場「岸田屋」(1892年創業)、いずれも有名店そして土地に根をはった老舗ばかり。勉強になりました。資料調査もシッカリやったので、本当に本一冊書けますね。

ところで、特集タイトルは「東京旅行」。東京人も、そうでない人も、東京を旅する気分で食べてみようってこと。第二特集の「おにぎり」も、なかなか面白い。

よろしくね。

ほかにも、「理解フノー」の連載をしている美術同人誌『四月と十月』や北九州市の『雲のうえ』などが届いている。近日中に紹介します。秋は、イベントも多いね。

当ブログ関連。
2014/07/10
「東京風」の味って、どんなものか。
2014/09/07
大衆酒場から高級料亭まで。そして13日土曜日のトーク。
2014/09/09
「黒い」は悪いか。

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