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2015/03/31

王子、赤羽、東大宮、泥酔帰宅。本屋は何業?ライターは何業?

先週28日の土曜日は、T書店のYさんに声をかけていただき、赤羽16時集合で飲んだ。

おれとYさんのほかに、M出版社営業のWさんと、某印刷会社社員で本屋ファンにつき大手出版社のWEBで本屋巡りの連載をしているKさん。野郎ばかり4人。Kさんは、少量で酔うタチ、Wさんはかなりイケル口。

出版関係ではあるが、編集関係ではない。出版業と流通業の両方から、本を見られるところが、面白い。編集者たちとの話とは、だいぶ違う。流通業は、おれも長いあいだ関わってきたが、フィールドと直に接し、取引しているからだろうか。なんといっても、ひとに頭を下げるのがシゴトということもあり、ニンゲンとしても面白い。

Kさんは印刷会社だけど、彼はキャンペーンやイベントの運営を請け負う仕事が中心。子供相手のものが多いのだが、ずいぶんいろいろあるものだ。どこの業界も、子供のうちに囲い込んでしまいたいのだな。

WさんのM社は、創業10年弱の会社で、小さいながらも良作佳作で話題になる本の連打で成長、大手流通を通さない書店と直取引中心にユニークな経営で注目されている。話を聞くと本社の建物も、かなりユニークだ。Wさんは、大手流通から転職。

Yさんは、自分の書店をはみだすような手書きの紙ツブテを発行して、垣根を超えどんどんシャッフルする、Wさんにいわせれば「クレイジーな存在」。

ま、4人とも、なにかしらからはみだした、クレイジーな存在であるがゆえに、いまここで顔を合わせて飲んでいるという感じで、かなり有意義かつ楽しかった。

それぞれのイマの仕事や関心事。官僚的について。商品開発、つまり立ち上げからつくることの苦労と面白さ。残る本、必要な本、欲しい本など。店舗の規模と立地と品揃え、いわゆるセレクトショップと本屋の位置。富山県の「特殊性」。生活史と政治史の表裏の関係とモンダイ。そういう整理ができるか、などなどが記憶に残っているのだが、たぶん半分以上は酔って覚えていない。

前にも書いたが、インターネット×紙メディアや本、という捉え方で紙や本は「終わる」というハナシを、「出版不況」と重ねて語るハナシが、メディア上では多く話題になるが、実態把握から間違っている面がある。

そういう視点から、「危機感」を持ち、「紙」や「本」への「愛」を共有して生き抜くようなハナシも多いが、これじゃ、間違いの上塗りになる。こういう傾向は、どちらかというと編集サイドに多いようだ。

ライター稼業は、フィールドと直に接しているにも関わらず、編集サイドからだけ見ている傾向もある。直に接していても、取り引きは流通業まかせだからだろうか。出版社編集に寄らなくては仕事にならないからだろうか。自己愛と本に対する愛が、ごちゃまぜになっていることも少なくない。それが一層、観念的に「危機感」を深める。

難しい状況はあるし、あらゆることに共通するが、危機感で何かが解決することはない。危機感から企画されたことは、より危機を深めかねない。いまの「出版不況」は、そういう側面もあるのだな。そんなことを考えた。「出版不況」は見る人の立場によって、違ったものに見える。

ところで、28日は好天気で、16時赤羽集合だったが、すでに酒場はどこも満杯状態だった。王子の山田屋ならハコが大きいし開店まもなくだから4人でも座れるだろうと行ったのだが、なんと、すでに満杯。いったい日本はどうなっているのだ、こんなに酒を飲んで浮かれているバヤイじゃないだろうと思いながら、酒場難民になる危機感を持ちながら移動、串の介に落ち着く。

のち、再び赤羽へ。20時すぎだったか、やはりどこも一杯で、人も多く、街中が酔っぱらいでうなっている感じ。桜商会のイス席なら座れるだろうと思って行ったら、やはり一杯、だが4人席に掛けていた、見るからに地廻りの兄貴と弟分みたいな二人の兄貴が、「ここ空けるから」と残っているツマミを大急ぎで口に放り込み立ってくれた。地廻り様さま。

で、まあ10時半ごろまで。かなり酔って出て、それがもとで、東大宮に着いて、もう一軒となり、ヨレヨレ泥酔帰宅だった。

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2015/03/30

「語られてこなかったこと」が示すもの。『川の東京学 フィールドワーク編(1)』と『常磐線中心主義』。

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前に告知した、4月4日の『川の東京学 フィールドワーク編(1)』は、13時に東西線浦安駅集合。山本周五郎『青べか物語』の舞台で、「歴史を感じながら飲み、べか舟を眺めながら飲み、桜を見上げながら飲む!」という、野暮流のフィールドワーク。

どなたでも参加できますが、「二次会のためにある程度参加人数を把握したいので、参加予定の方はこのツイートにレスをいただければ幸いです」と有馬さん(allman3369 ‏@allman3369)が言っています。
https://twitter.com/allman3369/status/581766724078460928

先日、河出書房新社から発売になった、『常磐線中心主義』(五十嵐泰正・開沼博=責任編集)を読んでいる最中だが、とても面白い。「川の東京学」や「野暮」とも、大いに関係する。

腰巻には「それは、東京の「下半身」」「大都市を下支えする<言葉なき地方>。閉塞をしなやかに生きるこの路線から、この国の「明日」を考える。ノンフィクション社会学が描く、都市―地方論の新地平!」とあるとおり、記述は社会学の視点でまとまっているが、これは「日本の主軸」になってきた価値観(それぞれの人生観やライフスタイルなど)を問うものとしても、読むことができると思う。

日々、背筋を伸ばして凛として丁寧で折り目正しく、キラキラ輝いる仕事や暮らしを、良質で上等とする価値観が幅をきかせている。その価値観のもとに、持ちモノはもちろん、酒の飲み方やめしの食い方まで、統合されそうな勢いが続いている。

ある人気雑誌の編集長は、こんなことを著書に書いていた。

「毎日毎日、何も考えたり思ったりもせず、決められたことや、こうでなくてはいけないというようなことを、ただ繰り返すくらい、退屈で疲れることはありません。昨日より今日を少しでも、あたらしい自分で過ごしたい。今日一日があたらしくあれば、大切な一日を自分らしく過ごせて、それだけでうれしくなります」

このような、いわゆる「クリエイティブ」な生き方が、「あたらしいあたりまえ」として語られてきた。

「普通」であってはいけない、「スタンダード」では進歩や向上がないという言い方もある。「普通」や「スタンダード」について、間違った捉え方をしているわけだが、その背後には、こうした「あたらしいあたりまえ」のような価値観が見られる。それは、「あたらしい」ようであるが、明治以後の近代日本の背骨にある価値観と深く結びついているようにも思われる。

そして一方では、最近のツイートにこんなのがあった。

「新橋にあるラーメン屋によく行く。オヤジがヤル気が無くて落ち着く。まず味噌ラーメン、半炒飯を頼んだのに流れてるテレビに夢中になって手が止まる。そして壁にかかってる芸能人のサインが実はオヤジ直筆(1年通った末、吐いた)真剣に自殺を考える人間が死ぬ事を踏み止まる程のユルさが魅力。味は並(14:30 - 2015年3月26日)https://twitter.com/Pirate_Radio_/status/580964953185607680

ツイートだからこそだろう。良質なクリエイティブな仕事や暮らしを礼讃する、「主軸」のメディアにあっては、こういうことを述べる場も見る機会も、なかなかない。

そして、「決められたことや、こうでなくてはいけないというようなことを、ただ繰り返す」ことを、誰にも評価されることなく、ときには蔑まされながら、日々続け疲れ果てる人がいるし(たいがい、「日本の下半身」は、この人たちの労働で成り立っている)、また、「昨日より今日を少しでも、あたらしい自分で過ごしたい」と追い立てられ追いかけまわして疲れ果てる人もいる。

といったことについて、まず考えてみたい、というのが「野暮」なのであり、野暮による「川の東京学」でもあるのだ。

野暮でもいい、輝いていなくても、背筋なんかのびていなくても、価値ある人生が、いくらでもある。そのことについて、あまり語られることがなかったし、知らないことが多い。常磐線のように。

『常磐線中心主義』の終章は、開沼博さんが書いているが、その見出しは、「「語られなかったこと」が示すもの」で、「意識されることのない、日本を捉えなおすきっかけになればありがたい。」で結んでいる。

「あたらしいあたりまえ」は、むしろ、語られてきたクリエイティブでスマートでかっこいいことではなく、「語られなかったこと」にあるのではないか。

「川の東京学」も、酒飲みながら、近年あまり意識されることのなかった東京を捉えなおすきっかけになればよい。

『常磐線中心主義』については、読み終えてから書きたいが、五十嵐泰正さんによる序章「寡黙で優秀な東京の「下半身」、第1章「上野駅 「北の玄関口」のこれから」から、グイグイ読ませる。

五十嵐さんは、かつて『戦後日本スタディーズ』3巻に収録されている「グローバル化とパブリック・スペース 上野公園の九〇年代」を書いていて、上野公園の西郷さんの銅像のまわりの小さな空間に絞って、上野公園の役割と近代日本の国際関係から生産労働など、ようするに「日本社会」を一気に語るという、すごいワザを見せているのだが、今回は、上野駅が舞台で、またまた冴えて圧巻。

小さな場所や空間に、歴史と文脈とイマを見るこのワザは、ほんと見事だ。いつも真似したいと思っていて、『雲のうえ』のうどん特集では、「うどんから見た北九州」というテーマを与えられたのをいいことに、試みたりしてはいるのだが、なかなか。

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2015/03/26

北九州市フリーペーパー『雲のうえ』22号、特集「北九州うどん」配布中。

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取材で北九州市を訪ねたのは、昨年10月末だった。『雲のうえ』の文を担当するのは、2007年の5号「はたらく食堂」特集以来。

今回は、『あんこの本』『京都の中華』などの著者である姜尚美(かん・さんみ)さんとおれが文を担当した。

おれは、特集前半を、うどんから見た北九州という感じの紀行文にしてほしいという注文だったので、そのように書いた。タイトルは「うどんと煙突」。

姜さんは、特集後半を「北九州うどん七不思議」のタイトルで書いている。北九うどんと店の独特の個性を丹念に追いかけ、姜さんらしいゆきとどいた筆致で掘り下げている。

ほかに、コラムを、編集委員のつるやももこさんが。巻頭コラムは「製麺所の母」、本文中コラムは、小倉には「焼きうどん発祥の店」というのがあるのだけど、「ああ、思い出の焼きうどん」ということで、これまでの観光名物的な焼きうどんの話とはちがう、生活の中の焼きうどんについて書いている。

そして、特集で取材した10軒のうどん屋とコラムの2軒を含め、28軒を巻末に写真と案内図・文で紹介。

写真は、食堂特集のときと同じ、齋藤圭吾さんが、いい味を出している。

編集委員の牧野伊三夫さんの絵と描き文字、同じく編集委員の有山達也さんのアートディレクション。

北九州うどんを深める充実の一冊。北九州うどんのようにうまい。

それにしても、北九うどんは、おもしろい。うどんが好きなひとが多いし、自分が好きだからと店を始めたひとも少なくない。おれが取材した4軒とも、サラリーマンから転身したあるじだ。

そして、うどん屋もたくさんあり、大きな競い合っているチェーンがあるほどなのだが、これが北九うどんだというモデルや中心がない。讃岐系は、不人気。ある意味、それぞれ好き勝手にやっている。じつに愉快なほど雑多。北九州へ行って、いろいろ食べてみるしかない。

ま、ご覧になってください。毎号人気の『雲のうえ』だけど、とくに飲食特集は早くなくなるので、お気をつけあれ。

『雲のうえ』を置いている店などは、こちらに一覧があります。
http://www.lets-city.jp/downloadfiles/260315Kumonouehaifu.pdf

すでに数日前から、配布が始まって、ツイッターにも、いろいろ感想などが載っている。ツイッターの検索で見かけた、この「せのん ‏@senon223」さんという方には、いかにも北九人らしい「熱さ」を感じたし、かつ、なるほどね~、確かにおれは北九州と相性がよいかもね、と思ったのだった。

それは、この特集に「うどんと煙突」のタイトルで書いたように、北九州市は、都心に大きな工場を抱えて生き続けている町だということが関係していると思う。

せのん ‏@senon223
https://twitter.com/senon223/status/580710501081989120

第22号 特集「北九州うどん」:情報誌「雲のうえ」 http://www.lets-city.jp/03_kumonoue-page.php?id=id_551268196e200 … 北九州市の情報誌、雲のうえの新号でてました(先週)、読みました(先週) 今号また素晴らしいのでぜひどこかで拾ってください。もしくは配って歩きたい
21:39 - 2015年3月25日

せのん ‏@senon223
https://twitter.com/senon223/status/580711112347258880

なんだろう、エンテツさんと北九州は相性がいい。これに尽きるし姜尚美さんの優しいテイストもまたよかったです。やっぱり食べ物の回は鉄板だなあと思う次第(´ρ`)
21:41 - 2015年3月25日

せのん ‏@senon223
https://twitter.com/senon223/status/580711519853240320

で、何回でも言うけどやっぱラーメンよりうどんよ。うどん食べてほしい、うどん食べにきてほしい(´ρ`)
21:43 - 2015年3月25日

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2015/03/23

東京新聞「大衆食堂ランチ」29回目、向島・大道食堂。

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先週の20日は、第三金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。

すでに東京新聞のサイトにも掲載になっているので、ご覧いただける。今回は、向島の水戸街道沿いにある大道食堂。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2015032002000179.html

そこにも書いたように、十数年前に入ったことがあるのだが、いま調べたら、1998年の秋ごろ行っていた。その3月にフジTVの番組「ザ・ノンフィクション」で大衆食堂をやることになって制作協力をしたのだが、担当の演出さんがロケハンでここを訪ね、すごくよかったと言っていたので、行ってみたのだった。

「ザ・ノンフィクション」では、98年3月に「大衆食堂エレジー」を放映、好評だったので、続いて制作し「東京下町人情食堂物語」のタイトルで翌年8月に放映。残念ながら大道食堂は、どちらにも登場しなかった。グルメ番組ならよかったのだが、「ザ・ノンフィクション」は、いちおうドキュメンタリーとしてのインパクトのあるストーリー仕立てが必要だったからだ。

035向島は花街としての顔が話題になりがちだが、水戸街道周辺から押上あたりにかけては、中小の工場が多く労働者の町だった。

業平橋は「とうきょうスカイツリー」に名前を変え、そのあたりだけは、大きく変わっても、ちょっと離れると、昔のままの通りや工場もところどころ残っている。ただ、マンションは増えた。

大道食堂は、いかにも労働者のための食堂という感じで、めしの量も半端でなく、おかずの品揃えお茶にいたるまで、労働の癒しとしての食事に気を使っているようす。気さくであたたかい。

10数年たてば、家族もそれぞれ10数年過ぎているわけで、大道食堂の家族にも変化があった。

話は変わるが、ツイッターでは、北九州市のフリーペーパー『雲のうえ』22号が出来上がって配布されている。おれのところにはまだ届いていないが、今回はうどん特集で、姜尚美さんとおれが北九州のうどんを食べて書いている。現物が届いてから詳しく紹介したい。

きのうは、大塚で、15時過ぎから飲みはじめ、2軒はしご泥酔帰宅だった。話は料理やアレコレ。

料理と、製品でも食品と、食品ではない成型品を、モノヅクリとして同じ風にみると、間違ってしまう。口に入れるものと、そうでないものとの違いというか。有機質の製品と無機質の製品の違いというか。混乱しているひとがけっこういる。

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2015/03/19

スーパーで、米の値段だのレヂだの。

出かけない日は、ほぼ毎日スーパーへ行くのだが、以前の仕事のクセで、どうしてもいろいろ「観察」してしまう。

数ヶ月ばかり前から、それまで主に利用していたスーパーとは別の店に変えた。前は、駅に近いローカルチェーンの店をよく利用していた。

それをやめて、うちから駅へ向かうのとは反対方向にあるスーパーにした。広い道路を渡らなくてよいのと、自動車の多い通りに出ずに住宅街のなかを通って行けるのと、品揃えのアンバイがうちの食生活と相性がよいなどで、もっぱらこちらになった。

こちらの店も、ローカルチェーンだが、米のボリュームゾーンが、5キロ1500円ぐらい、厳密には1500円弱といったところ。前の店は、5キロ2000円ぐらい、厳密には2000円弱といったところだった。500円近くの差がある。これは、大きい。

これだけ差があるから、客単価の差も大きいだろうと、昔ならそう考えるところだが、近ごろは、そうでもないようだ。

どこの店も、米の売場面積は大きいが、やはり、さまざまな意味において昔ほど米の重みがなくなったのか、パン売場と惣菜売場の比重が、面積だけ見ても広くなっているし内容も充実、売上に占める割合も大きくなっているだろう。

米のボリュームゾーンが低い店は、客の所得も低く、客単価も低い、という図式は、もう単純には、あてはまらないようだ。低所得層ほど、米への依存が高いという見方も、あまりあてにならない。レヂに並んで人様の買物かごのなかを見ていると、とうぜん加工食品の割合が高いし、そこには飲料も含まれる。

まあ、ようするに、「食生活の多様化」ってやつだ。

しかし、おれなんぞは、スタンダードが米のめしだから、米が安いというのは、ありがたい。こちらの店を利用するようになってからは、銘柄に関係なく、5キロ1350円を買っている。この間は、新潟産のこしいぶきが、その値段だったが、つい最近は、山形県大蔵村産はえぬきがその値段で、新潟産のこしいぶきは1480円だった。どちらの味も、2000円ぐらいのものとだったら、遜色ない。だいたい、新潟の魚沼産コシヒカリの産地で、イオンなどのスーパーへ行けば、こしいぶきがドーンと並んでいる。

話はかわる。先日、浦和へ行ったついでに駅近くにあるスーパーで買物をした。スーパーだが、八百屋と肉屋と魚屋が、レヂを一本化しセルフサービスにした店だ。

こういう店の場合、オペレーションのためのマンパワー教育訓練にカネをかけられない。レヂの対応が「古典的」なのだ。ようするに「粗い」。だけど、これで十分だと思った。

おれは、自分の近くのスーパーのレヂに馴れてしまっている自分に気がついた。それは、ほんとうに、そこまで必要なのか。とくに、最後に、身体の前で両手を組んで「ありがとうございました」と会釈をするアレ。アレは、昔はなかった。

そもそも1980年ごろ、関係していたスーパーのレヂのパートさんの教育訓練を見たとき、もうその時点で、動作の要素が過剰じゃあるまいか、そこまで必要ないだろうと思ったのだったが、いまやそのレベルをはるかに超えている。大手スーパーほど、スゴイことになっている。そういうことを、客は、トウゼンのことだと思っているのではないか。立ちっぱなしで、そこまでしなくてもよい、と、客は思わなくなっている。そのことに気付いたのだった。

スーパーのレヂが立っているのは、必ずしも必要なことじゃないし、座っている店が珍しくない国もある。

いまや、なんだか「丁寧」だの「感謝」だのがにぎにぎしく、そこに「心」だの「精神」がからんで、「人間」というものを間違えてしまった感じだ。

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2015/03/18

「川の東京学」メモ。抑え込まれてきた、「川の東京」の発掘。

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昨日のブログは、4月4日の「川の東京学」のことを考えながら書いたので、それと「日本料理の二重構造」のことが混ざりあってしまった。でも、まったく違うことではない。

『大衆めし 激動の戦後史』では、石毛直道が指摘した、「日本の料理ほど、料理屋料理と家庭のお惣菜の差のひどい料理文化はめずらしい」を引用しているが、これは昨日の、『ロッパ食談 完全版』からの引用と同じ指摘だ。そういう食文化を生き続けてきたワレワレ日本人の価値観はどんなものなのか気になるところで、おれとしては、「川の東京学」とも大いに関係があると見ている。

トークの相棒の有馬洋平さんとも、打ち合わせやメールなどで話していることだけど、チョイとメモしておきたい。

ちくま文庫の『新編「昭和二十年」東京地図』(西井一夫、平嶋彰彦)の、「其の六 新橋・銀座・日本橋」には、「陸の"横暴"が"水"を制圧する」という項があって、とくに戦後、この地域での川の消失と、それによって何が変わったか、何が抑え込まれたか簡潔に述べている。現在の「東京」目線というのは、その上に築かれていることに思い当たる。

三浦展が、アクロスの編集にいたころの『「東京」の侵略』(月刊アクロス編集室編・著)では、「第一山の手(本郷)」から南西へ広がる「第四山の手」までを設定していて、「東京」の侵略を論じている。それにならえば、日本橋周辺は「第一川の手」であり、さらに最近、五十嵐泰正さんと開沼博さんの『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』(河出書房新社)という本が出たようで、まだ読んでないのだが、表紙に「それは、「東京の下半身」」とあるのにならえば、日本橋あたりは、東京の「第一下半身」になるか、それともやはり墨田・葛飾・江東あたりが「第一下半身」かと。

とにかく「東京」というときの「東京」目線にひそむものがある。たとえば、おれも最近知ったけど、東京の「闇市」が話題になるときは、たいがい山手線から西で、小岩のベニスマーケットなどは知られてない。小岩の戦後というと「東京パレス」になるのは、いかにも「東京」目線だ。

それから、つげ義春を「場末趣味」「零落趣味」と見るのは、まるで見当違いではないかも知れないが、葛飾の中川沿いで育った自伝的作品には、川がよく出てくるし、「海へ」では、彼と水と川と海の関わりの深いところを感じる。そうすると彼の作品の舞台に千葉が多いワケも、いろいろ見えてきて、いったい「場末趣味」「零落趣味」という見方には「東京」目線を感じたりする。

料理や食文化からすれば、「東京」は、かなり明確に山の手でしかない。長い間、山の手の中上流の家庭の台所が、アコガレをリードするモデルだったのであり、そういう「東京」目線の料理文化や食文化が華やかに、全国の家庭を侵略した。これも「「東京」の侵略」といえるだろう。

昨日も書いたように、近ごろにぎやかな京成立石など、東京の川の手の飲食店が注目されだしたのは、2000年ごろからだ。それも、かなり「東京」の趣味的な目線からだと思う。

抑え込まれてきた、川の東京を発掘してみることで、同時に、いわゆる「東京」の価値観や目線はどんなもので、どうつくられてきたか、わかるかも知れない。それは、「東京のスタンダードとは何か」を考えることにもつながる。とかアレコレ考えているわけだ。

当ブログ関連
2015/03/16
「清龍新酒祭り」から、4月4日「川の東京学」へ。

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2015/03/17

『ロッパ食談 完全版』と「日本料理の二重構造」。

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昨年9月に発売になった『ロッパ食談 完全版』(古川緑波、河出文庫)を、先日買って、パラパラ見ている。パラパラ見るによい本だ。カバーデザイン・装画が、牧野伊三夫さん。

この中に、「食書ノート」というのがあって、ロッパが読んだ食の本の、感想メモといったところ。

『荻舟食談』(本山荻舟、住吉書店 昭和28年10月)について、アレコレ書いているが、おっ、と目を引く指摘があった。

引用………

「常食は重点的に」
 この本で、一番感心したのは、これだ。
 ==外国では家庭とレストランとの料理献立が、ほとんど共通しているから==
 とあり。その通りで、わが国では、それが判然と区別されている。そう言われて、はじめてこの事実を認識した。
 この点、わが国の主婦は、幸福だと言えるかも知れない。とにかく、これは大きな問題である。

………引用終わり。

これは、『大衆めし 激動の戦後史』で述べている「料理」と「おかず」のあいだにある、「日本料理の二重構造」のことだ。本山荻舟も古川緑波も、それを構造的にとらえているわけではないが、現象面はとらえ、古川緑波は「大きな問題」としている。

本山荻舟も古川緑波も、食について見識のあるひとらしい指摘だ。

食文化と料理文化の視点から、その構造的な問題に踏み込んだのが、江原恵で、そのことについては、『大衆めし 激動の戦後史』にも書いた。

最近、戦後の料理史や、「普通」「日常」の食が話題になることが増えているようだが、この「二重構造」のことは、食料供給環境の変化もあり、ますます避けて通れなくなるだろう。

台所と料理は、とくに明治以降に「家庭」と「主婦」が生まれてからは、長い間、山の手の中上流の家庭の台所が、アコガレをリードするモデルだった。

それは、普通や日常ではなく、特別のごちそうをアコガレとして、そのアコガレにふさわしい、料理店や料理学校や山の手中上流の主婦が、「先生」として牽引したきた。

日常の食である大衆食堂もだが、いわゆる「下町」の日常である飲食店がメディアで注目されだしたのは、ほんのここ20年ばかりのことにすぎない。正確には、2000年ごろからだろう。しかも飲食店は注目されても、その家庭の台所が注目されることはない。メディアに登場する「料理研究家」や「料理家」などは、まさに「山の手」、昔の「第一山の手」から鎌倉・湘南まで含む「第四山の手」の人たちが圧倒してきた。

「二重構造」は、そのようにして食文化のさまざまな面に温存されてきたのだが、2000年ごろからのいまは「激動」している。

江原恵は、この「二重構造」の矛盾と問題を、「生活料理学」を指向することで、「体系化」を試み解決しようとした。おれは、「生活料理学」や「体系化」ではなく、「生活料理」をスタンダードとして考え、たびたび述べているように、「近代日本食のスタンダードとは何か」に興味を持ってきた。そこは、同じ「生活料理」を指向しているようでも違いがある。

「スタンダード」と「アコガレ」。

「アコガレ」を指針とした生活は、近代日本の国策のようなものだったから、料理に限らず、上昇志向に凝り固まった「いいモノ」志向は、とくに1970年ごろからの消費主義のなかで、広くゆきわたった。それが「生活の向上」であり「生活の成熟」だったのだ。

「上昇」は悪いことではないだろうが、スタンダードがないと積み重ねにならない。日本の場合、とくに戦後は、アコガレの「いいモノ」を求め、右往左往につぐ右往左往、迷走につぐ迷走だったといえる。

スタンダードという根がない、宙に浮いて上を見て下を見て、「いいモノ」だけを見て追いかける。スタンダードのない生活と社会は、あわただしく、ガツガツカリカリして、余裕がない。

スタンダードは、いいかえれば「標準」ということになるだろう。地図を作るには、標準点が必要だ、そこから東西南北、高低をはかり、図ができる。そして一歩一歩あるく。

スタンダードがない生活や社会は、いつも「落ちる」不安と「上に向かわなくてはならない」焦りに、追い立てられる。「不安と焦燥の文化」といえるか。

なーんて、話がメンドウになったから、このへんで。

まずは、わが国では、家庭とレストランとの料理献立が、判然と区別されてきた、「この事実を認識」することだろう。

当ブログ関連
2015/03/13
食料自給率問題はどうなる。『大衆めし 激動の戦後史』ですなあ。

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2015/03/16

「清龍新酒祭り」から、4月4日「川の東京学」へ。

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14日の土曜日は、毎年恒例、蓮田の清龍新酒祭りへ行った。この祭り、5、6年前に初めて行って気に入ってしまい、毎年行っているのだが、年々参加者が増えて、出店も増えたし、スゴイことになっている。

清龍酒造は、蓮田の駅から歩くと20数分かかり、以前は1時間に1本ぐらいの路線バスを利用するか歩くかだったが、一昨年からは無料送迎バスが導入され、これが今年は1時間に3、4本も往復するのだ。

近ごろの祭りやイベントは、「大衆的」なものは、何もかもTDR化し、なにがしかのキャラなど、「仕掛け」ばかりが派手で目立ちがちだし、気どったものは、「文化」「アート」ぶったいやらしさがプンプンなのだが、この祭りは、そのどちらでもない。

押しつけがましさ一切なし。宣伝や商売っ気はないし、いわゆる「企画」された派手な演出もないし、なにかに煽られたりコントロールされている感じもない。わさわさ集まった人たちが、好き勝手のびのび、だらしなく飲み食いし楽しんで騒ぐ、その「ほったらかし」がよいと思う。生活臭をまとったままの素朴な田舎の祭りという感じ。蓮田という土地柄もあるのだろう。

ワレワレ野暮連は10名の参加、12時半に蓮田駅集合、12時40分のバスで13時までには会場に着いた。小岩の2人が少し遅参だったが。今年は、タダ酒ばかりに群がっていないで、あれこれ出店のつまみを買い、純米酒一升瓶2本と4合瓶などを空け、15時過ぎまでタップリ飲んだ。

会場で、思いがけず、都内から初参加のT川夫妻に出会い、一緒に飲んだし、昨年会場で出会った地元の母娘とも再会し、昨年は娘は19歳で飲めないから早々に帰ってしまったが、今年はめでたく20歳だから母娘で大宮のいづみやから三悟晶の二次会、三次会にまで付き合ってくれた。そんなふうにジワジワ地元付き合いが広がるのも楽しい。

三悟晶を出たのは何時だったか、とにかく、予定通り、泥酔記憶喪失帰宅だった。

終わったばかりなのに、また来年が楽しみの祭りだ。

さてそれで、野暮連の次のイベントは、4月4日(土)の「川の社会学」あらため「川の東京学」だ。この企画の発端になった、山本周五郎『青べか物語』の地=浦安を、フィールドワークする。

この日を選んだのは、ただのフィールドワークじゃツマラン、やっぱり酒が大事だと、どこかで花見でもしながら外飲みをやろうというコンタンから。

イチオウ、外飲みのあとは、どこか酒場へも行こうと、飲む気マンマンの計画になるはず。ま、野暮のやることだから、テキトウまじめだね。

集合時間など、詳しいことは、後日告知。

先日、トークの相棒の有馬洋平さんが北浦和まで来てくれて、3軒ハシゴしながら、この企画について、アレコレ話した。その結果、すでに1回やった「川の社会学」を「川の東京学」にあらためたのだけど。これは、おもしろくなります。

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2015/03/13

食料自給率問題はどうなる。『大衆めし 激動の戦後史』ですなあ。

今月になって初めてのブログ更新か。本の原稿書きにボットウしていて、その割にはあまり進んでいないのだが、脇道へ入って調べだすと興味がそちらに移り…といった調子のボットウが続いている。

昨日は、サラリとだが、大きなニュースが流れた。これは、まさに『大衆めし 激動の戦後史』に関係すること、「「いいモノ」食ってりゃ幸せか?」問題なのだ。

ネットに掲載のニュースから拾うと、産経新聞 3月12日(木)12時8分配信では、「食料自給率の目標を45%に引き下げへ 農水省、実態踏まえ5割断念」の見出しで、本文は以下の通り。

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 農林水産省がカロリーベースで50%を目指す食料自給率目標を現在の50%から45%に引き下げる方向で調整していることが12日、分かった。今後10年間の農業政策指針とする「食料・農業・農村基本計画」に明記する。実現可能な目標に見直すことで、自給率の向上を追求する政策から収益力重視へと転換を図る。

小麦製品や肉類が浸透した日本人の食生活は多くの食料を輸入に頼っており、食料自給率は平成25年度まで4年連続で39%と目標を大幅に下回っている。農水省はこうした実態を踏まえ、先月まとめた食料・農業・農村基本計画の骨子案で現行目標から引き下げる方針を示していた。

 農水省は新たな指標として食料の輸入が途絶えた際に、国内でどれだけ食料を自給できるかを示す「食料自給力」を設置する方針。補助金で生産力を高め自給率向上を目指す現在の農政から脱却し、付加価値の高い農作物の生産を促し、収益力の高い農家を育てる政策に切り替えていく。
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毎日新聞 3月12日(木)21時47分配信では、「<食料自給率>45%に目標引き下げ…財政難でてこ入れ困難」の見出しで、本文は以下の通り。

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 農林水産省は、食料自給率(カロリーベース)の目標を現行の50%から45%に引き下げる。財政難で大型補助金によるてこ入れが難しい中、2013年度で39%にとどまる自給率を現行目標まで引き上げるのは困難と判断した。

 食料自給率は、国内の食料消費が国産でどのくらい賄えているかを示す指標。1965年度に73%あった自給率は、89年度に50%を切り、2010~13年度は4年連続で39%だった。背景には、国民の食生活の変化で、自給率の高いコメの消費量が減り、自給率の低い肉類など畜産物の消費が増えていることがある。

 農水省は10年、自給率目標を45%から50%に引き上げた。ほとんどを輸入に頼る小麦の国内生産拡大を自給率向上策の柱に据えたが、目立った成果はなし。昨年10月には財務省の審議会が「財政負担に依存した国内生産への助成措置のみで自給率を引き上げるのは困難」と批判していた。

 政府は、3月末にも新たな自給率目標などを盛り込んだ「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定する。生産額ベースの自給率をより重視していくことや、国内農林水産業の潜在的な生産能力を示す「食料自給力」を新たな指標に加えることも打ち出す。自給力では、凶作や輸入の急激な減少などの有事に備えるため、農地面積や農業従業者などを最大限に活用した時の生産量を示すという。「いざという時に生産できれば、自給率が高くなくてもかまわない」との考えとも言え、自給率向上を軸としてきた日本の農政が大きく変わる可能性がある。【田口雅士】
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読売新聞 3月12日(木)14時36分配信は、「食料自給率目標「45%」に…初めて引き下げ」の見出しで、「「2020年度までに50%」としていた目標を、「25年度までに45%」にする。食料自給率の目標を下げるのは初めて。食料自給率は39%で低迷しており、現実的な路線に転換する」と。

ようするに、実態に即した現実路線に転換ということだが、単に数値目標を下げたのではなく、「小麦製品や肉類が浸透した日本人の食生活」を実態として容認する含みを読み取ることができる。これは、『大衆めし 激動の戦後史』にも書いた、かつて江原恵が指摘した「日本料理の二重構造」と「日本料理は敗北した」実態を認めることにも、つながるだろう。

『大衆めし 激動の戦後史』で述べた実態に即した「生活料理」を軽視あるいは無視してきた、「食文化」や「グルメ」と無関係ではない。

食料自給率政策をカロリーベースだけで考えることの問題は、このブログでも指摘してきたが、『大衆めし 激動の戦後史』の「食料自給率「四〇パーセント」は危機か」では、「日本人の食生活は、すでに「国土」を超越したグローバルな関係のなかにある。食料自給率を危機にしてしまわない方策を、つねに追求すべきだろう」とアレコレ書いた。

「自給率向上を軸としてきた日本の農政が大きく変わる可能性がある」と毎日新聞は書いているが、そうなれば、まさに「激動」だろう。

カロリーベース固執の背景には、食育基本法や「和食」世界文化遺産登録などで活躍した、偏狭な「愛国思想」や「ナショナリズム」も見られる。これは「日本料理の二重構造」の問題ともからみ、単純ではない。

今回は、「財政難で大型補助金によるてこ入れが難しい中」という事情があるので、財務省の押しで変わらざるを得ないという感じでもあるが、「健全なナショナリズム」が育つのかどうかも関係しそうだ。そう考えると、昨今の「右傾化」など、困難のほうが大きいようで、複雑な激動になりそう。それはそれで、めんどうなことだ。

ま、多くの人々の実態である生活料理のことを、長い間ないがしろにして、「いいモノ」やらグルメやら食料政策やら農政やら食育基本法やらとやってきたのだから、しかたない。

それにしても、いわゆる「農協改革」との関連を考えると、じつにウサンクサイ動きが気になる。

それにしても、カロリーベースの食料自給率を錦の御旗に、ずいぶん無駄なカネをつぎこんできたものだ。もし「財政難」でなかったら、実態に即さない政策が許され続いてしまう実態も大いに問題だな。「健康」「安全」「安心」「グルメ」ばかりでなく、自分たちの食と食文化について、もっとちゃんと考えられるようになりたいものだ。

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