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2015/05/20

「丁寧な暮らし」と「幸福」。

調べたいことがあって、ネットをウロウロしていたら、「水木しげるの名言・格言 幸福の七ヶ条」ってのがあった。

こういうものだ。

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまでも自分の楽しさを追及すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。

これを読んで、トツゼン何の関係もなく、この4月1日『暮らしの手帖』の編集長からクックパッドに転職して話題になった松浦弥太郎さんは、幸福なのだろうかと思った。

松浦さんにおいては、「丁寧な暮らし」ではなく「ていねいな暮らし」となるようだが、これは、「一流」「本物」を追求する「上質な暮らし」を意味しているらしい。

(御参考までに。「すべてのニュースは賞味期限切れである」おぐらりゅうじ / 速水健朗 【 第63回】松浦弥太郎クックパッド移籍に見る「ていねいな暮らし」の限界 https://cakes.mu/posts/9302

人様の幸福なんぞは、それぞれのことだからどうでもよい、と思いながら、「丁寧な暮らし」と「幸福」の関係は、どうなるのだろう、かの暮らしからすれば、大衆食堂でめし食う生活なんぞは上質とは言えず、したがって「ていねいな暮らし」とはいえない、ということになるのではないか。

そもそも、「上質」とか「一流」とかいうものは、他人との比較によるものだろう。それも価値の多様性など無視した、絶対的直線的な評価による。大衆食堂でめし食う生活が「上質」にも「一流」にもなる価値など範疇に入らない、視野の狭さ。たいがい「完全主義」「完璧主義」というのは、そのように範疇を狭めたところで成り立ってきたのであるが。

それはともかく、この七条を自分自身のことで考えてみると、一条は、自信満々だが、二条の「しないではいられないこと」というと、もうセックスは卒業しちゃったから、めし食うことと酒しかない、「続けなさい」と言われなくても身体が続けるから大丈夫、ただ続けるためにはカネがいる、つまり「しないではいられないことをし続けなさい」ってことは、カネを稼ぎ続けなさいということか、三条、これも昔から自信満々、他人との比較どころか、他人にはあまり興味がない、四条、何も信じたことはないからねえ、五条、こんなのが幸福の条件になるのか、六条、これも自信満々、怠け者のろくでなしの野暮です、七条、四条におなじく何も信じていないから関係ない。という感じになるのだが、この「条件」を見ると、ようするに「幸福」とは、ココロの持ちようだと、水木さんはおっしゃりたいのだろう。

「丁寧な暮らし」は、どうなのだろう。松浦流においては、ココロの持ちようではないことも多いようだ。

「丁寧な暮らし」と「幸福」という、まったく関係ないことを、x軸とY軸にして交差させてみると、人間がつくりだした観念というのは限界があることが、よりハッキリする。その限界のあることがらを絶対化させると、それが、よく言われる「思考停止」の第一歩となるわけだ。

ロールモデルは、いつでも必要だし存在するが、執着するものではない。執着するとペテン師になりかねない。

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