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2015/06/10

「生活」とは、なんじゃらほい。

おれは、『大衆めし 激動の戦後史』でも、一章で「生活料理」という言葉が生まれるまでを書いたり、食は「芸術」なんぞではなく「生活」よ、という立場で、ああでもないこうでもない言ってきたのだが、この「生活」という言葉は、世間的にもよく使われながら、「定義」がはっきりしていない言葉なのだ。

ま、おれは、「定義」なんてのは、しょせん「定義」することで成り立つ学術業界のことで、生活においては、関係ねえよと思っているのだが、定義がない、定義する学術業界がない、というのは、これはこれでおもしろい。

ちなみに、おれは、ザ大衆食のサイトには、つぎのように書いている。

生活は「生命をつなぐ活動」
料理は「生命をつなぐ技術」
食事は「生命をつなぐ祭事」

さらにちなみに、天下の広辞苑によると、「生活」は、「①生存して活動すること。生きながらえること。②世の中で暮らしてゆくこと。また、そのてだて。くちすぎ。すぎわい。生計。」である。念のため、「すぎわ」は「生業」のことだ。

広辞苑は、言葉の意味であって、必ずしも概念を包括してない。

ところで、生活学会というのはある。かなり、マイナーな学会であり、学者さんというのは生活への関心が低いと想像できる。

1972年に、生活学より考現学で名高い、今和次郎さんが中心になって発足した。

日本生活学会設立趣意書は、以下のとおり。
http://www.lifology.jp/

人間のいるところ、かならず生活がある。
人間の歴史は、生活の歴史であった。しかし、今日人間の生活は危機に直面してい る。思うに生活というもののもつ、自明の日常性のゆえに、われわれは、それを対象化し、体系的な知的探求の主題とすることは、まれであったのではなかろうか。 われわれの提唱する生活学とは、まさしく生活を客体化し、理論化しようとするこころみにほかならない。そのかぎりで、生活学は生活の研究批判の学である。しかし、同時に、われわれは生活の中で展開される人間の可能性に、かぎりなき信頼と愛情とをもちつづけたい。その意味では、生活学は生活擁護の運動とつながるであろう。生活のなかで人間を発見し、人間を通して、生活を見つめ、そのことによって、人間にとっての「生きる」ことの意味を探求すること-それが「生活学」の立場なのである。
このような趣旨により、われわれは既成の学にとらわれない新しい学問の場としての「日本生活学会」を設立するものである。

……以上。

見てのとおり、「生活」そのものについては、定義をしてない。

おれが江原恵さんと生活料理研究所をつくった1980年ごろ、江原さんは生活学会に参加していたので、当時の会長の川添登さんや、ほかの会員の方々と飲む機会があった。研究所の試食会や、渋谷に出店した「しる一」などに来ていただいたりしたからだ。

そういうとき、あれこれ話しながら、この学会は、普通の学会とちがって、あまり定義をしたがらない、定義をしないで自由にアプローチする、そういうことが好きな方たちの集まりのように思われた。たまたま、おれが会った方たちが、そういう方たちだったのかも知れないが。「既成の学にとらわれない」と述べているとおり、たぶん、あのころのハヤリ言葉でいえば、「学際的」だったのだな。

実際に、生活というのは、この世の有象無象が混沌と混ざり合っているルツボであり、境界の線引きなんかできない。

上のリンクから「学会誌「生活学論叢」一覧 」を見ると、Vol.23には、「第40回研究発表大会 公開シンポジウム報告 2013「“生活”学研究への多様なアプローチとその特徴」」とあって、

民族学的観点からの“生活”アプローチ、

家政学的観点からの“生活”へのアプローチ、

社会人類学的視点からの“生活”へのアプローチ、

生活学的観点からの“生活”へのアプローチ、

というアンバイだ。

実際には、もっとたくさんの「学」からのアプローチがあるはずだと思う。

それにしても、ここに「生活学的観点からの“生活”へのアプローチ」ってのがある。この「生活学的観点」が、すごく気になっている。

食事や料理について、もっと「それを対象化し、体系的な知的探求の主題」になってもよいのではないかと思う。おれはフリーライターなので、「体系的」には興味はないが、ここがシッカリしないと、あっちにフラフラ、こっちにヘロヘロ、いつまでたっても消費の流行から自立できない。腰の定まらない、生産や食料の政策が続く一因でもあるね。高度な知識を持ったオトナが多いはずなのに、生活のことになると、けっこうガキ並の単なる消費者。

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