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2015/09/19

東京新聞「大衆食堂ランチ」35回目、新宿・つるかめ食堂歌舞伎町店。

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歌舞伎町では若いころヤーさんの暴力沙汰に巻きこまれ、ひどい痛い目にあったこともあるが、だからといってコワイ町だと思ったことはない。なんだかんだいって、1962年春の上京以来、金銭、回数、時間、ともに、もっとも注ぎこんだ町だと思うし、居心地のよい好きな町だ。といっても、風俗のほうは趣味でなく、もっぱら飲むのだが。

なかでも、この、つるかめ食堂がある一角、つまり、靖国通りとそこから元のコマ劇場へ向かう通り、コマ劇場の通りと新宿区役所の裏通りに囲まれた地域は、1962年春の一番早くから足を運んだところだ。

初めて行ったのは、つるかめ食堂の周辺に、うたごえ喫茶が2,3軒あったからだと記憶しているが、そのうち立ち飲みの店を覚えたりして、しだいに回数が増えた。とくに70年代始め、小田急沿線から市ヶ谷に通勤するようになってからは、ほぼ毎日という状態になった。74年だったか、数ヵ月ほど、政治の仕事の関係で靖国通りの選挙事務所に通勤するようになり、投票日前3か月ほどは一晩おきに泊りもあったので、ますます入り浸りになった。

ごく最近閉店したバー「フロイデ」などは、長い付き合いだったが、あそこがなくなったのは残念だ。ゴールデン街をはじめ、この町が、小市民的な居心地の良さを求め明るさと安全を演出するにしたがい、消えていった猥雑な新宿ならではの饐えたニオイを抱えていたバーだった。

歌舞伎町は「居心地」一つとっても、多様性や多文化主義、寛容と非寛容、そして自由と近代などについて、考えを磨くのに、とてもよい場所だ。

と書いているときりがない。

最初のころ、つるかめ食堂の前は何度も通っているのに気がつかなかった。なにしろ、この通りはうす暗かったし、いまでもそうだが、いまよりもっと、木造の間口の小さい店がゴチャゴチャ並んでいるところで、飲みに行く店が決まっていたから、あまりほかの店には注意を払っていなかったのだ。西口のションベン横丁(現思い出横丁)にある、つるかめ食堂で聞いて、この店を知った。

今回、ここを取りあげようと思ったのは、2015/09/05「豪雨の歌舞伎町で考えた。」に書いたように、日本最大の暴力団組織の「分裂」をめぐり、さまざまな憶測や妄想がながれ、歌舞伎町は「血の抗争」が起きてもおかしくない状態だから、「銃撃事件が起きたら、通行人が巻き添えになる危険もあります。サラリーマンは歌舞伎町の裏道を歩かないほうがいいでしょう」とか、風評被害を生みかねないことが話題になっていたからだ。

まったくモノカキというのは無責任な動物だけど、キレイゴトの甘いことは言わずに、キビシイ辛いことをいって煽っていれば信用される世間というのもどうかしている。

つるかめ食堂歌舞伎町店は、よい食堂だ。大歓楽街の真ん中にあって、店の前に植木鉢をならべる風景は箱庭的で、下町の裏通りを連想させるが、単なる見てくれの演出でないことは、ここで食事をしてみればわかる。

最後になったが、きのうは第3金曜日で、月一で東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だったのだ。すでにWEBサイトで、ご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2015091802000186.html

連載は、これでちょうど3年がすぎ、来月から4年目に突入。ま、才気走ることなく、凡庸に続いています。

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