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2016/01/21

墨田区曳舟周辺で盛りだくさんな一日。

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1月9日土曜日は、猪瀬浩平さんのお誘いがあって、10時半に曳舟駅で待ち合わせだった。

去年の10月2日に、明治学院大学の猪瀬さんの授業で「おもてなし論」をやった、その延長線上ということのようでもあったが、ま、細かいことはどうでもよいのである。

午前と午後の部があって、午前は、曳舟で開催の「すみだ青空市ヤッチャバ」見学だ。猪瀬さんに「曳舟駅」で待ち合わせといわれ、おれのアタマにある「曳舟駅」へ行った。ところがそこは正確には「京成曳舟」だった。その駅名を見ても、ここが「曳舟」と思い込んでいた。待っても、誰も来ない。近頃は、おれも携帯電話を持っているので、こういうときは便利だ。連絡を取り合って、すぐ近くのヤッチャバの会場で落ち合った。

曳舟文化センターのとなりのイトーヨーカードーが入っている複合ビルの向い、再開発タワーマンションの前の広場が会場だった。猪瀬さんは1歳半の娘さんを連れ、ほかに先年明治学院大学を退職された勝俣誠さんと教え子の方がいた。ヤッチャバを見ながら、事務局長の松浦伸也さんの話を聞いた。

松浦さんについては、ウワサは聞いていて、どう考えてもおかしなおもしろそうなひとだ、ぜひ会ってみたいと思っていた。いやあ、確かにおもしろいひとだった。30歳そこそこで、行動力は若いから当然としても、練れた考えと実践力におどろいた。

「すみだ青空市ヤッチャバ」は、いわゆる「産直市」だ。近年は農水省によって「マルシェ・ジャポン」なる薄気味悪いネーミングのものが推進され注目されているが、たいがい「オーガニック」や「ナチュラル」を看板に、「正しい意識高い」系のオシャレな市民活動というイメージのものが多い。開催場所も、あまり生活臭の漂わない青山や恵比寿などが話題になっている。

「マルシェ・ジャポン」政策が、いろいろな産直市を後押しをしている背景はあるようだが、しかし、「すみだ青空市ヤッチャバ」は、そういうイメージではなく、会場の横断幕からして、地べたの生活臭ささや泥臭いあたたかさがあった。墨田という場所や、けん引役というかプロデューサー役というかの松浦さんの考え方やキャラクターもあるのだろう。

「すみだ青空市ヤッチャバ」は曳舟と両国で開催している。最初は、墨田区役所の前で、開催も数か月おきだったが、2011年3月の東日本大震災をキッカケに、変わった。もっと区民が利用しやすい場所でと、2か所の開催になった。開催数も次第に増えて、いまでは毎週土日。最初は、わずか2店舗だったが、いまでは10倍。

松浦さんとは、近々またお会いすることになっているので、この件については、これぐらいにしておこう。なにしろ、この日は、行ってみたら、ずいぶん盛りだくさんのプログラムだったのだ。午後の部は、地元の明学の学生の案内で街歩き、さらにそれは夜の部へも続くのだという。

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まずは、午後の部の「おもてなし論」の授業の学生たちと合流した「蕎麦屋」が、おもしろかった。墨田区には「ドンヅマリ」という路地が多いのだけど、この店もドンヅマリの路地にあり、店はここだけ。しかも普通の民家そのまま、昼の営業時間中だけ「そば」の幟が立つというもの。

外観だけでなく、なかも店舗仕様ではない、普通のオウチだ。玄関で靴を脱ぎ、台所から隣の居間に入ると、座卓を二つ三つ並べテーブルクロスで覆ってある。そこに詰めあって食べるのだ。12人も入れば一杯だろう。入った早々には、おれたちのほかに、頭にネジリ鉢巻の近所の工事現場の労働者、お散歩街歩きの若いカップルというぐあいだった。

029おれより少し年下に見えるおばさんが一人でやっていた。そばは、かけかざるか、その天ぷら付きのみ。これは、注文するとおばさんが、台所の隣の台所で作って運んでくれる。それ以外に、チョイとした煮物や漬物が食べ放題、カレーライスは一杯100円で、どれも自分で盛って食べる。

この蕎麦を食べて、これはどうもふのりの蕎麦のようだ、もしかしたらおばさんは新潟の出身かと思った。帰りに聞いてみたら、やはり、しかも小千谷の出身だという。おれは六日町だというと、「あら~、あちらはやっぱりこの蕎麦よね」。そうなのだ。小千谷も六日町もおなじ魚沼地方で、東京でなにやら「更科」などの暖簾の蕎麦が上等と思い込んだ人たちに、「こんなのは蕎麦じゃない」といわれることもある蕎麦を食べて育っている。

おれはカレーライスとざるそば。勝俣さんがビールがあるのを見つけて来て抜く。勝俣さんは初対面だが、快活闊達なかたで、話がおもしろい。そういえば、猪瀬さんも松浦さんも、快活闊達だ。

この蕎麦屋で「おもてなし論」のときの学生4人と先生のKさんが合流、勝俣さんと教え子の方は授業があるので離脱。地元の学生Nさんの案内で、鳩の街へ。

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鳩の街を歩くのはひさしぶりだ。10年ぶりぐらいか。学生たちは、ここが遊郭だったことを知らない。その建物は、10年ぐらい前と比べると、ずいぶん少なくなって、ドンドン新しい建物に替っている。新しい店もできている。その一角、今風の新しい建物の前でもちつきが行われていた。学生たちも、もちつきに参加。つきたてを食べる。

夕暮れが迫ってきた。夜の部は、松浦さんも利用しているシェアハウスで懇親会だという。シェアハウスは京島にある。そこへ行く途中で銭湯に入るのだという。なかなかおもしろい企画だ。おれは手拭番長の影響で、いつも手拭を持っているから、銭湯OK。

猪瀬さんは子連れだしKさんは風邪っぴきで不調とあって飲み屋で待つことに。女子学生3人は女風呂、日本の銭湯初体験の韓国の留学生のRさんとおれは男風呂に。

「あづま湯」、天井の高い大きな銭湯だ。風呂に入りながらRさんに、韓国と中国の銭湯事情のちがいや入浴習慣のちがいなどを聞く。これがおもしろかった。民族による「清潔感(観?)」の違いや日本支配の影響やら。Rさんは、女湯と男湯の仕切りの壁の上が空いていて、声が聞こえるのをおもしろがっていた。

銭湯のあと京島の橘商店街へ。ここはときどき来ている。学生たちが差し入れの買物をしているあいだ、おれは猪瀬さんとKさんが飲んでいるやきとり屋で一杯。湯上りのビールがうめえ。

シェアハウスは、一軒の大きな民家をシェアをしているもの。住人は6人だったかな。そのうちの一人が、長崎の五島に旅をし初めて釣りをして、大きな鰤と真鯛を釣り上げた。それが届いたので、おろして刺身と鰤鍋で食べるのが今夜のメインイベント。

住人の知人たちも新たに加わって、6畳と8畳ほどの続き座敷で、まずはカンパーイは18時半ごろだったか。松浦さんは100キロをこす巨漢で、よく飲む。飲むとますます愉しい。いろいろな話をする。

問題は、魚をおろしたことがある人がいないことだった。おれをのぞいて。でも、釣り上げた本人が、ネットでおろしかたを調べてやるという。鰤は70センチぐらいあって、台所のシンクにもまな板にもおさまらない。彼は苦労しながらおろす。

三枚におろしたところで、おれも手伝う。半身の皮をとり、刺身と鍋用にするのだが、まな板が小さいだけでなく、庖丁の切れ味もイマイチで手こずる。鰤を始末したあとは、おれが鯛をおろすことになった。鰤をおろした彼は疲れ果て、飲みに加わる。

鯛をおろすのは2年ぶりぐらいと思うが、こんなに大きな鯛は始めてだ。ぐいぐい酒を飲みながら、おろして、刺身と、あらはあら汁にする。途中から、帰ってきた住人の25歳だったかな?の女子が手伝ってくれた。

066作業しながらの話によると、彼女は関西の出身だが家族と折り合いが悪く家を飛び出し上京、そのときからシェアハウス暮らし歴5年。1年ほど前に、気分を変えるため、ここに移った。シェアは特別のことではない、普通の生活。仕事もうまく行っている。ときどき故郷に帰るけど、友達に会うためで実家にはよらない。

とかやっているうちに、気がついたら、猪瀬さんたちや学生たちは、地元のNさん以外は、帰ってしまっていた。魚をおろしたあとの片づけをし、おれも終電の時間に遅れないよう、酔った身体で外へ出てみれば、スカイツリーがゆらゆらゆれていた。

いろいろなことがあり、いろいろ刺激的な一日だった。とりあえず、いろいろな話をしながら、こんなことを考えた。

経済はカネを動かすが、カネは経済だけで動くものではない。ケリや白黒をつけないほうがよいことも多いのに、都会の論理はケリや白黒をつけたがる。それは重層的なコミュニティが失われたなかで暮らしていることに関係があるのではないか。東京低地には、まだ重層的なコミュニティの構造や、それをヨシとする文化があるようだ。やっぱり、銭湯は、いい。

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いまニュースなM大学で「おもてなし」論の授業をした。

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