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2016/05/03

「グルメ」の憂鬱。

資料を探していたら、社会保険研究所から発行の月刊誌『年金時代』2011年4月号が出てきた。すっかり忘れていたが、この号の「随筆」のコーナーに寄稿していたのだった。タイトルは「『グルメ』の憂鬱」。

たしか、この校正のころ、東日本大震災が起きたのだ。本誌の巻末には、「三月一一日に発生した東北地方太平洋沖地震に被災された方々にお見舞いを申し上げますとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします」と、編集部一同からのお見舞いの文章もある。震災の名称が、「東日本大震災」に決まる前だ。

あれから5年が過ぎたが、被災と被災者をめぐって、あいかわらず思慮に欠ける発言が多々見られる。それは、どういうことなのだろうと思う。

食をめぐるさまざまなことがらと関係ありそうだし、日ごろ、食について思慮に欠ける態度でいる結果と関係あるのではないかと思いながら、では、食について思慮深いとはどういうことか、となると、なかなか単純ではない。

とくにこの文章でもふれている、「単品グルメ」といえるような風俗は、近頃は、「パフェ」だのなんだのと細分化しながら、男も女も巻き込んで、ますます「グルメ」は有頂天にはしゃいでいるように見えるのだが、「思慮深さ」のほうはどうなのか、気になるところだ。

とにかく、この掲載誌は、あまり目にする機会がないものだし、自分でも忘れていたぐらいなので、ここに全文を掲載しておく。

以下、段落ごとに一行あけて載せる。

 私は「フリーライター」という肩書きを使っている。すると、「グルメに詳しいライター」とか「B級グルメライター」といわれることがある。いちいち訂正するのも面倒なので、そのままにしているのだが、じつに悩ましく、当惑している。

 十数年前、私は、「大衆食の会」なる、ときどき大衆食堂で飲みくいするだけの「会」とはいえないようなものを始めた。十年前ぐらいからは、Webサイト「ザ大衆食」を主宰している。その「大衆食」が、「B級グルメ」に間違われることが多い。そもそも、B級グルメのほとんどは、大衆食を「グルメの文脈」で語り直したものだから、ありうることではある。

 それにしても、いまの日本は(と大きくでるが)、食べ物の話になると、グルメの文脈でなくては気がすまないらしい傾向が、はびこっている。もう一つ、「健康の文脈」でないと気がすまないらしい傾向も濃厚であるが。とりわけB級グルメの分野は、「単品グルメ」といってよいほど、ラーメンやカレーライスに始まり、いかにうまく「食べる」かより、「うまい店うまいモノ」への傾斜が激しい。そして、このB級グルメに関しては、とりわけ男子が、とても姦しい。「姦しい」は、男を三つにしたほうがよいぐらいである。

 今年が明けて早々に発売になった『d a n c y u』二月号は、味噌汁の特集だった。私は「味噌汁ぶっかけめし」について寄稿していたので、掲載誌が届いた。改めて「男の料理」を考えた。この「ダンチュー」という耳馴れない言葉を遡ると、1970年代後半に発足した「男子厨房に入ろう会」に至る。その後、『週刊ポスト』で連載「男の料理」がスタートし、人気を得て長く続いた。『d a n c y u』の創刊は、「一億総グルメ」といわれた時代、別の言い方ではバブル期になるが、二〇年前の一九九一年である。つまり、男厨会は「男の料理ブーム」の端初の頃に始まった。

 ワザワザ男子厨房に入ろうと、男子が徒党を組んで名乗った背景には、「男子(そして君子)厨房に入るべからず」が大勢だった事情がある。それともう一つ、「男は味をあげつらわず」という言葉があって、この二つは一対をなして、重みを持っていた。ま、「男の本懐」は家事なんぞではなく国事にあるというか。そういう、いわば事大主義的な風潮に抵抗もしくは斜に構えるように、趣味や道楽として「食通」が存在した。

 「女の料理」というハヤリ言葉がないのは、女の料理は趣味や道楽ではなく、普通の生活の中の料理だったからだろう。それは、いうまでもなく、働く男をも支えてきた。大衆食は、そういう、働き生きる生活の中にある、「生活の文脈」のものだった。

 いまや食通変じてグルメが大手をふっている。男の料理は、生活の文脈をどれだけ自らのものにしてきたか知らないが、とにかく男子は、食べ物の仔細なことで、しかも大衆食の外食を舞台に、じつに姦しくなった。こうなると、なんだか、「男は味をあげつらわず」が、素晴らしく思えてしまうのである。

 男は、黙って、台所に立ちたい。

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