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2016/07/31

「川の東京学」メモ、川本三郎『遠い声』から。

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「詩小説」を謳う川本三郎の掌編集『遠い声』(発行・スイッチ書籍出版部、1992年)は、不思議な味わいの書だけど、東京の川(河)や橋がよく出てくる。

205ページに48の掌編が詰まっていて、その最初の「救済の風景」の書き出しから、「知らない町に行きたかった。まだ一度も行ったことのない町に行きたかった。それもできれば川沿いの町を選びたかった」で始まる。

そして「その町は東京の西を流れる大きな川の河口にあった」と。

この川は多摩川だけど、ほかの掌編に登場の川は、ほとんど「東東京」の川だ。

「救済の風景」の次は、「朝、川へ」だ。このようにタイトルに川や橋がある作品は、「橋」「河を渡ってマジック・アワーへ」「橋からの眺め」というぐあいだが、「救済の風景」のようにタイトルに川や橋がなくても、それらが登場する。

腰帯に、著者が「スイッチ」92年1月号に書いた、こういう文がある。

「ふと路地を曲がった途端に全然いままでと違った風景が出てくるというような、生活の延長にある日常的なファンタジーという意味で、幻影に惹かれるんです」

川や橋は、さまざまなファンタジーをもたらす「装置」のようだ。

「川」をはさんで「こちら側」と「向こう側」があり、その橋渡しとして、「橋」がある。この関係がファンタジーを生み、だけど、リアルと反対の位置にあるファンタジーではなく、それはファンタジーだけどリアルな体験なのだということは、たしかにある。

このあたりのことが、もっとも鮮明に書かれているのが、「河を渡ってマジック・アワーへ」だと思う。

「河を渡ってマジック・アワーへ」では、「電車を二つ乗り換え、東(この「東」に傍点がある)東京から千葉の方に延びている私鉄に乗った。河を見たくなるときはいつもこの電車に乗る」。

この電車は京成成田線だろうけど、「千葉県に入るまで、隅田川、荒川、中川、江戸川と四つの河を渡る。ふだん西東京に住んでいる人間には、河を四つも渡ることはとても新鮮な体験になる。電車が鉄橋を渡るたびにこの都市にはこんなにたくさんの河があったのかと驚く」

そういえば、川の東京学で山本周五郎の「青べか物語」を散歩するために浦安駅で待ち合わせたとき、電車から降りてきた、杉並の中央線のほうに住んでいる瀬尾さんがまず言ったことは、「鉄橋をたくさん渡るんでおどろいた」だった。

「驚き」はファンタジーでもありリアルでもある。どうやら「詩」はこのあたりで生まれるのかなと思うのだが、川と橋があることで、思いがけない風景や驚きと出あえる。

それはともかく、川本さんが乗った電車は、「運河のような隅田川を越える。鉄橋を渡る時の音が耳に心地よかった。「橋」というのは不思議だ。どんな小さな「橋」でもそれを渡ると、違った世界、別の場所に入ったような気がする。"向こう側"に入っていくような気がする」

そして著者は、荒川を渡って最初の小さな駅で降り、商店街をぬけ、荒川の高い土手を駆け上がる。

「視野が一気に開けた。広い河川敷の向こうに荒川のゆったりとした流れがあり、その先にいま電車で通り過ぎて来た町の光が夕暮れのなかで輝き始めていた。河に沿って走る高速道路の照明灯が白い光を放っていた。「風景」というより「パノラマ」だった」

見たことがある。こういう景色、目に浮かぶ。

「荒川の土手から対岸の東京を見ながらいまがその「マジック・アワー」かもしれないと思った」

「マジック・アワー」とは、川本さんが雑誌で知ったカメラマンたちの呼び方で、夕暮れ時、太陽が沈んでしまったあと、残照でまだかすかに明るい時間のことをさす、「短い特別の時間」のことだ。

「トワイライト・タイム」「トワイライト・ゾーン」という言い方もある。夜から昼、昼から夜へと、リアルが別のリアルに変わる時間や空間、どちらでもあってどちらでもない、どちらでもないがどちらでもある。まさにファンタージなのかも知れないが、そこにまた別の真実が見えたりする。

「こちら側」と「向こう側」は、仏教的な用語だと、「此岸」「彼岸」ということになるか。

男と女のあいだには深くて暗い川があったり、2人を隔てる天の川もある。あるいは、スピリチュアルなどにはまってしまった人のことを自分は正常と思っている人は、「向こう岸の人」などと言ったりする。これらは、橋がない状態のようだ。

人と人のあいだに川をつくりたがる人もいれば、橋をかけようとする人もいる。

山﨑邦紀さん脚本監督の作品、たくさんは見てないが、彼のピンク映画には、川や土手や鉄橋が印象深く映像化されている。とくに、題名を忘れたがボーイズラブ系の映画では、利根川の栗橋あたりの映像が印象的で、シッカリ記憶に残っている。

ほかにも、鉄橋を渡る電車のなかで映画が終わる場面があって、それを見たときに、山﨑さんに、なぜ川や土手や橋なのか聞いたら、たしか「此岸と彼岸ですよ」と言われたように記憶している。ある種の隠喩でもあるか。「あちらからこちら、こちらからあちら」というようなことだったと思う。ボーイズラブの人たちのほうが、此岸と彼岸を意識することが多いのかもしれない、その分、世間をいろいろに見ているのかもしれない。

川の東京学、いろいろ刺激的で、おもしろい。

当ブログ関連
2016/07/16
川の東京学メモ 「下町はこわかった」。

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