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2016/12/15

「大衆」は葬り去られなかった。日本経済新聞の記事を読む。

12月10日の日本経済新聞の「たどってなるほど」で、「大衆」が取り上げられた。

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「バブル崩壊・低成長…再び「大衆」たくましく」「オヤジ酒場に若者や女性」「安くてうまいが底力」といった見出しが並ぶ。

リード文は、こうだ。「いま、大衆酒場や大衆食堂が人気だ。書店にはガイドブックが並び、店に入ると若い女性の笑い声が響く。「大衆」に込められた意味を調べてみると、時代に翻弄されながらもしぶとく生き残る、たくましい姿が見えてきた。」

記事をまとめたのは田辺省二記者だ。田辺さんとは、10月22日に会った。たぶん10年以上ぶりだったな。そのときはまだ、記事にできるかどうかわからない企画の下調べ段階で、「大衆」という言葉をめぐるアレコレを話し、資料なども渡した。その後、企画が決まったという知らせがあった、そして田辺さんはさらに取材を重ね、この記事になった。なかなか力作。

当ブログの2016/11/19「状態と言葉。」にも書いた。

「「大衆食堂」を定義するのは難しい。おれは定義をしないで、原型を「大衆食堂」という言葉が生まれた時代の大衆食堂において、その前と後の流れを見ることで、大衆食堂という業態を把握しようとしてきた。/何度か書いているように「食堂」という言葉は明治からであり、「大衆」という言葉は、大正期後半から昭和の初めにかけて生まれ流行した。これは割りとはっきりしている。/「食堂」も「大衆」も、もとは仏教業界の言葉だったが、そこでは、食堂は「じきどう」であり、大衆は「だいしゅ」と読んでいた。」

田辺さんの記事も、仏教用語から掘り起こし、大正末期ごろから「大衆」という言葉が読み方も意味も変わって流行語にまでなり、「大衆食堂」や「大衆酒場」という呼称が定着する流れを追い、戦後の大衆の興隆へと展開する。このあたりは、おれも大衆食堂の本で書いている。

面白いのは、そのあとだ。

「その大衆が存亡の危機に立たされたのが80年代だ。時代はバブル経済のまっただ中、「『大衆』は一度、葬りさられた」と博報堂新しい大人文化研究所の阪本節郎・統括プロデューサーは指摘する」

そして、「84年に電通の藤岡和賀夫さんが「さよなら、大衆。」を出版。「『大衆』というのは懐かしい呼び名になりつつあります」と突き放した。翌85年には博報堂生活総合研究所が「『分衆』の誕生」を出し、切って捨てた」と書く。

そこなのだ、モンダイは。という問題意識で、おれは1995年の『大衆食堂の研究』を書き、大衆を切り捨てた連中を嘲笑ったのだが。

おれは、ちょうど「大衆」が葬り去られようとする頃まで、マーケティング屋をやっていたわけで、その現場は体験していた。

ここにあげられた本が、電通や博報堂の社員によって書かれたように、「大衆」を葬り去る旗をふったのは、マーケティング屋だった。

彼らは、「大衆」を「マス」でとらえるマーケティングの思想と手法にドップリつかっていた。その限界が、80年前後から明らかになってきた。

「大衆」は変貌したけど、その変貌をとらえる思想や手法がなかったというか遅れていたというか。それまでの「マス・マーケティング」をブレイクダウンしただけの「エリア・マーケティング」あたりで糊口をしのいでいたが、すぐ追い付かなくなり、手に負えない「大衆」を葬り去ることになったのだ。

そして、「差異化」だの「個性化」だの「成熟化」だの、あれやこれやの「新しい用語」を持ち出した。

そこには、「市場」と「社会」の混同混乱があった。それは、「大衆消費社会」という言葉をアタリマエのように使っているうちに、抱えてしまった混同混乱だと、おれは見ているのだが。だって、「消費市場」と「消費社会」は違うはずだからなあ。もともと「大衆」は「市場」ではなく「社会」に存在しているんだし。

とにかく、「大衆」を「マス」だの「カタマリ」でとらえていたのは、そういうとらえかたをしていた思想の問題だというふうには、ならなかった。

ま、バブルで脳ミソまで浮かれていたのだ。この脳ミソは、バブルが崩壊しても続いている。なぜなら活力のほどはアヤシイが「大衆消費社会」は続き、閉塞に陥っているからだろう。

003行き詰まると、概念のはっきりしない新しい言葉を持ちだしては、眼先を変えて乗り切ろうとするのは、日本の中間層から上の知識人の悪癖だと思う。

腰を据えて問題に取り組むのではなく、閉塞から脱しなくても、現実は何も解決しなくても、その目新しい概念らしき用語をふりまわしながらメディア界隈で食っていける自分がいる。「分衆」といった言葉も、そういうことだったにすぎない。

気をつけよう、目新しい用語。

ってえのはおれの考えだが、そんなことぐらいで「それでもくたばらないのが大衆」「今また勢いを盛り返したのだ」と田辺記者は書く。近頃の「ネオ大衆酒場」という業態にまでふれている。

「時代にもまれた大衆は新しい世代の支持を受け、したたかに生き続けている。」この記事は、これで終わる。めでたし。

だがしかし、記事は、これで終わりでよいんだが、いま「大衆」は、けっこう面倒で複雑なことになっている。

ほら、「ポピュリズム」ですよ。トランプさんもねえ、アベちゃんもねえ、それはアタマのことであり、支持する大衆がいる。

「大衆」「ポピュリズム」「民主主義」このあたりからしばらく目が離せない。

田辺記者は、囲みの「記者のつぶやき」で、「世代が違えばイメージも変わる。同床異夢の酔客を包み込んでしまう包容力も大衆酒場の魅力かもしれない」と書く。

おれは、ここに大事なことがあると思う。「大衆」は、同床異夢を抱えて成り立ってきたし成り立つものではないか。ただ成り立つには「包容力」がいる。大衆食堂や大衆酒場みたいな。

12月10日は過ぎてしまったけど、この記事を見つけて読んで、大衆食堂や大衆酒場で「大衆」談議してくださいな。

(追記)記事はWEBでもご覧いただける。
http://style.nikkei.com/article/DGXKZO10441230Y6A201C1W02001?channel=DF130120166128

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