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2017/01/10

東京新聞「大衆食堂ランチ」50回目、早稲田・キッチンオトボケ。

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先月12月の第三金曜日は16日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。今回は、早稲田のキッチンオトボケでミックスフライ定食を食べた。

すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016121602000183.html

大衆食堂というと、かつて1970年代ぐらいまでは「学生街」が話題になったが、近年は「学生街」という特徴そのものが「東京」に埋没してしまい、早稲田に限らず、都内では「学生街」といわれるほどの特徴を持った街並は大きく変貌した。キッチンオトボケのあるあたりは、マンション街といったほうがよい。

もちろん学生の風俗も変わっているのであり、学生相手の大衆食堂も変わった。ある店は姿を消し、ある店はリニューアルで生き残っている。

キッチンオトボケは、リニューアル組で、早稲田の学生にはよく知られている食堂だ。この掲載があってからも直接耳にしたが、おれの周辺にも、学生時代によく利用していましたというひとが何人かいる。

リニューアルで「カフェ風」のスタイルになったが、「カフェ風」であり「カフェ」ではない。やはり「学生食堂風」ではあるのだ。中央部は、大きなテーブルが並び、周辺の壁に向かって一人掛けの長テーブル。なにより、メニューが「カフェめし」なんぞではなく、しっかりめしを食う定食だ。

近代つまり資本主義と上手な付き合い方をしてきたとは言い難い日本人のインテリ層には、「効率」や「マーケティング」や「金儲け」を「悪」と見下すような考えや発言があとをたたないが、都内の駅近くの飲食店で効率やマーケティングを無視した商売は成り立たない。

だいたい、「効率」や「マーケティング」を非難する店主が経営する書店だって、「商売になる場所」で「商売になる棚づくり」をし「売れることをあてこんで作られた本」を並べている。

キッチンオトボケは、効率を追求しながらも、厨房と客席とメニューのバランスが、うまく設計された店舗だ。自分が食堂をやるなら参考になる点が多かった。

学生たちは効率に追い立てられることなく、好きなようにこの空間を利用している。ビール中瓶が600円ぐらいだったと思うが、それを飲んだりしながら。おれは「ほったらかし」というサービスについて考えた。

ジャーナリズム的な言い方で、若者の「コメ離れ」が言われて、たしかに若くなるほど米の消費量は少なくなっているようだが、ここで見ている限り、若者たちは、しっかりたくましくめしを食べていた。そういう若者にとって、肉やフライ類は心強い味方にちがいないし、もし日本に洋食やラーメンなどの中華がなかったら、なんと味気ないツマラナイ食事だろうと思うのだった。「和洋中」の近代日本食は、日々の楽しい食事の必然だったといえる。

それはともかく、キッチンオトボケの前の信号は「馬場下町」なのだ。何度か書いているように、古い生き残りの食堂は坂の上より下にあるという法則性が、やはりあるのだろうか。

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