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2017/01/29

ハッピー感!

先日、17時から御徒町で飲んだ。ときどき一緒に飲んでいる顔ぶれで、おれのほかに3人。1人は「超」がつくほど忙しいから、3人揃うのはなかなか難しい。とはいえ、先月の理解フノー出版記念会には、揃って来てくれた。

17時から1軒目は中華屋で飲みだした。あれこれ食べ、18時半ごろには腹は一杯になったし、つぎへ行こうということになった。

2軒目は加賀屋だった。近頃おれは、混雑がひどい上野アメ横あたりを避け、御徒町の加賀屋を使うことが多い。

19時ちょっと前だったろう。混んでいたが、店のひとが4人すわれるようにしてくれた。

われわれはそこに座って、「超」がつくほど忙しいひと以外は、すぐさまテーブルの上のメニューなどを見て…となったのだが、「超」さんは、店内を見わたし、「わあ、ハッピー感がいっぱい」と、うれしそうに声をあげたのだった。

えっ、なになんなの、ほかの3人は怪訝顔だった。すると彼女(「超」さんは女性)は、「だって、ほらみんなお酒飲んでしあわせそうで、ハッピーな感じじゃない、ハッピー感がおしよせてきて、ハッピーをもらった感じ」というのようなことをいうのである。彼女も、ほんとうにハッピーな笑顔なのだ。

店内を見わたせば、なるほど、しかめっツラもちろんすました顔くたびれはてた顔もない。酒が入ったせいか顔のツヤも血色もよく、その顔がほころんでいる。たしかにハッピー感があふれているのだ。

が、しかし、「超」さん以外は、飲み屋ズレしているせいか、そう簡単にのらない。「この時間から飲める人たちは、ハッピーな人たちなのよ」「もっと遅い時間になれば…」などというのだった。

そして、われわれも飲んで、けっこうハッピーになったのだが。

あとで考え、大衆酒場の雰囲気になれきって、新鮮な感覚が鈍化しているワタシに気がつき、人間としてこれじゃいかんね、と思うのだった。とくに、いつも店や店の人や客を「診断」するような職能の感覚は、何かを見えなくしたり気づかなくして偏っている可能性は大きい。そして、単純で素直な、うれしい、たのしい、かなしい、いかり、といったものに鈍になっていくのだ。

ああ、酒場のすれっからし、酒場のドンではなく鈍。

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2017/01/28

全体像。

「単品グルメ」だけではなく、多くのことが細分化されたフレームで語られ、全体像がつかみにくい。

全体像が把握されてないと、未来像は描かれないか偏ったものになり、あるいは課題や問題が矮小化され、方向性がふらふら漂う。

最近、飲み会で「豊洲の問題」の話題になった。「豊洲の問題」というと、いまや「土壌汚染問題」であり、それをめぐって築地の豊洲移転は是か非か、ということになっているのだ。

築地の移転を、日本の魚食全体像から検討する視点は、まったくといってよいほど失われた。ほんとうは、築地の移転問題は、東京という大消費地における問屋機能(仲卸などの)を、どうするかということが根本にあるはずだ。このことの見通しを立てながら対策しないと、ただでさえ危うい日本の魚食は、かなり面倒なことになりかねない。

ということで、手っ取り早く、この問題の全体像を把握するのに、『魚と日本人 食と職の経済学』(濱田武士、岩波新書)は、とてもよい。直接築地移転問題にふれているわけではないが、魚と日本人をめぐる全体像と課題が、わかりやすい。築地の移転は、問屋機能をどうするかの問題だということもわかるだろう。

おれは、『大衆めし 激動の戦後史』の第7章で「もっと魚を食べなくてはいけないのか」ということを書いている。これは、ま、「日本人だから魚食は当然」という考え方を、一度捨ててみたらどうかという発想で、濱田さんとは逆からの開き直りの問題提起なんだが、ともあれ大消費地の築地の移転は、魚の食と職の全体像に関わることなのだ。

今日は、魚の話ではない、細分化された「部分」に頭を突っ込んでいるうちに全体像を失う危うさのことだ。

東日本大震災の「復興」についても、いえる。これはもう「復興」の全体像がバクゼンとしすぎていて、ただでさえ「地方創生」がいわれ、地方が困難を抱えている時代に、「復興」って何よ、という感じだ。

だからかどうか、近頃は、もっぱら放射能をめぐる「福島差別」のデマとデマ非難の応酬あたり、それからインバウンドあたりか、そのへんに注目の話題が矮小化されているように見える。

この問題は、避難生活者への対策にしぼって考えることで、「復興」の全体像の道筋が見えてくるはずだと思う。まずは、災害のために避難せざるを得なくなった人たちの生活だろう。全体は、そのことを最優先しなくてはならないのではないか。というあたりは、さっぱり議論にならない。

話は変わるが、最近、何かの記事に墨田の「町工場」の話があった。職人魂と職人技で、世界中でここでしかつくれないものをつくっていて、小人数ながら年商数億をあげているといった話だ。

おれが「エンテツさんの大衆食堂ランチ」を連載している東京新聞の掲載紙が送られてくるので、ほかのページもパラパラ見ていると、同じような話が、ときどき載る。だいたい蒲田あたりか、「川向う」のことだ。

それは、よい。ここにしかない素晴らしい技術がある、それはよいことだろう。だけど、なぜ、世界中でここにしかないのか(そうなってしまったのか)、そしてその技術は世界の何を担っているのか、ということがわからないと、全体像にはならない。

これについては、いくつか論があって、すでにこの問題については、指摘がある。それを知ると、あまりよろこんでばかりはいられない、「日本の遅れ」を直視せざるを得ない。だけど、全体像ではなく、そのスゴイところだけで、日本スゴイになってしまう。

いまのように細分化されたなかで、細分化されたテーマで、あれこれやっていると、こういうことが、たくさんあるわけだ。

少し前のことだが、橋本健二さんが、金沢で入った居酒屋チェーンの店が、通り一遍のものだけではなく店独自のメニューがあったそうで、「中途半端な価格で、通り一遍のものを出していたのでは、客が離れていくのも当然だろう。思い切って店に権限を委譲し、創意工夫を認めるのはひとつの方法だろう」と書いていた。

指摘はその通りだが、チェーン本部が各店にどのていどの権限をどう委譲するかは、昔からチェーンオペレーションの大きな課題で、スーパーもコンビニも飲食系も、どこも思考錯誤をやってきている。だけど、外部の印象からすると、「通り一遍」と「画一性」だけのように見えるのだろう。

たぶん、もっとも本部の管理が厳しくて融通の利かないコンビニでも、特定の地域単位で、基本の商品構成は異なり、パンや乳製品やお惣菜などのデイリー食品のように地域ごとに指定工場が異なり味も異なる品目が、売り上げで大事な位置を占めている。

こういうことは、その方面の市販の基礎資料を見るだけで、ザッとわかる。

飲食ネタに取り組むばあいは、やはりチューン店を含めた飲食界の全体像は、どういうアンバイになっているか、古い歴史は必要ないだろうが、ここ30年ぐらいのことは大ざっぱにおさえておかなくては、見当ちがいのことになりかねない。

チェーン店のばあいは、通り一遍ではない創意工夫を店や店長に課すことが、搾取の強化につながる可能性もある。そういう全体像がある。

ほんとうに、これ以上「いい」ものや「いい」サービスが必要なのだろうか、そのエネルギーは、もっと別に使ったほうが、全体の、よりよい未来のためになるのではないか。全体像をぬきに語るのは気楽なことだけど、うっかりすると、それがどこかの現場の労働者へのシワ寄せ圧力になってしまう。でも、そうやってでも「向上」しなくては生き残れない、というリクツもあるのだけど、それは、全体像からみて、ほんとうのことなのだろうか。

ああ、全体像。

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2017/01/24

専門バカ。

「近頃は日本酒の専門バカ」が多くてね。先日、酒場のカウンターで、そこの店主が言った。

「専門バカ」という言葉を聞くのは、ずいぶんひさしぶりのような気がした。だから、かれに、そう言った。

「専門バカなんて、めずらしい言葉を使うねえ、たしか70年代には、よく聞いたような気がするけど」

「え~、70年代。ワタシは、そんなに古い人間じゃないですよ~」。かれは、たしか50歳くらいのはずだからビミョーなところだ。

70年代は、「専門バカ」に対して、それをこえる意味で「学際」という言葉がはやった。つまり「専門バカ」は、主に学者や研究者のことだった。それが、それ以外の人たちに対しても使われるようになったと記憶する。80年代になると「業際」という言葉がはやった。職能的な「専門バカ」のジャンルをこえようという動きは、業界経済のゆきづまりをのりこえようという「異業種交流」のはやりにつながった。

「そういえば専門バカって、聞かないねえ。なんて言うの、そういうの。オタクかな、マニアってのかな」と店主が言うので、おれは「オタクやマニアに専門バカというのは失礼なような気がするけどなあ」と言った。

日本酒がブームで、その「専門バカ」が増えた、イチオウ日本酒愛好家だった店主は言うのである。「近頃はさ、おまえさん酒蔵に就職したいの、杜氏にでもなりたいのと聞きたくなる客がいるんだよ」

まあ、なんとなくわかるのだなあ。専門家じゃないんだから、楽しむためにのぞき見的に知っておけばよいというていどでおさまらず、将来その職につくためか、いまその職にあるひとが知っていればいいことまで、知りたがる。こうして専門家の職能的知識を得て、知っていることを、宝物を見せびらかすように口にしては満足する。

酒場のカウンターにそういう客がいると、そこは実験室や研究室のようなアンバイになって、職能の競技場のようになる。仕事のときには、とうぜん職能を発揮して、たいがい競争があるわけだけど、プライベートの好きなものを口にする時間まで、職能的知識を発揮する。そこには、好きなもので生活を楽しむ世界がない。

もっとも、ご本人は、ひとが知らないことを知っているということで楽しんでいるようでもある。だとしたら、ずいぶんゆがんだ楽しみ方だろう。ひとの上手に立つ優越感が得られないと楽しめない楽しみ方が、けっこうあるようだ。

でも、もう、そのゆがみすらも気がつかないし、商品開発責任者や製造責任者のような客が、増殖する。それを「ブーム」とよび、そのブームの仕掛人と呼ばれる人たちは、鼻高々で、さらに何匹目かのどじょうをねらう。そのエサに誰かがとびつく。

こうして、なにもかもが職能的知識で埋めつくされた風景ができていく。どこもかしこも実験室や研究室のようになって、素人が素人らしくくつろいだりだらしなく過ごすことができない。

とくに専門化された職能というのは、分析的であって、人間的な総合性や包括性に欠ける。世の中、どんどん分析的になっていく。一杯の酒も、一個のおにぎりも、一皿のカレーライスも、もはや職能と分析脳の対象であり、人間性との関係など、どうでもよくなっていく。本来、人生や生活にうるおいをもたらすはずのものが。

そういえば、本なども、ずいぶん分析的に読まれるようになったな。そして、なんらかの細分化された専門傾向を絞ってテーマにした、分析脳に応えるような本が増えている感じもある。インターネットでも、分析脳が舞い上がる「食べログ」のようなものが盛んだし。ま、たいがい、こういうものは総合的視点に欠ける。

なんというミステリアスな風景だろう。

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2017/01/23

『栄養と料理』2月号に四月と十月文庫『理解フノー』が。

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四月と十月文庫『理解フノー』は、雑誌などの新刊紹介や書評には載ることはない、そう確信していた。ところが、いま発売中の『栄養と料理』2月号の、「本を読む楽しみ」という「Book」のページに載ったのですよ。

短い紹介だけど、生活の雑誌である『栄養と料理』に載ったというのが、うれしい、ありがたい。食がテーマの本ではなかったので、紹介文を見て、、おおそうか、『栄養と料理」で紹介されてもよいのだな、と、なっとくした。

「「大衆食堂の詩人・エンテツ」こと遠藤哲夫さんが、世相、故郷、家族、老いなどについて軽妙に綴ったエッセイ集」と書かれているのに続いて、「気どった話、高尚ぶった話より、日々の生活の満足や幸福をたいせつにする著者の生き方の哲学にしみじみ共感」と。

「気どった話、高尚ぶった話より、日々の生活の満足や幸福をたいせつにする」って、『栄養と料理』の姿でもあるではないか。それに、栄養も料理も、世相や故郷や家族や老いと密接に関わっている。

というわけで、もとはといえば、昨年、『栄養と料理』10月号の特集「お酒好きのための健康術」に寄稿させてもらった縁があってのことだろうけど、『理解フノー』は響きあうところがあったにちがいないと、勝手になっとくすることにした。

紹介してもらったからヨイショしようというのではなく、以前ここに書いたが、いま『栄養と料理』は、かなりおもしろい刺激的な雑誌の一つだと思う。とくに、なんてのかなあ、ダイナミズムを感じる。

最近は、全体的にダイナミズム栄養分が不足しているね。上等そうに、賢そうに、おさまりかえっている。ま、人様のことはいいや。

『栄養と料理』というと、栄養学や家政学を背骨に、いかめしい生真面目さや純粋さをもって、とてもかたくるしいイメージがあった。いや、イメージだけじゃなく、頑固な「良妻賢母」が籠城するところという感じを経験することが、実際にあった。ま、おれの場合だけどね。かつて、おれは栄養学や家政学のばあさんたちが嫌いだった。

それもあって、いまの『栄養と料理』にダイナミズムを感じるということがあるかもしれない。でも、なかなかイノベーションな一冊にはちがいない。

今月号もおもしろい。とくに、雑多な連載がおもしろいってのが、いい。

新しい連載。3人の子育て真っ最中の「ぶたやまかあさんの お台所サイエンス」が、いまどきのハヤリ、ツイッターともリンクして展開するぶっちぎりのおもしろさ。ぶたやまかあさんとは一度飲んだことがあるけど、会ったことがない人でも、ツイッターだけでも愉快でアクティブなかあさんだということがわかる、その人間的な魅力とサイエンスの知識が、そのまま誌面になっている。サイエンスする手仕事としての料理がたのしくなるね。

もう一つ新しい連載。「妻の言い分、夫の言い分」っての、タイトルからして惹かれる。「意外と見えない相手の気持ち 夫婦にありがちな、ささいな誤解や不満、すれ違い。これってうちだけ? いえいえ、たぶんそんなことはないはずです。心理学の研究データから見える夫婦の実際に迫ります」と。いやあ、これは、昔のいかめしく説教くさいばあさんたちの家政学からは出ない企画じゃないのかね。伊藤裕子・文京学院大学大学院人間学研究科教授が執筆している。家政学も、1980年代あたりから変わってきて、科学的な方向を向いているのさ。

まだおもしろい新しい連載があるぞ。かつて、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの仕事を請け負っていたおれとしては、おもしろくてたまらん。「うまいものを探せ! スーパー&コンビニ CHECK」だ。今号は「メンマ編」で「繊維質な気むずかし屋」と。スーパー&コンビニと商品に対しては、大量生産蔑視で手づくり礼賛主義の「正しい」人たちのあいだで相変わらず偏見が強いが、どんどん「進化」しているのさ。しかし、昔は、スーパーでおかずを調達するなんてとんでもないという説教家政学のばあさんたちがいたものだけど…おっと、またばあさんを出してしまった。このあいだ、どこかの会社の単身赴任男性が、「一年以上ほぼ毎日コンビニですましているけど、けっこううまいし健康的にも問題ない」といっていた話しを聞いたが、そういう時代の流れをキャッチしている企画だね。

こうして書いていると、どんどん長くなってしまうが、最後にひとつ。前からの連載で、サンキュータツオの「このコトバ国語辞典に聞いてみよう」ってのがある。今回のコトバは「グルメ(名)」。毎回、一語を選んで、さまざまな辞書をひっくりかえしながら、その解釈や概念をほじくりかえす。なかなか知的刺激にもなる。今回は最後に「言葉は淘汰されます。似た意味でも美食、食通、グルメという言葉が残っているなら、それぞれに存在意義がないと生き残れません。三省堂の「グルメ」は、そんな存在意義を教えてくれる項目でもありました」と、深いまとめをしている。飲食をネタにしているライターさんたちは、読んでおいたほうがよいと思うね。

まだ最後にならない、「食べる政治学」がある。今回のタイトルは、「トランプ大統領でTPPはどうなる?」だぞ。まだあるがやめよう。『栄養と料理』だからできる「レシピの変遷シリーズ」の今号は「ハンバーグステーキ」だけど、これを読んでから、そもそも戦前の「家庭の主婦」が料理本や雑誌などのレシピを見ながら料理をするのはいつごろからどう広まったのか気になり、手近な資料で調べてみた。そのことはまたの機会に。

いやあ、続々と、おもしろい。これが一冊700円だからね。

生活の場から、いまとこれからを、総合的科学的に考える、しかも、いかめしくなく気取りもせず高尚ぶったりせず、見出しに圧倒的に使われている丸ゴチ書体のように偉そうにしてない雑誌。男も読んだほうがいいよ。

当ブログ関連
2016/09/13
『栄養と料理』10月号の特集に初寄稿。
2016/06/15
『栄養と料理』がおもしろい。

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2017/01/22

「昭和の味」?

昨日のエントリーのコミック「思い出食堂特別編集 洋食」は、24品のうち6品が日本橋の「たいめいけん」の料理だ。ほかは、店名も出てない、エビフライやポークソテーなど、それぞれ別の洋食の一皿がテーマで、それにからむ食べる側の「いい話」の主人公が中心だ。つまり店側による「いい話」は、ほとんどない。

「たいめいけん」は特別扱いといってよい、店側が登場し「いい話」をするタイアップのような構成になっている。

日本橋のたいめいけんは、伊丹十三監督の映画「たんぽぽ」のオムライスとラーメンで、広く知られることになったが、その前から評判の高い有名店だった。とくに初代の茂出木心護さんは、本も書いたし、‭凧の趣味でも知られていた。初代は知らないが、初代の夫人は初代が亡くなっても店のレジのところにいたので、何度か話したことがある。大衆食堂のおばさんのように気さくな方だった。

このコミックでは、「昭和の味を今も伝える」店として登場する。「昭和の味」というのは、編集サイドのつくりで、たいめいけんが謳っているわけではない。ようするに「昭和」と「いい話」が、売りのキーワードでありフォーマットなのだ。

新米取材記者が登場し、たいめいけんの客に「あなたにとって「昭和の味」は?」と、食べる側の「いい話」を聞きだし、たいめいけんの厨房に「味の奥義を潜入取材」して三代目からつくる側の「いい話」を聞く、という仕立てになっている。

その「昭和の味」を食べてみた取材記者は、「これが昭和の味?平成生まれでも十分イケますよ」「不思議だわ材料だって昭和のとは違うんですよね?」「人の味覚も進化してるはずなのになぜ…」と考える。三代目は「何かつかんだ?」と訊ねる。記者は、ハッと気づく。

そして、話は、このようにまとまる。「進化しているんだ」「「変らぬ味」というのは進化があるから変わらないのです」「昔より良くなってる…それで初めてお客様に「懐かしい」と言ってもらえる」と。さらに、最後のダメ押しのように「たいめいけんは未来へ続く味なのです!」と、ヨイショなコピーがつく。

よくある話だけど、味覚と技術と社会の関係は、同じところに留まっていない。「進化」かどうかは、観念の判断のことで断定はできないが、とにかくたえず変わっている。細かいことをいえば、昨日の材料と今日の材料は違うし、昨日の味覚は今日の味覚とは限らない。その変化を感じたり測ったりしながら、つくる側も食べる側も存在する。そこにまた物語も生まれるわけだ。

昭和の大衆食堂がいまあるのは、平成の大衆食堂だからだ。だいたい平成になって、まもなく30年になるんだからねえ。

では「昭和の味」とは、なんなのだろう。もちろん「昭和の味」という「味」はないのだけど、そういわれる味覚は、どう存在しているのか。なかなか興味深いことだ。

それはともかく、おれは『大衆食堂パラダイス!』に「神谷バー」と「たいめいけん」について書いている。「つい最近まで、この二店が大衆食堂であるとは思ってもみなかったおれは、インターネットのとあるページに、/「大衆食堂「神谷バー」と「たいめいけん」」/とあっておどろいた。」

そして、「神谷バー」と「たいめいけん」を大衆食堂という人たちのコメントをあげながら、自分はなぜ大衆食堂と思ってこなかったかを、ああでもないこうでもない考え、「その洋食の味覚は、大衆食堂の洋食の味覚であり、遠いむかしの、ほんのりしたハイカラな味わいなのだ」と書いている。

「ほんのりしたハイカラの味わい」なんて、かなりいい加減だが、これがまあ「昭和の味」と関係あるかもしれない。輪郭のあいまいな味わいともいえる。そして「味わい」というのは、人それぞれの物語と大いに関係する。

『大衆食堂パラダイス!』では、大都会にあるのは「饒舌な文明や、「プロ」たちからの一方的なオシャベリ。押しつけられる物語はあっても、人びとの手垢にまみれた物語が生まれる余地はない」とも書いている。昨日も書いたことで、このあたりについては、おれはしつこくいってるんだなあ。

飲食のことに限らないが、最近ツイッターなどを見ていると、ツイッターは「人びとの手垢にまみれた物語」が割りと出回る感じはあるけれど、「プロ」の人たちは、まったく顧みないね。たいして知識もなくデマに振り回されやすい人びとの不安や不満や不信や疲れや苦しみなど、それがある生活の物語など想像してみることもせず、自分の「正しい」主張を押しつけがましく言いたてるだけ。

「プロ」によっては学術業界のコンセンサスといったものを錦の御旗にしているが(最近「放射能デマ」をめぐって、そういう言説が流れていた)、非科学的なデマとも並ぶ、みごとな権威主義だ。学術業界や専門業界にいる人たちは、人びとの手垢にまみれた物語など興味がないのだろうか。「プロ」というだけで、人びとの上手に立っているつもりのようでもある。学術業界のコンセンサスなど何の興味もない世間があるというのに。

「昭和の味」は、学術業界のコンセンサスなど得てないけど、「人びとの手垢にまみれた物語」に響くところがあるようだ。

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2017/01/21

食にまつわる「いい話」。食文化の貧しさと豊かさ。

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古い話だが、ますますこの動向はおもしろくなっている。当ブログ2004/07/26「山本益博さんについて、メモ」では、「雑誌『談』編集長によるBlog」で、編集長が山本益博さんに会ったときの話を引用た。

「山本さん曰く、日本は、作り手の側には食文化があるのに、肝心の食べ手の側に食文化がないと。美味しくつくる技術は発達したのに、美味しく食べようとする技術が育っていない。この非対称性が、結果的に食文化全体を貧しくしているというのです。な~るほど、卓見です」

山本さんがいう「美味しく食べようとする技術」についてはともかく、たいがいの飲食ネタの本には、「いい話」が登場する。「つくる側」にも「食べる側」や「生活の側」にも物語がある。

この「物語」が「いい話」として「商品化」がすすんだのは1990年頃からのことだ。それは「ライフスタイル」から「ライフストーリー」への変化ともいえる流れもあり、それを示す資料はあるのだが、「物語」は、「つくる側」の話が圧倒的な量を占め支配的だった。

前にも書いたように、「食べる」という行為や文化は、「つくる側」と「食べる側」の物語の出会いにあるはずだが、企業や店などの「作り手」の物語が支配的であり優位にたっていた。それが、「売れるフォーマット」「商売になるフォーマット」でもあった。

そうなったのは、1980頃からの経済の構造と、もう一つは、日本の食文化の構造が関係する。日本の食文化の構造の問題は、1980年以前の古くからのことで、山本益博さん指摘の「作り手の側には食文化があるのに、肝心の食べ手の側に食文化がない」と関係する。それが、80年代以後の経済事情のなかで拡大した。と、みることができる。

とにかく、どこにどんな店や商品やサービスがあるかという情報や知識を、「作り手」つまり店や商品やサービスの側の物語と一緒に消費することがハヤリになった。昔からあった「老舗」や「プロ」や「先生」をありがたがる風潮は、彼らが語りメディアの関係者が都合よく表現する、美しくも素晴らしい「いい話」で肉付けされ、さらに確固たるものになった。

こういう動きに対して、ド素人の「食べる側」つまり「生活の側」の物語が、もっと必要ではないかという考えもあった。拙著『大衆食堂の研究』などは、ま、おれが書く本はほとんど、そういうセンで、どこにどんな店や商品やサービスがあるかという「耳より」な情報や知識のためには、あまり役に立たない。

2003年に創刊の『クウネル』は「ストーリーのあるモノと暮らし」を謳っていたが、昨年「廃刊」といってよいほどのリニューアルをして話題になった。ま、10年も続いたことをヨシとしなくてはならないだろう。それぐらいの状況というか世相が続いている。

飲食ネタ分野において、生活の側の物語はなぜ売れないのか、という問題は、なかなか突っ込みがいのあるおもしろいテーマなのだ。

とはいえ、『孤独のグルメ』や『深夜食堂』のように、「食べる側」の物語が描かれているものも、けっこうある。ただ生活というのがそうであるように「地味」な存在だし、断片的になりやすい。なかなか売りにくいのもたしかだ。

だからだろうか、つくる側の話と食べる側の話のバランスをとりながら、折衷的ではあるが、こういう本もあって、なかなか興味深い。

前置きが長くなりすぎて、本題を書くのがメンドウになった。でも、ちょっとだけ書いておこう。

昨年の夏ごろの「鬼子母神通り みちくさ市」の古本フリマで、「特選 思い出横丁特別編集 洋食 幸福のオムライス」といった、どれがタイトルかよくわからないが、「洋食」の文字が大きいから、これがタイトルか、それに「幸福(しあわせ)のオムライス」が目立つデザインになっているコミックを買った。

表紙には、「昔も今も心ときめく洋食コミック 懐かしい24皿」なるフレーズもある。

B6サイズで厚さ25ミリ、本体476円+税(ただし古本なので100円だった)、2016年2月少年画報社発行。コンビニや駅の売店などでよく見かけるグルメ・コミックの類で、どうやら「大衆食堂」をテーマにしたものもあるようだ。

高梨みどりの「たいめいけんの洋食」が184ページ、ほかは13人の作者に「新作よみきり126ページ」という構成。

この一皿一皿の話は、食べる側の物語が中心になっている。しかも、登場人物が、老若男女職業じつにさまざまなのだ。そして、「つくる側」の「いい話」には、例によって秘伝めいたコツや職人技のようなことが盛り込まれているが、そんなに大げさではないし、過剰な量ではない。つくる側と食べる側のバランスが、それなりにだが、とれている。

おれは、とくに「たいめいけんの洋食」の「オムライス」の話に興味がひかれた。

たいめいけんは「昭和の味を今に伝える」店として登場するのだが、たいめいけん三代目が主人公なだけではなく、「皿」によって異なる「ゲスト主人公」が登場する。

「オムライス」では、この店で取材した女性客が「ゲスト主人公」だ。その客は、小学生の頃、父親に連れられて「たいめいけん」でオムライスを食べたときのことを語る。この女性は、話しの内容と描かれた風俗から、1943年生まれのおれと同じぐらいの年齢だと思われる。

彼女の父親は大工で、普段の仕事着のまま、娘だった女性も普段着(母親が入院中のため、いつも同じ服を着ていて友達にからかわれる)のまま、「たいめいけん」に入る。当時、デパートの大食堂は、「よそいき」着で行くところだったが、「たいめいけん」は普段着の食堂だった。しかも、大工の仕事着の女性の父親は、見習いの頃から「仕事が完了すると」親方に連れられて、オムライスを食べに来ていた。そういう話が描かれている。

日本橋周辺は、いまでは面影がほとんどないが、職人の多い町だったのであり、彼らのあいだでは、「たいめいけん」は、普段の生活の中でチョットいい日に普段着のまま寄るところだった。そういう地域の文化があったことがわかる。こういう文化の存在を、現在の自分の生活の場で、どう受け止めて行くのかは、おいしく食べる文化に関わることだろう。

ほかにも、いろいろな発見があったが、続きはまたいつか。食文化の貧しさと豊かさについては、考えることが多い。

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2017/01/19

「おいしい」とは何か?

『大衆めし 激動の戦後史』などにも書いたが、日本で「食文化」という言葉が一般化するのは1970年代のことで、続いて「グルメ」という言葉が一般化するのは1980年代。そして、90年代以後、大いに飲食ネタがもてはやされるようになったし、食にまつわる「食育」だの「健康」だのがうるさいことになった。

だけど、カンジンのことは、あまり語られてこなかった。ま、カンジンのことを書いても売れないのだ。

先日の2017/01/09「銀座のように「内容」のない食べ物の話。」にも、「けっきょく「内容」とは、「世界観」のことになると思うけど、いま飲食ネタや散歩旅ネタに飛びつく人たちは、作る側も読む側も「世界観」からほど遠いし、「世界観」からほど遠い飲食ネタや散歩旅ネタがもてはやされるのだ。銀座みたいに。」と書いたばかりだ。

2017/01/17「「立ち食いそば」の理解フノー。」には、「「ブームのフォーマット」や「グルメのフォーマット」に押し込めて消費することの危うさが、最近は顕著になってきていると思う」とも書いた。

2017/01/14「『料理人』の箴言。」には、「人間とは料理をする動物である。〈古い料理書〉」「人間とは食事を楽しむ動物である。〈古い料理書〉」が、警句の意味もあると書いた。

以前には、味覚は、視覚や聴覚などのように世界を認識する感覚であるとも書いたりした。

食育のおかしさについては、しつこいほど書いている。

でも、まあ、おれのような権威のないやつが言っても、ノミの屁みたいなものだった。

食文化研究の歴史は浅いのだから、しかたのないことだったといえるだろう。

だけど、最近は、どんどん変わっている。

1970年からは40年以上がすぎ、文学や趣味やエンターテイメントのネタにすぎなかった飲食ネタを、学問的に研究する人が増えている。これだけ飲食ネタの裾野が広がったのだから、当然ともいえるか。

インターネットでは、修士論文や博士論文などや大学研究機関の紀要などが見られるが、それらによっても、40年前どころか10年前より、食文化に関する研究が格段に進んでいることがわかる。

いまどきハヤリの飲食ネタで語られていることの多くは、いろいろ検討されることになるだろう。

という動きは、いろいろあるのだが、今日、インターネットで読んだこれは、そういう動きを象徴するような内容だ。

「おいしい」とは何か?〜辻調理師専門学校・メディアプロデューサー 小山伸二さん
http://nextwisdom.org/article/1689/

かなり重要な指摘がある。

なんだか、やっと、おもしろいことになりそう。

バスに乗り遅れないように、おれの本を読んでおいたほうがいいよ。

もう5年、いや3年後でも、これまで惰性的に語られてきた言説が、かなり変わるだろう。いま書いている飲食ネタが、じつは恥をかいているにすぎない、なーんてことにならないように、気をつけなくてはな。

それにしても、「「おいしい」とは何か?」とは、根源的な問いではないか。愉快痛快。

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2017/01/17

「立ち食いそば」の理解フノー。

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「入谷コピー文庫」にひさしぶりに寄稿した。

「入谷コピー文庫」は、拙著『ぶっかけめしの悦楽』の編集を担当してくださったフリー編集者の堀内恭さん夫妻の「堀内家内工業」が発行している。

寄稿を依頼された人たちが、通常のホッチキスで綴じられる26ページ以下におさまるよう、ワープロで原稿を作成して堀内さんに送ると、堀内家内工業では、表紙のイラストをどなたかに依頼し、その表紙と本文をコピーし綴じる。発行部数は、毎号十数部。これを堀内さんが読んで欲しい人たちに郵送する。

「貧乏くさい」作りで、いまどきの「本好き」といった人たちが「いい本」といってよろこぶような、芸術品や民芸品ぶった、「丁寧な本づくり」といったイメージはない。もちろん、うまそうでもない。

全面的に手作りだが「職人芸」を見せつけるようなこともなく、どこかしら、いまどきの「丁寧な本づくり」が謳う「丁寧」の意味をはきちがえたような、独善的なタワゴトを暴いているようでもある。インディーズ出版の極北といえるか。見た目にふりまわされないようにしよう。

2005年5月に創刊、最新『立ち喰いそばうどん』が74号。堀内さんの執念ともいえる。

堀内さんは、下町酒場ブームやホッピーブームの火付け役になった『下町酒場巡礼』(四谷ラウンド)の編集者であり、その著者や大衆演劇や映画関係に広い知己を持っていて、74本には「飲食」「下町」「大衆演劇」「映画」に関するテーマが多い。毎号、コピーだからといってあなどれない執筆陣と内容だ。

おれは、06年5月発行の7号『現代日本料理〈野菜炒め〉考』を書いている。これは修正加筆し、『大衆めし 激動の戦後史』ちくま新書におさめた。野菜炒めとさば味噌煮とマカロニサラダがあれば、江戸末期から後の近代日本料理を語れるという「仮説」で、まずは野菜炒めについて書いた。さばの味噌煮とマカロニサラダについては、やりたいと思いながら、まだ手つかず状態だ。

ここに紹介するのは、最新『立ち喰いそばうどん』に寄稿した文章だ。

『立ち喰いそばうどん』は、「ある塵シリーズ」の第6回ということだ。「消えゆくもの、廃れゆくもの」を取り上げるシリーズだそうだ。編集後記にも書かれているが、昨今の「立ち喰いそばうどん」は消えゆくどころがブームである。だけど、編集後記の著者の周辺では、長く続いていた、たいがいは個人経営の店が消えていっているところから、このテーマになったようだ。

おれは「「立ち食いそば」の理解フノー。」のタイトルで書いたが、できあがったのを見て、「「立ち食いそばブーム」の理解フノー」とすべきだったナと思っている。

近頃のこのブームの動向には、いろいろ危ういものを感じている。どこが危ういかは、あまり具体的に書いてはないのだが、なんでもかんでも「ブームのフォーマット」や「グルメのフォーマット」に押し込めて消費することの危うさが、最近は顕著になってきていると思う。それは、単品の店めぐりをテーマにした、おれが「単品グルメ」とよぶものが持つ危うさでもあるのだが、それがずーっと気になっている。それを、チラッと書いてみた。

十数部ぐらいしか作られないものなので、ここに全文を載せておきます。

おれが存じ上げている寄稿者では、装丁家の林哲夫さんが「さぬきのソウルフード」を、エロ漫画屋の塩山芳明さんが「すずらん通りのもうすぐ貯金1億円の男」を書いている。ほかに「立ち喰いそば屋は盛況なり」阿部清司さん、「強引そば日記」松田憲省さん、「立ち喰いそば一杯は、いまでは一食分になりました」長田衛さん、「田を渡る風に吹かれて」平岡海人さん、「小諸、小諸、富士、小諸…」赤穂貴志さん、というぐあいだ。

おれだけ見当チガイを書いているようだが、それぞれが思い思いのままに書いた全体のなかで、けっこういいバランスになっていると思ったが、全部を読めない方には、わかりませんね。

2016年12月23日発行(通巻74号/限定15部)。表紙イラスト/石川正一(島根県出雲市在住)。表紙デザイン/元吉治。編集/赤穂貴志。ロゴ&キャクターデザイン/椎名麻美。発行者/堀内家内工業(堀内恭、和代、母・一子)。ほかに、「著者/大川渉」とあるのだが、これは編集後記の著者なのか、意味不明。

平岡海人さん、大川渉さんは、『下町酒場巡礼』は著者ですね。

以下、おれの文章はいじらず、読みやすいように、段落に行間をとった。


「立ち食いそば」の理解フノー。    遠藤哲夫


 「立ち食いそば(うどん)」は、難しく、悩ましく、理解フノーだ。

 今回、この原稿を気軽に引き受けはしたが、イザ書く段になって、そのことを身にしみて感じた。どこそこの立ち食いそば店を取材して書くということなら、簡単ではないができるし実際にやっている。

 しかし、今回は、「立ち食いそば」が、立ちはだかった。そして向き合ったまま、日にちがすぎて、ホトケの堀内さんに催促の手紙をいただく結果になってしまった。窮地である。

 立ち食いそばを書く難しさは、サービスを含めた商品とひと以外は、ほとんど何もないことにあるのではないかと思った。だからこそ、商売として成り立つ場所の折り合いさえつけば、出店は比較的容易であり、これは江戸やそれ以前の昔からたいがいの「立ち食い」に言えることで、簡易店舗形態による簡易な出店が可能な業態なのだ。そのことについては、あれやこれやの話はある。

 そのなかで「そば(うどん)」だけを取り上げるとなると、そこの商品がどうであるとかひとがどうであるとかの話になってしまう。もちろん、そこに、歴史や地域のことが関係するけど、全体の状態からすれば、その関係は希薄だろう。この形態は臨機応変に意味があるのであって、過去の関東大震災後や戦後の混乱期などに、いかんなくその機能を発揮している。ようするに「立ち食い」に意味があるのであって、それは商売として成り立つ場所の折り合い、つまり「立地」のことになってしまう。

 最近、インターネット上の「livedoorNEWS」に、富士そばの会長のインタビューが載っていた。富士そばの会長は不動産経営から転じただけあって、そのへんはよく判断しているようだ。将来について、「これがいつまで続くかはわからない」「うちは駅前のいい場所に100店以上確保しているでしょ。これは他の商売でも使えると思うから、違う業種に転換している可能性は考えられる」ということを言っていた。

 これらのことを考えると、近頃ハヤリの立ち食いそばも立ち飲みも、その背後には経済の不安定や混乱があると見るべきではないかと思ってしまうのだ。

 一年ほど前に、『ちょっとそばでも』(廣済堂出版)の著者である坂崎仁紀さんとトークをした。どうやら「立ち食いそば」がブームとやらで、坂崎さんの本も重版され売れているとのことだった。トークイベントには、ブログで立ち食いそばをテーマにしている、その界隈では有名人らしい方も何人か来ていた。

 坂崎さんは、立ち食いそばと大衆食堂のようなそば屋も、「大衆そば」というくくりをしている。これは、高級化専門店化するそばとの対照を意味しているようだ。

 だけど、大衆そばでも、立ち食いそばが隆盛であり、こちらはそばうどんからごはんものやアルコール類に手を広げ、スタンディングからイスを置くカウンター式に変わるところも多く、大衆食堂化している。一方、従来の定食や丼物などを揃えた大衆食堂的なそば屋は、どちらかというと衰退気味だ。

 「立ち食いそば」が、なぜこうもハヤルのか。商品とひとをのぞくと、簡単に言ってしまえば、金と時間あるいは金か時間のことじゃないのという気がした。これが、もはや荒野と言ってよいほどの経済の不安定や混乱と関係していると言えないか。そのなかで、たくましく生きる庶民の姿がある、と言うと美談すぎる。

 金と時間ではミもフタもないから、もう少しわけありげに書けば、「気やすさ」「気軽さ」ということになるだろうか。

 だけど、「ファン」のみなさまは、このようなことでは、満足しない。

 麺、だし、汁、タネ、エトセトラ…そこに物質があれば興味が働くのは、そばに限らない。食べ歩き、比較し、蘊蓄を傾け、批評を貫徹することで、私が「単品グルメ」とよぶところの、荒野のバラックに向かっているように見える。

 いや、これも言いすぎか。失礼。

 それにしても、後づけのリクツが多すぎる。そばに限らずすしについてもだが、「江戸のファストフーズ」だの「日本のファストフーズ」だのと言って、得心しているようだ。そこでとまっている。

 そういうそばやすしがありながら、その「ファストフード」にあたる言葉を生みだせず、いまになってカタカナ英語の「ファストフード」という言葉をあてるのはナゼなのか、というあたりを考えてみたほうが、ずっと大衆的な食文化にとって創造的だと思うのだが。

 愛しい立ち食いそばに対して、ちょっと冷たい言い方になってしまったか。書くのが、難しいのだ。

 私の場合、食事はちゃんと座って食べたい、食事ぐらいは、誰もがちゃんと座ってゆっくり食べられる金と時間を持てるようになりたい、それを基本にしたいと願っているからかも知れない。そう願いながら、立ち食いそばは、けっこう利用している。そして、この願いが失せたら、哀しいことだと思っている。

 それはともかく、立って飲み食いする楽しさには、座ってのときとは違う解放感がある。かつては、立ち飲み立ち食いはイケマセン文化が主流だったので、ある種のタブーの破壊、パンキッシュな楽しみがあった。立ち食いがこれほど市民権を得た状態では、その感覚は機能しない。

 それならば、何があるのだろう。考えて、思い至らず、理解フノーに陥り、キーを叩く手が重くなるのだった。

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2017/01/16

2月18日(土)、北浦和の居酒屋ちどりでトークをやります。

一昨日の夜は、北浦和の居酒屋ちどりへ行った。20時から、鈴木常吉さんとbutajiさんのライブ。ことしになって、初めての居酒屋ちどり、初ライブ。鈴木常吉さんはひさしぶりだし、butajiさんは初めて。butajiさんは20歳代後半らしい、常吉さんは60歳前半。2人とも絶好調でうたいあげた。

ライブもよかったが、ちどりさんから、狸穴の川上さんがエンテツさんとトークをやりたいと言っていましたよと言われたので、ライブのあと狸穴へ行くつもりだったから、ライブが終わったのが22時過ぎで、そのあと狸穴へ行った。

そして、その場でちどりさんとも電話で打ち合わせ、このトークが決まった。

これはもう、まちがいなくおもしろいトークになりますよ。

なにしろ、古本酒場「狸穴」の店主、ブラボー川上さんは、闇市本の快作『東京裏路地〈懐〉食紀行』を藤木TDCさんと著したひとだし、しばらくライター稼業は休んでいたが、最近は『散歩の達人』などでボチボチ復活中。店の古本棚もそうだけど、かれは、戦後の昭和大衆文化コレクターといってもよいひと。

ということで、2月18日(土)、北浦和の居酒屋ちどりさんで、やることが決まった。

スタートは20時、2000円+ワンドリンク。

「昭和の酒と酒場」という感じで、イチオウ、川上さんが聞き手ということにしているが、川上さんの話の方がおもしろいと思うから、おれもドンドン聞いてしまおうと思っている。

川上さんセレクトの昭和歌謡を聞きながら、いまどきの「昭和幻想」「闇市幻想」を蹴散らすような、生々しい昭和と闇市跡のトークになるか。

予約をよろしくね。→http://chidori.wpblog.jp/

それから、2月3日(金)は、経堂のさばのゆで、お囃子えりちゃんこと恩田えりさんと「理解フノートーク」ですからね、こちらもよろしく。
2016/12/21
2月3日(金)に「理解フノートーク」やります。

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2017/01/14

『料理人』の箴言。

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拙著『理解フノー』のまえがきに相当する「「理解フノー」の始まり」には、「ニンゲンというやつは、理解フノーであるにしても、めしの食べかたや排泄のしかた一つとっても理解フノーが多すぎて、話しにならない」と書いている。これ、マジなのだ。

人間を複雑で奇怪で不思議なものにしているのは、食べかたや排泄のしかたが他の動物と大いに異なることで、それが文明とまではいかないが文化の根源に関わっているからなのだ。

その食べることについて、これ以上うまく書いたものはないだろうと思われる小説に、ハリー・クレッシングの『料理人』がある。おれが持っているのは、一ノ瀬直二訳のハヤカワ文庫版、昭和47年2月初版の61年11月の7刷のものだ。もう何度も読んで、古いし、バラバラになりそうだ。最初に引用の『理解フノー』からの一文は、多分にこの本からの影響がある。

人間の存在の深源にせまる1冊。たくさんの方が読んでいるはずだ。

本のタイトル扉の前に、箴言が載っている。

「人間とは料理をする動物である。〈古い料理書〉」
「人間とは食事を楽しむ動物である。〈古い料理書〉」

この箴言は、おれの著書でも何度か引用しているが、たいがいポジティブな文脈だと思う。だけど、いつでもなんでも正と負は一体であり、その警句の側面を見落としてはならないのだな。「料理をする動物」「食事を楽しむ動物」であるがゆえの負があるのだ。とくに昨今の、安直な飲食ネタブームを見ていると、そのことを強く感じる。

年初めのインターネットでは、ツイッターが火付け役になったようだが、日本各地のさまざまな雑煮が話題になった。こんなにもいろいろあるのかという驚きがあったようだ。

日本の食の話というと、東西のちがいだけでなく、地域ごとのちがいが、よく話題になる。昔から、一つのジャンルをなしているといってよい。近年は、日本の食文化は幕藩体制によってつくられたとされ、幕藩ごとのちがいが話題になる。

クイズのような楽しみがあるし、そういう話が好きな人が多い。ま、だけど、たいがい、あそこはこんなであっちはこうで、あんた知らんのかおれは知っているぜ、ていどで終わっている。そして、何年も何年も切り口まで同じだったり、あるいは切り口や表現だけ変えたりして、あるいはテーマが変化したり情報が詳しくなったりしながら、繰り返し話題になってきた。

そこから一歩も深まらない。話題として消費して終わりだ。人間や社会の多文化性や多様性、あるいは河川や山脈を隔てて異なるコスモロジーとの関係、日本としての統合性の関係などは、関心の外のようだ。そして、なかなか異なる他者を受け入れないし、「日本の伝統」というと中央の「和食文化」がそびえている。

そうやってウチ向き雑煮の話題のあと、ツイッターでは、ベトナムのホーチミン市で開催されている岩手県の物産展が話題になった。

当ブログ関連
2016/07/10
多重性、多様性、コンフリクト、なぜか汁かけめし。

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2017/01/10

東京新聞「大衆食堂ランチ」50回目、早稲田・キッチンオトボケ。

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先月12月の第三金曜日は16日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。今回は、早稲田のキッチンオトボケでミックスフライ定食を食べた。

すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016121602000183.html

大衆食堂というと、かつて1970年代ぐらいまでは「学生街」が話題になったが、近年は「学生街」という特徴そのものが「東京」に埋没してしまい、早稲田に限らず、都内では「学生街」といわれるほどの特徴を持った街並は大きく変貌した。キッチンオトボケのあるあたりは、マンション街といったほうがよい。

もちろん学生の風俗も変わっているのであり、学生相手の大衆食堂も変わった。ある店は姿を消し、ある店はリニューアルで生き残っている。

キッチンオトボケは、リニューアル組で、早稲田の学生にはよく知られている食堂だ。この掲載があってからも直接耳にしたが、おれの周辺にも、学生時代によく利用していましたというひとが何人かいる。

リニューアルで「カフェ風」のスタイルになったが、「カフェ風」であり「カフェ」ではない。やはり「学生食堂風」ではあるのだ。中央部は、大きなテーブルが並び、周辺の壁に向かって一人掛けの長テーブル。なにより、メニューが「カフェめし」なんぞではなく、しっかりめしを食う定食だ。

近代つまり資本主義と上手な付き合い方をしてきたとは言い難い日本人のインテリ層には、「効率」や「マーケティング」や「金儲け」を「悪」と見下すような考えや発言があとをたたないが、都内の駅近くの飲食店で効率やマーケティングを無視した商売は成り立たない。

だいたい、「効率」や「マーケティング」を非難する店主が経営する書店だって、「商売になる場所」で「商売になる棚づくり」をし「売れることをあてこんで作られた本」を並べている。

キッチンオトボケは、効率を追求しながらも、厨房と客席とメニューのバランスが、うまく設計された店舗だ。自分が食堂をやるなら参考になる点が多かった。

学生たちは効率に追い立てられることなく、好きなようにこの空間を利用している。ビール中瓶が600円ぐらいだったと思うが、それを飲んだりしながら。おれは「ほったらかし」というサービスについて考えた。

ジャーナリズム的な言い方で、若者の「コメ離れ」が言われて、たしかに若くなるほど米の消費量は少なくなっているようだが、ここで見ている限り、若者たちは、しっかりたくましくめしを食べていた。そういう若者にとって、肉やフライ類は心強い味方にちがいないし、もし日本に洋食やラーメンなどの中華がなかったら、なんと味気ないツマラナイ食事だろうと思うのだった。「和洋中」の近代日本食は、日々の楽しい食事の必然だったといえる。

それはともかく、キッチンオトボケの前の信号は「馬場下町」なのだ。何度か書いているように、古い生き残りの食堂は坂の上より下にあるという法則性が、やはりあるのだろうか。

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2017/01/09

銀座のように「内容」のない食べ物の話。

何度か書いているように、昨今の出版は、飲食ネタと散歩旅ネタが商売になりやすいということで、そのテのものがあふれている。たいがい、ハヤリというのものは、内容はよくないものが多い。ま、動機が安直だからね。昨年などは、その不作ぶりが目立った。

だけど、見た目だけは、上質でうまそうにまとまっている。『dancyu』なんかもそうだし、自分でもときどき書いていながらなんだけど(自分から売り込んだりはしないで依頼があれば書くだけの受け身なのだが)、それなりに表現のテクニックがある人たちが書いたり作ったりしているからだ。これは、なんだか、寺田寅彦が『柿の種』に書いた銀座に似ている。

「震災後、久しぶりで銀座を歩いてみた。」と寺田寅彦は書きはじめる。「震災後」とは大正十二(1923)年九月一日の関東大震災のことで、この文の初出は「大正十三年二月、渋柿」とある。この、文庫本一ページに満たない短文が書かれたのは、震災の後の年末のようだ。

「震災後、久しぶりで銀座を歩いてみた。/いつのまにかバラックが軒を並べて、歳暮の店飾りをしている。」(略)「歩きながら、店々に並べられた商品だけに注目して見ていると、地震前と同じ銀座のような気もする。/往来の人を見てもそうである。/してみると、銀座というものの「内容」は、つまりただ商品と往来の人とだけであって、ほかには何もなかったということになる。/それとも地震前の銀座が、やはり一種のバラック街に過ぎなかったということになるのかもしれない。」

「内容」のなさは見た目の表現でごまかすことができる、あるのは幻想のやりとり。現在の銀座は、寺田寅彦の時代より、もっと過激なバラック街になっている。かもしれない。

このあいだツイッターに、元旦だか2日の銀座通りの写真をアップした人がいた。人っ子ひとりいない銀座通りは、1丁目から8丁目まで見通せた。銀座は内容のないテーマパークの姿をあらわにしていた。立派に見えるビルや通りも、手の込んだバラック。

そんな食べ物の本が増えた。お粗末というか、陳腐というか。ただでさえ陳腐化のスピードが早いというのに。昨年は、そういう流れに抗するように、ちがう傾向のものも出てきたが、でもまだ大勢は、この状態が続くだろう。

けっきょく「内容」とは、「世界観」のことになると思うけど、いま飲食ネタや散歩旅ネタに飛びつく人たちは、作る側も読む側も「世界観」からほど遠いし、「世界観」からほど遠い飲食ネタや散歩旅ネタがもてはやされるのだ。銀座みたいに。

もともと飲食ネタは、装飾品みたいな面があったのだけど、ますます装飾性が強くなっているようだ。いいものいい店を知ることは、キレイなおべべを着て、「どうよ」と見得を切るような効果がある。自分は丁寧な仕事をしているわけではなく、受けのよい食べ物の話を短時間にまとめて書いているだけで、何十年何百年のモノヅクリ現場の丁寧な仕事ぶりの一端でも取材し紹介し称えていれば、それも自分の装飾になる。そういうものを読んでいるだけで、何やら深い高尚な域に達したような気になる。

そして、現実は、けっこう破壊的に進行している。

昨年10月に、岩波新書から『魚と日本人 食と職の経済学』という本が出た。著者は濱田武士(はまだたけし)さん。著者からといって、著者の知り合いである酔仙亭さんにいただいた。読んだが、まだここに紹介してない。

著者渾身の作だが、それだけに銀座通りのような食べ物の話とのギャップが激しすぎて、頭がクラクラボーゼンとするばかりだ。そのため、読むのにも時間がかかった。

農業も含めて、銀座の町と地方の農漁業の町のギャップは、どう統合的に解決されていくのだろう。いったい、食べ物をめぐるあふれるばかりの知識や情報は、それをどう解決に導くことができるのか。モノヅクリの職人が真摯にものをつくるように、書く人間は真摯に考えて書かなくてはならないわけだ、が。

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2017/01/08

遅ればせながら、本年もよろしくお願いします。

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今年の元旦は何十年ぶりかで自宅で迎え、どっぷりタップリ休んだ。もう仕事なんかしたくなーいというぐらい休んだのだが、年金もないカナシイ身の上なので、6日にチョッピリ仕事を始めた。だけど、まだエンジンがかからない。そのうち走り出すだろう。か。

3日に岩槻へ行った。さいたま市岩槻区の岩槻だ。近間の知らない町を歩いてみようと思って行った。隣の区だけど、花見時になると少しニュースになる城址公園と「人形の町」というぐらいの知識で、どんな町かイメージすらわかない。あと、関東ではめずらしい麦みそがある地域だということだが、見たことも食べたこともない。

古い歴史のある町のはずだが、駅は新築で駅周辺は大々的に再開発が進行中、道路は拡張され電柱は埋められ、古い家並みはほとんど見受けられない。東口駅前には、いまどきのお決まりのように、スーパーや市役所が入ったビル。広い道路沿いには、たしかに「人形」の看板が多い。

高いマンションも少なく、やたらだだっ広い。たいして特徴のない町という印象だが、家族連れが多い。空き地や城址公園では、凧を揚げている親子や、夢中になっている大人の姿がたくさん。ああ、いい感じだねえ。ほんとに「遊んでいる」という感じだ。

最近、おれが住んでいる東大宮もそうだが、とくに特徴のない凡庸な町が気になっている。凡庸の魅力というやつだ。

よく「住みやすい町」とか「住みたい町」などが話題になるが、たいがい買い物など生活の機能面が中心になる。とくに東京では、いかにも消費主義的な「町(街)」の見方で、町が語られる。

そういう中で暮らしていると、「町(街)」と「町(街)場」の違いもわからなくなるらしい。このあいだ見た雑誌に、けっこうなライターさんが、混乱した使い方をしていた。

暮らしに「共同」がなく、人間は職能でつながり職能で評価され、町は機能で評価される。そういうことに馴れきっていくうちに、「人間として」の、まっとうな判断の基準がズレていくのではないか。コワイことだ。

凡庸な町は、そういうことを気づかせてくれる。

初詣はしてない。岩槻城址公園へ行く途中で「太田諏訪神社」の境内を通ったが、とくにお参りはせず、写真を写しただけ。

そうそう、なにはともあれ、2月3日の理解フノートークをよろしく。
2016/12/21
2月3日(金)に「理解フノートーク」やります。

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