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2017/01/19

「おいしい」とは何か?

『大衆めし 激動の戦後史』などにも書いたが、日本で「食文化」という言葉が一般化するのは1970年代のことで、続いて「グルメ」という言葉が一般化するのは1980年代。そして、90年代以後、大いに飲食ネタがもてはやされるようになったし、食にまつわる「食育」だの「健康」だのがうるさいことになった。

だけど、カンジンのことは、あまり語られてこなかった。ま、カンジンのことを書いても売れないのだ。

先日の2017/01/09「銀座のように「内容」のない食べ物の話。」にも、「けっきょく「内容」とは、「世界観」のことになると思うけど、いま飲食ネタや散歩旅ネタに飛びつく人たちは、作る側も読む側も「世界観」からほど遠いし、「世界観」からほど遠い飲食ネタや散歩旅ネタがもてはやされるのだ。銀座みたいに。」と書いたばかりだ。

2017/01/17「「立ち食いそば」の理解フノー。」には、「「ブームのフォーマット」や「グルメのフォーマット」に押し込めて消費することの危うさが、最近は顕著になってきていると思う」とも書いた。

2017/01/14「『料理人』の箴言。」には、「人間とは料理をする動物である。〈古い料理書〉」「人間とは食事を楽しむ動物である。〈古い料理書〉」が、警句の意味もあると書いた。

以前には、味覚は、視覚や聴覚などのように世界を認識する感覚であるとも書いたりした。

食育のおかしさについては、しつこいほど書いている。

でも、まあ、おれのような権威のないやつが言っても、ノミの屁みたいなものだった。

食文化研究の歴史は浅いのだから、しかたのないことだったといえるだろう。

だけど、最近は、どんどん変わっている。

1970年からは40年以上がすぎ、文学や趣味やエンターテイメントのネタにすぎなかった飲食ネタを、学問的に研究する人が増えている。これだけ飲食ネタの裾野が広がったのだから、当然ともいえるか。

インターネットでは、修士論文や博士論文などや大学研究機関の紀要などが見られるが、それらによっても、40年前どころか10年前より、食文化に関する研究が格段に進んでいることがわかる。

いまどきハヤリの飲食ネタで語られていることの多くは、いろいろ検討されることになるだろう。

という動きは、いろいろあるのだが、今日、インターネットで読んだこれは、そういう動きを象徴するような内容だ。

「おいしい」とは何か?〜辻調理師専門学校・メディアプロデューサー 小山伸二さん
http://nextwisdom.org/article/1689/

かなり重要な指摘がある。

なんだか、やっと、おもしろいことになりそう。

バスに乗り遅れないように、おれの本を読んでおいたほうがいいよ。

もう5年、いや3年後でも、これまで惰性的に語られてきた言説が、かなり変わるだろう。いま書いている飲食ネタが、じつは恥をかいているにすぎない、なーんてことにならないように、気をつけなくてはな。

それにしても、「「おいしい」とは何か?」とは、根源的な問いではないか。愉快痛快。

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