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2017/03/01

東京新聞「大衆食堂ランチ」51回目、秋葉原・かんだ食堂。

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3月1日なってしまった。ブログの更新はサボりだすと切りがない。

1月の第3金曜日、21日に掲載のものを、ようやっとここにアップする。ずいぶんほったらかしにしてごめんよ。

もちろん、すでに東京新聞のWEBサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017012002000161.html

秋葉原の「やっちゃば」が姿を消してから20年以上がすぎた。その跡地に秋葉原UDXが開業したのが2006年だそうだ。かんだ食堂の道一本へだてた隣の、かつて「やっちゃば」があった場所には、それがそびえている。だが、かんだ食堂は負けてはいない、大にぎわいだ。

012秋葉原名物だった「電気街」の面影も、かなり縮小し姿を変えているが、神田の土地の秋葉原は、したたかに呼吸しているようだ。「大」がのさばろうとしても、「中」「小」を駆逐しきることはできない。てなことを強く感じる。

かんだ食堂の昼の営業は、11時から15時半だが、いつも混雑している。ときには、1人分しか席がなかったこともある。その雑駁な熱気は、かつての「やっちゃば」の空気が続いているかのようだ。皿にタップリ盛られたおかずが、カウンターに重なるように置かれた風景は、まさに市場的。それが、次々になくなる。

盛りが半端じゃない。カレーライスなどは、たっぷりのライスの上に、たっぷりのカレーのカタマリが帽子のようにのっている。カレーが汁というよりカタマリで、ライスの山を流れ落ちていないのだ。

生姜焼きだって、山盛りだ。

70歳過ぎたおれは慎重にならざるをえないが、それでも体調万全なら、完食できる。

この日は、正月の酒の飲み過ぎで、無難を選んだ結果、山かけになった。からだによい選択で、うまく食べられた。

とろろは、昔の大衆食堂では定番どころか看板にしていた店も少なくなかった。

それで思い出したが、もしかすると、旧赤線・青線の近くの大衆食堂では、とくに、とろろが看板になっていたような気がするのだが、おれの思い過ごしだろうか。

電気街の残存店、新しいブームの免税店やメイド喫茶、いろいろが混在する市場的な秋葉原は、これからどうなっていくのだろう。かんだ食堂から見て行きたい。

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