« 『dancyu』5月号で春巻サクサク。 | トップページ | 終わりは始まり。 »

2017/04/10

『画家のノート 四月と十月』36号と「理解フノー」。

003

美術同人誌『画家のノート 四月と十月』36号(つまり今年の4月号)が届いた。

表紙の作品は同人の加藤歩さん。加藤歩さんは、作家紹介を見ても、とくに「肩書」はない。「1976年熊本生まれ。旅人と詩人の雑誌『八月の水』に詩を寄稿。宮城県仙台市在住」とあるだけだ。

001詩人なのかと思ったが、「表紙の作品について」を読むと、表紙のお手玉の写真は、ご自分でお手玉を作って撮影したらしい。ま、「肩書」による属性なんて、どうでもよいのだ。

「…について」には、「てんやのおもち」というわらべうたの話がある。お手玉遊びの一種らしいのだが、「これをやるとこどもたちはいつも笑いころげ、「もう一回!」と目をきらきらさせていう」と、その情景が浮かぶような文だ。

おれが高校を卒業して上京する前の新潟の田舎では、周囲で女の子たちがお手玉をする風景が普通にあったが、「てんやのおもち」のことは知らない。

いつもの同人のみなさまの「アトリエから」を見ながら、近況などを知る。あいかわらず大いに活躍しておられる。

しかし、今号で見る同人のみなさまは、なんだかミョーに落ち着いた感じで、「優雅」とはちがうが、「好きなことをやって充足している私の生活」的な趣きがただよい、アグレッシブにしてパンキッシュな何かを感じさせる趣きがあまり感じられない。なんとなく、そこはかとなく、おだやかな平和な水の中で暮らしているような、落ち着きがただよう。

ま、そうそういつも、もだえたり切実なことに向かい合っていては、若くてもくたびれはてちゃうからなあ。でも。あるいは、おれが「切実」を求めてすぎているのかも知れない。

従来の連載に加え、ふたつ、新しい連載が始まった。小坂章子さんの「珈琲」と、本誌の中頁デザインを担当している青木隼人さんの「ギター」だ。

おれの連載「理解フノー」は、18回目で「「バブル」の頃① 錯覚」だ。「①」とある通り、続くのだ。全3回の予定だが、はたしてどうなるか。半年に1回で3回連続なんて、その間にいろいろあって気が変わりそう。だいたい生きている保証もない。

生きている保障もないといえば。

最後の見開きは、同人のみなさまによる「雑報」なのだが、扉野良人さんが「扉野良人と砂金一平さん」の題で書いていることに驚いた。胸のへんが痛んだ。

2月12日、市川市で「古書スクラム」という古書店やっていた砂金一平さんが亡くなられたというのだ。41歳の若さ。

扉野さんは、こう書いている。

「一度も会ったことなく、この夏、下鴨古本祭りで会う約束をしていた。一平さんのFBを遡ると十月三十日に、「なんの関係(「関係」に傍点)もない二冊を読了!」と、プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』とエンテツさんの『理解フノー』を挙げていた。一平さんは「人間という生物とそれらがつくり出した世界については理解フノー」だと自分の内と外を見渡している。関係(「関係」に傍点)はある。ここにいるわけを、レーヴィもエンテツさんも一平さんも追い求めている。未来の友人に会いたかった。」

砂金一平さんは、ツイッターでも同様の内容をインスタグラムの書影と共にツイートしていて、おれはRTしていたのだった。

古書肆スクラム。(砂金)‏ @move_on_bench
なんの関係もない二冊を読了。関係はないけれど、人間という生物とそれらがつくり出した世界については理解フノーである。「アウシュビッツは終わらない」は人類必読の書。 https://www.instagram.com/p/BMKl2rkgpa-/
8:36 - 2016年10月30日
https://twitter.com/move_on_bench/status/792510367754809344

砂金さんのツイッターは、12月4日で終わっている。その日のツイート。

古書肆スクラム。(砂金)‏ @move_on_bench
体調がイマイチ。というか、こんなものなのかもしれないけれど、あゝ辛い。すべてがやっとの生活だけど、やっと暮らせているだけ、まだましか。弱音は吐くけど、負けてはいない。そういうメッセージ。
11:50 - 2016年12月4日
https://twitter.com/move_on_bench/status/805242836874498048

おれも砂金さんに会いたかった。合掌。

|

« 『dancyu』5月号で春巻サクサク。 | トップページ | 終わりは始まり。 »