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2017/04/15

「批評」と「品定め」「目利き」。

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前にも書いたが、周期的にテレビ出演の話がくる。それも、なぜか1社だけということはない。今回も2社からあった。全国ネットの番組だ。なにしろ全国ネットの番組の影響力は段違いに大きいから、売れないフリーライターのおれとしては、いつも何か接点があれば出演する気はある。なので、いちおう話は聞くのだが、ずっと断り続けだった。今回も、また。

それより、チョイとコーフンする面白いことがあった。

某誌の編集さんが、以前このブログに書いたことを見て、メールをくれたのだ。もう書いたことすら忘れていたのだが、編集さんはあるテーマを追いかけて、このエントリーを「発掘」したのだった。

それは、2008/02/15「「宮沢賢治の詩の世界」と「大衆食堂の研究」の出会い。」だ。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2008/02/post_b58c.html

これは宮沢賢治の「東京ノート」に記されている、「公衆食堂(須田町)」がどこかということをめぐるアレコレだ。

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公衆食堂(須田町)

あわたゞしき薄明の流れを
泳ぎつゝいそぎ飯を食むわれら
食器の音と青きむさぼりとはいともかなしく
その一枚の皿
硬き床にふれて散るとき
人々は声をあげて警しめ合へり
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016このエントリーを書いた段階では、「公衆食堂(須田町)」について、インターネット上にふたつの説があった。

ひとつは、現在の「聚楽(じゅらく)」の前身である須田町食堂とする説と、もうひとつは、このエントリーのリンク先のブログ「宮沢賢治の詩の世界」の方による、詩の内容と書かれた年を考えると須田町食堂はありえないという説だ。

このおれのエントリーでは、須田町食堂ではありえないほうをとっている。

それならば、「公衆食堂(須田町)」は、どういうことなのだ、どこなのだ、というモンダイが残る。「宮沢賢治の詩の世界」では、そのあたりまで突っ込んで、宮沢賢治が上京した当時の資料を駆使して、「ここではないか」というところをあげている。

これは、そういう可能性も濃いけど、それと「公衆食堂(須田町)」を結び付ける条件がヨワイ感じだった。

おれは、そのまま忘れていた。そのことを編集さんが思い出させてくれたのだ。

そこで、もう一度資料をひっくりかえし、新たな資料も見つけ、ああでもないこうでもない考えていたのだが、ついに、最も「ありうる」食堂にたどりついたのだ。

それは、ほんのちょっと視点を変えるだけでポッと浮かびあがったのだが、とかくひとの思考というのは、自由のようでいて、けっこう自ら縊路にはまちゃうものだなと思った。やっぱり、こだわってはいけない。

とにかく、取材もあったので、ついでにその「現場」周辺を歩いてみて、その「ありうる」食堂があったであろうあたりを確かめてみた。すると、大いに、ありうるのだなあ。

まだよく調べなくてはならないことが残っているが、とにかく、こういうことがあると思考力や精神までイキイキと解放された感じで、ヒジョーに気分がよい。やっぱり、自由が大事だよ。

それに、大正から昭和の初めの資料をたどっているうちに、ほかにも面白いことがあった。

それは「批評」と「品定め」と「目利き」についてだ。

いまにつながる大衆的規模の「食べ歩き」、つまり大勢の人たちが利用する飲食店などを食べ歩き、その食べ物や飲み物や店のたたずまいや雰囲気、人や仕事や技術といったものを評価し書くといったことは、関東大震災以後、昭和の初めごろから盛んになったのだが、その発端と影響は当時の新聞社の記者が書いたものだといえる。

それがいまでは大きな流れになっているわけだけど、それは「批評」というより「品定め」「目利き」であるということだ。そして、「品定め」「目利き」をしているのに「批評」や「評論」とカンチガイしている傾向も、すごく多いように思う。

昭和の初めの「食べ歩き」の記者たちは、そういうカンチガイはしてない。自分たちは、「上」の人間であり、そこから「品定め」をし、「品定め」することによって「善導」しているのだという、すごい高い意識を持っている。いまでも、かっこよく「批評」しているつもりの、こういう人たちがいるね。

最初に書いた、おれがテレビに出たくない理由のひとつは、その番組のつくりかたが、「品定めに、かれこれ興じあうて」いるからだ。これでは接点がない、と言えるのだな。

「批評」と、「品定め」「目利き」の違い、どれだけ理解されているのだろう。

「公衆食堂(須田町)」については、これからまだ取材し原稿を書くことになっているので、掲載の本誌が出たあと、このブログにも詳しく書くツモリ。ま、この食堂を特定したからといって、それ自体はどうってことないのだが、視点が変わることによって見えることが違ってくるというところが面白いのだな。

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