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2017/06/12

「出版危機」とキッチン山田。

おれは文を担当した「宮澤賢治の「東京」ノートと神田の食堂。」が載っている『みんなの 神田 神保町 御茶ノ水』(京阪神エルマガジン社)には、「本と街をめぐる歴史とこれから」という対談がある。

鹿島茂×永江朗で、取材・文は南陀楼綾繁さん。神田神保町の本にふさわしい、なかなかゴーカな対談だ。

ここで「出版危機」についてもふれている。

鹿島さんは、「かなり危機的状況ですね」と、こう続ける。

「出版危機は本が耐久消費財ではなくなったために起こったということですね」「本の消費財化が進むと、いくら安くしても誰も買わなくなる。この状況を根元的に変えるには、二つしか方法はありません。ひとつは本の定価を高くして、耐久消費財化する。日本の近代化においては、底辺にいる人も上の階層の人が使った本に接することによってテイクオフすることができました」「しかし、階級社会が固定化すると、底辺の人は知にアクセスできなくなってしまって、デジタルの情報のみに頼るようになる」

永江さんが、こういう。「スマホばかりで本を手にしない層が生まれる」

鹿島さんは、こう続ける、

「その一方、本を必要とする人は限られた層になるので、必然的に本の部数は限られて、高くならざらを得ない。そうなると、本は再び耐久消費財化して、もういちど回転し始めるんです。もうひとつは、新刊の自転車操業をやめることです。棚差しの既刊をきちんと売っていく」

最後の「もうひとつ」はともかく、その前の点は、どうなのだろうか。「階級社会の固定化」で、もう変革の夢も希望もなく、この流れに従うしかないという感じだ。

おれは、これらのことを論じるだけの知識も能力もないのだが、一方で、出版危機をめぐって語られてこなかったことが、気になるのだった。それから、「新自由主義」の思想って、意外に浸透しているんだなってことも、気になるのだった。ま、ここ20年ばかり、時代の空気みたいなものだから、ごく自然に脳ミソに宿ってしまうのだろう。

それはともかく、この対談に、かつて駿河台下の交差点近くにあった「キッチン山田」の話が出てくる。懐かしい。ときどきチキンライスを食べに行きましたね。

懐かしいので、1995年頃撮影した写真を載せておきます。この建物は、「宮澤賢治の「東京」ノートと神田の食堂。」に登場の、栄屋ミルクホールと同じ銅板張りの看板建築、たぶん昭和3年頃のものでしょう。

この種の看板建築は激減し、栄屋ミルクホールは貴重な存在ですね。

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