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2017/06/20

「時代」ってなんですかね。

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一昨日の18日は、「鬼子母神通り みちくさ市」へ行った。

古本フリマをザッと見て一冊買い、13時半からのみちくさ市連続講座「作品と商品のあいだ」の会場へ。

今回が10回目で、ゲストは、おれが「理解フノー」の連載をしている『四月と十月』の発行人であり『雲のうえ』編集委員などいろいろやっている、画家の牧野伊三夫さんだ。

この連続講座は、毎回おもしろい。「作品と商品のあいだ」というテーマの設定もよかったと思う。「あいだ」というのはわかりにくいものだ、だからそこを考える。わかりやすい結論などないことを考えてこそ「考える」ことであり、「知性」が育つ。なーんて。

今回が少し異色なのは、コーディネーターというか司会の中野達仁さんと武田俊さんのうち中野さんが、牧野さんと小倉高校の同期生で3年生のときは同級だったということだ。

牧野さんは、北九州市の、中野さん牧野さん「ゆかり」の場所を描き込んだ大きな絵地図を用意し、トークが始まった。

高校時代から進学、上京、学生時代は同じアパートに住んでいたこともあった。中野さんは、すんなりと現在の東北新社に就職、牧野さんはあれこれあってサン・アドへ。東北新社もサン・アドも広告クリエイティブ業界のエリートであり大手だ。

牧野さんのサン・アド時代の「ダメ社員」ぶりは何度か話には聞いていたが、ちょっと並はずれている。とにかく、サン・アドの4年間が、いろいろな意味で、牧野さんの大きな財産になっているようだ。というか、財産にしたのだな。ダメ社員でも、会社辞めたあとに、それを財産にできる。

中野さんは広告クリエイティブ業界の現役として活躍している。牧野さんは「元」だけど、画家であり広告クリエイティブ業界や出版業界や、なんだかわからんほど「業」をこえた幅広い活動をしている。

広告クリエイティブは、モロ、「商品」の世界だ。おれも以前はプランナー稼業で、電通や博報堂や広告クリエイティブの人たちとも仕事をしていたし、いまでも端っこの付き合いはあるから、この界隈のことはおおよそは知っている。

トークを聞きながら気がついたのだが、牧野さんの仕事のやり方は、『雲のうえ』のような出版物の編集でも、広告クリエイティブと同じチームワークの方法でやっているということだ。だいたい、『雲のうえ』には編集長がいない。

出版業界と広告クリエイティブ業界では、制作の方法が違う。それは「チームワーク」の概念そのものから違っている。

おれが『理解フノー』に、「成り行きで転がったついでに「フリーライター」という肩書を使い、出版業界なるものに付き合ってみてわかったことは、一見知的な、この業界は、これまで付き合ったなかでも、最も理解フノーな前近代的な体質の世界ということだった」と書いた、出版業界に感じた違和感は、この「チームワーク」とも関係する。

出版業界には、「組織」はあっても「チームワーク」はないか未熟だ。でも、それを「チームワーク」と思っている人も少なくないようだ。

広告クリエイティブは、一つのプロジェクトに大勢の専門分野の人たちがかかわり、もちろんスポンサーもいて、顧客もいて、階層構造もあり、かなり複雑な条件のなかで「チームワーク」が行われる。チームワークだが、個人の責任も非常に重い。結果がハッキリ出る。

商品開発でも、同じことが言える。

と、考えると、「商品」はチームワークから生まれる公共性の高いものであり、「作品」は極めて個人的なもので公共性は低い、ともいえそうなのだが、作品でも公共性の高いものとそうでないものもある。

と書いていると長くなる。

トークの最後に「時代」の話になった。この「時代」は、「学生時代」「青春時代」のそれではなく、イマという時代、あるいはこれからの時代というもので、マーケティングにはつきまとうが、「時代」ほど観念的でうさんくさいものはない。

よく「これからはナニナニの時代だ」とか「ナニナニからナニナニの時代へ」と時代が語られる。おれは、そういう主張をする人そのものも、ペテン師のように怪しいと思っている。ま、おれもプランナー稼業の頃は、そういうことを言って「ペテン師」呼ばわりされたりしたが、その通りだと思っている。

こういうことを言う商売は、嘘だろうがなんだろうが、ひとを乗せたほうが勝ちになる。マスコミや出版などでは、こういう人たちが活躍する。いまどきの「ジャーナリスト」や「評論家」などはそういうものだ。「作家」だって怪しいぞ。

だけど、「時代」ってなんだろう、と考える人は少ない。

これからどんな時代になるでしょうね、いまの時代をどう考えますか。と聞かれたりすれば、自分はそれを語る資格があるとカンチガイし、エラそうな知ったかぶりでアレコレもっともらしく述べる。

なんのことはない、いろいろなことを自分に都合のよいように解釈し「時代」という観念をかぶせるだけなのだ。そのへんのタワゴトを見抜ける人が、もっといてもよいと思う。

で、トークの最後に「時代」のことになったとき。牧野さんは、なんと言ったか。

「時代ねえ、時代ってなんですかね」と言ったのだ。

いかにも牧野さんらしい。こういうときに人柄や理念が出るんだなと思った。

これでトークが終わり、あとは飲み会へ雪崩れ込み。ふくろからいつものサン浜名、泥酔記憶喪失帰宅だった。

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