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2017/07/05

前略、ぬいぐるみの中身様。

002「前略、ぬいぐるみの中身様」とは、6月13日発行の入谷コピー文庫(通巻83号)に載っている、彼女の文のタイトルだ。

この号は、「ひとりぼっちのレクエイム 夜明け前」という、この文庫にしては、ややセンチメンタルな趣きのある特集。

ま、「レクエイム」となれば、センチメンタルに流れても、仕方のないことではある。

だけど、彼女の文は、センチメンタルとは、かなり趣きを異にしている。じつに、乾いた、ハードボイルドのようなタッチで、彫刻を刻むように、おかしな男を、描き上げる。

「レクエイム」としては珍しい文だが、文としてもレクエイムとしても、最高、すばらしい! と、おれは読み終ってためいきをついたね。

もしかすると、読み始めから終わるまで、ほんとうに息もつかずに読んでいたかもしれない。

イラストレーターの彼女は、ブログでもいつもうまい文を書いて、おれのような安直ライターを自虐の淵に追い込むのだが、今回は格別だ。

その亡くなった人は、おれも名刺交換をしたことがある人だった。彼の職場で開催する古本まつりの会場では、対談ライブをしたこともある。だけど、彼の顔は思いだせないし、亡くなったことも知らなかったし、彼がどんな人だったかも知らない。

30代半ばの彼の職場は福祉関係の施設だった。その空間を利用した古本まつりを企て、そこで彼女たちの古本市仲間と繋がりができたのが、彼と彼女が知りあうキッカケだった。

「本」の周辺には、夢を持ち、夢にいろいろな人たちを巻き込み、夢を広げる人たちがいる。

夢はよくても、人間はよいとはかぎらない。いや、たいがいどこかおかしなやつなのだ。

ある日、彼は彼女に、まつりの実行委員の名前をあげながら、愚痴を言う。

だが、彼女は、こう思う。

「何がしかの才能のある、人を惹きつける力のある人が持つやっかいさ。面白さの背中に面倒くささを背負う人たちの、背中だけ要りませんは通らないのだ。コップからあふれた愚痴を、ただ聞いて、ただ流していく。あの人は、そういう人だから。だから、面白いんだけどね」

古本まつりは、3、4回続いただけで「ぱちんと終わった」。彼は「夢に金を出してくれる企業が見つかった」と、独立し事業を始めたのだ。

新しい店は、ブックカフェと老人のデイケアを併せた夢の場所。彼は夢を語る。彼女も、彼の奥さんも、彼に引きぬかれた前の職場のスタッフも、古本屋店主なども、その夢に巻き込まれた。

それは、4か月後に、「あっさり終わった」。彼女は、彼の「言い訳を聞く」。「夢に関わった顔があっさり塗りつぶされていく」

「面倒くささを背負う他人の背中は見られても、自分の背中にへばりつくものは見られないのだ」「もう振り返るのもいやだった」

彼が肺がんで余命6ヶ月と知り、古本屋店主たちと会いに行き、一緒に酒場で飲む。

彼は「ぬいぐるみを脱ぐようなものだから死ぬのは怖くないと言う」

「奥さんは?まだ小さな3人の子どもは?保険金もおりるし、お金のことならしばらくは大丈夫だよ。そんなことばが聞きたいんじゃないんだと、言いたいことばが見つからないのが腹立たしく、口から出たのは同じことばの繰り返しだった。奥さんが可哀そうだ。奥さんが可哀そうだよ。これから奥さんは本当に大変だよ。しつこさに、ぬいぐるみの背中のチャックが少しだけ開いた。本当に大変なのは俺だよ」

いやはや、死を前にした人間を相手に、大変な会話だ。だけど、生きているからこその会話でもある。

彼女が見つけられなかった言いたいことばを、昨年末彼が亡くなったあとに、年下の友人が言う。「もっと執着して欲しかったですよね。ずっと見つけられなかったことばを、出来のいい友人はあっさり見つけてくる」

「潰した店、夢に巻き込んだ人たち、せめては自分が望んで作った家族に、もっと執着している姿を見たかったのだと、ことばにならなかった気持ち悪さがビールとともに腑に落ちていった」

彼は、4ヶ月しかもたなかった事業のあと、NPOを立ち上げ、古本屋と障害者の就労支援を組み合わせた店を開設していた。彼女は、彼から店名ロゴを頼まれたが、前のことがあったし、一度も会って打ち合わせすることなく、描いてメールで送っただけにしていた。

彼の死後、今年になって、彼女はそこを訪ねる。知っている人はなく、所長が相手をしてくれた。「ここはこれからも、ずっと続けていきますよ」

文の最後は、こう終わる。

「訪ねて数日後、亡くなってからはじめて店のツイッターがつぶやいた。近くの市役所での古本販売の告知だった。そのお店のロゴと文字、わたしが描いたんですよと、あの日、夢の続きを語る人たちにどうしても言えなかった」

おれは、彼女の文は苦労人の文だなと思う。

人と人の関係、人に対する「厳しさ」や「優しさ」などは、いろいろ言われるが、ことばほど単純にはいかない。

この号の巻頭には、早川義夫(歌手)のことばが載っている。

「追悼文や批評を読んで、あの人はああいう人なのかと真に受けてはいけない。たまたまその人の目から見た一面に過ぎないし、一方的なものでしかない。言葉は自分の心しか語れない」

この入谷コピー文庫は、コピーの手製で10数部しか人の手に渡らない。貧相な体裁だが、すごい文が載る。「レクエイム集」なるものが編まれたら、彼女のこの文は、欠かせないと思う。

あえて、著者名はここに書かず、「彼女」ということにしておく。

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