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2017/09/20

「作品と商品のあいだ~表現という仕事のリアルな現場の話~」

去る17日の、みちくさ市連続講座「作品と商品のあいだ~表現という仕事のリアルな現場の話」の最終回総集編のこと。

いつもは、武田俊さんと中野達仁さんが司会で、ゲストが登場してのトークだが、今回は、ゲストのかわりに、この企画のプロデューサー役をしている、みちくさ市運営団体「わめぞ」代表にして古書現世の店主、向井透史さんが登場した。

最終回総集編なのに、武田俊さんは仕事で韓国出張中。で、司会席にiPadを立て、ネット中継での司会になった。こういうのは初めてなので興味津々だった。

ソウルと東京は時差はないが、音声には少しタイムラグがある。武田さんの背景には、韓国らしい特徴がない、日本のビル街と同じだ。ほんとうに韓国にいるの?という冗談がとび、武田さんがハングル文字の看板を写す。というぐあいに始まった。

これまでのゲストは、以下の通り。

第1回:ゲストなし/第2回:澤部渡さん(スカート)/第3回:桑島十和子さん(美術監督「下妻物語」「告白」他)/第4回:森山裕之さん(元クイックジャパン編集長)/第5回:タブレット純さん(歌手・お笑い芸人)/第6回:高橋靖子さん(スタイリスト)/第7回:真利子哲也さん(映画監督)/第8回:山下陽光さん(「途中でやめる」デザイナー)/第9回:姫乃たまさん(地下アイドル)/第10回:牧野伊三夫さん(画家)

ゲストは、武田さん、中野さん、向井さんが相談しながら決めていたようだ。今回この話はなかったが、以前、どんなゲストを招きどんなトークにしたいかという話があり、とかくありがちな、人を集めやすい有名人を呼んで、有名人と名刺交換したい人たちが集まって、話を聞いてオシマイ、という感じのものにはしたくない、ということだった。

おれは、森山裕之さん、真利子哲也さん、山下陽光さん、牧野伊三夫さんの回に参加している。毎回、トークのあとの、打ち上げ懇親飲みがたのしかった。中野さんや武田さんなどは、普段は会う可能性すらない人たちだったし、ほかにもそういう人たちがいた。

そうそう、中野さんと武田さんのプロフィールは、こんなぐあいだ。

中野達仁(なかの・たつひと)
1964年、福岡生まれ。(株)東北新社・CMディレクター。主な仕事はベネッセ ”たまひよ“シリーズ、YKK AP、三井住友銀行、グリコ、ホクトのきのこなど。MVではGOING UNDER GROUND「トワイライト」「同じ月を見てた」、コーヒーカラー「人生に乾杯を!~別れの曲~」などがある。

武田俊(たけだ・しゅん)
1986年、名古屋市生まれ。編集者、メディアプロデューサー。lute編集長、roomie編集長、元KAI-YOU, LLC代表、元TOweb編集長。NHK「ニッポンのジレンマ」に出演ほか、講演、イベント出演も多数。

中野さんのCMディレクターという仕事は、むかしマーケティング屋の仕事をしていたときに、何度かCM制作に外側から関わることがあって、だいたいどんな仕事をしているかわかるが、武田さんの仕事は、多面的でもあり、いまどきのメディアの新しい動きについていけてないこともあって、まったく把握しきれていない。いったい、どんなふうに仕事をして、どんなふうに稼いでいるのか、見当もつかない。とにかく、武田さんからは、メディアの世界は、おれなんかもう想像がつかないぐらい変化しているし、もっと変化するんだなという強い印象を得ただけでもめっけものだった。

総集編だから、それぞれのゲストの回をふりかえりながらだった。その個別のことはカットさせてもらう。ようするに、ゲストに招いて話をしたら、スゴイ人ばかりだった、スゴイ人ばかりすぎたのではないかという感じもあったが、自分はちっぽけな存在なんだということを自覚することにもなって、よかったではないか。という話はよかった。とかく、スゴイ人と会ったり話したりしていると、自分も同じレベルになったと錯覚しちゃう人も少なくないのだが。

むかし、「日本人はケンキョを美徳にしているようだけど、ケンキョを覚えるより、自分を相対化する方法を身につけたほうがよいよ」と、なんでも方法で解決しようとするアメリカ野郎にいわれたことを思い出した。

連続講座はみちくさ市と連動し、みちくさ市はわめぞと連動している。わめぞの最初の頃をすっかり忘れていたが、向井さんの話で思い出した。池袋の古書往来座の外側スペースを使って、古本の「外市」というのをやっていたのだ。

わめぞの動きについては、最初の頃から興味があった。それは、長く続いている「閉塞」、向井さんは同時に「たこつぼ」という言葉も使っていたが、そういう状態から、もっと混ざり合うことを目指していたからだ。経堂のさばのゆの店主、須田泰成さんの言葉では、「もっとシャッフル」ということになる。

A業界ではアタリマエのことが、B業界では笑い話になるぐらい、すぐ隣にいても離れている。そういう状態が、あちこちにある。そのあいだを少しでも埋めることになれば。

「作品と商品のあいだ」は、結論なんぞない。だけど、その「あいだ」を探ることで、自分と誰かさんの「あいだ」を探ることにもなるのだ。

いまでは、百万部以上売れている本の著者で、メジャーなテレビ番組に出演していても、なにソレだれ、ということになるのは珍しくない。その一方で、2万、3万売れたぐらいで「ブーム」といわれる。小さな「たこつぼ」のなかでエラそうにしている陳腐な光景もある。

おれも、いちおう「フリーライター」の肩書で「表現」なるものに関わっているが、「作品」とか「商品」については、あまり考えたことがない。すべて依頼があって成り立つ仕事だ。

そうそう、「作品と商品のあいだ」がテーマになったのは、向井さんが中野さんに、「スポンサーから金をもらって商品をつくっていて、ストレスがたまりませんか」というようなことをいったのが発端だったらしい。中野さんは、会社員でもある。

おれは、長いことサラリーマンをやったし、スポンサー稼業もやったが、ま、簡単にいってしまえば、自分にこだわることがないからか、上司やクライアントからいろいろ言われたり、商品をつくったり売ったりすることについて、「ストレス」というほどのものは感じたことはない。会社組織だろう個人事業だろうが、仕事は仕事だ。おれをクビにしようとガンバッテいた上司と酒を飲むのもたのしかった。あるいは、ストレスが襲ってきたら、「方法」で片づけてしまう。あまり器用ではなかったかもしれないが。表現の仕事だからといって特別視する気はない。

「作品と商品のあいだ」には、日本の困った道徳観から発する「金儲けは悪」という考えも影響しているようにみえる。作品=善、商品=悪、という感じの。食べるために働くことを蔑視したり、逆に仕事に「意味」を持たせすぎということもある。

それから、たとえば、「良書」といった言い方があって、「良書」を発行する出版社のイメージが高かったり、近頃は「良書」を選んで売る「セレクト・ショップ」みたいなものがチヤホヤもてはやされているけど、「良書」なんていうのは極めてアイマイな観念だ。かつて漫画が「悪」にされ「文学作品」が「良」とされた時代を、まんま引きずっているように見える。

「作品と商品のあいだ」から見えるのは、どっちが上か下かの上下関係や序列的な価値観や優劣観に位置付けようとする思想の悪癖でもある。そういうことにとらわれていないか。

そのあたりを破壊的に片づけて、この連続講座で最高に面白かったのが、第8回の山下陽光さんだった。10回目の牧野伊三夫さんのダメっぷりも破壊力があったが。

書くのがメンドウになったので、途中でやめる。

みちくさ市連続講座は、テーマを変えて続きます。古本フリマと合わせ、参加し、大いにシャッフルしましょうね。

当ブログ関連
2016/11/30
今年一番の面白さ、「途中でやめる」の山下陽光さんのトークと「新しい骨董」。
2017/09/18
「分断」からの脱却で連夜の酒。

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2017/09/19

毎日新聞「昨日読んだ文庫」。

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9月17日(日曜日)、毎日新聞書評欄の「昨日読んだ文庫」に寄稿したものが掲載になった。絵は、舟橋全二さんです。

「私に料理の構造と機能を気づかせ、忘れられない衝撃と展望をもたらした2冊は中公文庫の現役で、鮮度も衰えていない」と登場するのは、玉村豊男『料理の四面体』と梅棹忠夫『文明の生態史観』だ。

どちらも、1980年代初頭に読んだのだが、『料理の四面体』は鎌倉書房の単行本、『文明の生態史観』は中公叢書だった。それから何度も読んでいる。

『料理の四面体』については、拙著でも『大衆めし 激動の戦後史』など、機会があるたびにプッシュしているが、『文明の生態史観』についてふれるのは、今回が初めてだ。

『ぶっかけめしの悦楽』『汁かけめし快食學』は、『文明の生態史観』に書かれている系譜論と機能論の影響を強く受けていて、その両方の見方をからみあわせながら書いている。

『文明の生態史観』が中公叢書から出たのは1967年で、『料理の四面体』が鎌倉書房から出たのは1980年10月、どちらを先に読んだか覚えていないが、ほとんど同時期に読んだはずだ。

生態史観は1974年9月に中公文庫入りして、いまでも現役だ。すごいなあ、もう古典ですね。四面体のほうは、一時はどうなるかとおもうほど変転があってのち、2010年2月に中公文庫入りした。

料理からみれば、この2冊は、これからのほうが鮮度がよくなるとおもう。

というのも、日本の料理は、もう「和・洋・中」の観念では把握しきれないほどになっていることがある。それから、目的、要素、方法、手段などの組み合わせ(デザイン)で、生活や料理を考える流れが広がっているからだ。

料理や食べ物に関しては、系譜論にもとづく「うまいもの話」「いいもの話」や「職人論」あるいは「属人論」などが、あいかわらず惰性的に続くだろしにぎやかではあるけれど、もっと根本的なところで、系譜論をのりこえる流れも育ってきている。

しかし一方では、系譜論は、いまの日本で、いちばんやっかいな問題を生んでもいる。

『料理の四面体』と『文明の生態史観』が続いている背景には、そういうことがあるだろう。

『文明の生態史観』に収録されている「生態史観からみた日本」には、このようなことが書いている。

(日本の知識人諸氏は)「ほかの国のことが話題になっていても、それ自身としてはあまり興味をおぼえない。自分との比較、あるいは自分自身が直接の話題になったときだけ、心がうごく。あるいはまた、なにごとをいうにも自分を話題の中心にすえないではいられない、ということでしょうか。なんというナルシシズムかと、おどろくのであります」

昨日の「たこつぼ」問題とも関係することだ。系譜論にとりこまれると「たこつぼ」に落ちやすい。

当ブログ関連
2017/09/08
「書評のメルマガ」の『料理の四面体』。

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2017/09/18

「分断」からの脱却で連夜の酒。

一昨日は、アメ横の大橋タイショーの店で五十嵐さんと会って飲んだ。昨日は、雑司ヶ谷のみちくさ市の日で古本フリマは台風の影響で流れたが、連続講座「作品と商品のあいだ」の最終回総集編だからと出かけて行って、いつものように打ち上げまで飲んだ。

この2日の話題の共通点は、いわゆる「分断状況」に関わるものだった。そこから、どう脱却するか。

連続講座総集編のなかで、企画あんどプロデューサー役の向井さんが使っていた言葉を借りれば、「たこつぼ」「閉塞」から、横の壁を突き破って、どう「混ざり合う状況」を生んでいくか、といえるだろう。

五十嵐さんとの話は、そこに、放射能汚染をめぐる「風評被害」のことがからんでいた。

とくに「福島県」と「福島県産」をめぐっては、いろいろあるわけだけど、これまでおれはそのテの話には、このブログでもツイッターでも、ほとんど加わっていない。ま、おれの考えていることは、ツイッターなどで見られる話から、かけ離れすぎていて、話しに加われなかったといったほうがよいか。そのへん、いまの「福島県」と「福島県産」をめぐる議論には、それぞれのなんらかの事情がからむ「特殊な人たち」による偏りをかんじる。

そのあたりを五十嵐さんと話しあえてよかった。五十嵐さんは、最近、福島県産品の輸入を認めてない台湾、それからチェルノブイリのベラルーシへも行き、これからチェルノブイリ事故の影響が大きかったノルウエーにも行くなど、精力的に動きまわって、調べまくっている。その話もおもしろかったし、参考になった。

いわゆる「分断」は、東日本大震災以前からあったわけで、さかのぼれば、80年代中頃の「たこつぼ」「閉塞」から続いているのだし、深刻化している。それが、放射能汚染問題をめぐって、鋭く噴出した。と考えれば、放射能に関する正確な情報や科学的知識などだけでは片づく問題ではないのだな。

自分の「たこつぼ」の中にいたほうが安全だし安心だとおもっている人が、かなりいる。その「たこつぼ」で、自分が食べて行けたり、成功したりの道があるなら、なおのこと、「たこつぼ」にこだわる。そういう自分の気持ちのおさまりのよさが身についてしまうと、自分の気持ちのおさまりのよいほうへばかりに寄り添っていき、「たこつぼ」の外は自分を不安定にするものであり、なかなか受け入れがたいことになる。

「たこつぼ」には、大きな「業界たこつぼ」もあれば「会社たこつぼ」もあれば、可愛い「自分のたこつぼ」もある。

向井さんは、連続講座を通して、「不安」だか「不安定」に馴れたようなことをいっていた。「不安」や「不安定」を排除することばかりしていては、「多文化共生社会」なんて育たない。

「分断」は、なかなか手ごわい問題だ。

それでも、やはり社会的に食っているのだから、ま、日本の社会は危うい状態にあるにせよ社会は崩壊しきったわけではないから、そこにあるていど「合意形成」が必要になる。コンセンサス、ね。

これがまたメンドウなのだ。「分断」と「コンセンサス」の試練は、まだまだ続く。

「福島県産」について、とりあえず、自分のことだけを書いておこう。

おれはもともと、産地や産地ブランドを気にしたことがない。だから、放射能問題以前も、福島県産を選んで買うこともなかったかわりに、その後も、選ぶ意識も避ける意識もない。そして、「買って応援したいから」福島県産を置くよう、スーパーなどにお願いしたこともない。あるものを買う。

おれは、日本のコモディティなシステムについては、あるていど信頼を置いている。電車を利用するように、安心して利用している。少なくとも、いまの政治家どもよりは、安心して利用できるシステムだ。ま、この安心があるから、いまのお粗末な政治家どもでも務まっているのかもしれない。

つまり、おれは、福島県産と向かい合いながら暮らしているわけではなく、大半はコモディティなシステムと向かい合って暮らしている。

自分では、これが普通なのではないかなとおもっていたので、「風評被害騒動」は、とても奇異に見えていた。

なにか大きなジケンがあれば、食品の需給関係は乱れる。放射能問題であれば、大きく乱れるのは当然だろう。それでも暮らしが維持できるのは、コモディティなシステムへの信頼があるからだろう。これが崩れるようなことを、そのシステムが選ぶはずはない。放射能に関する一般的な無知と不安を考慮に入れれば、「風評被害」というのは言いすぎではないかとおもわれるかんじもあった。

だいたい、東電の責任追及より「風評被害」のほうが大きく問題になるなど、なんだかオカシイかんじもあった。政府の対策より、一人ひとりの被災者への「おもい」の在り方が問われるというのも、違和感があった。

この件に関して発言している人たちは、なんらかのバイアスが加わっている傾向は、ほとんどだったのではないか。

それは、もしかして、「たこつぼ」のバイアスなのかもしれない。政策的な充実や解決ではなく、自分の気持ちのおさまりを求めての。

ま、これぐらいにしておこう。来年の春ごろには、もうちょっとまとまった考えを述べられるはずだ。

みちくさ市連続講座「作品と商品のあいだ」の最終回総集編は、なかなかおもしろかった。今日は、もう書くのがメンドウになったから、明日か明後日か、その後か、にしよう。

一昨日、16日は、アメ横で二軒はしごして、けっこう酔っ払って帰ったのに、いや、酔っ払って帰ったからだ、東大宮に着いてもう一軒行ったのが失敗だった。このクセを直したいのだが、なにしろ酔ってしまうとわからなくなるのだから、どうしようもない。泥酔記憶喪失帰宅で、17日は二日酔いが残ったまま雑司ヶ谷へ行き、打ち上げでまた飲んで、ヨレヨレ帰宅だった。たのしかったけど。

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2017/09/16

玉ねぎペースト。

商品名では「炒め玉ねぎ」と表示されていることが多い玉ねぎペーストのことだ。

少しまえ、ある編集者と打ち合わせをしているときに、「いまのカレーブームのカレーは、以前のカレーとはだいぶちがいますよね、いつごろ変ったのでしょうか」と聞かれた。

「おれの記憶では、札幌のスープカレーが全国レベルで話題になったころではないかとおもう」といったあとに、ナンシー関のばあいはこんなことをいっていますよと、「小さなスナック」(ナンシー関、リリー・フランキー)で読んだことを話した。

そこには、こうある。

リリー あと俺、玉ネギをみじん切りにして、1時間半ぐらいかけて炒める。

ナンシー そのみじん玉ネギっていうのも、常識になったのってある時期以降ですよね。S&BカレーのCMで「玉ネギさん、玉ネギさん、小さく小さくみじん切り」てのが流れてから、ある意味日本のカレーは変わった。私はレトルトで売ってる玉ネギを使っているけど。

この話は、「CREA」02年3月号が初出だ。スープカレーが話題になりはじめたころと重なる。

ナンシー関ってすごいなあとおもうのは、こういうカレーのことでも、観察と洞察ができていて、カレーの核心部分にストレートに切りこんでいることだ。

拙著「汁かけめし快食學」にも書いたが、玉ねぎ炒めがないのが日本で普及したカレーで、「伝来」のカレーとは決定的にちがう。玉ねぎを炒めてコクを出す調理法は日本になかったもので、カレーライスは普及したが、この調理法は普及してなかった。

おれのばあいは、ナンシー関のように、レトルトのペーストを買って使っている。最近は、インスタントのルーを使うことはほとんどない。ペーストとカレー粉と、クミンやらなんやらいろいろな香辛料やセロリーやトマトなどを使い、いろいろな味のカレーをつくる。これが、変化がいろいろたのしめて、すごくおもしろい。

カレーがブームになったのもわかる気がする。自分でつくっているうちにのめりこんで、店営業まで始めたひともいるのだから。

そして、こうしてつくるほど、やっぱり、カレーライスは汁かけめしだよ、とおもうのだった。

それはそうと、「汁かけめし快食學」には、「三層のカレーライス」について書いている。

古い第一層は、調理法と味覚に統一性がない。

第二層は、1950年代中頃からで、インスタントのルーが広がり、ジャガイモ・ニンジン・玉ネギ・肉の定番スタイルが定着する。ここまでは、「黄色いカレーライス」の時代。

そして、第三層なんだが、1964年の東京オリンピックあたりから広がる、「多様化」や「高級化」これは「欧風化」ともいえそうだが、黄色くないカレーライスの普及だ。

となると、今世紀初頭からの変化は四層目ということになる。コーヒーのように「サードウェーブ」といえたほうがカッコイイのに、とおもって、あれこれリクツを考えてみると、第三層は、調理法の変化とはいえない。使っている具材の高級化や多様化ではないか。調理法からすれば、いまの変化を、「サードウェーブ」とみてもいいのではないかな。なーんて、おもったのだった。

ちかごろのカレーブームをけん引している「スパイスカレー」の話を聞くと、玉ねぎ炒め抜きのものも多いようだ。ようするに汁かけめしカレーライスとしては、コクをどうつくるかなのだな。

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2017/09/15

ミーハー化。

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 『四月と十月』に連載の「理解フノー」は、前回(今年の4月号)から3回続けて「バブルの頃」を書く予定で、1回目は「錯覚」だった。来月発行の10月号は2回目「見栄」で、すでに校正もおわっている。最後の3回目は「崩壊」のつもりだ。

 今回は「バブルの頃の上っ面を、流行現象を中心にふりかえってみたい」ということで、当時話題になったし売れていた本を三冊とりあげた。この三冊、あらためて読むと、バブル以後というより、80年後の流れを見るうえで、すごくおもしろい。

 おれは、いまの日本を「バブル後」で見るとまちがう、工業社会が行き詰まった80年前後からの流れで見なくちゃいかん、なんていうエラそうなことを何度かこのブログでも書いているけど、この三冊を読むと、ますますその気になるのだな。

 その三冊は、これ。

 『見栄講座 ミーハーのための戦略と展開』、小学館から一九八三年十一月発行、ホイチョイプロダクション作品で馬場康男=作・松田充信=絵。
 『金魂巻(きんこんかん)』、主婦の友社から一九八四年七月の発行。渡辺和博とタラコプロダクションの作品。

 この2冊は、バブル前の発行だが、バブリーな風俗を先取りしたかんじだ。まさかバブルを予測していたわけではないだろう、80年前後から変った流れにのったものだったのだ。もちろん、バブルになってからも売れていた。バブルになってからのほうが売れたのではないかな。そして、バブルが崩壊したあとも、大きな流れとして続いている。まんま、いまに通じる。単品グルメみたいに、アイテムが細分化多様化しただけ。

 『見栄講座』がはやらした「ミーハー」と、『金魂巻(きんこんかん)』がはやらした「マル金(キン)」と「マル貧(ビ)」は、いまの社会現象そのものだ。

 もう一冊は、中尊寺ゆつこによるコミック『お嬢だん』だ。双葉社から一九八九年七月の発行。中尊寺ゆつこは、バブルの最中に「オヤジギャル」などの流行語を生んだし、『お嬢だん』の主人公は、オヤジギャルぶりを発揮している。

 この流れも、どんどん盛んになり、「酒場放浪」など、これまで「男市場」だったところへ「女」が参入して、「女」をウリに市場化することが盛んだ。これも女ならではのミーハー化の流れだろう。

 見栄講座の帯には「時代はいまミーハーへ」「先進工業国を襲うミーハー化の波」の文言がある。ゆきづまった先進工業国日本のミーハー化を予言していたかのようだ。「ポスト工業社会」は「ミーハー化社会」だと。

 この「ミーハー」の特徴は、「知ったかぶり」ということにある。きのうのブログにも関係するが、事実にもとづいて知識を積み上げたり、本質にせまったりなんて、「ミーハー化社会」では「時代遅れ」だ。誰も手を付けてないところ(たいがいニッチ)へ、そさくさと知ったかぶりして、口をはさみ切りこむ。どんどん細分化がすすんだ。そのていどのことが「挑戦」ともてはやされる。

 工業社会の行き詰まりで行き場を失ったカネが、ドッと情報市場に流れ込んだ。飲食市場にも流れこんだけどね、飲食は基幹産業にはなれない。それと、行き詰まったときの馬鹿の一つ覚えのような得意策「内需拡大」。情報だア~、と、「知ったかぶり」を刺激する情報化がすすむ。「グルメ」なんてのも、こうした流れの産物だ。

 いまじゃ、ツイッターなんぞを見れば一目瞭然だが、政治だってミーハーの餌食になっている。理念なんか関係ないのさ。

 金魂卷の人気職業には、医者、学者の卵、看護婦、銀行員、商社マン、弁護士など昔ながらの定番のほかに、イラストレーター、エディター、グラフィック・デザイナー、コピーライター、シェフ、スタイリスト、フリーライターなど、このころから人気上昇の「カタカナ職業」が並んでいる。

 情報やメディアの担い手たち、かつては縁の下の力持ちだった、これらの人たちが表舞台で脚光を浴びながら消費をリードする。イトイさんなんか、その先進ね。

 ブルーカラー系の仕事は「きつい」「汚い」「危険」の「3K」といわれ嫌われ貶められ、労働者なんかになるもんじゃない、自己表現こそ生きがいというものよ。個性と感性よ、個性と感性で勝負よ。

 でも、一見華やかなファッションの世界でありながら、お金もないのに見栄をはり「又昼はシャケべんとう」の「夜霧ハウスマヌカン」の歌がはやったりした。

 より洗練されたかっこいい、より地位の高いミーハー、より高度なミーハーを目指して、これがサムい日本の経済や政治をまわしているのだ。80年前後から。「失われた20年」どこじゃない。

 見栄講座の終わりには、このような文言がある。

 「若いミーハーな君、この本の教えをよく守り、明日の日本をますますダメにしてくれることを、おじさんは祈ってやみません。」

 ブラックユーモアのようだ、ブラックユーモアなのか。

 たぶん10月に発売になる『四月と十月』を読んでね。

当ブログ関連
2017/08/28
カレーライスと新自由主義・新保守主義。

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2017/09/14

座標軸のモンダイと「三点批評」。

このばあいの「座標軸」は、ものの考え方や見方の座標軸のことなのだが。

ちかごろは、事実を積み重ねることなどドーデモよく、自分の好きなよう都合のよいように「事実」を選んだり解釈したり捻じ曲げたりするのが流行現象のようになっている。

これはいったいどうしたことだ、テレビや出版物などでの飲食の分野では、そんなことは昔からアタリマエだったが、その病が全身に広がったのか。

このあいだ、ベテランの編集者からメールがあった。かれは、編集の仕事で、ある大衆的な食べ物の歴史を調べていたのだが、あまりにもヒドイ状態、「恣意的に書いている文章がずいぶん目につきました」「典拠がほとんどあげられてなく、しかしそれを既成事実のように書かれたものが多くあって、結構テキトーな気がしました。これらの情報が上書きされているケースが、とても多いみたいですね」「食についての調査や評論というものが、ずいぶん偏っていることが、今回図書館などで調べ物をしてわかりました」ということだった。

かれは、業界では知られた編集者だけど、食べ物の編集は始めてだそうで、そのひどさにおどろいた様子だった。

だけど、しかーし、おおざっぱに「飲食本」の世界では、そんなことはアタリマエなのだ。

だいたい、かれはテーマについてライターと同じように自ら調べる編集者だけど、「飲食本」の世界ではライターにまかせっぱなしで、そんなことはしない。

あがってきた文章をチェックし編集するだけだ。文章や誌面の編集であって、事象や事物の編集ではない。あらかじめ意図したようにあがればよいのだ。その「あらかじめ意図した」ところがクセモノなのだが、それが、フツウだと思っている。これはテレビになると、もっとヒドイことになる。

そういうわけで、原典に即した事実はもちろん、典拠なんざ、ドーデモよい状態がフツウ。

このモンダイは根が深いようだ。

「食についての調査や評論というものが、ずいぶん偏っている」のは、編集者やライターのあいだで、座標や座標軸が確立していないどころか、確立する気もないからだろう。これは、読者も、そのようなことを求めていない反映かもしれない。ようするに、いま飲食本は売りやすいから企画が通りやすいという状態が続いている。そのへんは、よしあしはとにかく、学会なるものがある分野とは、かなりちがう。

この状態をふりかえってみると、飲食本にもいろいろあって、座標軸が著者の内側にあるものが多く、このばあいは当然、書かれたものは恣意的なものになりやすい。そして、その恣意的なものに共感したがる読者も多いということだろう。「エッセイ」といわれるものは、大部分そうだ。いまや、あらかじめ「共感点」を選んで企画されている傾向もある。

恣意的に事実を選んで、カワイイ観念で文化の香りがする包装をすると、共感が集まる。というかんじかな。「エッセイ」のほんらいの意味はちがうはずだが、そんなことも問題にならない。

座標軸が著者の外にあるか、著者が座標軸を外に求めて書いているものは、それなりに事実を積み重ねようとした痕跡がある。こういうものは少ないし、つまり、売れにくい。

「日本人は」、というイヤラシイ言い方をすると、座標軸を自分の外ではなく内に求めやすい。これは、キリストやアラーなどが存在しなかったことに関係すると、神学を専攻したやつが言っていたが。「私が太陽よ」というかんじで、恐れるものも畏れるものもなし、いまどきの「日本スゴイ」などもそのようで、まったくクールじゃないね。

それはそうと、せめて、少しでも、このゴミクズの山からマシな方へ向かう方法はないものか。以前の「書評のメルマガ連載「食の本つまみぐい」」を見ながら考えた。

やはり『私の食物誌』吉田健一が、モンダイだろう。これが長いあいだ売れているのだし。これが好まれる「事情」こそ考えられてよい。この本は、文学的にはともかく、食文化的には、いろいろ問題が多い。

結論は急がずに、ひとまず『私の食物誌』吉田健一を座標軸にして、池田弥三郎の『私の食物誌』や、獅子文六の『食味歳時記』を置いてみるか。池田弥三郎の『私の食物誌』と獅子文六の『食味歳時記』は近すぎるかんじがしないこともないが、とにかく、そのことによって、文学的表現にまどわされることなく、吉田健一の『私の食物誌』が見えてくるだろう。

というわけで、これを「三点批評」と名付けてみた。山で迷子になったとき、星や目立つものを利用して行う三点観測の方法だ。ゴミの山の迷路から抜け出すにはよい。

ザ大衆食「書評のメルマガ連載「食の本つまみぐい」」…クリック地獄

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2007/05/26
カレーライスの歴史 もうちょっと責任ある発言がほしい

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2017/09/13

東京新聞「大衆食堂ランチ」58回目、明大前・相州屋(かつ煮定食)。

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先月第三金曜日に掲載のものだ。すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017081802000196.html

そこにも書いたが、明大前はなかなか行く機会がない。上京してしばらくは、京王線のつつじヶ丘と代田橋に住んでいたので、毎日、この駅を通過していたのだが、井の頭線の乗り換え以外では降りたことがない。

改札の外へ出たのは、たぶん3回目ぐらいだろう。井の頭線が小田急線と交差する下北沢と比べると、かなり地味な存在だ。そのナゼ?ということが、今回もっとも気になったことだった。地理的構造が関係あるのだろうか。

そのかわり、北口の駅舎と前の小さな駅前広場は、むかしの京王線沿線の郊外駅の雰囲気をよく残している。ノスタルジックな気分がわいたので、その写真を撮ってこようと思ったが、食堂へ行くのを先にしたら、帰りは雨になってしまったので、撮りそこねた。

下北沢のような「若者の街」とはちがうが、若者の多い街だ。でも、チャライかんじはない。もしかして明治大学の「校風」の関係もあるのだろうか。

下北沢や渋谷の若者のイメージで「若者文化」をみてはいかんなとおもったが、しかし、彼らもシモキタやシブヤの街へ行けば、それなりにシモキタやシブヤの若者なのかもしれない。街が人間を印象付けるということもあるだろう。とくに消費的な「シティな街」においては、その雰囲気にのまれるか雰囲気にあわせて、人間の中の何かが表出しやすいのではないか。ま、「流行に敏感な人」とおだてられたりして、その気になることもある。そのばあい「素顔」はどこにあるのだろう。

相州屋がある商店街は、そういう「シティな街」ではない。「昔ながら」のようであるが、どんどん新しい店が進出している。

相州屋、店内の造作は、目立たぬところでデザインされしっかりしている。天井から壁板にかけてだが、ただの素っ気ないハコではない。このナゼ?も気になった。

かつ煮定食については、本紙に書いたとおりだが、これをメニューに見るとおもわず頼んでしまう。この連載では、たしかこれで3回目ではないかとおもう。

1971年ごろ初めて「わかれ」を食べたときの記憶が、けっこう強く残っているのだ。あのとき、お店のおばんさんに、「なぜ、わかれ、なのか」とたずねたとき、「白いごはんが好きで、カツ丼ではいやだという人もいますからね」というような返事があって、そのことがショックで尾を引いているようだ。

『汁かけめし快食學』に書いたことも、このショックのおかげかもしれない。つまり、日本のめしの賞味の仕方として、「複合融合型」と「単品単一型」があるということだ。

かつ煮定食においては、その両方をたのしめる。つまり、「単品単一型」で少しか半分かたべたのち、残っているものをそっくり丼めしにかければ「複合融合型」もたのしめるのだな。

ひとつ心残りのことがあった。おれが食べているあいだに、若い客が数人入っては食べて出て行ったのだが、一人をのぞいて今月の「サービスメニュー」とある670円の「オム・ハヤシ」を食べていた。

これが、盛りがよいのはもちろんだが、ハヤシととろとろのオムレツが、一つの皿のライスの山の両側に盛り分けられていて、見た目もすごくうまそうだったし、食べている人はみなうまそうに食べていた。

これ、拙速に「かつ煮定食」を注文してから、壁に貼ってあるメニューを見つけたのだった。

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2017/09/11

おしゃれが野暮か、野暮がおしゃれか。

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おれのような野暮なジジイにはあまり縁がないんだけど、「ユナイテッドアローズ グリーンレーベルリクラッシン」というショップがありますね。東日本JRの駅ビルあたりで店舗展開をしているようです。

そこが発行する「THINK LOCAL」というガイドマップは、店舗がある地域ごとに編集されています。

ユナイテッドアローズのサイトを見ると、「THINK LOCAL」には岡本仁さんが関係しているようですね。見本誌としていただいた静岡版にも、岡本仁さんがコラムを寄稿しています。

ルミネ大宮店にも、グリーンレーベルクラッシンがありまして、大宮版が出来たのですが、なんと、このおしゃれな店のおしゃれなガイドマップに野暮なおれが寄稿しています。

おれは「酒がうまくなる歩き方」というタイトルで、登場する酒場は20年間偏愛し続けている大宮東口駅前の「いづみや」なんですが、酒場の紹介より飲む前のオススメ散歩コースを中心に書いています。

氷川神社周辺の地形を散歩しながら、古代から現代までをめぐり、「人の一生は短いが、多くの人たちの摩訶不思議な長い歴史の一部を生きていると実感する」スポットを紹介しています。

氷川神社周辺のことについては、スソアキコさんの古墳部歩きで得たことが、大いに役に立ちました。

それから、大宮公園の北側にある、街が盆栽公園みたいな盆栽町と、そこにある「さいたま市立漫画会館」と隣接する「さいたま市盆栽美術館」ですが、おれは行かずに馬鹿にしていたのだけど、行ってみたら、すごーく面白いのです。一見の価値があります。

初めて「さいたま市立漫画会館」へ行ったときは、「ここがあの!」とビックリしました。施設名に「北沢楽天記念」とかなんとか入れておいたほうがよかったのに。

明治後期から昭和戦前の庶民の歴史資料を調べるとき、必ず見ることになる漫画雑誌があります。『時事漫画』や『東京パック』ですが、ここに描きまくっているのが北沢楽天で、漫画も面白いけど、内容の資料価値が高く、おれは国会図書館や埼玉県の図書館で何枚もコピーして持っていました。

北沢楽天は「日本の近代漫画の先駆者」といわれていますが、とにかく、昭和の初めの日本が戦争に突っ走りだしたころの、財閥の専横や庶民の苦しみといったものまで、あの時代よくこんな漫画を描けたなあとおもうぐらい、すごい風刺の漫画を描いたりしています。モボモガ風俗の漫画も面白いし、関東大震災前後の世相などじつにわかりやすい。とにかく、明治後期から昭和戦前の世相や風俗を知る上で欠かせない資料なんですよ。

その北沢楽天が大宮出身で、そのアトリエが漫画会館だとは知らなかった。初めて行ったとき驚きました。原画の展示はもちろん、楽天が描いていた漫画雑誌の現物が自由に閲覧できるんですよ。たぶん入館者が少ないからだろうけど、写真も自由に撮影できる。国会図書館まで行っていたおれはトウダイモトクラシの大馬鹿者だったとおもいながら、写真を撮りました。

北沢楽天を映画化、主役予定の俳優がこのあいだヤク問題で暗礁にぶつかり、どうなるかとおもっていたら、イッセー尾形に交替して撮影も終わっているようですね。こちら埼玉新聞のニュースにあります。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2017/05/14/09.html

北沢楽天に力が入ってしまった。

「THINK LOCAL」大宮には、いづみやのほかに、石田エリさんのコラムでは、72時間ドキュメントに登場してメチャクチャ混むようになってしまった「伯爵邸」や、南銀のアヤシイ横丁にある「三悟晶」や、浦和の浦和レッズのたまり場である「力」がアルディージャの大宮へ殴りこみをかけるように出店した「力」など、ちっともおしゃれじゃないけど人気で、いつも混雑している店が登場している。

「おしゃれが野暮か、野暮がおしゃれか」というかんじで、近頃は面白い。もう「おしゃれか野暮か」じゃない。ナニゴトも「二項対立軸」で見ていてはダメですね。ガラガラ変わっている価値観の多様化の流れがみえなくなりますね。まあ、まだ、どっちが「上か下か」「善か悪か」「右か左か真ん中か」みたいな見方が多いのだけど。

と、紹介しても、これ、ルミネ大宮の店でしか配布してません。東京人は東京にいれば何でも手に入るとおもったら大まちがいです。ああ、こんなにいいもの、こんなにいいおれのコラムを読めないなんてかわいそう。

楽天の漫画の写真も載せておきます。ぜひ、漫画会館で現物をご覧ください。楽天のことは、もっとたくさんの方に知ってほしいです。

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2017/09/10

今月29日は理解フノートーク。

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近づいてきた、9月29日(金)の 理解フノートーク第二弾。お題は、「フリーライターってなんだ」に決まった。 聞き手は、恩田えりさん。

えりさんとの競演は数回目、いつものように、フリージャズのごとく呼吸のあった、ロックのごとき迷走爆発暴発爆笑トークになるでありましょう。

経堂さばのゆ、19時半開演(19時開場) チャージ2000円+ドリンクキャッシュオン。

たまたまちょうど、四月と十月文庫『理解フノー』(絵・田口順二、港の人)出版1周年、28日74歳誕生日の翌日だ。

『理解フノー』には「フリーライター」というタイトルの文章がある。

さばのゆ亭主、須田泰成さんは、「遠藤哲夫さんのフリーライターワールドに触れる トークというよりトークセッション&飲み会」という。

大いに語り飲みましょう。もうおれもトシで、付き合いが悪くなっているからね、この機会にぜひ。

予約は、こちら、経堂さばのゆ。
http://sabanoyu.oyucafe.net/1159.html

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2017/09/09

火と料理。

拙著『大衆めし 激動の戦後史』の第6章「生活料理と「野菜炒め」考」では、野菜炒めと台所とくに火の条件との関係で野菜炒めを見ている。

これは、きのうふれた『料理の四面体』からの影響があるが、ほかにも、まったく火の条件を無視した「料理の歴史」のようなものに対する批判もこめられている。

日本の料理や食べ物に関する話は、事実の積み重ねから離れた「非科学的」な偏りが多い。そのことの混乱は、いまではけっこう大きな問題をはらんでいる。こういうことについて、料理や食べ物に関して編集したり書いたりしている人は、少なくない責任があるわけだけど、あらたまる方向へ向かっているかんじがしない。

それでも、『料理の四面体』が2010年になってだが、中公文庫から復刊になったのは、あらたまる方向を期待してよいキザシかもしれない。だけど、その中公文庫にしたって、ほかのアヤシイものがはるかに多いのだから、どうなるのだろう。

とにかく、火と料理について、あらためて考えてみた。

いまさら気がついたのだが、おれは、薪と炭の料理の時代からIHまで、体験しているのだった。これは、日常的なことでは、おれたちの年代が最後かもしれない。

おれが小さい子供のころは、薪と炭で料理をしていた。その火の番をするのが手伝いで、かまどやいろりのそばにいて、親が教えてくれたように火力のコントロールをするのだ。

そのときは気がつかなかったが、火力のコントロールは、料理の本質に関わる重要なことだった。

しばらくして石油コンロや電熱器が入り、それは短いあいだ部分的で、やがて中学生のころには全面的にガスになった。ガスが長く続き、9年前に引っ越して、それからはIHと電子レンジの台所で料理をしている。

薪と炭の料理は、縄文時代からの延長線、というより継続だった。これは、薪や炭と空気のあたえかたで火力を調節する。炎のぐあいを見ながら、薪や炭を補充したり、空気を送ったり、こまめに手をうごかさなくてはならない。

ガスになると、ガスと空気の調整は、それほどこまめに手を動かす必要はない。ことによったら、火事になるのを気をつけさえすれば、そばを離れることができる。

だけど、炎が見える火だから、薪や炭の延長といえる。目で炎を見て、手を動かして、火力をコントロールするのだ。

これ、縄文時代からの継続と延長だ。おれが小さいころは、縄文人とかなり近かったのだ。

ところが、IHと電子レンジは、「炎」がない。もっといえば、「火」による加熱ではない。

言い方をかえれば、縄文時代から抜け出したのだ。

しかし、いまだに、IHや電子レンジを「化け物」のようにいう料理の「専門家」がいる。とかく「科学的現象」が理解できないと「化け物」に見えるということもあるようだ。それに、「電磁波」なるものを放射能なみに危険視する人たちもいる。

「炎」が見えないのだから、気持ちはわからんではないが、IHや電子レンジで、料理は、やっと料理の仕組みが理解され、料理が科学として広く認知されるような気がする。そう願いたい。

「秘伝」だの「愛情」だの、あと「誠実」だの「丁寧」だの「真摯」だの、料理を精神や道徳やさまざまな観念の檻にとじこめてきた言論や思想などから、解放されるのだ。

ヤッホー。

という気分なのだが、はたしてどうだろう。とくに職人的な手作業にこだわって、いまや工作機械産業やAIまで遅れをとってしまった日本のことだから、19世紀ぐらいのままの言論と思想の大勢に流されて、ああ、どうなるのだろう。

「火」は文明をもたらした、といわれている。しかし、宗教行事に「炎」の演出がつきまとうように「炎」は「神秘性」と相性がよい。

炎を使う料理は、とかく神秘的に扱われやすく、神秘的なウンチクをかたむけるほどありがたがられた。ありがたがられ「芸術」扱いにされることも多かった。この構造は、陶磁器などのやきものにも通じるが。

「炎」に興奮しても、IHのガラス面に鍋がのっているだけでは、なんの感動もないからなあ。でも、それで加熱が成り立つのだから、感動ものだ。

真実は、見えないところにある。とかね。

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2017/09/08

「書評のメルマガ」の『料理の四面体』。

最近、『料理の四面体』を中公文庫で読み直した。チョイと仕事の関係もあったのだが、ときどき読み返している本だ。

この本のことは、『大衆めし 激動の戦後史』でも紙面をさいているし、以前「書評のメルマガ」で連載した「食の本つまみぐい」の35回目・最終回が、この本だった。

そこには、「連載を始めるときに、最初は江原恵さんの『庖丁文化論』で、最後は本書で締めくくろうと決めていた」と書いている。ま、おれにとって、この2冊は「別格」の価値ある食文化本なのだ。

ついでに、「書評のメルマガ」の最初から、読み返した。このころは「書評」の方法など知らずに書いている。いまでも知らないのだが。「書評」としてはお粗末も多いが、でも、まあ、本のセレクトは、いい。とにかく、いま読んでもおもしろい。

それに、だんだん「書評」らしくなっている。35回やるうちに、少しは「書評」なるものを考えるようになったのだろうか。そういう記憶はないが。

『料理の四面体』は、「書評のメルマガ09年12月11日発行」の掲載だ。あれから、15年以上がすぎている。しかし、この内容に衰えはない。と、おれはおもっている。

このあいだ、ある原稿のために、昭和初期の食に関する本や雑誌の記事を、けっこう読んだ。その内容は、ほとんど陳腐化していても、さまざまな事象についての著述が部分的に役に立つばあいがある。それだけだ。

「書いたものは残る」というが、そうは単純ではない。

「陳腐化」しているものは、その著述が行われた当時から「陳腐」なのだ。安直に、売りやすい、売れるものとして、出版されたのだろう。それが、どんなにかっこうつけて、いまこれを世に問う意味は、テナ能書きが書いてあって、かつ売れたものでも、みえみえなのだ。

昭和の初めは、いまのように飲食本は人気で、というか、この頃が大衆的な飲食本の第一次ブームといえそうなのだが。ブームというのは、安直に走りやすい。

ま、人間のすることの過去は、恥だらけなのだな。いいではないか、人間なんだから。ただ、物書きぐらいで、本を出したぐらいで、エラそうにするから、陳腐さが増幅する。昔は、本を出すのが容易でなかったにせよ、物書きがエラそうにしたらダメですね。いまじゃ、メディア過剰供給時代で、物書きなんて工業社会時代の工場労働者とかわりないのに、エリートのようにエラそうにしているやつが少なくない。

おれは、その著者の必要な著書だけでなく、その当時ほかにどんなものを書いているかも調べ、できうるかぎり読んでいる。すると、その著者が、どういう考えでそれを書いたか、また出版社は、どういう考えで刊行したか、かなり見えてくる。

当時の売れた「ベストセラー作家」で、いま流の言い方では「メジャー」であるが、いまでは名前すら知られていない「作家」は、めずらしくない。こういう人たちの作品を集めてみるのもおもしろいとおもったが、いまだっておなじようなものがあふれている。ま、ニンゲンのやることは、たいして変わっていない。

しかし、ごくまれに、いまでも新鮮な内容のものがある。「鮮度」がいいのだ。

『料理の四面体』は、そういうものとして、残るとおもう。

この本の、これまでの「生き残り方」も、単純ではなかった。その紆余曲折をみると、現代の、にぎやかな飲食関係の出版の「ヤミ」を見るような気もする。

とにかく、1980年に単行本で出た本が、文庫で残っていてよかった。おれの本は絶版続きで、紆余曲折転落状態だが、自分のことのようにうれしい。

ってことで、 玉村豊男『料理の四面体』、書評のメルマガ09年12月11日発行■食の本つまみぐい「(35・最終回)ごまんとある料理の本を無用にする一冊 」は、こちら「ザ大衆食」のサイトでご覧いただけます。
http://entetsu.c.ooco.jp/siryo/syohyou_mailmaga436.htm

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2017/09/03

寿町ならではの水族館劇場、水族館劇場ならではの寿町。

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「うそがまことか、まことがうそか」「夢のようなまぼろしこそ、まことかもしれない」とかなんとかの水族館劇場が、横浜は寿町でブチあげるとあっては行かないわけにはいかない。漂泊の劇団、漂泊の人びとが流れ込み漂う寿町。

9月1日初日の舞台を観るべく、埼玉は大宮の奥からはるばるきたぜ横浜。遠い遠いはるかな道、めったにないことだから、まず芝居の始まりは浅見本店の角打ちだ。「うそがまことか、まことがうそか」ここのおばさん、10年前5年前いつからか、ちっとも老けない。上手に化粧して可愛い角打ち舞台俳優。古い大道具の店も、そのまま健在だ。

021001一杯ひっかけて、つぎなる舞台は大衆食堂の埼玉屋。埼玉から埼玉へ、いい食堂だねえ。「雪印ミネラル牛乳」のコップで飲むビールは格別。勘定してあまりの安さにおどろいて、聞き返した。

さあ前座は上々、いざ本舞台「盗賊たちのるなぱーく」へ。行きつかないうちにふらふら入って行きたくなるまぼろしのような飲み屋横丁を、がまんして通り過ぎた。

18時半着くと同時ぐらいに、まいどの小屋の前でのプロローグが始まった。これまで観たなかで最も広い敷地を使った屋外舞台。街の景色を背景に水族館劇場の大仕掛けのおもしろさ。

じつは、初日を観ることについて危ぶむ声もあった。なにしろプログラムにも「台本+遅れ+総監督:桃山邑」と堂々とあるぐらい、台本が遅れ初日も未完、役者はセリフを覚えるまもなく舞台に立つ。日が重なるにしたがい整い充実していく。おなじ料金なら初日は避けたほうがよい、とおもうのは当然だ。

027001だがしかし、ものは考えよう、初日ならではの不完全さこそ、「うそがまことか、まことがうそか」というものだ。

芝居のお題は「もうひとつの この世のような夢」のあとに小さく「寿町最終未完成版」と、開き直っている。で、その「もうひとつの この世のような夢 寿町最終未完成版」の不完全版を観たわけだ。

いやあ、あいかわらずたのしめた。セリフのとばしぐあい、アドリブの多発、役者の数が足りないようす、不完全の完全はじつにたのしい、この世のような夢さ。

031001今年は、不幸なことに、水族館劇場を観るのは二回目だ。なんとうれしい年だろう、春にも新宿・花園神社で、「この世のような夢」を観ているのだ。今回は、そのバージョンアップ版のはずだが、ストーリーは混迷を深めたというか、あのハナシはどうなったのよ、というところもあり、役者の入れ替わりもあってか、突っ込みどこ満載というのがたのしい。

「この不完全ぐあいがいい」とは、花園での打ち上げのときに、どこかの大学の演劇の専門家だかなんだかがいっていたな。不完全な人間で埋めあって、不完全なこの世はある。

さて、それで、最後がよかった。舞台の最後は、圧巻、まいどのように大量の水が滝のように落ち、背景が割れて終わった。

すると、その向こうの夜景のなかに、クッキリ赤い文字の「居酒屋」の暖簾があるのだ。そこまで計算して舞台設計をしたのか。まさかね。

で、そこがエピローグの舞台になった。小屋を出て、ぐるりまわってその「居酒屋」へ。間口は小さく、10人は、入れそうにない店内。カウンターのなかに猫ちゃん抱えた、若くはないが老けてもいないママ。スナックなかんじのカウンターに男が一人。

この店が芝居の最後に見えた話しをする。窓越しに小屋を見れば、割れた舞台は灯りもそのままで、おれが座っていた階段の座席あたりが見える。「ほら、あそこから見えたんだよ」。ママは、小屋が建ち始めるときから、いったい何が始まるのかと見ていたから、興味津々だったようだ。それでまあ、盛りあがった。

男の客が「よく4800円も出して観るねえ」というのに、「いやあ、芝居なんて、やるアホウと観るアホウですよ」と大笑いしながら、もう一杯、もう一杯。

でも、2時間かけて埼玉まで帰らなくてはならない。外へ出たら、水族館劇場の夜の幕引きにふさわしい風と雨だった。

おれはヘソマガリのせいか、料理にしても、どうだこの完成度を味わえというようなものは、あまり興味がわかない。今夜の水族館劇場の不完全度には脱帽。帰りの電車で、おれも、いつか、堂々と「ナントカカントカ未完成不完全版」というタイトルの本を、全力ふりしぼって書きたいものだとおもった。

桃山さんは、プログラムの挨拶文で、宮澤賢治の「永遠の未完成これ、すなわち完成」であるを引用している。そういってしまってはオシマイというかんじがしないでもないが、完成形なんてツマラナイものだとおもうね。この世の不完全さ未完成さこそ「まこと」だろう。

この公演、9月の5日までと13日から17日までやっています。この劇場体験は、4800円出しても、惜しくはないですよ。さすらい姉妹こと千代治と風兄宇内という、すごい役者もいる。音楽もいいね。舞台美術もこっているね。

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