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2017/09/15

ミーハー化。

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 『四月と十月』に連載の「理解フノー」は、前回(今年の4月号)から3回続けて「バブルの頃」を書く予定で、1回目は「錯覚」だった。来月発行の10月号は2回目「見栄」で、すでに校正もおわっている。最後の3回目は「崩壊」のつもりだ。

 今回は「バブルの頃の上っ面を、流行現象を中心にふりかえってみたい」ということで、当時話題になったし売れていた本を三冊とりあげた。この三冊、あらためて読むと、バブル以後というより、80年後の流れを見るうえで、すごくおもしろい。

 おれは、いまの日本を「バブル後」で見るとまちがう、工業社会が行き詰まった80年前後からの流れで見なくちゃいかん、なんていうエラそうなことを何度かこのブログでも書いているけど、この三冊を読むと、ますますその気になるのだな。

 その三冊は、これ。

 『見栄講座 ミーハーのための戦略と展開』、小学館から一九八三年十一月発行、ホイチョイプロダクション作品で馬場康男=作・松田充信=絵。
 『金魂巻(きんこんかん)』、主婦の友社から一九八四年七月の発行。渡辺和博とタラコプロダクションの作品。

 この2冊は、バブル前の発行だが、バブリーな風俗を先取りしたかんじだ。まさかバブルを予測していたわけではないだろう、80年前後から変った流れにのったものだったのだ。もちろん、バブルになってからも売れていた。バブルになってからのほうが売れたのではないかな。そして、バブルが崩壊したあとも、大きな流れとして続いている。まんま、いまに通じる。単品グルメみたいに、アイテムが細分化多様化しただけ。

 『見栄講座』がはやらした「ミーハー」と、『金魂巻(きんこんかん)』がはやらした「マル金(キン)」と「マル貧(ビ)」は、いまの社会現象そのものだ。

 もう一冊は、中尊寺ゆつこによるコミック『お嬢だん』だ。双葉社から一九八九年七月の発行。中尊寺ゆつこは、バブルの最中に「オヤジギャル」などの流行語を生んだし、『お嬢だん』の主人公は、オヤジギャルぶりを発揮している。

 この流れも、どんどん盛んになり、「酒場放浪」など、これまで「男市場」だったところへ「女」が参入して、「女」をウリに市場化することが盛んだ。これも女ならではのミーハー化の流れだろう。

 見栄講座の帯には「時代はいまミーハーへ」「先進工業国を襲うミーハー化の波」の文言がある。ゆきづまった先進工業国日本のミーハー化を予言していたかのようだ。「ポスト工業社会」は「ミーハー化社会」だと。

 この「ミーハー」の特徴は、「知ったかぶり」ということにある。きのうのブログにも関係するが、事実にもとづいて知識を積み上げたり、本質にせまったりなんて、「ミーハー化社会」では「時代遅れ」だ。誰も手を付けてないところ(たいがいニッチ)へ、そさくさと知ったかぶりして、口をはさみ切りこむ。どんどん細分化がすすんだ。そのていどのことが「挑戦」ともてはやされる。

 工業社会の行き詰まりで行き場を失ったカネが、ドッと情報市場に流れ込んだ。飲食市場にも流れこんだけどね、飲食は基幹産業にはなれない。それと、行き詰まったときの馬鹿の一つ覚えのような得意策「内需拡大」。情報だア~、と、「知ったかぶり」を刺激する情報化がすすむ。「グルメ」なんてのも、こうした流れの産物だ。

 いまじゃ、ツイッターなんぞを見れば一目瞭然だが、政治だってミーハーの餌食になっている。理念なんか関係ないのさ。

 金魂卷の人気職業には、医者、学者の卵、看護婦、銀行員、商社マン、弁護士など昔ながらの定番のほかに、イラストレーター、エディター、グラフィック・デザイナー、コピーライター、シェフ、スタイリスト、フリーライターなど、このころから人気上昇の「カタカナ職業」が並んでいる。

 情報やメディアの担い手たち、かつては縁の下の力持ちだった、これらの人たちが表舞台で脚光を浴びながら消費をリードする。イトイさんなんか、その先進ね。

 ブルーカラー系の仕事は「きつい」「汚い」「危険」の「3K」といわれ嫌われ貶められ、労働者なんかになるもんじゃない、自己表現こそ生きがいというものよ。個性と感性よ、個性と感性で勝負よ。

 でも、一見華やかなファッションの世界でありながら、お金もないのに見栄をはり「又昼はシャケべんとう」の「夜霧ハウスマヌカン」の歌がはやったりした。

 より洗練されたかっこいい、より地位の高いミーハー、より高度なミーハーを目指して、これがサムい日本の経済や政治をまわしているのだ。80年前後から。「失われた20年」どこじゃない。

 見栄講座の終わりには、このような文言がある。

 「若いミーハーな君、この本の教えをよく守り、明日の日本をますますダメにしてくれることを、おじさんは祈ってやみません。」

 ブラックユーモアのようだ、ブラックユーモアなのか。

 たぶん10月に発売になる『四月と十月』を読んでね。

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