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2017/10/30

生サンマのさっぱり煮。

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きのう掲載の関甚で食べた「生サンマのさっぱり煮」は、うまかった。

いまどき、「インスタ映え」とかいわれ料理はますます目で食べる感じだが、この見た目は野暮な料理が、いい味をしていた。

しかし、サンマの煮物でさっぱり味というのは、コクがあるのにキレがあるような話で、食べるまでイメージがわかなかった。「さっぱり」というのは「薄味」ということだろうかとも考えた。それに、もともとサンマは、チョットしたえぐ味が持ち味で、それは「さっぱり」とはちがうだろうし、それを「さっぱり」にするというのはえぐ味をなくしてしまうというのか、それではサンマでなくなるだろう、と思ったりした。

食べてわかったのだが、「辛口でさっぱり」していた。もちろん、えぐ味もちゃんときいていた。

「辛口」というのは、わかりにくいかもしれない。インターネット上では、清酒の「辛口ください」と注文するやつは、味をよくしらないやつだ、なんていう話もあった。とはいえ、清酒の辛口は、清酒業界が率先してつくりあげたイメージだ。80年代に新潟清酒が「淡麗辛口」を謳いはじめブームになったのがキッカケだろう。

それは、もしかすると、当時のアサヒスーパードライが「コクがあるのにキレがある」とやって人気を得たのと関係があるかもしれない。

それまでの清酒は「甘いほどよい」という感じがあった。「いい酒」といわれるものは甘かった。清酒はもともと旨味が持ち味だし、その口当たりには甘さがあるが、それがベタベタするほど甘い清酒がもてはやされていた。それは砂糖などの甘いものが珍重されていた歴史と関係があるかもしれない。

そういう味になれていた年寄りも少なくないはずだ。「ドライ」「辛口」は旧来の「甘口」に対するもので、若い新しい需要層をねらった。と見ることができる。でも清酒は旨味が持ち味であることには変わりないだろう。

新潟の「淡麗辛口」が登場する前は、甘い清酒に対して、剣菱や地酒が「辛口」として好まれるむきもあった。その辛口は、「ドライ」とちがった。

おれは上京するまでは、まわりじゅう「辛い」といったら辛子のような辛さを意味していた。上京したら、まわりではどうもちがうのである。どうやら「しょっぱい」を「辛い」といっているようなのだ。それなら、辛子の辛さはどうなるの、という気分だったが、やっぱり「辛い」なのだ。これでは区別がつかないではないか。話の文脈で区別しろというのか。

あるいは「しょっ辛い」が「しょっぱい」とおなじようであった。辛子のような「辛い」と区別して「しょっ辛い」になるようでもあった。その区別も、釈然としない。

めんどうな話だ。でも、「しょっぱい」と「辛い」は、おれのなかでは微妙にちがった。「辛口」で、さらにややこしくなった。おれは繊細ではないし野暮だし、そういう話はやめてくれ、おれは味覚バカでけっこう、と開き直りたいのだが、とにかく、東京モンの言い分にしたがってきた。

「辛口」と「辛い」はちがう。「生サンマのさっぱり煮」は、「辛口でさっぱり」していた。

東京の東側低地で出あう、しょうゆだけで味付けしたような(実際には、今はしょうゆだけということはないだろうが、昔はしょうゆだけがあった)、そこにしょうがを加えた、という感じの「辛口」だ。

そういうリクツはいいのである。ようするに、サンマもうまかったし、めしがうまく食えた。

昆布、ねぎなどもクタクタになるほど煮込まれ、いい味をしていた。食堂のおばさんが言っていたが、生サンマでなければできない料理で、丸切りにしてコトコト長時間、骨までとろけそうなほど煮てあった。

こういう料理は、自分でやるには、ヒマがなければできない。

日本料理界においては、サンマなどの大衆魚は「雑魚」「下魚」として扱われた。日本の秋の味覚を代表するようなサンマでも、日本料理を代表するような料亭などでは出さなかった。

それについては、昔、関西の有名な料理人だったか料理研究家だったか、土井勝だったかな?が、ほんとうのところを何かに書いていた。

ようするに、サンマではどう料理しても料亭の値段にならないから出さないのだと。そんな話だったと思う。

そのかれが、東京・築地の名高い料亭「つきじ田村」の主人に東京へ来たら遊びに寄ってといわれ、どんな料理を食べさせてもらえるかと上京したときに寄った。

すると、サンマの塩焼きが出たのだ。それも、焼き立てを主人自らが持って出た。

主人は、関西ではいいサンマが食えないだろうと、サンマを自ら焼いて、仲居に持たせているあいだにも味が落ちるというので、自分で持ってきたのだった。ま、「おもてなし」ってやつだね。

いかにも、なるべく手を加えないほどよいという日本料理の料亭の話だ。

詳しい話は思い出せないが、たぶん、サンマからして別格のものだったにちがいない。それは塩焼きで食べるのが最上ということになっていたのだろう。

そういうところでは、「生サンマのさっぱり煮」なんて思いつかないのではないかな。こういうものが食べられるなんて、庶民のよろこびですね。

いまでは、どうなのだろう、料亭でもサンマを出すのだろうか。

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2017/10/29

60回目、東京新聞「大衆食堂ランチ」は葛西・御食事処 関甚。

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今月20日は第三金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。

今回は60回目だ。地味に5年がすぎた。5年前、おれはまだ60歳代だったのだな。

葛西の[関甚]を訪ねた。すでに東京新聞のサイトにも掲載になっている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017102002000219.html

そこに書いたように、葛西は千葉県境の「国境の町」だ。この連載では、すでに千葉県境の常磐線金町のときわ食堂と総武線小岩の三平を訪ねている。

葛西は、おなじ「国境の町」でも、金町や小岩と情緒がちがう。金町や小岩のような猥雑感がない。だだっ広いせいかもしれない。1969年に葛西駅ができ、町が新しく計画的に造られたからかもしれない。

しかし、都心のようにチマチマセカセカした感じがないところは、金町と小岩に共通している。そして、やはり、金町や小岩のように、労働者の呼吸を感じるいい食堂がある。

チマチマしてないといえば、関甚の暖簾と「めし」の看板、なかなかのものだ。

関甚がある道沿いに、もう一軒「大六天」という食堂がある。今風マンションの一階だが、その今風を蹴散らしそうなほどのファサードの力強いi面構えが、なかなかのものだ。

まずは、「大衆食堂」の暖簾が潔く力強い、関甚に入った。

外の手書きサインボードの「キンピラゴボー」という書き方も、チマチマしてなくてイイゼ、だった。

本日の日替わり定食にあった「生サンマのさっぱり煮」というのが、どんなものか想像つかないので頼んでみた。

おばさんが運んできたとき、撮影してよいかときくと、「よい」の返事のあとに、食べにくるたびに写真を撮って家族に送る外国の人がいるんですよ、と言った。撮って、すぐメールで送るらしい、いまこんなものを食べていると。

大衆食堂で働く外国人労働者も増えているが、外国人労働者の客も増えている。大衆食堂の気安さは、外国人労働者にとってもうれしいにちがいない。

今日のチョットした安息の食事があれば、明日も生きられる、希望もつながる。もっとそのことを大切にしたいものだと、「うまいもの話」や「いいもの話」があふれる近ごろ、よく思う。万事、どうでもよいことにうるさく、大切なことには関心をしめさない。

食べていると、いかにもガテン系の仕事をしているらしい体格のいい若い男が2人、馴染み客のようだったが、どちらも2人前ぐらい頼んでいた。ほれぼれする食欲。

「うまいもの話」でも「いいもの話」でもない、この連載、いつまで続くかわからないが、そのうち[大六天]にも行きたい。

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2017/10/28

戦争と機関銃と食品とザ大衆食の更新。

戦争は反対だ嫌だ、といいながら、アンガイ戦争について理解してないことに気がついた。

反対や批判をするには、対象を理解しなくてはならない。

そこで、第二次世界大戦をオベンキョウしていたら第一次世界大戦までさかのぼってしまい、さらに機関銃にたどりついた。

いま戦争といったら「近代戦」といわれるやつで、それは、どうやら機関銃という大量破壊兵器の登場から始まっているようなのだ。

機関銃が本格的に使われた最初の戦争が、アメリカの南北戦争で、そこから「近代戦」の歴史が始まったと見てよいようだ。

大量破壊兵器の登場によって、戦争のやり方が変わっただけでなく、いろいろなことが大きく変わった。人間も変わった。なにより、大量破壊兵器は、人間から人間性を奪った。

人間は、より残酷になり、人の死に冷淡でいられるようになった。大量破壊兵器による殺戮には、人と人が刃物で切りあったり拳銃や鉄砲で撃ちあったりするときのような個人は存在しない。

人間は、どんどん残酷になり、機関銃から始まった大量破壊兵器は、原子爆弾にたどりついた。そして大量破壊兵器を装備する国の平時は、どんどん戦場と変わらないぐあいになる。戦時でなくても、人間性なんかクソクラエ、子供のようなものは足手まとい、「能力」の低い者は邪魔なだけ、オレに従わないやつは敵だ排除。そういう日常でこそ、大量破壊兵器を使う思想や精神が養われる。

と、まあ、大量破壊兵器は、戦争だけでなく、社会や人間も変えてしまった。そういえば、最近、文化功労章をもらった人が「国威発揚を文化を通じて行っていく」と言ったとかで騒がれた。文化も、変ったのだな。

が、ことは、それほど単純に一方的ではない。

この大量破壊兵器をもたらしたのは、直接的には産業革命で、ま、産業資本主義とでもいうか。これが、大量破壊兵器の大量生産をもたらしただけでなく、生産を支える労働者大衆を生み、かれらの日常を支える食品の大量生産も実現した。

一方では大勢の人のいのちを奪う大量破壊兵器、一方では大勢の人のいのちを育む大量生産の食品。いつも戦争と平和の混在だ。

『機関銃と社会』(ジョン・エリス著、越智道雄訳、平凡社1993)の「機関銃と大衆社会」には、こんな記述がある。

「(ヨーロッパでは)十九世紀初めになると、新しいタイプの社会の出現が認められるようになった。歴史上初めて、土地は経済問題における絶対的な優位を失いはじめ、そして中産階級が独自の政治勢力として台頭しはじめていた。彼らは権力と富の増大によって、農業以外の生産物へのかなり多額の投資をまじめに考えることができるようになった。同時に、ヨーロッパの人口は増加しつつあり、それが貧しい小作農階層を町へ流出させ、生産の拡大に必要な労働力を膨張させた。町の人口がますます大きくなっていくにつれて、値段の安い、規格化された生活用品を求める、大きくて、均質で、簡単に利用できる市場が生み出された。この市場が発展するにつれて、生産を大きな工場に集中させることが可能になった」

この状況は、日本のばあい、明治末期から「大衆」という言葉が生まれる昭和初めぐらいになりそうだ。

日本では、土地の絶対的な優位は、それほど失われなかった。いまでもそうだが、これがメンドウなことになっている。

「社会の構造におけるこれだけ大きな変化は、戦争のやりかたにも必然的に多大な影響を及ぼした」

機関銃という、それまでなかった大量破壊兵器は、「実際に死傷者を減らすだろう」と考えられていたし、「ある意味で、いちばんすごい破壊者がいちばん人間を愛しているといえるのです」といった、えらく楽観主義的な思想が大量破壊兵器を持つことを支えていた。だけど、実際は、ちがって、第一次世界大戦、第二次世界大戦、とてつもない破壊をもたらした。

なのに、あいかわらず、核武装が戦争の抑止になるような話しがある。いちばんすごい破壊者になりたがっている連中は、人間を愛しているどころか、ろくでもない連中だということは、大量破壊兵器は戦争の抑止にならない事実とおなじように、いまでは明白な事実なのだ。

ところで、機関銃などの大量破壊兵器の導入をめぐっては「軍人気質」との衝突があったようだ。これは日本における近代化と「職人気質」や「武士道」やもろもろの「ナントカ魂」などとの衝突にも似ている。

そして、人びとは、近代化や機械化の現実と成果より、昔ながらの個人の精神や心構えや活躍の話を好む。「愛」「誠実」「勇気」「覇気」などなど。

大量破壊兵器を持つほど発達した社会の全体像を見失ない、全体像を見失うことで自分自身の位置も誤り、大量破壊兵器の時代にふさわしい戦争と平和の思想を持てず、力あるものに自分をあずけ、ドドドドドドッと戦争に向かう。いや、向かった。

はてさて、これからどうなるのだろう。どうするのだろう。

このあいだから、「ザ大衆食」のサイトをリニューアルしようと、あれこれ模索していたのだが、やっと方向と方法が決まったので、チョコチョコいじりだした。まずは、こんなところから。
http://entetsu.c.ooco.jp/hon/labo.htm

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2017/10/26

どこにでもあるどこかになる前に。

いま、おもしろくて注目しているのが、里山社のWEBサイトで藤井聡子さんが連載中の「どこにでもあるどこかになる前に。~富山見聞逡巡記~」だ。
http://satoyamasha.com/series/dokodoko-toyama/01-blue-hawaii

サイトには「東京で自分探しを終え、「遠きにありて想うもの」だった故郷・富山に戻った著者」という紹介がある。

何者かになりたくて、富山を離れ大阪の大学を出て、東京で働いていたが、「都落ち」したのだ。

読んでいるうちに、あれっ、この人とは以前に会っているなと思い出した。

そう、たしか、初めて会ったとき、富山へ帰る話をしていた。

そうそう、あれは、東急田園都市線駒沢大学の環七沿いにあるバーだった。いま里山社をやっている清田麻衣子さんと彼女は一緒に来たのだった。そうに違いない。

おもしろい人だった。あれからメールもいただいたような記憶もあるが、おれはモノグサだから返事もせずにそのままになってしまったようだ。

とにかく、この連載は、おれ好みのテーマでもあり視点でもあるから、たのしみなのだ。

知り合いに、やはり「都落ち」した女がいる。もう一昨年の春になるかな、故郷に帰ったのは。大学卒業して一年間は、なんとかやっていたが、ついに帰ってしまった。その年の秋、ついでがあって彼女の故郷で会う機会があった。

東京で生きる難儀、地方で生きる難儀、東京で生きるということ、地方で生きるということ。そこに、「女」であることが重なる。

何者かになろうとするなら、東京でもない地方でもない業界と市場に馴染みながら生きなくてはならない。それは、「どこにでもあるどこかになる」ことでもあるだろう。藤井さんは、そうではなかったから、いま彼女だから書ける「どこにでもあるどこかになる前に」を書けるのだと思う。

おれはいつも「何者かになろうとする必要はないんじゃないの」と言うだけだ。そのように生きている人たちのほうが多いはずなのだ。

とくに1990年ごろからこちら、普通ではイケナイ何者かにならなくてはイケナイ、仕事で自己実現を、みたいなことが強迫観念のように横行しているわけだけど、生きることや仕事には、もっと別の「動機」があるはずだし、あってもよいはずなのだ。詐欺師的人生なんか、なかなかおもしろいしね。

しかし、里山社、いい仕事をしている。女一人大地に立つ、という感じがある。

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2017/10/25

「大衆食堂の詩人」の呼称はここから始まった。

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大きくもない本棚だが、資料を探していると、探している資料でないものに目がとまり、なかなか作業が進まない。

これは、貴重というか、記念すべきというか、あるいは、もしかすると不幸の始まりだったかもしれない、おれが「大衆食堂の詩人」という呼称をいただいたときのものだ。

『彷書月刊』2003年5月号。

南陀楼綾繁さんが『彷書月刊』に「ぼくの書サイ徘徊録」という連載をしていて、その23回目に、「ザ大衆食」のサイトを取り上げた。

その見出しが、
「この人を見よ!
大衆食堂の詩人・遠藤哲夫」
だったのだ。

そこで、この雑誌が出たころ、ザ大衆食のサイトにこの記事を紹介したことを思い出して、見つけた。

「南陀楼綾繁さんが「ザ大衆食」について書いたゾ」ってことで、2003年4月26日にアップしていた。ついでに、そこに少し書き足した。

こちらね。
http://entetsu.c.ooco.jp/ayasige.htm

南陀楼綾繁さんといつどうして出会ったのか、まったく思い出せない。この文章を読むと、このときより前に知り合っているようだ。古書現世のことも出てくるから、向井さんとも付き合いがあったのだな。

おれは南陀楼さんと赤羽の「まるます」「まるよし」を飲み歩きながらインタビューにこたえたようだ。当時は、まだ「まるます」も「まるよし」も、そんなに混雑していなかったのだ。なんで、いまのように行列ができるほどバカ込みするようになったんだ!いいかげんにしろよ。

この10年ちょっとぐらいは、「異常」といってよいほど、メディアの食う飲む話の市場が拡大したのではないだろうか。ま、ひとつのバブルですね。おれはあまり関係ないけど。

とにかく、あれから10年以上がすぎ、いろいろあったなあと、おれの目は遠くを見るのだった。ま、おれはトシを食っただけで何も変わっていないのだが。

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2017/10/24

牛乳のグラスでビールを飲む。

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大衆食堂の日常には、さまざまな景色が積み重なっている。

カップ酒の空のカップで水を出すところは、たまに見かけるが、これは記憶にない。

東京新聞の連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」9月15日は、横浜の埼玉屋食堂だった。

瓶ビールを頼んだら、「雪印ミネラル牛乳」の文字が印刷されたガラスのコップが一緒に出てきた。

ビールメーカーのコップが出てくることは珍しくないが、牛乳メーカーのコップは、たぶん初めてだ。

牛乳メーカーがこんなサービスをしていたのも忘れていたが、いつのものだろう。それに、あとで写真を見て気がついたのだが、「雪印ミネラル牛乳」の文字の裏側には、「北習志野販売所」とあった。

北習志野といったら千葉県だ。そこの販売所が配ったであろうコップが、東京を通りこして神奈川県は横浜の、埼玉県出身の人の店である埼玉食堂で使われている。しかも、ビールを飲むのにも使われている。

なんだか大衆食堂らしい物語のようで、またこのコップでビールを飲みに行きたくなるのだった。だけど、ここさいたま市からは遠すぎる。

うん、もしこのコップがうちにあったら、ボクはこれにワインを注いで飲むね。例のアルパカですよ。

当ブログ関連
2017/10/04
東京新聞「大衆食堂ランチ」59回目、横浜・埼玉屋食堂(カレーライス)。

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2017/10/23

『創作』。

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きのうは、台風21号接近中で荒れた天気のなか、衆議院選挙の投開票日だった。台風が近づかない朝早々に投票を済ました。

結果は、前にブログに「この選挙で改憲勢力が3分の2を占める流れもできつつあるようで、改憲のための国民投票まではいく気配が濃厚だ」と書いたような結果になった。

先日20日(金)、北浦和の居酒屋ちどりの「出張円盤寄席」へ行った。2年前の10月以来の出張円盤寄席だ。あれから何度かあったのだが、なかなか都合がつかず、やっと行けた。

「出張円盤寄席」は、高円寺の中古レコード屋?「円盤」の店主である田口史人さんが、中古の盤をまわしながらしゃべるもので、2年前のときは、その話もおもしろかったが、田口さんという人物もなかなかおもしろい方で強く印象に残った。

そのとき、発売になったばかりの田口さん著の『レコードと暮らし』(夏葉社)を買って読んだが、やはりおもしろいだけでなく、すばらしい内容だった。

そして今回、寄席もおもしろかったのはもちろんだが、そこで売っていた田口さん発行の『創作』なる本を買って読んで、田口さんはすごい人だなあと思ったのだった。

この『創作』なる本は、田口さんが旅の途中で寄った、やる気なさそうな古物屋の店頭のワゴンの中に捨てられたようにあった「日記」を、田口さんが本にして出版したものだ。

日記は、1973年10月26日(金)に始まり、1975年7月26日(土)で終わっている。作者は、わからない。

だから、この本に著者名はない。さらに、奥付もなく、日記本文以外のものは、まったくない。タイトルのある赤いカバーをはずせば、そのタイトルもない。つまり、体裁こそ本になっているが、田口さんが発見した日記そのままなのだ。

田口さんは、なぜこの日記を出版する気になったのか、寄席の冒頭で語った。おれは、その言葉が気になって買ったのだが、言葉自体は、はっきり思い出せない。ただ、その言葉から得た感覚が身体に残っていた。

本には、栞がはさんであって、この本の短い紹介がある。それも「無署名」であり、この本は栞まで含め、とことん無名性を貫いている。

栞の文は、もちろん田口さんが書いたものだ。ということは、いまのおれは知っている。だけど、この本は、やがて元の日記のように、流れ流れていくうちに、無名のものとして見つけられて読まれるか、流され捨てられるままになる。元の日記と日記の著者つまり「主人公」の「運命」を、そのまま表現しているわけなのだ。

このように、自分を前面に出さない、「物」に忠実であろうとする姿勢は、田口さんの著書や話に共通することだけど、なかなかおれのような凡人にできることではない。

たいがい、「これは私が世に出した」とでもいうかのように、「どう私っていいもの出すでしょ」とでもいうように、発見者や発行者あるいは作者である自分を誇らしげに見せる。

とにかく、その栞の文から一部を引用する。

「どこの誰が書いたのかわからないこの日記を読み終えたとき、ヤバイものを見つけた、という最初の興奮とはまったく違う、文学作品を読み終えたときのような、心に軽く残る瘤りと爽快さを感じた」

「私はこれを読んで「表現」とはなんなのか、そして凡人とそうでない人の差はなんなのかを考えさせられながらも、結局のところ、この「主人公」のあまりに真摯であまりに人間的な有様に惹かれていった。虚実の皮膜でゆらめく「人」に」

この日記には、創作の気配がまったくない。人に読まれることも意識することなく、自分の慰めか気持の支えか、日記を書く人の気持はわからないのだが、単なる記録でもないようだ。

日記の著者は、「小説」を書くような非凡な人間になりたいと願いながら、日雇い労働と花札やパチンコや麻雀のバクチな日々を送り、自堕落のようでありながら堕落しきることもなく、これではイカンと思いながら、なかなかバクチを断ち切れず、本を読んではあれこれ考え、旅にも出てみるが、生活は変わらない。自分ではこえられない何かと向き合いながら、しだいに精神世界へ傾いていく。

負けがこんでバクチはやめたと書いていたのちにも、「仕事が遅れている。残業が続く。/麻雀十二時まで。最近又やりだす。/本を読む時間がなくなる」といったぐあいに、その日その日を綴っている。ただ、書かずにおきたいことがあることは、読んでいるとわかる。あからさまにはなれない。

いったいどうなるんだこの人、と思っているうちに、日記は終わる。

とくに「名言」があるわけじゃない。耳目をひくようなことは、いっさいない。

その読後感が、不思議によい。田口さんは「心に軽く残る瘤りと爽快さを感じた」と書いているが、ちっとも爽やかな日はないし、明るい未来なんてものはなさそうな暮らしなのだが、青空を見上げているような読後感がある、といったらよいか。

この日記が書かれた年代。書き始めの1973年は、おれが30歳の年だ。日記の著者は、おれより年下で、たぶん20歳前半だろう。愛知県幸田町の中心から離れたあたりに住んでいると思われる。

この時代、東京へ目が向いている若者が多かったと思うが、かれは都会への憧れがほとんどないようだ。弟が2人、1人は家を出ていて、彼と弟と両親の暮らし。この家を出ようという考えもないらしい。この時代の若者らしさといえば、4日ほど、放浪の旅に出ることだ。

もっとも、「この時代の若者らしさ」というのは、多分にメディアからつくり出されたものだけど、かれは旅先で、当時のディスカバージャパンキャンペーンにのったアンノン族の若い女たちを目にするが、ただ若い女が多いと思うだけだ。

いまは、どこでどうしているのか。その土地から離れたかれは想像できない。

とにかく、このようなものを発掘して、自分の名前も出さずに出版する田口さんは、ほんと、すごい。

人間は十人十色というが、一人一人がかなり違う、それが共存しているのが社会だというのは、実際のところ理解されにくい事実だ。

その結果、「できる人」や「正しい人」や「好ましい人」などばかりを評価し、そちらに近づくようになる。

『レコードと暮らし』の「送り溝」というあとがきで、田口さんは、このように書いている。

「困った状況として現われているのは、自分がたどりついた情報はいいもののはずだ、正しいはずだと信じるために、その価値づけの権威を自分に据えてしまう人が増えていることです。素早く得た情報をすぐに使おうと思ったら、そうしてしまうのが、最も合理的なのでしょう。物の評価は歴史認識と状況認識の二つの軸があれば誰でもできますから、それを自分史と自分をとりまく状況に設定してしまえば、なんとでも言うことはできるからです」

「そうやって築かれた価値観は、隣の人すら通じないことは肝に銘じておかないと本当に危険だと思います。そこに自分は正しいと信じる力が加わったら、対立しか生まれようがありませんから」

今回の選挙をめぐっても、メディア界隈で食っている「知識人」のあいだには、そういう傾向が見られた。上層と下層とのあいだの分断は激しくなっているようだ。この日記の主人公のような労働者は眼中にない知識人は多い。

非凡な存在にならないかぎり、自己肯定が難しい世間だ。

だけど、こういう本からは、十人十色の普通の一人一人の暮らしが肯定的に浮かんでくる。もっと、そういう本がほしい。

184頁、1000円。充実の読書。

当ブログ関連
2015/10/27
出張「円盤」レコード寄席@北浦和クークーバード。

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2017/10/20

そんな生活がしたいだけです。

「スペクテイター」40号「カレー・カルチャー」特集に、おれ、じゃない、ボクが寄稿した「カレーショップは現代の大衆食堂である」を読んだ国際詐欺師のけんじが、フェイスブックに感想を投稿していた。

けんじは、フェイスブックをブログがわりに使って、毎日のようにゲロ文を吐いている。多いときは、日に二回も吐く。ほんとうは禁煙日記のために始めたのだが、たばこのことは思い出したように書くだけだ。

けんじは詐欺師だけあって、昔からなかなか機知に富んだ文を書く。つまり、虚実のあいだを巧みにあやつる。

おれ、じゃない、ボクにとって都合のよいところだけ、引用しよう。これは、公開になっている文の、ごく一部だ。

「遠藤哲夫先生の論文は、まあ長い長い、とにかくクドイ長い。何ががいいたいんだ、このクソ爺と思ったが、最後まで一気に読んで、最後の一文にたどり着いたところで、ドカンときました。先生の策略の穴に落ちてしまいました」

「最後の一文は、いやあ名文句です。前触れもなく来る。飾ることなく、さりげなくズシンとくる。一度読んで、ビクんときたら、多分一生忘れないでしょう。鈍感な君らにはわかるまいが」

この最後の一文とは、こういうものだ。

「じつは、カレーショップもそうだが、若い新しいスタイルの小規模の食堂経営はあちこちに生まれている。小規模ならではの可能性があるし、街角の飲食生業店はまちの活力であるが、なにより、簡便で安くてうまいものがある日常は、つくる人も食べる人も含め大衆の生きる希望をささえる文化であるのだ。」

これで、「カレーショップは現代の大衆食堂である」の最後を〆ている。

けんじは、「貧困に喘ぐ国、諍いの絶えない国は、庶民は命懸けで食べている。危険と背中合わせに、生きるために食べるしかない。必死に食べる」とも書いている。

つい最近も、そのあたりへ行って来たばかりのようだが、これは、かれが詐欺を働きに外国へ行って、実際に現場で見ていることなのだ。だから、かなり鈍感なかれも、最後の一文に「ビクん」ときたわけだ。

かれは、こうもおもう。

「我々大衆は、作る人も食べる人も明日を信じて安くて美味いものを喰う。生きる希望があるから、まだ先の人生があるから喰う。幸せが向こうにあると思うから喰う。こうやって大衆の文化が作られていくのだ」

「幸せな大衆文化を淘汰させないため、明日の希望がある限り、その魂の火を燃やし続けるには大衆が作る大衆食を大衆が食べるのだ」

「安くて美味い物がそこにある日常が、大衆の希望を支える文化なのだ」

これは大衆食の普通でありアタリマエだと思うが、スペシャルばかり追いかけてきた日本では、普通やアタリマエがなかなか適正に評価されない。まいどボクが強調するスタンダードの大切さのことだが。

「いいもの」「うまいもの」話にかこまれてすごしているうちに、よその国の貧困と比べなければ、このようなアタリマエの大切がわからなくなっている状況もあるようだ。

いまの日本は、この普通やアタリマエが難しくなっている。これは経済や貧困のこともあるが、上を向いてスペシャルばかり追いかける文化の問題でもあるだろう。ひとと同じではいけない、普通ではいけない、普通の暮らしがしたかったらスペシャルな能力を持つスペシャルな人間になれ、野暮はダメ洗練せよ、そんな抑圧が強すぎる。

先日、ツイッターに、こんな投稿があった。

みなみ 海‏ @cocoro_zasi

私達は、壮大な贅沢を望んでいる訳ではない。住む所があって、ご飯が食べれて、それを作る心身の余裕も持てて、疲れたら休みが保障されていて、気兼ねなく病院に行けて、季節の服を選んで、友人とも時々は遊んで、家族があってもなくても、笑って、映画観て泣いて…ただそんな生活がしたいだけです。

0:02 - 2017年10月15日
https://twitter.com/cocoro_zasi/status/919216865020329984

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2017/10/19

新橋で国際詐欺団の飲み。

きのうは、国際詐欺団佐世保ブランチのどらが上京したので、17時から新橋の「野焼」で飲んだ。

新橋に事務所がある国際詐欺団本部のけんじとゆい、どら、おれ。途中まで2カ月ほど前に本部に入社した詐欺見習いの男がいた。

愉快だった、詐欺師たちはおもしろい。世の中どうなろうと、詐欺師は生きのびるのだな。

けんじが台湾へ行くと必ず大量に買うという「からすみ」をもらった。やつが絶賛するもので、これを食べると日本のからすみなんか食う気がしなくなるというものらしい。その食べ方まで伝授された。

からすみはこれから食べるのだが、どらが佐世保を発つ前に発送した長崎のひものが今日届いた。あごとあじのひらきだが、これもうまいものらしい。

詐欺師というと、アタマで稼ぐイメージがあるが、実際は地べたをはうように動きまわる肉体労働者だ。だいたい、世間は肉体労働について、まちがったイメージを持っている。肉体労働は、とてもアタマを使う仕事なのだ。料理が肉体労働だってことを考えてみればわかるだろう。目、耳、鼻はもちろん、筋肉のコントロール。それらの働きは、頭脳しだいだ。

だいたい詐欺師というのは料理がうまい。どらはいまも世間の目をごまかす小さなバーをやっているが、バーとはいえ食堂のたぐいだ、けんじも昔は一人で飲み屋をやっていた、ゆいだってクラブのママらしきことをやっていたな。クラブのママは料理をつくらないか。ま、クイケを手玉にとるかイロケを手玉にとるかのちがいにすぎない。

最近、ホリエモンとかいう詐欺の仕方も知らないで逮捕され刑務所まで入ったやつが、保育士の給料はなぜ安いかということについて「だれでもやれる仕事だから」とエラそうに言ったらしい。詐欺師なら、このように無知をさらけだすようなことはしない。

かれを立派な詐欺師と見なす人たちもいるようだが、ああいうやつは詐欺師とはいわない。メディア周辺にゴロゴロいるゴロツキ、口舌の徒にすぎない。文筆の徒も似たようなものだが、「作家」「文筆家」というと立派な詐欺師に見えるから気をつけよう。

真の詐欺師は、肉体労働者であることを誇りにしている。

ま、それで、おれも長いあいだ「おれ」などと言いながら、下世話な下々の飲食の世界に関わってきたんだが、そろそろ「ボク」の本性をあらわすべきではないかというのが、昨夜の大きなテーマであった。

つまり、ボクは新たな詐欺のステージにあがることになるのかもしれないのだ。そろそろ時代がボクを求めているということらしい。

ボクはね。

時間がないので、これでオシマイ。

この文章は、けんじの指令で書いた。

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2017/10/18

リベラル、フード・リベラル?

2017/09/28「グルメと政治。」を書いたときは、民進党代表前原誠司が「「非自民・非共産」の野党勢力を結集」を掲げ希望の党に合流を決めたばかりだった。(9月28日、民進党両院議員総会で前原代表の提案を了承)

ところが、希望の党の小池百合子は、民進党からの「合流」を全員に認めるわけではなく、安全保障や改憲観などを基準に、一人一人「選別」「排除」する旨の発言をしたことから(9月29日の記者会見)波紋と反発が広がる。事態は急変、流動的になった。

民進党の枝野幸男は新党結成へ動き、10月3日に枝野代表の立憲民主党が生まれ、希望の党は凋落傾向、いま立憲民主党は希望の党と拮抗する勢力になった。

この流れの中で、「野党共闘」を模索してきた共産党は、自ら何人かの立候補を下げ立憲民主党ヘエールを送り共闘する体制をとったりした。政策協定なしの「共闘」もあるらしい。

そこで「リベラル」なる言葉が急浮上、話題になり注目されている。

だけど、それは、いわゆる「野党」の中のゴタゴタのことで、自民公明は悠々300議席をこえる勢いらしい。

とにかく、野党勢力においては「リベラル」がクローズアップされ「左翼」の存在感はうすまっているように見える。

もともとリベラル結集の野党共闘に積極的な動きを見せていた共産党の志位より、枝野がリベラル勢力のリーダーのように祭り上げられ、かつての小池のようにメディアを騒がしている。

この「リベラル」は、自民公明維新希望などの改憲勢力に対して、非改憲の勢力でもある。

そして、この選挙で改憲勢力が3分の2を占める流れもできつつあるようで、改憲のための国民投票まではいく気配が濃厚だ。

「リベラル」はにぎやかだけど、メディアでにぎやかなことは、流行のように上滑で終わる可能性も大きい。とくに首都圏の流動的な政治状況が長く続いているなかで、改憲勢力の地盤はけっこう堅く、一方で立憲民主党はかなりの不安定要素を抱えている。

まだまだ二転三転するだろう。

とにかく、「リベラル」ってのは、わかったようでわかりにくい。そこがアブナイと思うのだが、週刊金曜日のサイトにのっていた、このマトリクス図は、わかりやすいほうだと思った。

20171014001

これは、2017年10月14日4:40PMの「緊急対談 衆院選で問われる日本政治の新しい対決軸、リベラル陣営のリアリズムとは(山下芳生×中島岳志)」で使われていたものだ。

「週刊金曜日」という雑誌は、ほとんど見たことがなく、フード左翼的な、なんとなく「左」のイメージだったが、中島岳志が編集委員とはおどろいた。
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2017/10/14/news-7/

この図に個人的に興味がひかれたのは、自民党の宏池会がリベラルのⅡクラスターに位置していることだ。

四月と十月文庫『理解フノー』にも書いたが、おれは自民党の選挙に関わる仕事をしていことがあって、それは正確には、自民党というより宏池会の仕事だった。

1973年ごろから74年の参議院選その後、当時の宏池会は大平正芳が会長で、かれが大蔵大臣から首相になり、そして80年6月にいわゆる「40日抗争」の末に首相の座にありながら急逝するまで、なにかと仕事をした。

支持者ではなくビジネスとしての仕事だったが、大平には惹かれるものがあった。なので、大平が亡くなったのをくぎりに、政治関係の仕事からは手をひいた。

大平だけでなく、宏池会の議員には、知性による統治と平和を期待できるものがあった。天下のY新聞やA新聞の政治部記者より、はるかに紳士的な人が多かった。まったく、政治部の記者なんて、ヤクザより始末が悪かった。こんにちのヤクザな政治状況は、そういう政治部がリードしたようにも見える。Y新聞とA新聞を対立的に見る傾向があるが、とんでもないまちがいだろう。おなじ穴のムジナさ。

「ハト派」といわれ、ようするに「革新」ではないし「反共」ではあるが排除的ではない、自主憲法制定を謳うが平和志向であるという感じだったかな。

そういう印象もあって、この図での宏池会の位置づけは、おもしろい。

当時の自民党には、鯨岡兵輔という、自民党にしては異色の平和と軍縮に熱心な議員がいたのだが、かれなどもリベラルになるだろう。かれが属していた三木派は、どうなんだろう。

あの当時の派閥は、「同士的結合」のほかに、選挙区の事情による損得勘定がからんでいる議員もいて、ひとくくりにはできないのだが。

いまの宏池会は、どうなんだろう、栄光の保守本流もズタズタバラバラという感じだな。麻生なんていうトンデモな輩もいるし。宏池会の知性も地に落ちた感じがしないでもない。

パターナルは、いたるところにはびこっていて、「父権制」とあっても、男とはかぎらない。小池百合子にしてもそうだが、ちまたの女にもけっこう見られる。このあたりの権威主義は、食も大いに関係しそうだ。

枝野は、ここ埼玉5区から立っている。前回までは別の選挙区だったが、その選挙区に、おれが住んでいる地域が編入されたのだ。つまり枝野地盤選挙区に統合された。その結果、自民現職と立憲民主現職と希望新人の3人が1議席を争う。

ツイッターなど世間での枝野に対する反応に、「誠実」「情熱」といった人柄に対する好感が多いようだ。だけど、政治は、政策だからね。それと打算。

ところで、この図のように「左翼」「右翼」という軸ではなく、リベラル(寛容)とパターナル(権威主義・父権制)という軸、リスクの社会化(セーフティネット)とリスクの個人化(自己責任)という軸で、食を考えるとどうなるだろう。

速水健朗さんのフード左翼とフード右翼を重ねあわせてみると、おもしろそう。

フード・リベラルとフード・パターナルの軸は、それなりにイメージがわく。たとえば、カレーはリベラル、刺身はパターナル。そこにセーフティネットと自己責任の軸を交差させると、どうか。食の安全をめぐるいろいろな政策にも関係しそうだ。

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2017/10/17

ストーリー(物語)の消費。

いまのように情報がスピーディーに流れていく中では、そのスピードにのった言説や言葉が脚光をあびやすい。それらはたいがい、「鋭い」とか「エッジがきいた」と評価される傾向にある。スピードにのって鋭くエッジをきかせた言葉をはき、すぐ別の話題に移る。

野暮は、そういう食い散らかされた情報のあとをノンビリ眺めていく。そこに野暮の自尊心がある。

なんてことはどーでもよいのだが、一年半ほど前になるか、「ku:nel(クウネル)」のリニューアルのときは、ツイッターでも大騒ぎだった。

リニューアル後のアマゾンのレヴュー欄も、リニューアルされた「クウネル」に対し、なかなか鋭いエッジのきいた文化の香り高い批判というのか批評というのか、そういうものが目立った。

おれのような野暮にとっては、高尚すぎてついていけない話も多く、だいたい、あのあたりの人たちは、普通の労働者庶民とはちがうのだな、という感想がせいぜいだった。

とはいえ、旧クウネルは、労働者庶民の暮らしも視野に入っていたとおもう。しかし、これは野暮の感想にすぎないのだが、「クウネル」のリニューアルを嘆き悲しみ、リニューアル後を酷評した人たちは、労働者庶民の暮らしより、もっと「高度」な文化的なナニカを大切にしたかったのではないかとおもえた。ようするに、リニューアルも、それを嘆き悲しんで騒いだ人たちも、労働者庶民の暮らしなど関係ない、鋭いエッジのきいた見識と意識の持ち主だったのだ。野暮などが口をはさめる余地はなかった。

いまごろになって、この話を持ち出すのは、ずっと「ストーリー(物語)の消費」が気になっていたからだ。「クウネル」のリニューアル騒動のときには、このことについてふれている人は、あるいはいたかもしれないが、いたとしてもごく少数で、おれにはほとんどいなかったようにみえた。

「クウネル」は、表紙に「ストーリーのあるモノと暮らし」という惹句を掲げていた。

これはとても新鮮な印象だったけど、「ストーリーの消費」が、マーケティング業界あたりで話題になりはじめたのは、1990年ごろからだった。

モノの消費からストーリーの消費がいわれ、それが高度消費社会=成熟社会の姿であると、マーケティングリーダーたちが唱えはじめたのだ。

それはもっと生々しい言い方では、「アート」や「文化」もカネになる、という風でもあった。

当時の、セゾングループなどが、その先進だった。

博報堂トレンド研究会著の『コンセプトノート1991』(PHP、1991年)には、「アートの消費、ストーリーの消費」という項がある。

そこでは「「文化」が「モノ」に変換されている「アートの消費」と、「モノ」が「文化」に変換されている「ストーリーの消費」」についてまとめられている。

「一般の商品が「文化」の衣裳をまとって現れてきているのが、「ストーリー」の消費である」

「「文化」を取り込んだ、それなりのストーリーやシナリオを持ち、しかもそれをうまく演出している商品がヒットしている。人々は商品だけでなく、その文化ストーリーを消費し、共感しているのだ」

というわけで、当時より近年ますます、「いい話」「いい物語」を求めて、この手の「ストーリー」が本や雑誌などさまざまなメディアにハンランしている。

これらは、商業主義のマーケティングの結果であるのだが、アート的文化的に優れていると、なぜか商業主義ともマーケティングとも無縁の「作品」とみなされ「商品」とみなされない。商品として取り引きされているにもかかわらず。

なんだか認識の妙な歪みを感じるのだが、「クウネル」のリニューアル騒動のときには、その歪みが噴出したように見えた。

まったく関係ないことだが、ツイッターをチラッとのぞいたら、「男も女も「どんな仕事をしているか」でしか自尊心を持てない社会で子どもが減るのは当然ラジよね」というツイートがあった。なかなか鋭い。

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2017/10/16

牛肉の位(くらい)。

ヨーシ、今日はフンパツして牛肉のしゃぶしゃぶをやろうと思って、おれが毎日のように利用するスーパーへ行っても、しゃぶしゃぶ用の牛肉は売ってない。豚肉は、国産もアメリカ産もタップリある。

そのスーパーはうちから、駅へ行くのと逆方向にある。駅から歩くと20分近くかかるだろう。駅の近くには、二つのスーパーがあって、ここには、しゃぶしゃぶ用の牛肉もある。

スーパーは産業道路と生活道路が交差するあたりにあって、近くに中規模の団地が一つと小規模の団地が2、3あり、周囲は近年たくさんあった空き地がなくなるほど新しい住宅が建っている。新しい住宅は、30坪もあれば大きいほうで、たいがい子持ちの家庭だ。

関西はともかく、関東では牛肉の位が圧倒的に高い。関東というより東日本になるだろうか、よく調べたことがないので正確にはわからないが、とにかく牛肉が食べられたら「中ぐらいの生活」だ。という感覚や意識は、わりと広くあったのではないか。牛肉は中から上の生活の象徴でもあった。

もちろん、その牛肉は、牛丼の牛肉は含まれない。もっとも近頃は安かった牛すじが人気で高くなった。

そのスーパーには、いつもアメリカ産牛カルビが大量に陳列されている。これが牛肉のなかでも安い部類になるだろう。それより少し高めで、アメリカ産ステーキ牛があるが、薄切りより少し厚いていどで、しょうが焼き用豚肉と同じぐらいの厚さだ。

その上の牛肉はグンと高くなる。ほんのわずかしか置いてないが、買ったことがない。

これは、2017/10/11「分断と財政と信頼。「ギリギリ中間層」と善意。」に書いた、「自分はギリギリ中間層で踏みとどまっていると信じたい」と関係するのではないかと考えた。

おれは、なんとか、たまに、牛肉を食べることで、「自分はギリギリ中間層で踏みとどまっていると信じたい」のかもしれない。だいたい、おれにとっては豚肉の方がうまいのだから。

「中間層」なんて興味はないが、肉売場の牛肉と豚肉の格差は、目に入る。「ギリギリ中間層」意識は、アメリカ産牛肉のおかげで保たれているということになりそうだ。

たとえそうだとしても、お客はみな、真剣に、楽しそうに、買い物をしている。

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2017/10/15

情熱が足りない。のか。

世間が選挙で騒いでいるおかげでか、神戸製鋼の検査データ改ざん問題の泥沼状態は、あまり注目されていないようだが、とんでもない泥沼だ。

コレ、日本の大手メーカーがやっていることだなんて信じられないおもいで、すっかり忘れていた東芝粉飾問題を思い出した。

先日このブログで「ポスト・トゥルース」でふれた、「事実を軽視する社会」の実態なのだな。

東芝問題、今年の春でも、「社員19万人の巨大企業はなぜこんなことになったのか」と話題になっていたのに。もう忘れていた、こんどは、神戸製鋼だ。こういう大手名門が次々とやらかしていることが、改ざんなのだ。

最近は、経済指標になる政府データの一部にも改ざんの疑いがあると指摘するニュースもある。

「事実を軽視する社会」は、少しずつやってきて、少しずつになれていくうちに、少しずつが少しずつのさばり、大きく常軌を逸する。それでも、「事実を軽視する社会」では、そんなに大きく常軌を逸しているとはおもわれない、そしてさらに…ということでコンニチになっている。

思い出せば、原発がらみのデータ改ざんもあった。国会議員の政務調査費やら、そうそう、カラ領収書で帳簿をデッチあげたりもあった。

こういうことには「寛容」で、たいしたことではない、みんなやっている、ぐらいの気持もあったのではないか。

身の回りの小さなことから事実を軽視する。そのゆきついたところが、東芝問題、神戸製鋼問題、これは発覚露出したことだけにすぎないのだろうが。

ツイッターに、こんなツイートがあった。

「東芝、神戸製鋼とかいう企業がこれを実践した結果…」というコメントがついて、どこかの社内のポスターの写真が一枚。

できない病にかかってない?
「○○だからできないではなくて」

ヒト 人がいないからできない
モノ 設備や商品がないからできない
カネ 予算がないからできない
ジカン 時間がないからできない
        ↓
「どうすればできるのか?」知恵を出すのがあなたの仕事!

これを見て、バブル崩壊のころからの「ポジティブシンキング」の流行を思い出した。

批判や不平不満は、すべて「ネガティブ」との烙印を押され、事実関係の検討もせずに、「ポジティブにやろう」とワッショイワッショイ。そのうちに、「おかしい」と思ったことも口に出しにくくなる。つらくても泣き言もいえない。

そうそう、東芝や神戸製鋼だけではない、電通やNHKの社員の過労死問題、こういうことが、大きな会社でおきている。大きな会社だから話題になるが、それだって、忘れられるのを待つように、ムニャムニャに流される。

きのうパラパラ見ていた日本有数の企業が発行する冊子に、高名な作家が、こんなことを書いていた。「情熱をもって事に当たれば、人を動かし、現実を動かすことができる」「どのような状況でもこちらに情熱があることを示せば人を動かせる」

こういうことをふりまくメディアやモノカキが少なくない。まったくもって無責任だ。こういう言葉に苦しめられている人たちを想像する力もないのだろう。

「情熱」は、たとえば「根性」「勇気」「愛情」「誠意」など、いろいろ置き換え可能だし、変わりうる。このような語りの形式と言葉を用いるようになったら、「事実を軽視する社会」の体制の加担者といえる。一方に、こんな話をよろこぶ人たちも少なくない。そこに「いい仕事」が成り立つ面もあるようだ。

なんでも「自己責任」にされる社会は「事実を軽視する社会」であり、「精神」や「気持」や「姿勢」などで片づけようとする。そういうことになれてしまいたくないね。事実を大切にする社会へ、情熱を燃やそう。

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2017/10/14

必要とされてないこと、必要なこと。

きのうのブログを書いて、『CARVER'S DOZEN レイモンド・カーヴァー傑作選』にある「ささやかだけれど、役に立つこと」を読みかえした。

すると、必要とされてないことに、どんなに力をそそいでいるかを、考えることになった。その一方で、「ささやかだけれど、役に立つこと」が、捨てられたり忘れられたりしている。

飲食の関係では、とくに多いような気がする。

必要な食生活の知識や商品知識より、いいもの話やうまいもの話ばかりが話題になり、ところが、何か食品が原因のジケンがあると、右往左往大騒ぎする。

情報は多いが、情報を咀嚼する力がない。どこそこのナニナニがよい、となったら、それ一辺倒だ。その逆に、悪いとなったら、とことん忌避する。

そういう話しにふりまわされるのはもちろん、そういう話がベースになった日常というのは、「情報社会」だからといわれるのだけど、それはいかにも情報を発信して商売にしているメディア側などのご都合主義の言い分で、平常を欠いているのではないか。

だいたい、メディア側にしても、全体や将来を見渡して、いまこういうことが必要とされているという判断などは、ほとんどしてない。とにかく、まず、毎月あるいは毎日、何かを作って売らなくてはならないから出発している。そして、受けのよいテーマや内容や表現に飛びつく。売れると、それが必要とされていることになってしまう。

ま、おれもそういう尻馬に乗った仕事をしているな、と、ときどき感じることもある。

知らなくてもよい、いいもの話やうまいもの話がバブルのようにハンランしている状態は、好ましいものではないとおもう。

とくに日々の暮らしの「ささやかだけれど、役に立つこと」を、もっと大事にしたいね、とおもうのだった。

そういう意味では、スペクテイター40号「カレー・カルチャー」は、いい仕事をしている。いいもの話やうまいもの話ではない、それでいて、売れ行きの出だし好調のようだ。

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2017/10/13

ツナサンド。

うちにいて一人でツナサンドを作って食べることが、月に最低1,2度、多いと3度はある。

ツナ缶は、いつも3個パックの薄い缶のやつを買い置きしてある。食パンもたいがいある。

軽くあぶった食パンにツナをはさんで食べるだけだ。二枚の食パンに缶一個分を盛り分けて、二つに折って食べる。ツナ以外は、何もつけない足さない。

それだけのやつだ。

これをやるときは、必ず、村上春樹訳の『CARVER'S DOZEN レイモンド・カーヴァー傑作選』(中公文庫)の、「サマー・スティルヘッド(夏にじます)」を思いだしている。

先に「サマー・スティルヘッド(夏にじます)」を思いだし、ツナサンドが食べたくなって作ることもある。

切り離せない関係なのだ。

かといって、そこに、ツナサンドのうまそうな場面があるわけではない。

朝、台所で両親が言い争う声がする。少年(僕)はベッドの中でその声を聞き、弟と喧嘩し、学校をズル休みすることにする。弟が学校へ行き、両親が仕事に出かけると、一人になる。見たいわけでもないテレビを見ながらマスターベーションをきめたのちテレビは消し、何度か読んでいる本の一章を読み、それから両親のベッドルームへ行って、コンドームがないかと丹念に探し、コンドームは見つからないがワセリンを見つけ何にどう使うのか想像してもわからず、などのあと、近くの川へ釣りに行くことにする。

そこで、「ツナのサンドイッチを二つ作り、三段重ねのピーナッツバター・クラッカーをいくつか作った」そして「家を出る前に僕はサンドイッチを一個を食べ、ミルクを飲んだ」

ツナサンドが出てくるのは、それだけだ。

うまそうな話なんかひとつもない。家庭も景色も、うまそうな雰囲気はひとつもない。

それなのに、このツナサンドを時々思いだす。

なぜなんだろうと考え、わからないのだが、そういうことがあるのは確かだから、食べ物のことを詳しく書いてなくても、その食べ物にひかれることがあるのではないかとおもう。そこが、気になるのだ。

前にもこのブログに、同じ本に収録されている「ささやかだけれど、役に立つこと」について書き、そこで、村上春樹さんの解説から引用している。

"カーヴァーの小説には何かを食べる情景がよく出てくる。『でぶ』もそう、『大聖堂』もそうだ。そこでは人々は決しておいしそうなもの、上等なものを食べているわけではないのだが、それでも読んでいると自分も同じものを食べてみたいなという気持ちになってくるから不思議だ。僕は想像するのだけれど、カーヴァー自身食べることが大好きだったのではないか? それもたぶん日々の普通の食事を、普通に食べることが大好きだったのだろう。彼の小説はそのようないくつかの「スモール、グッド・シングズ」に励まされて成立しているように、僕には見える。"

村上春樹さんも「不思議」なんだ。

ツナサンドと一緒にこのことを思いだし、こんなふうに書けるようになりたいものだ、と、ツナサンドをガブッとかじる。飲み物は、ミルクではなく、ビールか、何かで割った焼酎だ。

そのあとは忘れて、そうなる努力などはしない。そしてまた思いだす。ツナサンドを作って食べる。その繰り返しだが、このツナサンドがうまい。買ってきたツナサンドでは、こうはいかない。

当ブログ関連
2007/05/31
「ささやかだけれど、役に立つこと」

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飲食、合理とポスト・トゥルース。

飲食や料理あるいは食品の分野の話は、「ポスト・トゥルース」のはるか前から「客観的な事実より、虚偽であっても個人の感情に訴えるものの方が強い影響力を持つ状況。事実を軽視する」傾向が強かった。

手づくりや手仕事、そこにこめられるという「こころ」や「愛情」や「誠実」などが味の決め手になるかのような話や、多いのは、食品のナントカが身体によい病気が治ったというたぐい。

これらは、日本独特の不合理主義や非合理主義が背景にあるとおもうけど、1980年代からの新自由主義と新保守主義は、それを助長させてきたようだ。

そのために、ますます現実が見えにくくなっている。一方、ツイッターを見ていると、ちかごろの若者は、けっこうよく見ているなとおもうことも少なくない。

たとえば、先日、このようなツイートがあった。

めがねねこP‏ @FakeFalcon

日本の美談はだいたいが「戦略レベルで致命的に失敗したので戦術レベルの話を美談に仕立てあげて面目を保つ」パターンよね(・ω・ )製造業の機器更新失敗による古き良き職人芸とか
12:32 - 2017年10月7日
https://twitter.com/FakeFalcon

「職人芸礼賛」「匠の技術礼賛」の美談は、工業社会が行き詰まった1980年前後以後の顕著な傾向だけど、飲食の分野でも、ずいぶんもてはやされ、にぎやかだ。

その間に政府や財界は「改革」だのなんだのいいながら、製造業の革新ひいては情報技術の育成も含めた産業の革新へ向けての取り組みは、じつにいい加減だった。

それが、ここでいう「戦略レベルの致命的」な失敗につながっているわけだけど、見るも無残な状況は、戦術レベルの美談に隠され「日本スゴイ」が続いている。

日本料理が海外で人気なんていう話も一役買って慶祝のいたりなのだけどね。日本製品ベタ負けのなかで、日本料理ぐらいしかクローズアップできるものがない状況は、けっこうヤバイ。

その料理のことで、最近またおもしろいツイートがあった。

坂下寛志‏ @Sakashita_h

「お店で買えば¥200のマドレーヌも、家で作れば¥50で作れてお得!」
ではなくて、
「材料も揃えて、時間もたっぷりかかって、時には失敗もして、掃除も大変なマドレーヌも、お店に行けば¥150多く支払うだけで買えて、時間も美味しさもお得!」
と、損得の概念を見直しませんか。
8:49 - 2017年10月12日
https://twitter.com/Sakashita_h/status/918262403401359360

これは合理的な考え方を促すものだろう。

このツイートにリツイートがついた。

羅刹SAD‏ @rasetusad

羅刹SADさんが坂下寛志をリツイートしました

単純に言うと原価50円だけど2個だけ食べたい場合準備調理片付け3時間で三時間の労働は800×3で2400円って考えると買ったほうが圧倒的に安い、200円のマドレーヌなら30個以上作らないと安くならない計算なわけ。
22:17 - 2017年10月12日
https://twitter.com/rasetusad/status/918465549096517634

こういう計算をすると、「なんでも金の世の中になって」と嘆く、わけしり顔のオトナたちの顔が浮かぶ。

だけど、合理の仕組みを見ている若い人たちもいる。

ショコラ@08/12東サ51b‏ @chocolat_shop

一個あたり200円で買えるマドレーヌを一個あたり50円の原材料費で作るために数千円分の材料と器具を揃え未熟な技術で数時間かけなければいけないと考えると職能分離というのは偉大である
14:08 - 2017年10月12日
https://twitter.com/chocolat_shop/status/918342521264136192

このツイートにぶらさがって、こういうやりとりのツイートもあった。

軍曹‏ @HARTMAN
返信先: @chocolat_shopさん

自分で牛丼作った時牛丼屋の偉大さが身に染みました……あのコストであの味すごい
14:10 - 2017年10月12日
https://twitter.com/chocolat_shop/status/918342521264136192

ショコラ@08/12東サ51b‏ @chocolat_shop
返信先: @HARTMANさん

趣味とかこだわりで作るには自分で作るにもいいんだけどねえ。ちなみに牛丼や煮物、煮魚は作る量が多くなればなるほど具材から出る出汁が多くなって全体的な味が均質化されるから結果として美味しいのよ
14:13 - 2017年10月12日
https://twitter.com/chocolat_shop/status/918343737243156480

ここにあげたツイートのアカウントの主は、若い人ばかりだ。アイコンは、どれもアニメキャラ。

こういう合理的な考えが普通になるまで、あとどれぐらいかかるのだろう。

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2017/10/12

ポスト・トゥルース。

「ポスト・トゥルース」という言葉を近頃よく目にする。

WEB版知恵蔵では、「世論形成において、客観的な事実より、虚偽であっても個人の感情に訴えるものの方が強い影響力を持つ状況。事実を軽視する社会。直訳すると「脱・真実」。英国・オックスフォード英語辞典が「2016 Word Of The Year(2016年を象徴する言葉)」として選んでいる」と解説している。
https://kotobank.jp/word/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9-1748296

いま真っ盛りの第48回衆院選でも、ポスト・トゥルースがはびこっている状況が俯瞰できる。

事実を積み上げることを軽視する社会は、1980年代から、その色合いを強くしてきたが、近頃は、「ポスト・トゥルース」というより「アンチ・トゥルース」という感じのほうが強い。事実を積み上げているだけで、「偏り」と見なされる事態もあるうえ、政治家はウソをつくものだとしても党首たるものがスグばれるウソを堂々と口にしデータの捏造すらする。

なにより、メディアまわりで食っている知識人たちやゲンロン人とかジャーナリストとかの言動を見ていると、もはやイタマシイ限りだ。

いつごろからか、とくに大阪の橋下維新が登場したころからだろうか、それに原発事故がらみのあれこれ、勘定と感情が入り混じった迷いが多くなりやすい情勢が続いていたが、小池希望ができ民進が合流する流れから民進が分解し立憲民主党なるものが生まれたりで、迷う人には迷いの要素が増えるばかりだ。

この先の改憲の国民投票の可能性を考えれば、迷える人たちの迷いは、まだまだ続く。

メディア業界に根っこはあっても、そこで生きていくしかない、社会に根っこをもたないインテリな人たちは、ほんとイタマシイとしかいいようのない様子を、ツイッターあたりにも晒している。

こんなときこそ、事実を積み重ねることに立ちかえるべきなのだろうが、長年どっぷりメディア業界人になってしまっていると、それもできにくいのだろう。チヤホヤされているうちに、すっかり選民気取りの方々もいる。選民気取りが、事実を疎んじる。

ツイッターなんてものが、それに拍車をかける。そんなにセカセカ言わずもがなのことを言う必要はないのに、ジッとしていられないのだろう。

感情のおもむくままに「RT」や「いいね」などをしているだけで、いつのまにかハマっている人たちが見える。この人がねえ、と、イタマシイ。

知識はたっぷり持っていても、勘定的にも感情的に迷いの多い情勢をうまく切り抜ける方法を知っているわけではない。むしろ、本人としては、勘定的にも感情的にもうまくやっているつもりなのが、ポスト・トゥルースに結びつく。

「嫌い」「憎い」「反発」「反感」、そういう感情が、ますます人の内と外を支配する。

「メディアリテラシー」なんていう、方法も不確かな、できもしない言葉を覚えるより、「嫌い」「憎い」「反発」などの自分の感情をなんとかすることではないかな。もちろん「好き」や「可愛い」や「甘え」も含めて。

あと、「一周遅れ」と揶揄されてもいい、自分のペースを崩さないことかな。いまみたいな情勢下では、先進の選民に混じろうとするより、一周遅れ二周遅れで選民たちが急いで捨てていくゴミの山から貴重なことを拾ったほうがよいのかもしれない。パソコンの廃品回収業者のように。

はい、おれはゴミ拾いの仕事をしています。

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2017/10/11

分断と財政と信頼。「ギリギリ中間層」と善意。

たばこ総合研究センター(TASC)発行の「TASC MONTHLY」は、毎号タイムリーな寄稿が載っていておもしろいのだが、最新10月号は、とくに刺激的だった。

というのも、メインの二つのうち、TASCサロンが井出英策「寛容な社会の条件とは?」で、特別寄稿が速水健朗「オーガニックフードは政治選択なのか、または嗜好品なのか」であり、どちらも、いまどきの「分断」と深く関係しているからだ。

なにしろ、きのう公示された第48回衆院選をめぐって、対立と分断の露呈が激しい。

井出英策さんは慶応大学経済学部教授だ。学者さんらしく、分断の状況について根拠をあげ検討を加え、とかくゴチャゴチャになりやすい経済と政治を区別しながら明らかにする。最後は、「社会的対立の根っこにある既得権をなくすという提案」として「既得権のない財政をつくる」を述べている。

これは、おれのような財政に疎いものにとっては、目からウロコだった。

井出さんの話は「小田原ジャンパー問題」から始まる。小田原市の職員が「保護なめんな」「不正受給は人間のクズ」と英語で書かれたジャンパーを着て、生活保護者宅を10年にわたって訪問し続けていたということで問題になった事件のことだ。

井出さんは小田原市に住んでいたことから、この問題を検討する会議の座長を引き受け、その調査結果に衝撃を受けた。つまり、市職員の行動を批判するものは55%にすぎず、支持する声が45%に達していたからだ。

そこを探ると、「「既得権のない弱者」の「既得権を持つ弱者」への妬みと憎悪」が浮かびあがる。

さらに、その背景を探ると、興味深い事実が見えてきた。「平成28年の『国民生活に関する世論調査(内閣府)』に「自分の生活水準(上・中・下)」を尋ねたものがある」「自分が「下」に属すると回答した人の割合はわずか4.8%であり、92.1%が「中」と回答している」

「平成27年の『国民生活基礎調査(厚生労働省)』によると日本の相対的貧困率は15.6%である。あるいは世帯収入が300万円以下の人たちは全体の3割に達しており、400万円以下であれば5割に達している。それにもかかわらず自分が低所得層だと感じる人たちはわずか4.8%しかいない」

「この差は何を意味しているのか。それは低所得層なみの生活水準に置かれていながら、自分はギリギリ中間層で踏みとどまっていると信じたい人びとが大勢いるということだ」

ってことで、「このような人たちの心理に光をあてるとある可能性に気づかされる」「要するに、強者が弱者を叩くというのではなく、生活苦に耐えている人たち、あえていえば弱者がさらに弱いものたちを嫉妬し、怒りをぶつけるという状況が生まれているのである。小田原ジャンパー問題をつうじて、私はこの悲しい現実を学ぶこととなった」

強者が弱者を叩いたり、弱者と弱者の対立を煽ることもしていると思うが。それはともかく。

「他者への寛容さをなくしつつある社会。これは憶測ではない。統計的にも裏づけることができる」と「引き裂かれた社会」について、とにかく、井出さんは一つ一つ事実を積み上げる。データを駆使し緻密だ。

たどりついたのは「税の難しい社会の根底には低信頼社会という問題がある。人間を信頼できない社会は、当然のことながら、社会的弱者のことも信頼しないだろう」

「「袋だたきと犯人探しの政治」は、社会的信頼度を低下させるような手法が政治的支持と結びつく、いわば社会の分断を加速させる「不幸な婚姻」にほかならなかった」

「袋だたきと犯人探しの政治」というのは、いろいろな解釈が成り立ちそうだから、慎重に考えたい。。

ついでだが、おれは、放射能汚染をめぐる食品などの風評被害の問題も、放射線の数値に対する無理解もあるだろうが、より「低信頼社会」の問題だと思っている。

資本主義と市場経済の広がりによって、「「生活の場」と「生産の場」が分離し」「共同行為の領域が小さくなった社会は、病気やけがをすれば、生活の危機が即座にやってくる不安定な社会でもある。だからこそ人間は、「生活の場」と「生産の場」をこえた新しい場、人間の生活を「保障する場」をつくりだした。それが「財政」だ」

というぐあいに「財政」が出てきて、おどろいて目が醒めた。いつのまにか、そういうふうに「財政」を考えなくなっている自分に気がついた。

財政といえば、今日の毎日新聞のWEBサイト「記者の目」にも、ヘンな記事があった。消費税の「選挙争点化、もうやめよう」というのだ。

「増税はできれば避けたい選択だ。国民に負担を求める前に税金の無駄遣いをやめ、歳出を徹底的に見直す必要がある。しかし社会保障制度を維持するには、一定の負担が避けられないのも確かだ。国と地方の借金は国内総生産(GDP)の2倍近くに達し、先進国で最悪だ。増税凍結、使途変更のどちらの主張も借金を減らすことにはつながらず、将来不安は消えない」
https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171011/ddm/005/070/008000c

これが、新聞社の「中立的」「客観的」ということなのかも知れないが、言葉をろうしているだけで、何も語っていない。こういうゲンロンが多いね。こういう記事などで、いつのまにか財政に対する見方が歪むということもあるだろう。

もっと税制と受益サービスの関係を議論すべきではないのか。税は消費税だけではない。

井出さんは、「既得権のない財政をつくる」を提案している。それは信頼しあえる社会のためだ。

「私たちは弱者救済を正義として語りがちだ。だが、人間は正義のために助け合うのではない。そうではなく、生存や生活の共通のニーズをみたすために人間は助け合ってきた。だからこそ、社会の共同行為である財政を基点として、痛みと喜びを分かち合い、「頼り合える社会」を作りあげ、「私たち」を再生することが不可欠なのだ。残された時間はけっして多くない」

最後の「残された時間はけっして多くない」が気になるところだが、いまの分断状況はけっこう危険なところまできているということだろう。

「正義」や「正しさ」をうさんくさく感じ、普通の生存や生活それに労働を大事に考えているおれとしては、ここのところは激しく同意。

その頼り合える財政について引用していると長くなるので、図説を載せておこう。これは「同率課税、同額分配」とでもいうのだろうか?考えてみたこともなかった。

速水健朗「オーガニックフードは政治選択なのか、または嗜好品なのか」は、とくに東日本大震災以後の「分断」を、これまでの著作『フード左翼とフード右翼』『ラーメンと愛国』をもとにまとめ直し、ますます生活スタイルや嗜好の分断から政治思想の違いが顕在化していくだろうと述べている。

このことについては、またあらためて。

近頃の飲食や食べ物などをテーマにした著作には、こういう顕在化を感じている。それぞれの著者は「正しい」ことを書いているつもりなのだろうが、そうであればますますコワイことだ。

それは今日に始まったことではないのだが。混ざり合うことのない分断が深まっている感じだ。単なる趣味や好みの違いだと思っていることが、じつは、政治思想的であることが少なくない。

そういう意味では、こんにちの分断は、井出さんの「財政案」だけでは、いけないのだろう。「私たち」の再生、「信頼社会」のためには、多角的な検討と関心と取り組みが必要なのだ。ま、もっと猥雑に、大衆食堂的に、ってことになるか。

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2017/10/09

スペクテイター40号「カレー・カルチャー」。

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最近発売の『スペクテイターspectator』40号「カレー・カルチャー」(発行=エディトリアル・デパートメント、発売=幻冬社)は、充実した内容で、息をつめて読んだのちためいきが出るほどよかった。

飲食や食べ物をテーマにした雑誌や本がハンランするなかで、ひさしぶりに、いい本と出合った気分だ。

おれも「カレーショップは現代の大衆食堂である」という一文を寄稿しているわけだけど、そのことを抜きに、絶賛したい。だけど、全体の構成のなかで、おれの文章もじつにおさまりがよい働きをしている。

やはり編集力というものが、ちがうのだ。

おれのテーマを担当した編集者は、赤田祐一さんだ。以前、赤田さんが編集長の「dankaiパンチ」に何度か寄稿したことがあるが、直接赤田さんと仕事をやるのは初めてだった。

なにしろ有名な編集者だから、どんな方かと興味津々だったが、確かに、最初の打ち合わせのときから、これまで会ったことのある編集者とちがった。

という話はともかく、おれがこの本を「いい本」というワケは、俯瞰的視野と多角的視点で構成され、「私語り」の語りの形式や言葉でなく、つまり編集者や著者の嗜好や価値観や世界観ではなく、いま「カレー・カルチャー」はこんなアンバイなんだよと対象に肉薄していることだ。しかも、表現が、漫画も盛りこみ、多様。

まさにスペクテイターの見方。スペクテイターならではの、これこそサブカルチャー、というオリジナリティがある。

そうなのだ、ちかごろの飲食や食べ物をテーマにした本や雑誌がツマラナイのは、編集や著者のオリジナリティがなく(オリジナリティは編集手法と表現手法ぐらい)、いつも既視感が漂っていて、ああまたね、だからなのだ。お互いに「ああまたね」のアンシン感で成り立っている。おれが書いたものも、そんな風に読まれているのだろうなあとおもうと、あまり気持のよいものではない。

この本は、食べ物と人、食べ物と人と人の関わりを掘り下げていて、カレー好きでなくても、現代と現代の生き方を知るおもしろさがある。とくに、「分断」がいわれる社会で、それを深めたり固定化するのではなく(たいがいの飲食や食べ物の本は、たこつぼの視野とたこつぼの視点で、こちらに巻き込まれている)、多文化が混ざりあいおもしろいことを生み出していく力を感じる(カレーがまさにそう)。

閉塞から抜け出し、解放的で可能性豊かな人生を考えるのによい。なんだか、カレーは食べたくなるし、カレーを作りたくなるし、カレーを食べたときのように得体のしれないエナジーが身体の芯からわいてくるのだ。

もくじを見よう。

なぜカレーについてこれほど熱くなるのか? ←コラム
カレーの歴史をたどる ←年表
インド&カレーのAtoZ

大阪スパイスカレー誕生秘話 南インド料理こそ「真」のインド料理? ←文・森好宏(宮城県仙台「あちゃーる」店主)漫画:UJT

カレーの国のエクソダス ←取材・撮影・文:三田正明

   タバ・クニタチ(東京都国立市)
   店主・須田竜
   食堂のおっちゃんになりたいんです

   虎子食堂・カレー屋まーくん(東京都渋谷)
   店主・まーくん
   混ぜるな危険!
   当店のカレーはまぜないでください

   妄想カレー ネグラ(東京都杉並区)
   店主・大澤思郎&近藤麻衣子
   カレーは作るのが楽しい人が
   作ればいいと思うんで

潜入「カレー事情聴取」 ←漫画:清本一毅
漂流社、カレー屋はじめました ←漫画:川崎昌平

個性派カレー店主たちは、どんなことを考えているのか? ←取材・撮影・文:編集部(赤田)

   beet eat(東京都世田谷区)
   店主・竹林久仁子
   「ジビエカレーを提案するということ」

   JAY(山形市)
   店主・由利三
   「私はインド料理に生かされているだけ」

   愛のカレー研究所(秋田市)
   店主・村上祐子
   「結局カレーは人に喜んでもらうための手段の一つに過ぎないんです」

博士のカレー ←漫画:関根美有

デリー発、イミズスタン行き 富山カレートリップ ←取材・文:ワダヨシ+和田侑子

カレーショップは現代の大衆食堂である ←文:遠藤哲夫

レトルトカレーは何を食べたらいいか? ←語り手:カレーの島田 聞き手:パリッコ 構成:編集部

いじょう。

赤田さんからの最初の依頼は「カレーショップは現代の大衆食堂である」ではなく、「カレーショップは現代の大衆食堂か?」で、「か?」がついていた。そのまま原稿を書いて送り、見出しはこのようになった。

「論考」にしてくれといわれ、このテーマで論考とは、ずいぶんややこしい難しい注文だなあとおもった。

だけど、このライターにこういう企画やテーマをぶつけてみたら、どんなことを書いてくれるのだろうか、とか、なにか出てくるんではないかという、スリリングな期待での原稿依頼というのは、ほとんどないなかで、これはなかなかおもしろい編集者だし、おもしろい仕事だとおもった。

たいがい、食べ物や店や人や場所などの素材があって、書いている。しかも、このライターならアンシンという、無難でラクな選択ばかりが多いなかだ。取材や書く緊張はあっても、素材あってのことだねで、最初から頼りになる素材が選ばれている。

そういうことにならされた脳ミソは、しばらく悩んだ。しかも、論考で、エッセイに逃げることができない。とはいえ、最後はエッセイ風で締めたのだけどね。

とにかく、テーマがテーマだから、料理論や味覚論から離れ、ぶっかけめし論をやりたくなるのもガマンし、さまざまな資料を用いて、大衆と大衆食といわれるカレーの成立期を食堂史のなかに位置づけることをした。

8000字の原稿。

赤田さんと何度かメールのやりとりがあって、その内容も濃く、ひさしぶりに充実した仕事だった。

しかし、考えてみると、中堅クラスから上の出版社では、こういう仕事はできないし、だいいち赤田さんのような編集者がいる場所もないのだからねえ。

この本、1000円は安い。気取らない着飾らない表現で、ぐいぐい対象に迫る、その力強さとカレーカルチャーの真実にふれてほしい。

登場する方が、求道家のような方から、音楽論のようなカレーと人生、あるいは「食堂のおっちゃんになりたいんです」の須田竜さんなど、みなさんスリリングなカレー人生で、人間宇宙はおもしろいなあ、もっと自由に解放的やろうという気になるのだった。

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2017/10/04

東京新聞「大衆食堂ランチ」59回目、横浜・埼玉屋食堂(カレーライス)。

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毎月第三金曜日連載、東京新聞の『エンテツさんの大衆食堂ランチ』の先月分は9月15日の掲載だった。すでに東京新聞のWebサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017091502000161.html

本文は、この連載のなかでも最も食べ物から離れた内容といえるかも知れない。あるいは、大衆食堂というものを、単純明快に示しているともいえる。

編集さんがつけたタイトルは『安い・うまい・早い』で、やはり、このコラムの性格からすると食べ物でなくてはならないし、それが当然だろう。たいがいの読者は、食堂の紹介というと、食べ物はどうか、という関心の持ち方をする。

それはまあ、食べ物がマズければどうしようもないだろうが、長年土地に根をはった食堂がまずかろうはずはない。ということが一般論としていえる。

そこをさらに「うまさ」の細かな違いなどをチェックするということが、ないわけではないが、それが店の特徴になるとはかぎらない。また、細かくチェックしながら食べ歩き較べる対象にするのは、大衆食堂に対して筋違いという感じもある。

とにかく、店の持つ「物語性」が大きな特徴になることがある、今回はそこを、いままでになくクローズアップした。

店の場所が、三大寄せ場の一つといわれる寿町の近くであること、そういう立地ならではだろう、店内には日本全国ブロックごとの地図が貼ってあり、『久しぶりに故郷に帰ってみたくなりましたか?故郷に印をつけてみよう~』と、フェルトペンがさがっていることなど。大衆食堂のひとつの原風景を見るおもいがした。

本文に書いたように、おれはその写真を撮ってきたので、新聞には載せられなかったが、ここに載せておこう。

それから、横浜にありながら店名に「埼玉」がついている。これは出身地を店名にする、大衆食堂の一つの傾向だったといえるが、店内の地図と合わせて、「地縁」と「ふるさと感」な店だともいえる。そういう意味では、大衆食堂は「保守」なのだ。

そして、お店の方は、あかるくほがらかで、遠く故郷を離れて暮らしている人たちに「ふるさと」のプラスイメージを感じさせてくれるに違いないとおもわれた。

「埼玉屋」や「埼玉家」がつく店は、けっこうある。たいがい飲食関係だ。ション横、東十条、浅草橋の酒場がすぐ思いうかぶ。

山谷には埼玉屋という食堂があった。山谷の埼玉屋は木賃宿の埼玉屋の一角で営業していたのだが、このあたりで最も高いクラスの食堂だった。たしか2000円ぐらいの定食があった。1990年頃だけど。

山谷のドヤ暮らしの職人は、職種によって日当がだいぶ違った。それぞれの収入に応じて食べるものが違うという社会は、山谷にもあてはまるのだ。山谷で2000円の定食が最高クラスだとしたら、いろは商店街の店でトレーに盛っためしに魚の煮たのか焼いたのを一切れのっけてもらった食事で200円から300円だった。

山谷は、すっかり様変わりして、埼玉屋は立派なビルのビジネスホテルになり、いろは商店街にあふれていた職人はわずかになった。

ところで、埼玉屋食堂でカレーライスを頼んだのは、たまたまカレーライスがらみの論考原稿を仕上げたばかりだったからだ。「スパイスカレー」がリードするカレーライスがブームで、この流れはなかなか興味深いのだが、『近頃はカレーがブームだが、話題になるのは1000円以上するスパイシーなカレーばかり』であるからして、昔から大衆食堂の定番だったカレーライスを忘れるんじゃねえよ、カレーライスは大衆食堂から広がったといえるぐらいなんだよ、というココロなのだ。

じつは、埼玉屋食堂は、メニューが豊富で、どれも安くてうまい。いろいろ食べて飲んで、勘定のとき告げられた金額が、想定外に安くて聞き直したほどだった。

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2017/10/03

『画家のノート 四月と十月』37号と「理解フノー」。

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美術同人誌『四月と十月』37号(2017年10月号)が届いた。おれの連載「理解フノー」は、19回目で、お題は「バブルの頃② 見栄」だ。

「バブルの頃」は、前回の「錯覚」に続いて2回目、次回「崩壊」まで3回連続の予定で書いている。

「今回はバブルの頃の上っ面を、流行現象を中心にふりかえってみたい」として、手元にある3冊の本を取り上げた。

「いずれも当時よく売れた本だ。『見栄講座 ミーハーのための戦略と展開』は、小学館から一九八三年十一月発行、ホイチョイプロダクション作品で馬場康男=作・松田充信=絵。『金魂巻(きんこんかん)』は、主婦の友社から一九八四年七月の発行。渡辺和博とタラコプロダクションの作品で、「現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造」というものだ。この本から「まる金」「まるビ」という言い方がはやった。もう一冊は、バブルの最中に「オヤジギャル」などの流行語を生んだ中尊寺ゆつこによるコミック『お嬢だん』で、双葉社から一九八九年七月の発行。『お嬢だん』以外は、「バブル景気」以前の発行だが、まるでバブル期の流行現象を見とおしていたかのような内容だ」

引用が長くなって、あまり解説風のものが書けなかったが、じつは、読めば、1980年前後から、日本人の間とくに「中」から上のクラス(あるいは「上昇志向」のクラス)に広く共有されていった、「語りの形式」と「言葉」が見えてくるのだ。

バブルの頃は、調子にのると人(日本人}はこうなる、という事例集のようなものだったが、そこにある語りの形式と言葉は、バブル前からあったのであり、バブル崩壊後も続いている。

そして、「失われた20年」なんてことがいわれているが、いつだって、いい調子の有頂天の人たちはいる。「みんな一緒によくなったり悪くなったりしようね」という構造は70年代で終わっているわけで、そこには、80年代から共通する語りと言葉が見られる。

おれが、その「語りの形式と言葉」に興味が湧いたのは、ツイッターやフェイスブックのおかげだった。ツイッターとフェイスブックでは、そのあらわれかたが異なるが、語りの形式と言葉が「共有」される構造は同じようだ。と気がついた。もちろん、そういうことに気づくヒントをあたえてくれた人がいる。

ってことで、タイトルは「見栄」にしたが、日本人の「見栄」にはいろいろなことが含まれている。本文の引用にも「ハク」という言葉が出てくる。ハクをつけるの「ハク」だ。見栄やハクの背後には、自己愛とはちがう「自分愛」がある。

3人寄れば、誰がイチバン偉いかを気にする。調子にのればのるほど、それが気になる。こういう傾向は、けっこうマンエンしている。そして、いらざる「質」の「向上」にこだわり、クリエイティブな仕事が上げ底のように持ち上げられ、ルーティンの仕事や労働者は見下され、石を投げれば大学院卒にあたるといわれるほど高学歴化した。

「見栄」は、80年代以後の「高度」消費社会をつくり上げてきたエネルギーなのだ。

それはそうと、今号の表紙は、作村裕介さん。画家であり左官である彼が描いた鏝絵、ではなく、仕事で履き潰した靴下の、力強い絵だ。

作村さんは、「表紙の作品について」に、こう書いている。

鏝で描こうと「いざ鏝を握り壁に向き合っても何も出てこない。僕は左官の技巧的なものよりも、肉体労働に魅了されているんだ」「身体が擦り切れる様な肉体労働が「生きてる」感じがする」

かっこいい。こういう語りと言葉が載る『四月と十月』も、かっこいい。

新連載が、一気に4つ。佐々木秀夫さんの「美術と復興」、佐野由佳さんの「建築家」、ハルカナカムラさんの「お風呂」、加賀谷真二さんの「野球」。

同人のみなさんの「アトリエから」はもちろん、ますます充実で、読みごたえがある。

四月と十月の詳細はこちら。
http://4-10.sub.jp/

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