« そんな生活がしたいだけです。 | トップページ | 牛乳のグラスでビールを飲む。 »

2017/10/23

『創作』。

001

きのうは、台風21号接近中で荒れた天気のなか、衆議院選挙の投開票日だった。台風が近づかない朝早々に投票を済ました。

結果は、前にブログに「この選挙で改憲勢力が3分の2を占める流れもできつつあるようで、改憲のための国民投票まではいく気配が濃厚だ」と書いたような結果になった。

先日20日(金)、北浦和の居酒屋ちどりの「出張円盤寄席」へ行った。2年前の10月以来の出張円盤寄席だ。あれから何度かあったのだが、なかなか都合がつかず、やっと行けた。

「出張円盤寄席」は、高円寺の中古レコード屋?「円盤」の店主である田口史人さんが、中古の盤をまわしながらしゃべるもので、2年前のときは、その話もおもしろかったが、田口さんという人物もなかなかおもしろい方で強く印象に残った。

そのとき、発売になったばかりの田口さん著の『レコードと暮らし』(夏葉社)を買って読んだが、やはりおもしろいだけでなく、すばらしい内容だった。

そして今回、寄席もおもしろかったのはもちろんだが、そこで売っていた田口さん発行の『創作』なる本を買って読んで、田口さんはすごい人だなあと思ったのだった。

この『創作』なる本は、田口さんが旅の途中で寄った、やる気なさそうな古物屋の店頭のワゴンの中に捨てられたようにあった「日記」を、田口さんが本にして出版したものだ。

日記は、1973年10月26日(金)に始まり、1975年7月26日(土)で終わっている。作者は、わからない。

だから、この本に著者名はない。さらに、奥付もなく、日記本文以外のものは、まったくない。タイトルのある赤いカバーをはずせば、そのタイトルもない。つまり、体裁こそ本になっているが、田口さんが発見した日記そのままなのだ。

田口さんは、なぜこの日記を出版する気になったのか、寄席の冒頭で語った。おれは、その言葉が気になって買ったのだが、言葉自体は、はっきり思い出せない。ただ、その言葉から得た感覚が身体に残っていた。

本には、栞がはさんであって、この本の短い紹介がある。それも「無署名」であり、この本は栞まで含め、とことん無名性を貫いている。

栞の文は、もちろん田口さんが書いたものだ。ということは、いまのおれは知っている。だけど、この本は、やがて元の日記のように、流れ流れていくうちに、無名のものとして見つけられて読まれるか、流され捨てられるままになる。元の日記と日記の著者つまり「主人公」の「運命」を、そのまま表現しているわけなのだ。

このように、自分を前面に出さない、「物」に忠実であろうとする姿勢は、田口さんの著書や話に共通することだけど、なかなかおれのような凡人にできることではない。

たいがい、「これは私が世に出した」とでもいうかのように、「どう私っていいもの出すでしょ」とでもいうように、発見者や発行者あるいは作者である自分を誇らしげに見せる。

とにかく、その栞の文から一部を引用する。

「どこの誰が書いたのかわからないこの日記を読み終えたとき、ヤバイものを見つけた、という最初の興奮とはまったく違う、文学作品を読み終えたときのような、心に軽く残る瘤りと爽快さを感じた」

「私はこれを読んで「表現」とはなんなのか、そして凡人とそうでない人の差はなんなのかを考えさせられながらも、結局のところ、この「主人公」のあまりに真摯であまりに人間的な有様に惹かれていった。虚実の皮膜でゆらめく「人」に」

この日記には、創作の気配がまったくない。人に読まれることも意識することなく、自分の慰めか気持の支えか、日記を書く人の気持はわからないのだが、単なる記録でもないようだ。

日記の著者は、「小説」を書くような非凡な人間になりたいと願いながら、日雇い労働と花札やパチンコや麻雀のバクチな日々を送り、自堕落のようでありながら堕落しきることもなく、これではイカンと思いながら、なかなかバクチを断ち切れず、本を読んではあれこれ考え、旅にも出てみるが、生活は変わらない。自分ではこえられない何かと向き合いながら、しだいに精神世界へ傾いていく。

負けがこんでバクチはやめたと書いていたのちにも、「仕事が遅れている。残業が続く。/麻雀十二時まで。最近又やりだす。/本を読む時間がなくなる」といったぐあいに、その日その日を綴っている。ただ、書かずにおきたいことがあることは、読んでいるとわかる。あからさまにはなれない。

いったいどうなるんだこの人、と思っているうちに、日記は終わる。

とくに「名言」があるわけじゃない。耳目をひくようなことは、いっさいない。

その読後感が、不思議によい。田口さんは「心に軽く残る瘤りと爽快さを感じた」と書いているが、ちっとも爽やかな日はないし、明るい未来なんてものはなさそうな暮らしなのだが、青空を見上げているような読後感がある、といったらよいか。

この日記が書かれた年代。書き始めの1973年は、おれが30歳の年だ。日記の著者は、おれより年下で、たぶん20歳前半だろう。愛知県幸田町の中心から離れたあたりに住んでいると思われる。

この時代、東京へ目が向いている若者が多かったと思うが、かれは都会への憧れがほとんどないようだ。弟が2人、1人は家を出ていて、彼と弟と両親の暮らし。この家を出ようという考えもないらしい。この時代の若者らしさといえば、4日ほど、放浪の旅に出ることだ。

もっとも、「この時代の若者らしさ」というのは、多分にメディアからつくり出されたものだけど、かれは旅先で、当時のディスカバージャパンキャンペーンにのったアンノン族の若い女たちを目にするが、ただ若い女が多いと思うだけだ。

いまは、どこでどうしているのか。その土地から離れたかれは想像できない。

とにかく、このようなものを発掘して、自分の名前も出さずに出版する田口さんは、ほんと、すごい。

人間は十人十色というが、一人一人がかなり違う、それが共存しているのが社会だというのは、実際のところ理解されにくい事実だ。

その結果、「できる人」や「正しい人」や「好ましい人」などばかりを評価し、そちらに近づくようになる。

『レコードと暮らし』の「送り溝」というあとがきで、田口さんは、このように書いている。

「困った状況として現われているのは、自分がたどりついた情報はいいもののはずだ、正しいはずだと信じるために、その価値づけの権威を自分に据えてしまう人が増えていることです。素早く得た情報をすぐに使おうと思ったら、そうしてしまうのが、最も合理的なのでしょう。物の評価は歴史認識と状況認識の二つの軸があれば誰でもできますから、それを自分史と自分をとりまく状況に設定してしまえば、なんとでも言うことはできるからです」

「そうやって築かれた価値観は、隣の人すら通じないことは肝に銘じておかないと本当に危険だと思います。そこに自分は正しいと信じる力が加わったら、対立しか生まれようがありませんから」

今回の選挙をめぐっても、メディア界隈で食っている「知識人」のあいだには、そういう傾向が見られた。上層と下層とのあいだの分断は激しくなっているようだ。この日記の主人公のような労働者は眼中にない知識人は多い。

非凡な存在にならないかぎり、自己肯定が難しい世間だ。

だけど、こういう本からは、十人十色の普通の一人一人の暮らしが肯定的に浮かんでくる。もっと、そういう本がほしい。

184頁、1000円。充実の読書。

当ブログ関連
2015/10/27
出張「円盤」レコード寄席@北浦和クークーバード。

002001

|

« そんな生活がしたいだけです。 | トップページ | 牛乳のグラスでビールを飲む。 »