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2017/10/03

『画家のノート 四月と十月』37号と「理解フノー」。

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美術同人誌『四月と十月』37号(2017年10月号)が届いた。おれの連載「理解フノー」は、19回目で、お題は「バブルの頃② 見栄」だ。

「バブルの頃」は、前回の「錯覚」に続いて2回目、次回「崩壊」まで3回連続の予定で書いている。

「今回はバブルの頃の上っ面を、流行現象を中心にふりかえってみたい」として、手元にある3冊の本を取り上げた。

「いずれも当時よく売れた本だ。『見栄講座 ミーハーのための戦略と展開』は、小学館から一九八三年十一月発行、ホイチョイプロダクション作品で馬場康男=作・松田充信=絵。『金魂巻(きんこんかん)』は、主婦の友社から一九八四年七月の発行。渡辺和博とタラコプロダクションの作品で、「現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造」というものだ。この本から「まる金」「まるビ」という言い方がはやった。もう一冊は、バブルの最中に「オヤジギャル」などの流行語を生んだ中尊寺ゆつこによるコミック『お嬢だん』で、双葉社から一九八九年七月の発行。『お嬢だん』以外は、「バブル景気」以前の発行だが、まるでバブル期の流行現象を見とおしていたかのような内容だ」

引用が長くなって、あまり解説風のものが書けなかったが、じつは、読めば、1980年前後から、日本人の間とくに「中」から上のクラス(あるいは「上昇志向」のクラス)に広く共有されていった、「語りの形式」と「言葉」が見えてくるのだ。

バブルの頃は、調子にのると人(日本人}はこうなる、という事例集のようなものだったが、そこにある語りの形式と言葉は、バブル前からあったのであり、バブル崩壊後も続いている。

そして、「失われた20年」なんてことがいわれているが、いつだって、いい調子の有頂天の人たちはいる。「みんな一緒によくなったり悪くなったりしようね」という構造は70年代で終わっているわけで、そこには、80年代から共通する語りと言葉が見られる。

おれが、その「語りの形式と言葉」に興味が湧いたのは、ツイッターやフェイスブックのおかげだった。ツイッターとフェイスブックでは、そのあらわれかたが異なるが、語りの形式と言葉が「共有」される構造は同じようだ。と気がついた。もちろん、そういうことに気づくヒントをあたえてくれた人がいる。

ってことで、タイトルは「見栄」にしたが、日本人の「見栄」にはいろいろなことが含まれている。本文の引用にも「ハク」という言葉が出てくる。ハクをつけるの「ハク」だ。見栄やハクの背後には、自己愛とはちがう「自分愛」がある。

3人寄れば、誰がイチバン偉いかを気にする。調子にのればのるほど、それが気になる。こういう傾向は、けっこうマンエンしている。そして、いらざる「質」の「向上」にこだわり、クリエイティブな仕事が上げ底のように持ち上げられ、ルーティンの仕事や労働者は見下され、石を投げれば大学院卒にあたるといわれるほど高学歴化した。

「見栄」は、80年代以後の「高度」消費社会をつくり上げてきたエネルギーなのだ。

それはそうと、今号の表紙は、作村裕介さん。画家であり左官である彼が描いた鏝絵、ではなく、仕事で履き潰した靴下の、力強い絵だ。

作村さんは、「表紙の作品について」に、こう書いている。

鏝で描こうと「いざ鏝を握り壁に向き合っても何も出てこない。僕は左官の技巧的なものよりも、肉体労働に魅了されているんだ」「身体が擦り切れる様な肉体労働が「生きてる」感じがする」

かっこいい。こういう語りと言葉が載る『四月と十月』も、かっこいい。

新連載が、一気に4つ。佐々木秀夫さんの「美術と復興」、佐野由佳さんの「建築家」、ハルカナカムラさんの「お風呂」、加賀谷真二さんの「野球」。

同人のみなさんの「アトリエから」はもちろん、ますます充実で、読みごたえがある。

四月と十月の詳細はこちら。
http://4-10.sub.jp/

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