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2017/10/25

「大衆食堂の詩人」の呼称はここから始まった。

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大きくもない本棚だが、資料を探していると、探している資料でないものに目がとまり、なかなか作業が進まない。

これは、貴重というか、記念すべきというか、あるいは、もしかすると不幸の始まりだったかもしれない、おれが「大衆食堂の詩人」という呼称をいただいたときのものだ。

『彷書月刊』2003年5月号。

南陀楼綾繁さんが『彷書月刊』に「ぼくの書サイ徘徊録」という連載をしていて、その23回目に、「ザ大衆食」のサイトを取り上げた。

その見出しが、
「この人を見よ!
大衆食堂の詩人・遠藤哲夫」
だったのだ。

そこで、この雑誌が出たころ、ザ大衆食のサイトにこの記事を紹介したことを思い出して、見つけた。

「南陀楼綾繁さんが「ザ大衆食」について書いたゾ」ってことで、2003年4月26日にアップしていた。ついでに、そこに少し書き足した。

こちらね。
http://entetsu.c.ooco.jp/ayasige.htm

南陀楼綾繁さんといつどうして出会ったのか、まったく思い出せない。この文章を読むと、このときより前に知り合っているようだ。古書現世のことも出てくるから、向井さんとも付き合いがあったのだな。

おれは南陀楼さんと赤羽の「まるます」「まるよし」を飲み歩きながらインタビューにこたえたようだ。当時は、まだ「まるます」も「まるよし」も、そんなに混雑していなかったのだ。なんで、いまのように行列ができるほどバカ込みするようになったんだ!いいかげんにしろよ。

この10年ちょっとぐらいは、「異常」といってよいほど、メディアの食う飲む話の市場が拡大したのではないだろうか。ま、ひとつのバブルですね。おれはあまり関係ないけど。

とにかく、あれから10年以上がすぎ、いろいろあったなあと、おれの目は遠くを見るのだった。ま、おれはトシを食っただけで何も変わっていないのだが。

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