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2017/10/30

生サンマのさっぱり煮。

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きのう掲載の関甚で食べた「生サンマのさっぱり煮」は、うまかった。

いまどき、「インスタ映え」とかいわれ料理はますます目で食べる感じだが、この見た目は野暮な料理が、いい味をしていた。

しかし、サンマの煮物でさっぱり味というのは、コクがあるのにキレがあるような話で、食べるまでイメージがわかなかった。「さっぱり」というのは「薄味」ということだろうかとも考えた。それに、もともとサンマは、チョットしたえぐ味が持ち味で、それは「さっぱり」とはちがうだろうし、それを「さっぱり」にするというのはえぐ味をなくしてしまうというのか、それではサンマでなくなるだろう、と思ったりした。

食べてわかったのだが、「辛口でさっぱり」していた。もちろん、えぐ味もちゃんときいていた。

「辛口」というのは、わかりにくいかもしれない。インターネット上では、清酒の「辛口ください」と注文するやつは、味をよくしらないやつだ、なんていう話もあった。とはいえ、清酒の辛口は、清酒業界が率先してつくりあげたイメージだ。80年代に新潟清酒が「淡麗辛口」を謳いはじめブームになったのがキッカケだろう。

それは、もしかすると、当時のアサヒスーパードライが「コクがあるのにキレがある」とやって人気を得たのと関係があるかもしれない。

それまでの清酒は「甘いほどよい」という感じがあった。「いい酒」といわれるものは甘かった。清酒はもともと旨味が持ち味だし、その口当たりには甘さがあるが、それがベタベタするほど甘い清酒がもてはやされていた。それは砂糖などの甘いものが珍重されていた歴史と関係があるかもしれない。

そういう味になれていた年寄りも少なくないはずだ。「ドライ」「辛口」は旧来の「甘口」に対するもので、若い新しい需要層をねらった。と見ることができる。でも清酒は旨味が持ち味であることには変わりないだろう。

新潟の「淡麗辛口」が登場する前は、甘い清酒に対して、剣菱や地酒が「辛口」として好まれるむきもあった。その辛口は、「ドライ」とちがった。

おれは上京するまでは、まわりじゅう「辛い」といったら辛子のような辛さを意味していた。上京したら、まわりではどうもちがうのである。どうやら「しょっぱい」を「辛い」といっているようなのだ。それなら、辛子の辛さはどうなるの、という気分だったが、やっぱり「辛い」なのだ。これでは区別がつかないではないか。話の文脈で区別しろというのか。

あるいは「しょっ辛い」が「しょっぱい」とおなじようであった。辛子のような「辛い」と区別して「しょっ辛い」になるようでもあった。その区別も、釈然としない。

めんどうな話だ。でも、「しょっぱい」と「辛い」は、おれのなかでは微妙にちがった。「辛口」で、さらにややこしくなった。おれは繊細ではないし野暮だし、そういう話はやめてくれ、おれは味覚バカでけっこう、と開き直りたいのだが、とにかく、東京モンの言い分にしたがってきた。

「辛口」と「辛い」はちがう。「生サンマのさっぱり煮」は、「辛口でさっぱり」していた。

東京の東側低地で出あう、しょうゆだけで味付けしたような(実際には、今はしょうゆだけということはないだろうが、昔はしょうゆだけがあった)、そこにしょうがを加えた、という感じの「辛口」だ。

そういうリクツはいいのである。ようするに、サンマもうまかったし、めしがうまく食えた。

昆布、ねぎなどもクタクタになるほど煮込まれ、いい味をしていた。食堂のおばさんが言っていたが、生サンマでなければできない料理で、丸切りにしてコトコト長時間、骨までとろけそうなほど煮てあった。

こういう料理は、自分でやるには、ヒマがなければできない。

日本料理界においては、サンマなどの大衆魚は「雑魚」「下魚」として扱われた。日本の秋の味覚を代表するようなサンマでも、日本料理を代表するような料亭などでは出さなかった。

それについては、昔、関西の有名な料理人だったか料理研究家だったか、土井勝だったかな?が、ほんとうのところを何かに書いていた。

ようするに、サンマではどう料理しても料亭の値段にならないから出さないのだと。そんな話だったと思う。

そのかれが、東京・築地の名高い料亭「つきじ田村」の主人に東京へ来たら遊びに寄ってといわれ、どんな料理を食べさせてもらえるかと上京したときに寄った。

すると、サンマの塩焼きが出たのだ。それも、焼き立てを主人自らが持って出た。

主人は、関西ではいいサンマが食えないだろうと、サンマを自ら焼いて、仲居に持たせているあいだにも味が落ちるというので、自分で持ってきたのだった。ま、「おもてなし」ってやつだね。

いかにも、なるべく手を加えないほどよいという日本料理の料亭の話だ。

詳しい話は思い出せないが、たぶん、サンマからして別格のものだったにちがいない。それは塩焼きで食べるのが最上ということになっていたのだろう。

そういうところでは、「生サンマのさっぱり煮」なんて思いつかないのではないかな。こういうものが食べられるなんて、庶民のよろこびですね。

いまでは、どうなのだろう、料亭でもサンマを出すのだろうか。

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