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2017/11/22

鬼子母神通りみちくさ市、ノイズとカオスとDIY。

19日の日曜日、今年最後の鬼子母神通りみちくさ市へ行った。たぶん、今年は、トークを含め皆勤だったのではないかな。

みちくさ市のおもしろさは、ノイズの多さだ。これは、別の言い方をすれば、猥雑感の存在だが、おれはそこに自前のDIY精神があるようで、気に入っている。もともと「市」とは、そういうものだったはずだ。

セレクトショップが出前しているような、丁寧に計画された押しつけがましい独特のステキな雰囲気のまちや市など、おれはなんの魅力も感じない。

会場となる雑司ヶ谷のまちも、ざっかけない感じだが、そこにみちくさ市を企画運営するわめぞ一味のDIY精神がうまく機能しているのかも知れない。

ノイズとカオスとDIYのまちは理想だね。みちくさ市を歩きながら、いつも思う。この空気を吸いに、ここに来ている。もちろん、気になる古本があれば買う。

いつものように、13時半から雑司が谷地域文化創造館の第2会議室でトークがあった。これまでの連続講座がおわり、来年の新しい企画がスタートする前、今回は番外編ということになるだろう。

雑司ヶ谷現住民と元住民の、石丸元章と曽根賢(ピスケン)と武藤良子(イラストレーター)がしゃべる。いちおうテーマは、「雑司が谷番外地~どうせ俺らの行く先は~」ってことだ。

この顔ぶれ、すごい。めったに聞けない。会場に着く前から気分は高揚していた。

武藤良子による、石丸とピスケンに対する突っ込みが聞きどころではないかと思っていたのだが、武藤は突っ込むキッカケもないほど石丸とピスケンのカオス。自由と無政府のあいだ。

ドラッグとロマンチシズムのノイズの多い話がハイテンションで展開するなか、七曲がりと七曲がり荘、雑司ヶ谷霊園のすばらしさは、わかった。

雑司ヶ谷は、これからもドラッグとロマンチシズムを抱えていけるか、「~どうせ俺らの行く先は~」は、混沌としている。

話を聞きながら、1971年から現存する、大都会のなかのヒッピーのコミューン、コペンハーゲンのクリスチャニアを思い出した。最近ここを訪ねた知人がフェイスブックに書いているところによると、観光名所になっているらしい。

ノイズとカオスとDIYのまちは難しい。このトークの会場がトークのあいだ、そうであったようだ。

「寛容」「多文化」も、いうは易しく実際は難しい。大きい小さいに関係なく、社会も文化も、「自分たちでつくる」というDIY精神がなければ。

女を盗まれたと思っている男、盗んだのじゃない救ったのだという一方の男。20年前の女をめぐる争いの根は深いようだった。そりゃ、盗まれたと思っているのと、救ったと思っているのとでは、かなりズレている。

いつものように、サン浜名で打ち上げ。

少し前、雑司ヶ谷ジャングルブックスの占い師、田名有希さんがツイッターで占いに関する独白めいたことをつぶやいていた。それがおもしろかったのでリプライしあった。その田名さんが打ち上げに来たので、占いと本の話になった。

この話は、本をめぐる議論に関係することで、これまで欠けていると思われる視点なのだが、いまそのことを書いていると長くなるのでカット。

田名さんと話したあと、女を盗まれたと思っている男と救っただけと主張する男のあいだに移動した。

その話がぶり返され、盗まれた男が救った男に向かって、ジョッキのチュウハイをぶっかけた。が、あいだにいるおれが、ほとんどガバッと浴びることになった。しかも、盗まれた男は小柄なので、おれの顎から喉や襟元のへんに大量にかかった。

氷でシッカリ冷えたチュウハイで、下着まで濡れた。

どういう加減か、着ていたスポーツシャツの胸ポケットに、チュウハイのレモン一切れが入っていた。

濡れた衣服が乾き切らないうちに、時間も時間だから帰らなくてはならない、コートを着て外へ出た。この日は寒かった。電車に乗っているうちに身体がドンドン冷える、腹が冷たくなる。東大宮に着いて便所に駆け込んだ。

ノイズとカオスとDIYのいい一日だった。みちくさ市はやめられない。

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