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2018/01/18

齋藤圭吾写真集『針と溝』発行と写真展3ヵ所同時開催。

北九州市の『雲のうえ』などで一緒に仕事をしているカメラマンの齋藤圭吾さんの写真集『針と溝』が、本の雑誌社から発行になります(1月23日ごろ)。

同時に、明日19日(金)から、吉祥寺の「キチム」で写真展も開催。この本をデザインした『雲のうえ』編集委員でもある有山達也さんとの楽しいトークなどもあります。

よろしくね。

おれは、目下、3月に発行予定の仕事を齋藤さんや有山さんとやっているのだけど、齋藤さんは、少し照れながら「じつは、いわゆるオーディオマニアっていうのかな、あれなんだよね」とか言っていた。ま、カメラマンにはメカ好きや凝り性が多いから、おれは驚かなかったけど、この写真には、ビックリですよ。

本の雑誌社のサイトにある案内、写真も載っています。
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114094.html

息をのむ美しさ、音が生まれる瞬間──

「ダイヤモンドというと心がときめく女性と違って、レコード好きの男は「針」を連想しますね。この針と溝の写真集はマニアを通り越したものですが、特にレコードの溝を接写レンズで撮った写真はどきどきするほど美しいです。」(ピーター・バラカン)

レコード盤に針を落とす。盤が回り、針が溝に刻まれたジグザグをなぞると、音が生まれる。始めから終わりまで、一本の溝を針は走り、リズムやメロディーを奏でる。線路を走る列車のように。

ダイヤモンドやサファイアから成るレコード針(stylus)と、様々なジャンルの音楽が刻まれたレコードの溝(groove)。

宝石が溝に触れ、なぞる、擦る、震える。

官能的な音が生まれる瞬間をマクロ撮影。
聴くでもなく語るでもない、肉眼では見えないはずの音を見てみようと試みた前代未聞の写真集。

以上。


齋藤さんは、ほかにも同時に、吉祥寺の本屋「一日」でも「百日」でも写真展を行います。

「一日」では、1月17日(水)~29日(月)、以前に清澄白河のギャラリーで開催したことのある写真展「melt saito keigo」。この写真集を手作業で製(つく)った、立花文穂さんと齋藤さんの「写真を撮る本を製(つく)る」というトークもあります。

「百年」では、1月17日(水)~2月5日(月)、「花暦 INTERVIEW WITH PLANTS」展。『花暦』は、『ボタニカ問答帖』(瀬尾英男・文/齋藤圭吾・写真、京阪神エルマガジン社)の続編だそうです。

詳しくは、それぞれのサイトをご覧ください。

まあ、しかし、こんなに一度に写真展をやって……けっこう、けっこう。

吉祥寺に出かけたときには、それぞれ近い場所だから、グルリまわって見るのもいいかも。

以前の「melt saito keigo」展は行って当ブログに紹介した。
2015/02/16
齋藤圭吾写真展「melt saito keigo」。

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2018/01/16

「四月と十月文庫をおおいに語る」トーク、盛況御礼。

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一昨日、下北沢の書店B&Bで行われた、『仕事場訪問』(牧野伊三夫、港の人・四月と十月文庫)刊行記念トーク「四月と十月文庫をおおいに語る」には、たくさんの方にお集りいただき、ありがとうございました。

トークのあとの打ち上げ参加者も多く、会場に入り切れない事態が発生、さらにそのあとにカラオケへ行った人たちもいたようだ。

とくに高邁な目的や結論があるわけじゃなし、役に立つ話など少しもなかったトークだったと思うが、楽しんでいただけたなら幸い。

港の人の社長、上野勇治さんの司会で始まり、まずは脱稿旗の返還と授与があった。

いつもなら、四月と十月の出版記念会で行われるのだが、牧野さんが二冊目ということもあり、この場を借りて「公開」で簡単に行うことになったもの。

前回7冊目『理解フノー』の著者であるおれのもとにあった脱稿旗を編集室に返還し、編集室から牧野さんへという儀式だ。しかし、気がついたら、おれの手元にあるはずの脱稿旗がない。そういえば、一昨年12月にあった『理解フノー』出版記念会で泥酔したおれは、脱稿旗を持ち帰らなかったのだ。

なんとなく瀬尾幸子さんが持って行ってくれたような気がしたので電話をするが通じない。とりあえず、脱稿旗が手元にない旨を牧野さんに知らせておこうと牧野さんに電話をした。そしたら、どういうわけか、牧野さんのところにあったのだ。

というわけで、一昨日は、牧野さんが持って来てくれた脱稿旗を受け取り、おれから牧野さんに返し、それを上野さんから牧野さんに授与するというややこしいことになった。

そのあとトークになり、まずは牧野さんとおれの出あいの話からスタート。牧野さんとおれが出あったのは、2001年の秋だった。あんなことがあったね、こんなことがあったねの話から、四月と十月のことや四月と十月文庫のことへ。

1冊目の『えびな書店店主の記』(蝦名則著)、2冊目『装幀のなかの絵』(有山達也著)、3冊目『ホロホロチョウのよる』(ミロコマチコ著)と、おれがツッコミ役で話を進めることになっていたので、テキトウに合いの手やツッコミを入れたりしていた。

かなりしてから(たぶん1時間は経過し、残り30分ぐらいになった頃)、牧野さんがスライドを作って来ていたことを思い出し投影、なーんだ、これを最初から使えばよかったのに、忘れるんじゃねえよ。いろいろボロが出る楽しみもあった。

いちおう、これまでの著者と著書について、あれこれ話したところで、カンジンの『仕事場訪問』については十分な時間もなくジ・エンド。

とくにまとまったイイ話はなかったけど、爆笑もあり、場の雰囲気は盛り上がりが持続して終わった。エンターテイメントとしては、上出来だったか。

15時スタートで16時半にトークは終わり、サイン会になった。牧野さんのところには、たくさん並び、おれは思いがけなく2冊が売れサインをした。

打ち上げは近くの中華料理店だった。18時からだったので、牧野さんと銭湯へ行くことにしていてタオルは持っていたのだが、会場でひさしぶりに会った人たちと立ち話などをしているうちに銭湯グループとは別れてしまい、京都から取材に見えた方と話しをしながら5人ほどで、晩杯屋へ。入ると、ほかにも2グループほどいるではないか。

打ち上げの席は足りなくなるのではないかと思っていたら、やっぱり20名以上の参加で、同じ会場に収まらず。

入れ替わり立ち替わり、あるいは立ったり、会場やテーブルを移動しながら、とにかく飲んで楽しくすごしていたが、なんだかトークで時間がなくなって話せなかったことが気になっていて、酔った頭で口にした。

それは、牧野さんが「画家の文章は面白い」と言っていたことについてだ。

おれも『四月と十月』本誌を読んでいつもそう思っていたし、近ごろはますます「文章家」の文章より画家や音楽家の文章が面白いと思っていたから、そのことに話をふったのだ。

牧野さんもおれも酔っていたが、そのやりとりをみんなが聞いていて、その話、トークのときにやればよかったのに~、という声もあったりした。すみませんねえ。

このことには、「画家的」や「画家的視点」ということや、牧野さんの考える「画家」について、それから「文章家」が文章家的視点より出版業的視点に陥りやすい事情などが関係しているようで、ツッコミどころはたくさんあって興味深いのだ。

21時すぎに解散。おれはスソさんと帰ったが、たいがいはカラオケへ行ったらしい。

体調を悪くし長いあいだ療養中だった言水ヘリオさんが姿を見せてくれたのがうれしかった。

当ブログ関連
2017/12/11
1月14日は、下北沢の本屋B&Bでトーク。

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2018/01/07

第一次世界大戦と「懐石とナショナリズム」や「黄色い本」。

「懐石とナショナリズム」は、近ごろ「相撲とナショナリズム」という言葉を見かけるので、それにあやかってみた。いやあ、2020年東京オリンピックに向かってますますイケイケの「おもてなし」の言動を眺めていると、「懐石とナショナリズム」もなかなかのものだ。

「黄色い本」は、最近読んだ、高野文子の『黄色い本』(講談社)のなかの「黄色い本」のことだ。

どちらも、第一次世界大戦とその後の世界と日本が関係する。ということに、いまハマっていて、あれこれ読んだり見たりしている。

2018年というと、ツイッターでも「マルクス生誕200年、明治維新150年、米騒動100年」などが喧伝されているが、「第一次世界大戦終結から100年」は見かけない。

そのへんからして、近代日本を考えるうえでの大きな欠落があるように感じていて、それはもちろん食文化や大衆食にも関係することだ。

だいたい、大衆食堂や大衆食の成り立ちは、第一次世界大戦と大いに関係があるにも関わらず、おれは自分の著書では、そのことにふれてない。第一次世界大戦は、まったく視野に入っていなかったといってよいほどだったのだなあ。

当ブログ、2017/12/21「ライター稼業にとって「丁寧」な仕事とは。」でも、書いている。

第一次世界大戦のことで思い出したのは、レマルクの『西部戦線異状なし』であり、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』だった。

『西部戦線異状なし』は高校生のとき読み、『チボー家の人々』は高校卒業したばかりのころ読んだ。ずいぶん昔のことだ。

高野文子の「黄色い本」には、「ジャック・チボーという名の友人」という副題がついている。

あまりあてにならないウィキペディアには、「「黄色い本」(1999年)は、青年誌『月刊アフタヌーン』に掲載された72頁の読み切り作品である。雪国を舞台に、作者と同世代の少女が学校に通いながら5巻本の『チボー家の人々』をゆっくりと読み進めていく様を描いたもので、執筆開始から完成まで3年の月日が費やされている」とある。

おれが『チボー家の人々』を知ったのは、『西部戦線異状なし』を読んだころだった。

おれには母の姉の娘である6歳上の従姉がいて、彼女は父親とは生き別れ母親とは死に別れで、戸籍上は母の母の娘(つまりおれの母の妹)となり、実際はおれの家で一緒に姉弟のように育ったのだが、彼女の恋人のち結婚相手が、この本を持っていた。これを、おれは大学合格祝いにせしめ、その春に読んだのだった。

全5冊、黄色い表紙にパラフィン紙のカバーがされ、灰色の薄いボール紙の箱に入っていた。

このあいだ第一次世界大戦を調べていたら、クレマンソーやポアンカレが出てきて、おおこの名前は聞いたことがあるぞ、『チボー家の人々』によく登場していたなと、この本を思い出したのだった。

しかし、もう一度読みかえす気はしない。なにしろ、全5冊のうえ、2段組みだった。

読みかえす気はしないが、ほとんど忘れている内容を少しは思い出したいと調べていると、「黄色い本 ジャック・チボーという名の友人」にゆきあたったのだ。

ジャックのことは、もちろん覚えている。そうそう、かれは「インターナショナリスト」になったのだった。

「インターナショナリスト」と「ナショナリスト」の観念が育ったのは、第一次世界大戦が契機だった。第一次世界大戦の西部戦線で戦った国々と、その戦場から遠く離れていて、しかも後進国の出自を抱えながら戦勝国になった日本では、「インターナショナリズム」と「ナショナリズム」の育ち方は、かなりちがっているようだ。

そこに、前にも少し書いたが、懐石(と茶道)が関係する。このへんは、いまのところあるていど根拠のある「仮説」ていどで、「懐石とナショナリズム」ということでは、大衆的レベルで大活躍し多筆だった辻嘉一の本を読みあさっているところ。

「食育」やユネスコ無形文化遺産の「和食」でうるさくいわれた「一汁三菜」だが、近ごろは「一汁一菜」ということを言い出す料理の先生もいて、「一汁一菜でいいんだよ」という話だけならよいのに、しかし、どちらも「日本料理の頂点、懐石料理の原点」を持ちだし、その背後には「日本の精神」やら「日本の美」やらが、あやしくたちこめている。

「一汁一菜」を持ちだした料理の先生は、先代から「家庭料理」を謳っていたのであり、いまさら懐石の概念ではないだろうと思うのだが、やはり、懐石を錦の御旗にしないとダメな事情でもあるのか。

「一汁三菜」に対し「一汁一菜」の構図を、うがった下衆な見方でたのしんでながむれば、そこには昔から繰り返されている日本料理の頂点をめざす派閥争いや、関西料理の京都対大阪の遺恨?あるいは、ホレ服部さんの跡ねらいか、と、いろいろおもしろや。

2020年東京オリンピックめざして、育ちの悪かったナショナリズムとインターナショナリズムが、いろいろな分野でしのぎを削り、まだまだこうるさいことになりそうだ。改憲論議もあるしなあ。

ま、時流に流されず、じっくり、第一次世界大戦のころから掘りかえしていこう。

話がそれたのかそれてないのかわからなくなったから、このへんでオシマイ。

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2018/01/05

『ユリイカ』1月臨時増刊号、遠藤賢司と大衆めし――「カレーライス」から

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去る12月26日に発売になった、『ユリイカ』1月臨時増刊号「総特集=遠藤賢司」に、「遠藤賢司と大衆めし――「カレーライス」から」を寄稿した。

年末のある忘年会で、「エンテツがユリイカなんてイメージじゃないなあ」といわれた。ほんと、そうだよな。

エンケンこと遠藤賢司は、去る10月25日に亡くなった。享年70は、おれより若い。

そこで、追悼特集。

エンケンを追悼するにふさわしいみなさんがズラリ並んでいるなかに、おれだけお門違い場違いでスミマセンという感じで、加わっている。

「詩と批評」を謳う『ユリイカ』は、まったく縁のない存在だった。どこの世界のハイカルチャー。

編集者からトツゼン、「遠藤賢司と大衆めし」ということで論考をお願いしたいと依頼があり、エッセイならともかく音楽についても遠藤賢司についても論考を書けるほどの知識がないと返事をしたら、いや「堅めのエッセイ」であればといわれ、引き受けた。

だいたい、近ごろの出版の傾向としては、この分野はこの人に頼んでおけばアンシンという実績のあるライターに発注する「安全パイ主義」や「テリトリー主義」が普通だ。編集者もライターも、あるいは読者も、そういうある種の権威主義のサークルのなかで、ご安泰あんど閉塞。自由に羽ばたいてアブナイことに会うかもしれない危険はおかさない。

そういうなかで、大胆にも、まるで畑違いのおれに声をかけてくる編集さんにも興味があった。

けっきょく、20枚以上といわれ、書いたのは25枚。今年一番のボリュームで、一番難しかった原稿。論考風エッセイかエッセイ風論考か。

エンケンの代表曲「カレーライス」がらみだが、音楽的な話はナシ。

やってみると、視点が変わる効果か、これまで考えたこともなかった、いろいろなことが見えてくるもので、もう少し時間があったら、国会図書館まで行って調べたい資料があったのだが、残念ながら余裕がなかった。

「大衆食の射程のひろさ、深さに感嘆した」というような感想をいただいている。エンケンのうたが、その広さと深さをとらえていたということでもあるだろう。

■アルバム
不滅の遠藤賢司

■再録エッセイ
「ほんとだよ/猫が眠ってる」復刻によせて / 遠藤賢司

■インタビュー
土から這い出す純音楽 / 鈴木慶一(聞き手=湯浅学)
ふたりのエンケン / 浦沢直樹(聞き手=細馬宏通)

■歌の生まれるとき
遠藤賢司のライク ア ロォリング ストーン! / あがた森魚
マーチンD-35 / 岡林信康
昨日よりも育ち、昨日よりも若く、これぞ不滅の若さ / 中川五郎
歌と出会う / 友部正人
純音楽に全身全霊をささげた不滅の男 / 山本恭司

■純音楽の道
エンケンと話したかったこと / 田中泯
エンケンのこと / 夢枕獏
サイナラ、エンケン。 / 篠原勝之
純音楽家の美しさ / 山崎哲
ほんとだよ──言音一致の純音楽家 遠藤賢司 / 佐野史郎
エンケンの思い出 / 原マスミ

■対談
森羅万象変幻自在のエンケン / 湯浅学×岸野雄一

■遠藤賢司の旅
銀河鉄道の夜汽車のブルース / 遠藤ミチロウ
エンケンさんとあまちゃんと / 大友良英
ギター1本勝負! / 奈良美智
いきてるよ / 山崎春美
遠藤賢司さんとの思い出 / 戸川純
エンケンさんからもらったもの / 曽我部恵一

■歴史のはじまり、そして……
早すぎた芸術家、遠藤賢司 / 東谷護
「ほんとだよ」からはじまった純音楽の旅 / 北中正和
「日本(ニュー)ロック史」の形成とエンケン / 輪島裕介
一九八八年の遠藤賢司 / 南田勝也

■彼はいつでも最高なのさ
エンケンさんちょっとイイ話(第1回) / 根本敬
浅草キッドと東京ワッショイ / 水道橋博士
透きとおって、音になる / いしいしんじ
僕とエンケンさん / 森信行
裸の王様 / 湯川潮音

■君も猫もみんな好きだよ
んの彼方に / 細馬宏通
遠藤賢司は最初から遠藤賢司であった──茨城県県北地域で育まれたものと、彼のなかに流れ続けたもの / 大石始
遠藤賢司と大衆めし――「カレーライス」から / 遠藤哲夫
遺されたブックリスト / 本山謙二

■資料
遠藤賢司略年譜 / 柿谷浩一

青土社のサイトは、こちら。
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3114

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2018/01/04

謹賀新年。

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年末年始がさらさらでれでれと過ぎていった。

わが家庭の半分は、普通の会社員だから、普通に休む生活がある。今年は、その休暇が12月25日から1月3日までだった。

いまどきの一般会社員は、日々、過剰な管理下で過剰なサービスと過剰な品質を求められ、抑圧の激しい労働をしているから、休日ぐらいはドバッと解放されたいと思うのは自然のことで、ごく平凡に温泉と海へ向かった。

場所は下田。16,7年前に行って、ありふれた料金で普通によくて印象に残った宿に再び泊った。そしたら同じ階の同じ向きの部屋に案内された。以前のように、初日の出ではないが、部屋から日の出が見られた。

こうして平凡だが貴重な安息をとり、やはり多くの普通の家庭が背負っているだろう、労働のほかにも重くのしかかる両親の介護も気にしながらわきにおいたり、三ヶ日とはいえ雑煮やおせちなど作るでなく普段とあまり変わらない飲食だが、普段の毎夜遅くてあわただしい食事とくらべたら、ゆっくりのんびりさえできたらありがたく大切である飲食をでれでれやって、イチオウ神社へも行って、休暇は終わった。

今年は、明日からロケハンと取材が、月末まで8ヶ所ぐらい毎週のようにある立ち上がりだ。

それから、年が明けたら急に迫ってきた感じの1月14日(日)、東京・下北沢の本屋さんB&Bで開催の、牧野伊三夫×遠藤哲夫「四月と十月文庫をおおいに語る」のトークがある。

すでに告知したように、『仕事場訪問』(牧野伊三夫著、港の人・四月と十月文庫)の刊行記念のトークだ。

これに備え、昨日から、四月と十月文庫既刊全8冊を読みかえしている。続けて読んでいると、また別のおもしろさがある。

「絵や写真による表現、文章による表現、冊子や書籍の表現について」ということだが、はて、どんな話しになるか。新年会のつもりでご参加ください。

予約はこちらから。
http://bookandbeer.com/event/20180114_4gatsu10gatsu/

ま、今年も、よろしくお願いいたします。

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