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2018/05/31

バラバラ。

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近頃の諸々の現象を眺めていると、「BARABARA」が頭でプカプカする。

「バラバラ」は向井豊昭の、とてつもなくアナーキーで面白い小説のタイトルだ。「BARABARA」と表記し、1999年に四谷ラウンドから出版された本では、「BARABARA」のそれぞれの文字はバラバラ勝手な方向を向いている。タイトルの見た目からしてアナーキーだ。

バキッ、ゴキッ、あらゆる規範が抜け殻になっていく。いま時代はアナーキーへ。

そのことではない。

最近、チラッと見たツイッターに「クックパッドはレシピではない」というのがあって、気になったので検索してみたら、どうやら、このへんのことらしい。リツイートも多く、いろいろなコメントがぶらさがっていた。

https://twitter.com/showchikubai/status/999999785569431552
松5/27閃華6号館A ヒ15a
? @showchikubai

料理できない人へのアドバイスは
・レシピを見ろ。クックパッドはレシピとは呼ばない。栗原はるみ、土井善晴、小林カツ代は神
・火は弱く。強火でさっとは弱火でゆっくりやっても効果は同じ
・自分自身を信じるなレシピを見ろ
・念のためとかいらない自分自身を信じるな

22:05 - 2018年5月25日


ツイッターでは、こういう断定的な言い方が受ける傾向があるようだが、「栗原はるみ、土井善晴、小林カツ代は神」とするならば、クックパッドはクソみたいなものだというリクツはわからなくはない。

2018/05/26「「焼け野原」に咲く雑草のような食?」に「料理本やレシピ本といわれるものも、どんどん変わっている。企画進行中と聞くものにも、楽しみのものが多い。はたして、どのような人たちに、どう受け入れられていくか。」と書いた。

これらは、神でもないし、クックパッドでもない。これまで主流だった、いわゆる「料理家」とか「料理研究家」とは、まったくちがう流れなのだ。

ついでに、料理本やレシピ本を大別してみているのだが、いろいろ相関関係があって、なかなか難しい。

大きな権威的な流れとしては、近代以前からの、いわゆる「伝統的」な流派料理人と、彼らが腕をふるう料理店の系統がある。

明治以後に家政学や栄養学の系統が加わる。家政学や栄養学は料理学ではなく、料理的には、流派の系統の影響を強く受けている。流派の系統の人たちが、時代の変化を読んで家政学や栄養学と関係を深くする動きもあった。ま、抱き合う関係といえるか。

これらは、料理学校業界や学校教育業界あたりで混ざりあい、大きな権威として成長する。

レシピの著者は、たいがい、料理業界や学校業界に基盤がある人たちで、肩書もその所属や職階を示すものがほとんどだった。

1980年前後から目立つようになった「料理家」や「料理研究家」は、学校の先生ではなくプロの料理人でもなく、雑誌やテレビなどのメディアの力で「料理の先生」になった人が多い。出版社やテレビなどメディアによって育成された人たちだ。

以前から料理の先生として活躍していた人の弟子筋のほかに、メディアの周辺で仕事をしていたか、メディアの周辺で仕事をしている縁故者がいて、編集者などに見出された人たちといえる。

料理の先生とメディアは持ちつ持たれつの関係であり、そこに食品メーカーや関連企業が深く関わっていることも少なくなかった。

それぞれの先生の個性や特徴がありながらも、レシピについては、あるていど基本となる、はずしてはならない著述の仕方が見られる。

読者も含めた、支配的な規範が機能していて、それは人びとの生活観や価値観と結びついていた。と、みることができそうだ。

ところが、2000年頃から、その流れと構造に大きな変化が生まれた。

クックパッド現象も、その一つ。ほかにも、もっといろいろある。例えば、「時短料理」「時短レシピ」といわれるもの。あるいは、生きた方を提案する、哲学書のようなレシピ本など。ようするに食事や料理に関する概念の変化につながること。

そうだ、やっぱり、これまでの規範は、バラバラになってきたのだ。これは味覚にまで及んでいる。

いま世界を動かしているのは、なんだ。

とか、バクゼンと、思考している。

バラバラは、バラバラと、どこへ行く。

そしてまた今日もめしを食べる。

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2018/05/28

「食文化」とは。

きょう、大宮のジュンク堂で、思文閣出版のPR誌「鴨東通信」を入手した。

思文閣出版は、伝統の香りの高い、つまりハイカルチャーな日本文化に関する出版が多いようだという、偏ったイメージをおれは持っている。

今回もらった、「鴨東通信」2018年5月「春・夏」号の表紙の目次を見ると、トップのメインの座談会は、「近代数寄空間を煎茶文化でよみとけば」だった。それには、あまり関心がなかったが、江原絢子のエッセイ「ユネスコ無形文化財に登録された「和食」を知るために」があったのでもらってきた。

なんだかんだいっても、江原絢子さんは学術業界に身を置きながら、「食文化」について研究的に語ってきた、数少ない一人だ。

そのエッセイはA5判見開きにおさまっている。

「食文化ということばは比較的新しく、一九六〇年代に使われ始めたが、一般化するのは八〇年代以降といえよう。私が調理学の実験的世界から食生活を歴史的な視点で研究しようと方向転換をした一九七〇年代は、家政系大学ではまだ、食文化という科目はなく、食物史または食生活史の科目名で呼ばれていた」

この話は、おれの体験としてもとてもよくわかる。「食物」も「食生活」も、そして新参の「食文化」も区別がついていない「識者」がほとんどだった。

「それが、今は食文化ということばを知らない人はいないほどになった。二〇〇五年の食育基本法制定により「食文化の継承」などにも使われ、家庭科の教科書でも、また多くのメディアでもしばしば「食文化」は定義のないままではあるが使われて市民権を得た」

市民権を得たが、定義はない。

江原恵(江原絢子とは何の関係もない)は、一九七〇年代から、「食文化研究」を標榜し、とくに「食物史」と「食文化史」の混乱を批判しながら、自分が標榜する「食文化」については、定義していた。

おれのばあい、いちおう、その江原さんの定義のセンを意識しているが、まだ「主観」のうちだという自覚はある。

とにかく、市民権を得たが、定義はないことばは存在する。

「二〇一三年、ユネスコ無形文化財遺産に「和食;日本人の伝統的な食文化――正月を例として」が登録された」というぐあいに。

しかも、「正月を例として」なのに、「和食文化」全体がユネスコ無形文化財遺産に登録されたかのように拡大解釈喧伝され、ラーメンやカレーライスも「和食」であるような話もある。

「正月を例として」というのは、厳密に解釈すれば、「非日常」かつての「ハレ」の食事ではないのか。

さらに困ったことに、「生活」や「日常」についても、国語的解釈はあっても、概念はかなりアイマイだ。

「生活」とか「日常」というのは、そういうものかもしれない。

では、「食文化」は、どこに存在するのだろう。労働者の日常の食生活には食文化はないのか。

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2018/05/26

「焼け野原」に咲く雑草のような食?

きのうの続きのようなことだが。

料理と食事の分野は、すごく面白いことになっている。

江原恵さんが、かつて70年代の中ごろに、「日本料理の未来史はどうあるべきか。(略)結論的にひとことでいうなら、特殊な料理屋料理(とその料理人)を頂点とするピラミッド型の価値体系を御破算にすることである。家庭料理を料理屋料理に隷属させる食事文化の形態を、打ちこわして、根本的に作り変えることである」といって、「生活料理」という概念を提起したころと比べると、「革命的」といってよいほど変わったし、変わりつつある。

あのころは「古色蒼然」としていた、と、懐かしく思い出すぐらいだ。

ということをおれが話すと、食の分野だけは「民主化」がすすんだわけですね、といわれた。

そんな感じもする。ピラミッド型の価値体系に従わない、自己の「自由な表現と創造」としての料理と食事が、大衆食あるいは大衆めしあるいは生活料理あるいは日常食といわれる分野で、とても元気だ。外食の分野でも家庭の分野でも惣菜や弁当などの分野でも、新しい動きがどんどん生まれている。

それらを、戦後の「焼け野原」での活力と比較する見方もある。なかなか面白い。現在の「焼け野原」は、戦争の物理的な焼け野原とはちがうが。

これは直接的には、2008年のリーマンショックの影響が残っているなか東日本大震災が起きたことも関係しているようでもある。

ようするに価値観や価値体系のアナーキーなほどの変動だ。

そういう食から、「これから」を考えると、「ローカル」や「民主主義」なども、大変面白いことになっているように見える。

料理本やレシピ本といわれるものも、どんどん変わっている。企画進行中と聞くものにも、楽しみのものが多い。はたして、どのような人たちに、どう受け入れられていくか。

目下、取材したり資料を調べたりしながら、思案中。

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2018/05/25

「前」は、どこにある。

今月になっていろいろ進行しているのだが、簡単ではないことばかりだ。ま、政界もゴタゴタしているが、政界だけじゃない、政界の動きなんか上っ面のことであり、身体でいえば皮膚の表面のことだ。皮膚に包まれた身体の中では、大きな変化があるようだ。ほんに、日本は、大変なのだなあ。

おれはトシだから現場にからめない、体力が衰えているからねえ、トシだなあ。

現場にいれば力技もつかえるが、そうもいかないから、相談にのって次のステップまで、ジッと待っている。うまくいかないかもしれない、うまくいくかもしれない。どのみちマイナスにならないことがカンジンだ。いまどきは。

そう思ってジッと待ちながら眺めていると、けっこうよく見えてくることもあって、なかなか面白い。

「前向き」というが、どの方向が前なのか。積極的な人ほど、じぶんの「前」が正しいと思っているようだ。

あと情報処理のスピードは、早いほどよいと思い込んでいる人も、積極的な人には多いようだ。

「適切」とか「適正」という概念がない。積極的に見えるのは、あんがい「意識が高い」とか欲張りなだけだったり。

複雑な状況への対応や姿勢は20代30代のほうが「シッカリしている」と、ある人が言っていた。確かに、そんな感じもある。

40代ぐらいになって、多少なりとも人の上に立ち、小さくても権力や権威が手に入ると、それを見せたがり、ふるいたがる、好きなようにやりたがる。そのダメさ加減を、下のものは、シッカリ見ている。

ということは、かつて、団塊の世代とその下の世代のあいだにもあったが、その当時といまの20代30代が大きく違う点は、この年代から人口の年齢構成がしりすぼみになっていることだ。それと、かつてなかった社会や経済のシステムや制度の疲弊、行き詰まり、これらがモロに20代30代にかぶっている。

そんな話を聞いたり、したり。

そうそう外国人労働者のこともあった。たいがいの仕事が外国人労働者を現場で抱えているようになっている。彼らへの対応も、20代30代のほうがうまいらしい。

これらは、ライター稼業、出版業界以外のからみのことだが、某編集者が言っているように、出版業界は「権威主義が蔓延している世界」だ。どこの出版社から本を出した、どういう出版物に書いている、その出版社や出版物、著名な人物や編集者などとの仲良し具合まで、誇らしげな権威や特権になる。そして「世界を把握している気分になる」。そういう権威をふりまわしたがるのは、やはり40代ぐらいからのようだ。

うっとうしいことだ。いまの日本、権力や権威に拘泥しているバヤイじゃないだろう。だけど、政界もちろん、いたるところ大勢は、そんなアンバイなのだな。

おれは別の方向にいる。

面白い刺激的な仕事の打ち合わせをした。これはライター稼業のことだ。またもや論考の原稿の依頼なのだが、テーマも含め、なかなか刺激的な企画だ。

ビビットな情報は、誰でも手に入れやすくなっている。モンダイは、それをどう咀嚼し企画化するかなのだ。権力や権威でやれるわけではない。権力や権威をかざすような精神では、うまくいかないだろう。「上」ばかり見て「前」を間違えてしまう。そういう人が多いことは、おれにとっては都合がよいのだが、彼らは自分の実力ではない力を持っているので困る。出版業界に限ったことではない。


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2018/05/21

長寿健康自然志向系飲食の扱い方。

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2018/03/30「座・高円寺の広報紙、フリーマガジン「座・高円寺」19号の特集は「高円寺定食物語」。」に載っている食堂をボチボチ紹介している。

今回は、「こうじ料理・酵素玄米のお店」を謳っている、「つる来」という食堂だ。
http://tsuruki-kouji.com/

大雑把には、マクロビ系オーガニック系ということになるだろうか、とりあえず「長寿健康自然志向系」ということにしておく。

おれは、1980年代の中ごろから、この分野で熱心な人たちと付き合いはじめ、有機栽培系の生産者が活躍していた山奥の産地で暮らしたこともあり、1990年頃は、当時は「マクロビ」という言葉は使われていなかったが、そういう食事を数か月ばかり続けた。正確には、「自然農法」に取り組む家族の家に、なかば「下宿」して仕事をしていたので、そういう食事を頂戴していたのだ。そのあと東京で1年ほど玄米食と続けたことがある。

その後は、以前と同じように、普通の食事をしている。

近年になってからは、このマーケットが注目されるようになり、調査を請け負ったりした。前にもこのブログに書いたことがあるが、この方面に多少の知識はある。だけど、お店を取材をして書くのは初めてだった。

こういう飲食や飲食店をめぐっては、いろいろな話があるし、また実態も様々なので、実態把握も伝え方や表現が難しい。

とりあえず、今回は、一般的な食堂と一緒に載ることでもあるし、つる来のような飲食店こそが「いい飲食店」という印象が増大する方向へ加担することは避けたかった。

というのも、飲食や料理に正統性や優越性を求める結果、「長寿健康自然志向系」は正しく優れていて、それを扱う人たちは研究熱心で志や意識が高く正しく優れているという印象が増すことで、一方では一般的な普通の食事やそれを提供する仕事に関わる人たちが低く評価されたり見下される位置に立たされることがあるからだ。

以前、何かのテレビのそういう番組を見ていた食堂の人と客が「おれたちはどうせ邪道の人間だからね」と自虐的冗談をとばしているのを聞いたこともあるが、似たようなことに何度か遭遇した。

とかく、メディアサイドで仕事をしている人間は、いい気になりやすい。そこから生まれた表現は抑圧的になりやすいし、単なる同調や、ともすると屈折や反発を招きかねない。より正確な認識と理解のさまたげになる。

それからもう一つは、「つる来」が提供する玄米食は「長岡式酵素玄米」というものだが、これを「宗教」と見ている人たちもいるようで、それは「長岡式酵素玄米」そのものについては正確な認識ではないだろうということだ。

だいたい「宗教」だからと否定することそのものがおかしい。「政治的」「思想的」「宗教的」だからと否定する妙な風潮があるのも問題だろうけど、それはともかく。

「長岡式酵素玄米」は炊いた玄米の発酵に特徴があり、つる来は、ようするに、おかずも含め発酵を活用している店なのだ。そこで、「長岡式酵素玄米」について説明したあと、このように書いた。

「「発酵食品」というとカタイ感じだが、納豆、みそ、しょうゆ、かつお節など、昔からなじみ深い。ただ、工場生産によって発酵の仕組みも変わった。そこで、手ずからの発酵料理に関心が集まっているようだ。「自然派健康志向の定食」といってしまうと、これまでは「健康度外視定食」のようだが、そういうことではない。健康や幸福についての考え方が様々になったのだ。お互い認め合い、おいしさたくさんあったほうが楽しい。というのは、筆者の考えなのだが」

おれはもともと、飲食に正統性や優越性は求めていない。また、つる来の店主も、正統性や優越性を主張しているわけではないし、押しつけがましさはない。自分の健康な生き方への関心に従っているだけなのだ。

ところで、飲食店の商売は立地に左右されやすい。

「こういう定食は、都内でもまだめずらしい。それが高円寺にある。つる来は早稲田通りにあって、駅から少し離れているからか、価格の面でやりにくいこともあるようだ。ある意味、「安い高円寺」でのチャレンジともいえるか。遠方、名古屋などからのお客さんもいるそうだし、高円寺の定食の魅力がふくらむ可能性も感じる」

優劣より、事実を全体的な視点で歴史や社会(地域)に位置付ける。それは、ライターの仕事で、肝心なことかな。

当ブログ関連
2018/04/28
「高円寺定食物語」の天平。
2018/04/05
「高円寺定食物語」の伊久乃食堂。

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2018/05/11

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」66回目、池袋・うな達。

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昨日が今月掲載分の締め切りで、そういえば、先月掲載分をここに紹介してなかったのに気が付いた。近頃は、新聞の朝刊に掲載になると、昼頃にはWEBサイトにもアップされ、それを東京新聞の二つのツイッターがツイートするから、それをリツイートし、あとは忘れてしまうことが多くなった。気をつけよう。

こちら、東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2018042002000181.html

店名の通り、もとはうなぎ料理だが、居酒屋大衆食堂化している。曜日によって違うランチをやっていて、とくに金曜日のカレーライスが人気なのだ。「大人気」といってもオーバーではない。

1015すでにメディアにも何度か登場し、小野員裕さんも取材しているし、おれがロケハンに行った日もテレビの取材が入っていた。

盛りがよいうえに430円という安さもあってだろうか、11時半の開店には行列ができていて、開店してからは、お店の人は大忙しとなる。

とくにカレー鍋の前の店主は、鍋をかきまわしたり盛ったり、一つの鍋があくと作ってある次の鍋を前に置き、とにかく身体を動かし続けだ。

カウンターと座敷あわせて40人ほど入る店内は、全員が同じカレーライスを食べている。しかもみな馴れた注文の仕方で、「なみ」「なみ、あかぬき」「ちゅう、あか」とか叫ぶ。

こんなカレーライスの景色は初めてだ。

1011作業服やスーツや制服姿の男女が入り混じり、気取らず楽しそう食べている風景が、とてもよい。学校給食でも思い出すのかな。

しかし、カレーライスというのは、おもしろい食べ物だと、あらためて思った。

ここのカレーは、昔の黄色いカレーのバリエーションといえるが、甘さと辛さの混ざり具合は、かなり独自のものだ。辛いのが苦手の店主が作り上げたのだそうで、甘い、いや、やっぱり辛い、いや甘い…甘さも複雑、辛さも複雑、あわせてさらに複雑、という感じが続く。

夜の居酒屋タイムも混雑するらしい。こんど行ってみたい。

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おれが食べたのは「並」だが、たっぷり大盛りぐらいあった。

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2018/05/09

気分と空気とコミュニケーション。

前のエントリーは先月28日だった。ツイッターも見たら、前のツイートは先月28日だった。ゴールデンウィークだからと休んでいたわけではないが、結果的にそうだった。休みの空気に気分がのまれたのだろうか、書く気分じゃなかったのだな。たぶん。もともとたいしてやる気があってやっているものじゃないし、メシのような習慣性はないから、気分に左右されやすい。そして気分は空気に左右されやすい。

とにかく、この間に、なにかしらの仕事もしたし、それ以上にグダグダしたし、けっこう歩いたし、あれこれ読んだ。

読んだ中に、おもしろいものがあった。書店でもらってきたままほったらかしになっていた出版社などのPR誌の一つ、紀伊国屋書店の『スクリプタ』1月発行の号だが、吉川浩満の「哲学の門前」の6回目「ディス/コミュニケーション(2)」が、すごくおもしろかった。

「コミュニケーション」って言葉は、もう空気のように流通しているけど、おれの人生では30歳ぐらいからの言葉だ。1970年代前半、まだ言葉としては一般的ではなかった。

おれはいまでも覚えているが、当時、「食はコミュニケーション」てなキャッチフレーズを見て、なんだコミュニケーションって、と思ったぐらいだ。

いまでは空気のように流通しているけど、その意味や概念は、どうなのだろう、ちゃんとわかっているのだろうか。と、たまたま、少し前に、第一次世界大戦が気になり調べていたときに、欧米の連合国側では「オーガニゼーション」と「コミュニケーション」が戦争の勝敗を決する重要なテーマになっていたことがあるとわかったのだが、その言葉の使い方が、英語がよくわからないこともあって、どうもいまの日本での使われ方と違うような感じが残り、気になっていた。

吉川浩満は、近年よくネットで流通している「コミュ障」に注目して、コミュニケーションを明らかにしている。つまり「この言葉のプリズムを通すことで、ふだん私たちがコミュニケーションなるものをどのように考えているのか、それをどのように用いているのかの一端を示すことができそうに思えるからです。私たちが暮らす社会の一側面を照らし出すことにもなるかもしれません」ということなのだ。

ある言葉を置いて、それをプリズムにしたり鏡にしてモノゴトを見るという方法もおもしろいのだが、とにかく、「コミュ障」と「コミュニケーション能力」や「コミュ力」という言葉の使われ方を調べ、4つのポイントをあげ、検討を加えている。

ヤマは、ここだ。

本来なら、コミュニケーション能力は、「人がもちうるさまざまな能力のひとつにすぎない」はずだが、それとは対照的に、「コミュ障」は「「あいつコミュ障あるよな」ではなく「あいつコミュ障だよな」こそ正しい用法です。コミュ障というのは、人そのもの、人の全体にたいして貼られるレッテルなのです」

なぜそうなるのか、私たちが暮らす社会の一側面が浮かびあがる。

「現代日本でコミュ力と呼ばれているものは、じつのところコミュニケーション能力とは別のなにかなのではないか、そう私は疑っています。むしろそれは場のノリに同調したり支配したりする能力、組織集団の権力構造に適応する能力ではないかと」

自分の意見を押し通す能力のある人間がコミュニケーション能力があると認識されてきただけではないか。

ってことで、「KY」なるもの「空気」という言葉をヒントに考える。ここで、「空気こそ、長いあいだわれわれを生かしも殺しもしてきた日本の宗教だからです」と指摘するのだが、これには注があって、山本七平『「空気」の研究』文春文庫1983年があがっている。山本七平がそんなことを書いていたとは知らなかった。

「場を支配する空気を読めない者がKYでありコミュ障であるとするならば、日本社会は少なくともこの点にかんしては戦前となんら変わっていないことになります」

そこでおれは、第一次世界大戦で「オーガニゼーション」と「コミュニケーション」に取り組んだ(取り組まざるを得なかった)欧米連合国と、連合国でありながら主戦場から遠く離れていたこともあってか、戦勝国になりながら「オーガニゼーション」と「コミュニケーション」について旧態依然だった日本について、思い当たることがあった。

それはまあ、食文化に関わることでもあるし、現在の食をめぐるさまざまについて、なかなか議論が深まらないことにも関係があるだろう。

そういえば「食文化」という言葉も、1970年代前半ぐらいから広く流通するようになったが、どのように理解されているのだろう。多分に空気的であり気分的ではないだろうか。

「二十世紀は組織の時代である」「いまや組織なしの社会など考えられないくらいである。しかし、人類の長い歴史の大部分を通じて人びとは自己の欲求を個人で満たしてきたのであって、このような組織社会になったのはごく最近のことでしかない」って述べたのはフィリップ・コトラーさんであるけど、もう21世紀。なのに、食とコミュニケーションのことを考えても、二十世紀以前の問題がたくさん転がっている。

日本は19世紀が資本主義の衣を着ている、とかおっしゃった人がいたと思うが、そういうオコトバはその通りでも何の足しにもならないしなあ。

自己の欲求を個人で満たす(自分の意見を押し通す)レベルをこえ、「食べる」という日々のことから、もっとオーガニゼーションとコミュニケーションを考えていきたいものだ。

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