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2018/06/09

カントもマルクスもサヴァランも終わってはいない。

近頃「右でも左でもない」という言い方が一部の人たちのあいだで流行っているらしい。

昔からそういう人たちはいて、たいがい「反左」なだけだった。近頃のそれは、そのあとに「普通の日本人」というのがついて、とにかく中国や韓国が嫌いで、知性のかけらもない差別的言動が目立つ。これを「ネトウヨ」という人たちもいるのだが、「ネトウヨ」という言い方はよくないという人たちもいる。

昔からいた知性もあるが「右でも左でもない」といいながら「中立」の立場を確保しようとする人たちは、公正であるかというと必ずしもそうではなく、「左」を批判する割には「右」を批判することは、まったくないとはいわないが、ほとんどない。

ようするに「左」が「嫌い」なのだ。そして、結果的に「ネトウヨ」という人たちの言動や行動を支持しないまでも容認している。という感じかな。こういうのは「外堀派」とよびたい。

この「嫌悪」は、ある種の知的な階層に特有なもので、彼らは「嫌悪」と「排除」で、自分たちの正統性を守ろうとする。ついでにある種の権威も守るのだが。という分析と指摘は、かなり以前から公正な学者などによってやられている。

「中立」にも本当はいろいろあるはずで、「右」も「左」も排除する中立もあれば、「右」も「左」も包括する中立もあるはずだ。ところろが、どのみち「反左」でありさえすればよい人たちは、そのあたりのことはあまり考えない。

ようするに考えなしの「右でも左でもない」「中立」には、けっこう知的な人が少なくない。「考えなし」だから「知的」といってはいけないのだが、けっこう知識があり知的な職業についている。そういう「ジャーナリスト」のような人たちが「マルクスは終わっている」と言ったりする。

どうやらソ連邦の崩壊をもって終わったということらしいのだが、もうそういう言い方だけで、この人は「思想」についてはまるでわかっていないということがわかる。

前に紹介した『復興に抗する』の終章「「復興に抗する」経験を生きる」は、この本の編著の中心メンバー中田英樹が書いている。そこでは、『原子力戦争の犬たち』と著者釣崎清隆の主張が2ページほどにわたって紹介されている。釣崎は「自らイチエフに労働者として入り、イチエフ構内にて経験したことに基づいてこの著を書いた」。

田中は、「この本を読んだ時の所感としては、釣崎は、(本の帯には「右も左も関係ない」(読者が右翼でも左翼でも関係ない)とあるが)きわめて国家主義的、国粋主義的な思考スタイルに徹底しているように思える」と書いている。

その見方はアタリだと思う。以前このブログに書いたが、みちくさ市の打ち上げ飲み会のとき、改憲をめぐって激論になった相手というのが釣崎さんなのだ。彼は「中国の脅威」と「改憲」を抱き合わせで主張する人だ。そして、おれは田中さんとも一度だけ飲み会の席で一緒になったことがあるが、田中さんは釣崎さんと異なる立場の人だと思う。

田中さんは釣崎の苛立ちの主張を紹介し、「筆者は、この釣崎の主張に決して賛同はしない」としながらも、それを「補助線」として、問題の核心に迫る。なかなかスリリングな展開だ。

ようするに、「右」の言っていることだからダメとか、「左」の言っていることだからダメというのは、レッテル貼りをやっているだけで、中身の検討を加えてない思考の怠け者にすぎない。「マルクスは終わっている」という人たちは、マルクスの主張と影響がどのようなものだったか、たいして追いかけてもいないだろう。

脳内知識のアップデートは容易じゃないから仕方ないにしても、「○○は終わっている」とか「○○は古い」とかいって、知ったかぶりで切り捨てるのは、どうかと思う。恥をさらしているようなものだ。

では、カントはどうなのだ。あの「カントの美学」に、久しぶりにいきあった。終わってはいないのだ。もちろんマルクスも終わってはいない。飲食をめぐるあれこれの思想には、カントの影響もマルクスの影響も見られる。

もう書くのが面倒になった。イキサツは抜きにするが、ネットで、「料理芸術本質論――その1――」というのに出合った。

放送大学研究年報第27号(2009)に掲載の、放送大学教授(当時)青山昌文さんの論文だ。PDFをダウンロードできる。いいねえインターネットは。

サブタイトルに「ブリヤ=サヴァラン美味学の美学的・哲学的考察」とある。サヴァランの『味覚の生理学』(翻訳題は『美味礼賛』)の最初の「アファリズム」の項の一から九までに、考察を加えたものだ。

これを読んで考えているうちに「カントの美学」を思い出し、またネットで検索していたら、面白い文章にぶちあたった。

ヒットした「芸術とは、どんな〈出来事〉なのか?」が、面白い。まだほかの全部を読んでないが、いくつか拾って読んだ。どれも面白い。よくチェックすれば誰が書いているかわかるはずだが、そっちまで手がまわらない。京大を出て、どこかの大学の先生をしている、60代中頃の方のようだ。有名な方と思われるが、有名無名関係ない、書いていることが面白いし、文章も面白い。

こちら。
http://chez-nous.typepad.jp/tanukinohirune/2017/03/170311_kanazawa.html

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